三度目の誘拐
これまでに二度、人攫いにあったことがある。
一度目は物心つく前の時分であり当然記憶にない。
二度目は二つ上の姉のついでに攫われた。僕はこの時三歳で魔術の心得があったし、姉さんは剣術を習っていたから、二人で力を合わせれば、誘拐を未然に防ぐこともできたはずだ。しかし誘拐犯たちのあまりにも必死な姿に心を打たれ僕は、抵抗もなく彼らに降った。
高貴な血族である僕の姉は末恐ろしいことに、体格差のある誘拐犯六人を相手取り善戦していたが、一瞬の隙を咎められあえなく敗北を喫した。その隙を作ったのは紛れもなく僕である。
その後の顛末については、僕がこうしていまだ存命であることが全てを物語っている。愚かな誘拐犯たちは、まさに見えている地雷を自ら踏み抜いたのだ。今でも彼らの末路を思うと、一抹の哀れみを禁じ得ない。僕が一時の感情に身を任せなければ、彼らもあんな惨たらしいことにはならなかっただろうに。
それから数年後。
僕は八歳の時に、偉大な魔術師になるべく冒険の旅に出ることを決意した。母様は意外なほどすんなりとこれを許した。
問題は姉さんである。
彼女は自分の所有物たる可愛い人形が独立独歩することが気に食わなかった。僕は端から彼女の説得が成功するなんてみじんも考えていなかった。それどころか、姉さんがあらゆる手を使って僕の門出の邪魔をすることが容易に想像できた。
そのため、僕は剣術の稽古をする姉さんの遥か頭上を杖に跨り飛行し、空中に「旅に出る。レイモンド」と魔力で記し、そのまま逃げるようにゴールドバッシュ邸を後にした。
ふいに後ろを振り向くと、木剣を片手に呆然と立ち尽くす少女の姿があった。その姿に後ろ髪を引かれなかったかといえばウソになる。背中に嫌なものが伝い、ぞくりとした冷たいものを感じたのだ。
僕は自分がとても愚かな選択を取ってしまったのではないだろうかと、酷く不安になった。しかしそれよりもこれから先に広がる姉のいない自由気ままな生活を思うと、自然と心は踊り、飛行速度は上がっていった。気付いたときには慣れ親しんだ屋敷は水平線の向こうに消えていた。
それからは実に楽しい日々を送った。
魔術の研究をしたり、魔獣の巣窟で生態を観察したりした。時には不潔な冒険者たちと一緒にダンジョンに挑み、そこで野宿をしたりした。
家を飛び出してから早いことでもう五年の月日が経ったらしい。
誘拐の記憶はとうに薄まり、もう二度と人攫いに合うこともないだろうと、思うことすらなくなっていた。
抜けるような快晴。落ち着いた雰囲気の村にあって、子供たちのはしゃぐ姿が実にまぶしい。物々しい雰囲気の冒険者たちが疎らに点在している。
冒険者ギルドの受付嬢に簡易魔法の術式が封じ込められた巻物を売り付けた。得た銀貨16枚。借り住まいにしている宿に向かっている道中、何の前触れもなく後ろから腕が伸び、鼻に薬品がしみ込んだ布を押し付けられた。
甘い匂いが鼻腔を擽る。西の方でとれる紫色の花と生後三か月頃のサンドワームの幼体の体液を調合したものだろう。そんなことを分析する間に抵抗をすべきという意見はもっともである。しかし、この薬には鎮静作用と中毒作用があるため、抵抗を決め込むことはできても、それを実行するよりも先に意識を失う方が容易い。
実際、僕はこうして三度目の人攫いに遭った。
この度『三度目の誘拐にあった天才魔術師(休職中)の僕。首謀者は姉でした。』を読んでいただきありがとうございます。
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