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08 界域調査

 聖來高等学園において、授業内容は午前と午後でまったく異なる様相を見せる。

 午前は各々のクラスで共通授業。午後は個々のランクグループに分かれて演習授業や実戦調査だ。

 先日、俺はレスティアートと契約したことによって「上級」まで精霊士ランクが急上昇した。で、上級ともなると、行われる授業内容は実戦調査が基本となる。


 午後──俺は、先導する芒原の背を追いかけるように廊下を歩いていた。


「『界域(かいいき)』には行ったことあるか? ()()()()()()()()。外の魔獣たちが作り出した異空間。要は精霊士たちの戦場だが、精霊と契約もしていない一般人が迷い込んじまうこともある」


 ──この世は異界から侵蝕を受けている。

 結果、現世との繋がりが希薄になり、「魔獣」たちが蔓延(はびこ)るようになった領域を、界域と呼ぶ。


「俺の地元はほぼ界域みたいな場所だったぜ。住民の間じゃ、界域を経由したショートカットの地図が頭に入ってんのが当たり前だ」


「なんだその魔都……こわ……刈間の出身っつったら、あー、あの町か。そんなにヤバイ場所なのかよ。よく生きてたな」


「生活の一部だったからな。なにか変化があればすぐ分かる。本当に危険なところには誰も近寄らないし。そういう場所、今はあんま珍しくねぇだろ」


 どんな生活圏でも、多少は異界の影響を受けている。

 むしろ、人類の文明を完全に留めている境黎市の方が貴重だ。突発的に魔獣が飛び出してきたりしない辺り、本当に恵まれている土地だと思う。まぁ、出る時は出るけど。


「んで、これからどういう界域に行くんだよ?」


「『第十四学区』。初級から上級まで世話になるチュートリアル最前線だ。『界域主(かいいきしゅ)』こそ出現しないが、魔獣が出やすいお手軽な戦場地さ」


 第十四学区──そこは境黎市の都市再開発、その放棄地帯。廃ビルだらけの終末都市だという。

 どうも魔獣が入り込みやすい「窓」のような場所らしく、どれだけ魔獣を掃除しても、翌日には界域化してしまうらしい。


 確かに初心者向けの戦線だ。百戦練磨のレティからすれば公園の砂場みたいな所だろうが、俺の実力試しには打ってつけといえよう。


「学園において、『界域調査』は最低でも二人、精霊士のペアを組むのが原則だ。なんで、お前らにはこれから既存パーティのどれかに合流してもらう」


「なんだ、案外優しいな。てっきり俺たちだけで突入させられるかと思ってた」


「それは流石に校則に反するからな」


 校則至上主義。実に公務員らしい回答だ。

 ここが学園で良かった。


「ところで刈間。聞いての通りこれから実戦なワケだが、お前『契約武装』はもう持ってんのか?」


「契約武装? なんだソレ」


「おお、ようやく初心者らしい返しがきたな。契約武装ってのは──」


「私とディアの契約がもたらす、あなたの固有装備のことです」


 ぴょこ、っと俺の右腕に掴まりながら出現するレスティアート。説明役を取られ、前を歩きながら芒原がガックリ肩を落とす。

 憐れな教師のことはどうでもいいので、俺は傍らのレティに目を向ける。


「ほう。なんか精霊士っぽい概念だな。種類とか選べたりするのか?」


「ディアに合った武装が顕現すると思いますよ。希望があれば、なんでもいけるでしょう。私の属性は“破壊”ですから──壊す兵器(モノ)なら()り取り見取り、大抵のものは顕現できるでしょうし、大概のものは壊せるでしょう」


「すげぇな。そんなに自由度が広くていいのか」


 つまりどんな武器が顕現しようと最優確定ってワケだ。

 しかし……うん、俺の武器といえば、イメージは一つくらいしか浮かばないが。


「武装選びすら規格外か……刈間なら、鉄パイプとかバットとかか?」


「てめぇは俺を不良の典型に組み込みすぎだろ。握ったこともねぇよ」


 ぶっちゃけ素手派である。

 理由、殴った方が手っ取り早いから。

 だがこれからの対魔獣戦において、そんなリスキーをかます必要もあるまい。精霊士となったからには、遠慮なく自分の能力を使うべきだろう。



     ◆



 界域への行き方は、多岐に渡る。

 元よりあの場所は、空間的にも次元的にも不安定なのだ。現世と異界の狭間とは言ったもので、時には時系列すら混線している場合もあるという。流石にそんな事例は稀らしいが。


 で、今回の場合──第十四学区に繋がる道は、


「えー……今日はこの扉だな」


 空き教室の多い別棟までやってくると、ある扉の前で芒原が立ち止まった。

 その手には薄型のタブレットが一枚。学内地図を参照しているようだ。けれどそれは当然、ただの地図ではなく……「繋がる界域」を表示した特殊地図に違いない。


「そら、先に行け。グループメンバーはもう待たせてある」


 扉をスライドした芒原がそう促してくる。

 その向こうに見えるのは普通の教室。が、まるで騙し絵のように現実感がなかった。

 俺はレティと手を繋ぎ、あまり迷うことなく、その中に踏み込んだ。

 ──瞬間。


「……──っ」


 いきなり()()に出たからか、少し目が眩む。

 吹いた強風に腕で顔を覆いながら目を開くと、そこは高速道路の真ん中だった。


「ここが……」


 レティがきょろきょろと辺りを見回す。界域そのものではなく、現代の戦場の風景を確認しているんだろう。


「第十四学区……」


 廃ビルが立ち並ぶ、灰色の都市風景。その名称を口にした。


 道端に停車されっぱなしの車両、朽ちかけの道路標識、亀裂の入ったコンクリート。

 人類がいなくなった後の文明の顛末。俺たちが目の当たりにしているのは、その紛れもない本物の断片だった。

 陽光の差さない曇り空なのが、余計に寂寞感を演出している。少し気を付けないと、空間や時間の感覚を掴み損ねない。


「……ん?」


 都市風景の観光から目を離して、先の道路上を見やると人影があった。

 それは見覚えのある──というか、薄々どこかで予感していた二人組だった。

 なるほど、現実に伏線を回収される感覚ってこんな感じかよ。


「……あっ! 斬世ー! レティちゃーん! こっちこっち~!」


 視線か気配に気づいたのか、振り向いて手を振ったのはワンコ系御曹司・如月良夜(よしや)だった。その横には当然、お辞儀している奏宮架鈴(かりん)の姿もある。


「お前らかぁ……」


「がっかりされてる!? 一体どうして!」


「昼飯を強奪していった輩の顔を見りゃ誰だってそうなるわ」


 お陰で小腹が空いてんだよこっちは。サンドイッチで満たせる胃袋じゃねぇんだわ。


「その節はお世話になりました。これ、あんパン代」


「ああ、どうも……」


 奏宮妹からは小銭を渡された。合流して最初にやるのが返済作業でいいのか。

 それを見て慌てて如月もブレザーの上着を探り始める。お前もか。

 そして出されたのは漆黒カードだった。


「ごめん、持ち合わせがこれしか……」


「いらん。今度ジュース奢れ」


 バッサリ斬り捨てておく。金持ちが小銭を持ってねぇという俗説は半分本当のようだ。


「おお、なんだなんだ。面識ありか。チームの協調性とかメンバー同士の相性とか、色々と考えなくて済みそうだな。お前らよくやった」


「まだ会って二度目だ。あとてめぇは仕事しろ」


 遅れてやってきた芒原に呆れの視線をやる。話しやすくはあるが、こいつはこいつで教員のクセして本音をぶっちゃけ過ぎだ。少しは隠せ。


「いやいや、大事なことだぜ? 精霊含めた男女比とか年齢差とか。俺はこの業界長いからな、サークルクラッシュしたパーティとかいくつも見てきた。大概、男子の方が別の女子精霊に惚れたら破滅の予兆だな」


 ……俺は無言で如月の方を見た。なんか目が合った。

 そっとレティを後ろに隠す。


「……いやいやッ! 斬世!? そんなんじゃないから! 確かにレティちゃんは可愛いけど、あんなイチャつき見せつけられて意識するとかありえないから!!」


「そうか……まぁ……いざとなったら殺し合う覚悟だけはしとけよ……?」


「目がガチすぎて怖い!! ホントに違うって!」


「先生がパーティに亀裂を入れてどうするの……」


「若者同士のいざこざって、見てる分にはすげぇ面白いんだよなぁ」


 共通敵が判明したようだ。如月とそろって恨みがましい目を向ける。

 そんなやり取りに区切りがついたところで、


「この場の戦況はどのようになっていますか?」


 至極冷静なレティの問いによって、流れが変わる。

 そうだった、俺たちは部活みたいな感覚でこの場に来ているわけではないのだ。れっきとした授業かつ、精霊士の義務をこなすためにいるのだ。流石は俺の嫁。


「朝に観測された魔獣が二十数体。現時点での反応は……四十八だな」


 タブレットを操作しながら、芒原がそう答える。


「今日も結構いるなぁ……」


「一週間前と、同じくらい?」


 経験者たる如月と奏宮妹からは、それぞれそんな所感。

 このくらいの発生数は日常茶飯事のようだ。第十四学区、恐るべし。


「並の小規模界域なら平均二十体前後だったか? そんなに何か魔獣を寄せやすいものでもあんのか、ここ」


「お、意外にも予習してきてるな。その通り、ここら一帯は街になる前から、何度も戦場になってきた場所だ。『いわくつき』って事だよ──死者の想念とか溜まりやすいのさ」


 ……想念ねぇ。

 死ぬ前ならともかく、死んでから何かを残すってのは、あまり信憑性がない話だと俺は思うんだが。


「今日は刈間ペアの試運転を兼ねてるからな……まずは先輩としてお手本を見せてやれ、如月、奏宮」


「「了解」」


 二人が頷いたところで、その後方の道路上に揺らぎがあった。

 陽炎を思わせる風景のズレ。だがそれは光の屈折による現象とは異なり、地表から半透明の異形が起き上がっている。──魔獣だ。


「お出ましだな。じゃ、俺はいつも通り後方で監督に徹しさせてもらうぜ。学生諸君、単位と世界のために頑張れよぅ」


 そう言い残して芒原の姿がかき消えた。あいつの契約精霊の力だろうか。

 教室でも戦場でも変わらない態度にはいっそ感心すら覚えるが、ああいう大人にはなりたくないもんだ。


「芒原先生って、斬世のクラスでもあんな感じ?」


「あんな感じだ。なんでああいう風になったんだろうな」


「この前言ってたけど、『なんか人格者すぎる教師は死にそうだから』……だって」


「どこでバランス取ってんだ。自覚があるなら尚更シャキっとやれよ」


 同感、と奏宮妹が首肯しつつ前に出る。

 相対する魔獣は六体ほど。どれも顕現し立ててで、まだ輪郭が揺らいでいる。


「《不撓不屈(アクセス)》」


 何かポーズを決めるとか、手をかざすこともない。

 ただ一声、彼女が唱えた瞬間──発現した業火が魔獣たちを焼き尽くした。


「……おお」


 噴き上がった炎の中、炎上地帯の上空に影を見る。

 ツーサイドアップに上げたメラメラと燃えるような長い赤髪。真紅のドレスをまとった華奢な体躯。紅色の双眸が、俺たちを見下ろしていた。


「──カリン! 呼び出すなら先に合図とかしなさいよね! ちょっとビックリするんだから!!」


「ごめん。でも私、あんまりそういう少年漫画っぽいノリは分からなくて」


 少年漫画という概念は知っているのか……

 そこで腰に手を当て、「憤慨中です」というポーズを取りながら炎の精霊が降りてくる。

 齢は……今のレティよりは年下、十歳くらいに見える。レティには及ばないが、鋭い目つきをしつつも美少女といえよう。レティには及ばないが。


「──で──そっちが昼間にも見た新人ね? 私は『焔罪姫』アイカ。訊いてあげるわ、名乗りなさい」


 アイカが睨みつけたのは俺ではなくレティだった。

 ともすれば、仇敵でも見つけたような表情である。同じ精霊として何か感じるのか?


「初めまして、私はレスティアートといいます」


「レスティ……アート?」


 その名を聞いて、流石に如月や奏宮妹も息を呑んだ。やはりそう名乗れば、精霊士なら目を剥く事実だろう。


「で、俺は契約者の刈間斬世だ。よろしく焔罪姫」


「……アイカでいいわ。いえ、そう呼びなさい。それよりどういう事?」


「どう、っていうと?」


「英雄精霊とアンタみたいなド素人が何で契約してるのよ!? ここに歴史家がいなくてよかったわねっ、いたら全員卒倒してるところよ!」


 レティが小首を傾けた。


「そこは私とディアの超運命的な事情なので、あまり深く考える必要はありませんよ?」


「いや運命って、貴方ね……」


 調子のズレたレティの回答にアイカが半目になる。この英雄、ダメかも、みたいな残念そうな目をしている。そこはギャップとして捉えてほしい所だ。


「す、す、すっごい! 斬世がなんかやっぱりすっごい!? リア充で英雄精霊の契約者って、もう不良でもなんでもないじゃん! 主人公じゃん!?」


「おい如月ウザイ。おだててもなんも出ねぇぞ」


「良夜! 良夜ね俺の名前!!」


「私も気になるけど……アイカ、今は魔獣を掃除しないと」


「……そうね。追及は後にしてあげる。それじゃあレスティアート──私と勝負なさいっ」


 ビシッ、と人差し指をレティに突きつける赤髪幼女。


「より多くの魔獣を倒した方の勝ち。それでアンタが本当に『英雄』と呼ばれるに相応しい精霊なのか……本物のあの『レスティアート』なのか、私が確かめてあげるわ」


「……」


 ちらり、とレティが判断を仰ぐようにこっちを見てくる。

 俺は肩をすくめつつも頷いた。


「いいんじゃねぇか。契約者の俺としても、ここらでお前の実力を見ておきたいし。ただ──」


 ぽんとレティの肩に片手を置いた。


「──あんま力みすぎんなよ。張り切って貰うのはいいが、界域では何が起こるか分からねぇからな」


「……! はっ、はい」


 ここに来てから、やや硬くなっていたレティの顔がいつも通りになる。それでよし。


「決まりね。それじゃあ始めま、」


 アイカの声が聞こえたのはそこまでだった。

 というか、俺の視界が周りを捉えていたのはそこまでだった。


 その刹那、カッッッッ!! と。

 あらゆる色彩を白に変える閃光が輝き、アイカのすぐ横数センチを通り過ぎたからだ。


「…………」


 視界が戻った後、俺は瞬きしながらまずレティの方を見た。

 その左手には──何やら白杖(びゃくじょう)の形の、近未来風(SF)なデザインをした、今しがたビームをぶっ放した「兵器」が握られていた。


「……あの……レティ……?」


「はい。魔獣八体の出現を感知したので先制しました。殲滅完了を報告します」


 報告しますっていうか、魔獣の痕跡どころか道路の表面が焼け焦げ……いや灼け融けてるんですけど。

 ……コンクリって、こんなに氷みたいに融ける物質だったっけ?


 破壊の砲撃を超間近で味わうことになった焔罪姫(アイカ)も、キリキリと人形みたいに後ろを振り返って絶句してるんだが……!?


「──仕事の時間です。ディア、しっかり私についてきてください」


「レティ……? レスティアートさーん……?」


 白杖を両手で構え直したレティの目に迷いはない。それはここ数日、「恋人として」甘えてくる彼女の表情とは別物だった。つーか完全に職人か仕事人の顔だった。


 ……これは緊張が解けた反面、戦場に対する本来の彼女のスタンスが出てるんだろうか……ある意味、これが自然体?


「……アイカ。降参……する……?」


「~~っしないわよ!! しっかりなさいカリンッ、アンタは私の契約者なんだからね!」


「うわはは……これは、ホントにすっごい新人、来ちゃったなぁ…………」


 三人の同僚がそれぞれの所感を口にする中──幼女たちの魔獣狩りが開始した。



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