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81 断章:8月11日

 何食わぬ顔で更新再開──


あらすじ:夏休みループ中で3周目世界線から2周目終わりの回想中

     今回はルール説明。

     #2周目:ループ前


「完結する物語なんて──何の意味もない」


 女が、そう言った。

 眼鏡をかけた若い女だ。黒いストレートの髪。白衣の服装。黒い上下の衣服。無個性というものを教科書通りに表現したファッションセンス。


「君はそうは思わない? 刈間斬世」


 その声を、正面から聞いていた。

 そいつの名前を、俺は知っていた。


村雨(むらさめ)式実(シキミ)……」


「そうね」


 興味なさげな一瞥。

 視線すらそうなら声も、態度すらもそうだった。眼鏡のレンズ越しから、此方を観察するような視線。実験動物を見るものと同じ目だった。


 そういう目を、俺は知っている。

 だから相対した瞬間、こいつはロクな相手ではないなと確信した。


「挨拶が遅れてごめんなさい? けど光栄だわ。私、そんなに知名度があったのかしら」


「……、」


 こいつの顔は写真データで一度見ていた。

 大精霊アストラルを研究していた、往石去来の助手。

 経歴白紙の謎の人物。獅子月晴斗たちや、聖召機関と関わりのある女だと。


「……日下部に、何をした」


 努めて冷静に、喉からひねり出した疑問だった。

 俺の視界には女と、その近くにあるモノが映っていた。

 村雨の背後にあるのは古びたアパートだ。そのコンクリートの駐車場で、灰色のコンクリと合わせるには、あまりにも鮮烈な真紅がそこには広がっていた。


 血だまりだ。


 日下部草紀が、その中心でうつ伏せに倒れている。


「彼が勝手に自決したのよ」


 おびただしい量の出血を露わにしながら、なおも日下部には息があるようだった。

 死人一歩手前。死の直前。

 死にたくとも死ねない状態で、無理矢理に停められているように見える。


「死ぬのに手間取ってるのは私のせいだけどね。この()がやり直される前に、せっかくだし、君と話してみようかと思って」


 すなわち気まぐれ。

 俺がここに来たから、こいつは日下部の自決を邪魔し、このような状況下にあると。

 日下部に対して大変申し訳なく思うべき状況だが、しかし……、


(ループを認識している……)


 今はあの女の発言内容に意識を向けざるをえない。

 日下部の死がトリガーとなる死に戻り。こいつはそれを認識し、理解している。

 ……ならば村雨も俺と同じ2周目……なのか? いや……


「私の勝利条件は、大精霊アストラルの正式降臨」


 急に、村雨が言った。

 己が目的を。まるでゲームルールの説明のように。


「昨日の活躍ぶりは見事だったわ。君は『変数』よ。以前は獅子月くんたちも頑張ってくれてたんだけど、いつもアンヘル君を相手に詰んじゃってね。ようやくまともに最終日に行けそうな人間が出てきて……安心したわ」


 顔の引きつりを堪えるので精一杯だった。

 ()()()? なんだそれは。なんだその口ぶりは。

 まさか──


()()()()()()()()()()()()()()()……!?」


「前提知識よ」


 軽く言う。

 手で自分の髪を流しながら、まるで教師のような口ぶりで。


「ちなみに日下部くんは八千回。アンヘル君とあの時間神は、そろそろ一万を超えたかしらね?」


「──な、」


「そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。君は日下部くんに巻き込まれる形で、その旅路は始まったばかり。これまでにも、何人か君みたいに巻き込まれた子はいたわ。皆、大抵は十回もやれば無気力になるか、精神が折れてしまうんだけど……貴方はどこまで保つかしらね?」


 俺の未来の心配なんぞ今はどうでもいい。

 それよりもっと重大な情報が出た。何重にも、並行でループ現象が進行中だと?

 めちゃくちゃだ、そんなの。時間をやり直している者が、俺を含めて……四人もいるなどと。


「随分な時間の大渋滞だな……時間軸の管理はどうなってんだよ、それ」


「最初にループを抜けた者が観測者とみなされ、現実に適用されるわ。ループは大いなる時間稼ぎ。──今のところ、世界は滅びる結末しか迎えられていないから」


「お前が……常勝中ってことか」


「皆が揃って中断するから、厳密には勝ちとは言えないけれどね」


 やれやれ、と辟易した様子で首を振る村雨。

 ……アンヘルと……それに時間神。あの二人もやはり関わっているのか。

 しかし更にもう一つ、どうしても気になるのは、


「以前のループ……その時間軸の俺たちは何をやってたんだ? サボりか」


「うん、それよ。──君、どうしてループを認識できるようになったの?」


「……あ?」


「以前の刈間斬世には、変数となる兆候はなかった。破壊の統括者という超抜級の精霊の契約者として、共に世界の滅亡に抗い、そして……彼女によってこの宇宙から拉致され、離脱していくのが恒例だった」


「……、あ~」


『ディア! なんですかその反応は!?』


 あ、ようやく不可視状態のレティから念話があった。

 拉致。拉致ですか。

 世界もろとも俺も死ぬかもってんなら、まぁ──


「あぁ……なるほどぉ……」


『~~ッ!!』


 納得しないでください──!? という魂の叫びを聞いた気がする。幻聴だ。

 でもヤンデレルートと常に隣り合わせのお前ならやるじゃん? やりかねないだろ?


 しかしギャグで受け止めてしまったが、この事実そのものはギャグじゃない。

 村雨の言う滅亡の未来に、かつての俺たちは幾度となく負けているのだ。

 ……怖気がしてきたなー。


「だから本来、貴方たちはそれほど脅威でもない。けれど異常が起きている。変数となりえた異常が。──一体何があったのか、思い出せないかしら?」


「生憎と本当に心当たりはねぇよ。世界の修正力とか気合いじゃねーの」


「嫌ね、見えないバグって。けど研究者としては歓迎するわ。いい加減、同じ盤面じゃ飽きてきたところだし」


「……ただの研究者とは思えねぇが」


「私の正体が気になるの? でも、俗称を言ったところで余計混乱するだけよ。私は今回の事象を観察する者。それ以外に重要な情報はないわ」


『いや大アリだろ!!』


『ご自分の異常性を認知しないタイプなんですかね?』


 村雨式実。もうこれだけ話してみて分かった。充分に分かった。

 こいつは此処で、確実に排除すべき相手だと。


 ……殺れるか?


「……ん? あら? もしかしてやる気なの?」


「まぁ、試しに」


 どれだけ得体の知れない相手なのか、探りを入れたい。

 利き手は徒手。刀の顕現も、踏み込みの構えもなく、突っ立っている状態で──村雨を見据える。

 踏み込みまであと、


「やめてよ」


 そこで初めて、奴の声音に感情らしいものが乗った。

 軽くその右手を上げ、今にも降参のポーズを取ろうとしている。


「私と君の闘争から生まれるものは何もないわ。実験は得意だけど、戦闘は苦手なの」


「……そんなスタンスで、よく俺の前に立とうと思ったな?」


「礼儀よ。私は挨拶をしに来たの。観察対象に敬意を払うのは当然でしょう?」


 大真面目な顔で村雨は言い切った。

 なるほどロクでもねぇ。

 見下したり、道楽や好機の目をもってこっちを見ているだけの輩より、ロクでもない。

 むしろそっちの方がやりやすかったまである。この女、いっぱしに矜持を持っているタイプか。


 そういう輩は粘り強い。厄介なほどに。

 やはり殺すべきでは? という意志が強まる。


「──なぜそれほどアストラルの降臨に拘るのですか?」


 不意に、左隣にレスティアートが顕現した。

 彼女がこれまで姿を見せなかったのは村雨に対し、奇襲を仕掛ける隙を伺っていたからだ。それを放棄したということは、彼女をもってしても奴に隙を見出せなかったということであり、


「この世界を守るためよ」


 その登場に驚いた様子もなく答える村雨の反応も、返答も、なにもかもが逸脱していた。

 ……この世界を守るため?


「守る? かの大精霊と人類は、互いの領土内で生きることで共生を続けてきた関係性にあります。その境界を壊すことに、なんの意味が?」


「少しだけ認識の違いがあるようだけど……アストラルの立場をこの世で最もよく理解できるのは貴方ではないかしら、破壊の統括者。()()()()()()()()()()()()()を押し付けられたことを、『共生』だと言い張るのは、あまりにも醜い主張よ」


「──ならば、その使命を貶めるのが貴方の決意だと?」


「あら、素晴らしい切り返し。でも奇跡そのものであるこの世界を存続させたい気持ちに偽りはないの。確かに私は貴方たちのように優れた存在ではないけれど、美しいもののために尽力したがる生態は、貴方たちと同じだと思いたいわ」


 ……話が通じてるんだか通じてないんだか。

 いや八割強は伝わってないな。うん。

 こいつの言葉を聞いてると、異星人の会話を聞いてるような気分になってくる。根本からして生きている世界観が異なるような気がしてならない。


「……この問いではっきりさせましょうか。貴方は目的のために、多くの人々を犠牲にしてもいいと?」


「人間は『死』という結末を持って生まれた、完全な存在。そんなものに興味はないわ」


 ……レティの宣言通り、これで明確になった。

 奴は人間に敬意を払っている。

 奴は人間を畏怖している。

 その上で、信じ切っているからこそ──完全な存在とまで言い切るほどに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えている類の人種だ。


 率直に言おう。

 ロクでもねぇと。


「「よし、死ね!」」


 レティと声が一つになる。

 シンキングタイムゼロ。

 こいつは明確に世の脅威だと認識が一致した途端、レティが光線を放ち、抜刀した俺は斬撃を振り放つ。


()()()


 奇妙なことが起こった。

 ぐにゃりと村雨の周囲が歪み、光線が、斬撃が、あらぬ方向へと流され無効にされる。


「──そう言うと思っていたわ」


 その声は耳元でした。

 一瞬で俺とレティの間をすれ違うようにして歩いた村雨の声だった。

 どんな力が作用したのか、この瞬間で答えを出せはしない。だがその声に怯むより前に、


「あ」


 俺の視界に映るものがあった。

 一瞬前に放ち、歪められた俺たちの攻撃が、吸い込まれるようにして──まるで攻撃対象を切り替えられたかのようなマジックじみていた──倒れていた死にかけの日下部に突き刺さった。



──<再出発(リスタート)



 時間の逆行が容赦なく始まった。



#2周目 8月11日 → #3周目 8月8日



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