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73 同日、万象は変わりゆく

「マジかよ。本当に召喚してやがる」


 銀鬼卿ファインの召喚成功の報告を受けて、真っ先に拠点に来たのは芒原だった。

 瞬間移動の異能者ならではの最速訪問。本当に便利そうだ。


「オレが召喚、契約しました。ちなみに、触媒の持ち出し許可も召喚許可証もここに」


「用意周到だな……いや大人(おれ)の仕事は減るけどよ……マジでどうやったんだ??」


「普通に召喚しただけですが」


 榊はそう言うが、芒原の方はまだ目を疑っているらしい。

 そんな件の吸血鬼ファインは、倒れた後に俺と榊で運び出し、現在はソファに座って湯呑みの中身をすすっていた。


「なに飲ませてんだ?」


「契約者のオレの血液です。昨日のうちに観測局で採血してもらっておいたので」


「用意が……周到……!!」


「しかし特別、血の味が好きというわけじゃない……摂取できる霊力が一番多いのが血液、というだけでね……いやホント、なんでそんな伝承にしたのかな……今から乳製品とかに変更できないかな……?」


 ……血を吸う鬼、なんて字面の物騒さとはかけ離れた実態である。

 そこはせめて血液が主食であれよ。いや吸血鬼で精霊だから、やっぱ無理なのか?


「なるほど。必要栄養素と嗜好品の違い、ということだな。理解した」


「今回のマスターは理解力高いね……というか私が成立した時の報告書、読んでない……? 研究者たちが調子に乗って私に血を提供し続けた結果、理性トんで暴走しちゃった事故とか……」


「マジで言ってんのか観測局?」


「データベースにはなかったぞ!?」


「あの時は色んな人間と会ったなぁ……最終的には物スゴイ天使と契約した精霊士まで出張ってきて、そいつにコテンパンにされたんだ。現世では十年くらい前の出来事だけど……まだ存命かな?」


 ……観測局の局長まで総出で参戦した一大事件って。

 というかそこまでの潜在能力がある精霊なのかよこいつ……? さっき消えかけてたのに?

 レティもまた確認するように尋ねる。


「では、基本的な摂取量はそのコップ一杯分で丁度いいんですか?」


「そうだね。これを飲み切ったら十分な力は発揮できると思うよ。マスターたちが探してるのは聖女……だっけ? 私は聖なるものとは真反対の存在だし、そういったものの気配には敏感だよ」


「おお!」


「対象が潜む界域の深度にもよるが……力を強めるからマスターは体調に気を付けた方がいい。私はそもそも邪精霊に近いから……聖水とか準備してるかい?」


「そこまでは用意していないな……まぁオレなら大丈夫だ。契約した精霊のことは信じている」


「ふーん……? 確かに私と契約してもなんの不調もないようだね? 相性がいいのかな……」


 言いながら、ゴクゴクと湯呑みを傾けるファイン。

 想定していたより遥かに緩い態度だ。顕現したてにあった人外美青年要素がもう彼方にトんでいる。


「で、ファイン。お前のサーチ能力ってどんなもんなんだ?」


 俺の問いに、ファインはうーん、と言葉を置く。


「それほど大したものでもないがね……要は界域に対する探知能力だ。()()()()()()()()()()に干渉し……界域にいる対象の位置を察知できる。分かるというだけで、その場にすぐさま転移できるような力はない……」


「……うん!?」


 榊が驚きの声をあげ、俺はレティに視線を投げた。苦笑いともつかぬ微笑みだった。


「ああ、あと掌握している土地の範囲に限るが、()()()()()()()()()()()()こともできる。とはいえ、操れるだけで一斉に自滅させたりはできない……そこは別で精霊士たちに働いてほしい」


「……いや、あの……」


 榊がいよいよ釈然としない顔をし、レティは小刻みに震え始めた。


「要は『界域を盤上化する』だけの能力と思っておくといい。私本人はなんの火力もない……()()()()()()()()()()()()()()()が……フィールドの掌握力と探知力、それに不死力には自信がある。サポート性能特化、ということだね……」


「こ……これ以上は……さすがに……」


 榊が遂に一歩あとじさる。わー……と呟いたレティが俺の右腕にしがみつき、離れなくなる。


「どうしても精霊としての戦力を期待するというなら血を与えるといい。マ、暴走した私がマスターを食い殺すだけになると思うがね……」


「だから!! さっきからデメリットが全然デメリットになってないんだよ強すぎるだろオマエェッ!!」


 遂に榊がキレながらツッコんだ。念話でレティも、そうですそうですと言っている。

 ツッコまれたファインはきょとんとしている。どうやら理解していないらしい。


「『局員が考えた最強の精霊』か!? 夢と浪漫と理想を織り込みすぎだろ人造精霊! こんなのが戦場にいたら古代と現代レベルの格差がつくぞ! 生ける人権にでもなるつもりか!?」


「え……? そうかな? 本当に大した攻撃手段はないんだけど……?」


「……『いる』だけで魔獣を駒にし、界域に存在するもの全てを把握し、その場に血液がある限り斃れない……もし私が人間で敵対する指揮官になったら、迷わず亡命しますね……」


「界域戦の最終兵器すぎる……」


 ドン引きしていた。

 決死の思いで引き当てた高位精霊が思っていたよりも高位精霊すぎて、その場の全員がドン引きしていた。


 統一国家時代に定められた条約で「精霊を用いた戦争行為」は禁止されているんだが……今その理由を真に理解していた。禁止されて当然だろこんなの。下手すりゃ人類絶滅するわ。


「おい芒原……この吸血鬼、相当ヤバイ精霊なんじゃねぇのか……?」


「……こいつを成立させた局員だって、ここまでだったとは知らねぇと思うぞ。初回顕現時は、文字通り血を求める怪物になってたらしいからな。詳しい能力は分かってなかったんだが、今判明したな。こいつは紛うことなく、壊れ性能の高位精霊だ! ……人の浪漫ってスゲェな?」


「なんでオレみたいな奴がこいつと契約できるんだ!? いや助かるがな!? 今回は本当に助かるけどな!? お、オレと契約してる場合じゃない気がするぞお前!」


「人造精霊の私と適性があるマスターの方が異端だと思うが……?」


 榊の召喚・契約適性の範囲も規格外の認識でいいのかもしれない。

 なにせレティとも契約できる気配があるのだ。この先輩が味方側で本当に良かったと思う。


「というかさっき、『死なない』……なんて言ってなかったか? それはどういう意味だ?」


「? そのままの意味だよ、マスター。その戦場に血がある限り、この身はどれだけ浄化されても私は死ぬことはない」


「……ありなのか、そんな精霊が……」


「へー! 吸血鬼っぽい!」


 やけに明るい黄泉坂の声に一周まわって苦笑する。

 受け入れの早い奴だ。不死系の精霊なんて滅多にいないのに、なにをどうして不死を「吸血鬼らしい」と感じたのやら……


「逆算された伝承って、ある程度は編纂した人間の願望も入り混じるものだからねぇ……とはいえ、何事にも例外はある。例えば、そこのおっかない白いお嬢さんにかかれば、私程度の存在は伝承ごと粉砕されて消滅するだろう」


 そう言って視線が集中するのはレスティアートだ。

 真顔のまま、ぎゅっとレティが右手で拳を握る。


「お任せください」


「ははは……なんで三十世紀も前の英雄が現役なんだろうね……元気すぎないかな……」


「ちょっとアクシデントがあっただけで、レティは普通に十六だぞ?」


「それはそれで凄いアクシデントだね……誰か、彼女の結末に納得しなかった人がいたのかな?」


「……どうだろうな」


 単なる封印の線か、そういうドラマがあったのか。

 今の俺たちには知る由もない真実だ。

 コトリ、とそこでファインが湯呑みをテーブルに置いた。


「──ふう、ご馳走様。マスターの血は飲みやすいね。水みたいだ」


「無味無臭なのか……?」


「ちょっと悔しがるなよ」


 そりゃ血の味のレビューなんて早々聞けるもんじゃねーだろうけどよ。


「さて、だいぶ時間を取ってしまったし、もう仕事にとりかかった方がいいかい? 急ぎなんだろう?」


「……ああ。頼むファイン、お前の力で『聖女』たちの居場所を見つけ出してくれ」


 榊の言葉にファインが頷き、ソファから立ち上がる。

 顔色の白さは変わらないが、もうフラつくことはない。彼が右手をかざした直後、空中に先ほど召喚でも用いていた、十字形の触媒が形成される。


「“霧けぶる領地こそ我が国土。帰還した霧の王が命じる。星の半球を覆う我が夜よ、領土に蔓延(はびこ)る獣の巣を暴け。主の不在に狼藉を働いた罪人たちを、縄で捕え処刑にかけよ。”」


『!?』


 途端、室内が闇に反転した。

 全てが暗闇。白の点と線だけが世界の構成材料となり、人間の視覚から遥かに遠のいた3D世界になる。壁で遮断されているはずの外の風景や建物まで見え、立っているはずの床の下は底のない奈落になっていた。


 そんな世界の中で、観測者の吸血鬼だけが正常な色彩だった。

 空中の触媒が黒泥のように溶け、それは地球をかたどったような円球になる。


「“終焉(fine)の名において白日の下に晒せ──《伝承権限・血死界ブラッディ・デストピア》”!」


 瞬間、黒い円球の半分が白に染まり──そこに一点、赤色の灯が輝いた。



     ◆



 界域深度六地点、天想教会エクレシア。

 白亜の壁で築かれたその正面入口の左右には、門番のように二人の人影が立っていた。


「ねぇアンヘル、今日は何が起こる予定なの?」


 右の衛兵役を務める少年がしゃがみ込みながら尋ねる。

 左側で不動に佇むスーツの男がそれに答える。


「聖女たちによって儀式が実行される。のち、半刻もしない内に観測局の殲滅部隊が到着する。その戦闘で我々はそれなりの戦果をあげるが、最後にやってきた一人によって撤退を与儀なくされる」


「えー、なにそれ。斬世は来ないの?」


「これまでの周回において彼が到着したことはない。儀式の直後から、現世で大規模に界域が発生し始める。おそらくそちらに戦力として回され──、」


 そこでアンヘルは言葉を止める。

 聞いていたユリアンも頭上を仰いでいた。

 常に曇り空の界域が、急激に闇夜のように黒く染め上がったために。


「……アンヘル、この未来はなに?」


「初見だ。知らん。奴ら一体、何を巻き込んだ?」


 逆行者は全知全能にあらず。

 無慈悲な回答に、ユリアンも肩をすくめるしかなかった。



     ◆



 空を暗黒の幕が覆う。

 この異常事象に、教会内の聖女たちにも動揺が広がっていた。中央ホールに集結した同胞を一瞥し、まとめ役らしき聖女が口を開く。


「静まりなさい。聖女長様の儀式は続いています。我々は外敵に備え、降臨の儀を完遂させなくてはなりません」


「使命は理解していますわ……でも、あの空の邪気は感じたことがありません。『庭園』の協力者たち……信用できるのでしょうか……」


「──緊急会議中に失礼する。今すぐ部隊を編成して拠点を移すか、“全浄化の儀”に踏み切るか選んだ方がいい」


「!」


 ホールに踏み込んできたのはスーツの男、アンヘルだった。その後ろに連れている金髪の少年は、景色でも見るような目を聖女たちに向けている。


「庭園のリーダー……それは協力者としての助言、と捉えてよろしいのでしょうか」


「その認識でも構わない。結論を言うと、聖女長の狂気に巻き込まれて君たちの多くは今日を命日とするだろう。人としての尊厳を守って信仰に身を捧げたいのなら、あと五日は陰に潜んで情勢を見極めるのをおすすめする」


「……妄言にしては奇妙なことを。狂気に侵されているのはそちらでは?」


「自覚はあるさ。だが起こりうる惨劇を知りながら、何も知らない羊を見過ごすのは気が引ける。私から述べる意志はそれだけだ。君たちは自由に選択するといい。ただ……」


 あえて一拍を置き、彼は次の言葉を強調する。


「今回の場合、あの()()()()が再び君たちの目の前に現れる可能性もある」


『──!!』


 その単語一つでホール内の空気が変わる。

 薄く広がっていた困惑と恐怖が、明確な形を持って聖女たちに動揺を与える。

 予想以上の効果だな、とアンヘルは片眉を上げた。


「そ、それは……」「儀式が破壊されると?」

「今回は聖女長も共に戦ってくださるわ!」「見逃されただけよ、あんなの……」

「だったら儀式さえ成功すれば!」「ここにアレが来るの!? 嫌よ!」

「待ちなさいよ、信仰を捨てる気!?」「聖母様! 聖母様!」


 うひゃー、とユリアンが声を漏らす。


「ビビられまくってるなぁ。英雄精霊って言われてる奴への反応じゃないよ。こいつら、斬世たちと何があったの?」


「教団に手を貸したことがあったようだ。その折、聖獣を瞬殺された上、彼女たち自身も文字通り、『薙ぎ払われた』らしい」


「静粛に!!」


 この場の長を務める聖女の一喝に、ざわめていた聖女たちが口を閉じる。


「聖女長様の身は護衛部隊が責任をもってお守りします。全隊長は各部隊の指揮を執り、持ち場につきなさい。そして庭園の長──空に張った暗幕について、何か知っていますか」


「悪いがそれに関する情報は持ち得ていない。恐らく、観測局による干渉だと思われるが」


「既に位置は暴かれているということですね? ならば襲撃に備え、儀式長は結界維持に注力を──」


「──アンヘル。()()()()()()()


 聖女の声を遮り、ユリアンが告げた直後だった。

 教会の内部のあちこちから、一斉にガラスが砕け散ったような破砕音が響き渡る。アンヘルたちがいるホール内でも、割れた透明な破片が光の粒子となって消えていく。


「結界が突破された……!? ッ!」


 そして次の瞬間。

 ホールの天井が轟音と共に崩落した。



「どうもー。観測局でーす。こちらの教会で異常な霊力反応を探知したので伺いにきましたぁー」



 落ちた天井の瓦礫に巻き込まれた者はいない。

 咄嗟に距離をとった者たちが見たのは、その瓦礫の上に立つ人物。一人の白衣の男だ。警告を述べる声色からして、まったく覇気がない。どころか、襲撃中にも関わらず手ぶらだった。


「貴様ッ──ここを我らの聖域と知っての狼藉かァッ!!」


「交渉・要求に応じない場合、殲滅対象と見なしまーす。おとなしく投降する気は──」


「──総員、構え!! 異端者を処刑せよ!」


「オッケェイ、ないみたいだな。やれ、Executioner」


 エクスキューショナー。

 名前のように男が呼んだ刹那、()()()()()使()が顕現する。

 人型の背には翼。大理石の彫像のように白い存在。そんな精霊が──二体、六体、十体、二十体──と、()()()()()()()()()()()()()()


「なッ……!? なんだこの数は!? 全て……精霊!?」


「殲滅開始」


 無慈悲な号令。

 天使の大軍が押し寄せる。

 槍、剣、弓と、個体ごとに様々な武具を装備した天使兵によって、その場が白く染まっていく。

 その最中(さなか)──


「じゃ、こっちはやっとくんで後ヨロシク」


「──任された」


 白衣の男の背後から、白髪の剣士が飛び出していく。

 彼の足が向かうのは教会地下への階段だ。その姿は誰も認識しない。既に契約精霊の補助によって虚空に消えている。

 天使の大軍による混乱が起きている地上を後にし、刈間斬世は教会の地下廊下を走り抜けていく。


『……芒原(あいつ)の契約精霊って、「()()」だったよな? あんな真似できたのか』


『単純に二重契約者なのでは? あの数を出せる仕組みは分かりませんが……』


 担任には逆らわないようにするかぁ、と内心思う斬世だった。



 いつも応援ありがとうございます。

 リアクションやブクマなど、たいへん励みになってます。ありがとうございます。


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