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71 同日、戦々恐々に平和

 ──その後、獅子月たちは観測局へと連行されていった。


 というより保護だ。庭園が獅子月たちを狙っている以上、下手に外を歩くのは危険すぎる。

 なんで、諸々の話をつけて帰ってきた栄紗と黄泉坂が、護送役だという白衣の局員を連れてきた。

 ていうか知り合いだった。


「芒原じゃねぇか。……なんで?」


「おっさんはね、教師の前に精霊士で、つまり観測局所属なの。『雑用にちょうどいいから』って駆り出されてるワケよ。まー、お前ら生徒が関わってるのもあるけどな」


『最後の理由が八割占めていますね、これは……』


「それに俺の異能って瞬間移動だしな。汎用性は言うまでもないだろ?」


 言われてみればそうだった。

 “空間転移(ポイントシフト)”。芒原のソレは確か、一度行った場所になら瞬間的に空間移動できる、という異能だと聞いている。

 どんな人間でも一度は欲しがる異能だが、それもあってコキ使われているようだ。まぁ、まさかこんなところで顔を合わせるとは思わなかったが。


「なんだ、斬世んトコの先生だったの? いいなー、良い感じにくたびれてて。私もこういう緩そうな大人にもっと早く会いたかった」


 なぜか栄紗は謎の憧れを口にしていた。こいつ、疲れているのかもしれない。

 アゴヒゲのおっさんの何がいいんだ?


「俺はお嬢ちゃんのこと知ってるぞ? 局内で有名だし。俺より働いてて偉いぜ、その若さで」


「どうもー。私はアンタのこと初めて見たケドネ」


「ハハハ……」


 芒原が乾いた声を漏らす。大方、栄紗の奴とはやりづらいんだろう。その感覚は俺もよくわかる。

 なんつーか、慣れてない間はこっちを全部見透かしてそうな視線がどうしても気になっちまうんだよな。こればかりは仕方のないことだ。


「で──俺が連れてくのは獅子月一家だけか?」


「いーえ、私も行くんで古今ちゃんもついてきます。バイト君はどうする?」


 廊下の窓辺で一人、黄昏(たそがれ)ていた榊が振り返る。


「オレはここに残ろう。グループチャットを作って、逐一情報を共有する。そういう役回り、誰か一人はいた方がいいだろう?」


 この拠点の別室には、榊専用の作業部屋がある。

 ちらっと覗いただけだが、PCのモニターがいくつも設置された通信室だった。こいつはここに泊まるつもりか。というより、獅子月陣営の空気とあまり居たくないんだろうが。


「オッケ。じゃあ任せるわ。斬世は?」


「俺はいったん帰りたいが……あ、その前に日下部の様子を見に行きたいんだよな」


「日下部? 誰それ?」


「あーっと──……」


 そういえばタイムループ仮説は話していなかった。

 ただの俺の夢だって可能性もあるが。

 だがこと推理において、この天才ほど頼りになる奴が他にいないのは事実だ。ざっくりとだが、伝えておくことにする。


「…………夏休みに世界の終わり、宇宙からの脅威に加え、タイムループまで出てくるか……なんなの今年は? 夏のあるある特盛セットなの?」


「ループ……タイムパラドックスか……」


 栄紗は勘弁してと言わんばかりに額を押さえ、芒原はなにかをブツブツ呟いている。

 俺だってこんな立て続けに出くわすとは思ってなかったっつーの。


「……まぁタイムループ説はあくまでも仮説だ。お前ら、別に二周目って認識はないんだろ?」


「ないけどさぁ……嫌だなぁ。ループものって基本、何千何万回とやるのがお約束じゃん……」


「……この世で時間に干渉できる存在なんて早々いないぜ? いたとしても、代表例の『アイオーン』とか都市伝説の『時間神』くらいだし」


「──待て芒原。なんだその時間神って」


 観測局で認知されてる存在なのかよ、あの自称神!?


「都市伝説だよ都市伝説。『自分は神だ』って触れ込みで話しかけてくる変人が界域にいるんだと。普通に不審者か狂人だから、お前らも気を付け──」


「──それって黒乃須(クロノス)おじさんのこと? 私、知り合いだよー?」


「なにっ!?」


 衝撃発言の元を見やると、それは黄泉坂だった。

 なんでここで繋がってくるんだよ。世間は狭いかっ!


「知り合いどころか、ほとんど後見人? みたいな? 私を観測局に行かせてくれたのもあの人だし!」



     ◆



──よォ人間。こんな界域のド真ん中で爆睡たぁ、随分と肝の据わった個体だな?


──だ……れ……?


──俺はクロノス! 『黒乃須鍵一(カギイチ)』って名前を使ってる。お前さんは?


──黄泉坂、古今……


──そうかいそうかい。んで? なんでそんなに()()()()なんだ?


──……なにもできなかった……


──?


──なにもできなかった……私、なにもできなかった!! うわぁああ──ん!!



     ◆



「えっとねー。侵蝕? に巻き込まれて界域に倒れてたのを助けてもらったの! うん、『困ったらそう言え』っていってた!!」


「困ったらって……」


 たぶんそれ、遠まわしに自分のことは言うなよ、って話だったんじゃねーの?

 芒原も半ば困惑した様子で尋ねる。


「まるで要領を掴めんが、一応信用できる相手なのか?」


「それはムリ! だって神様基準だもん! 肝心なところで話通じないよ!」


「そりゃそっかぁ」


 がっかりしたように芒原が肩を落とす。爆弾情報の割に手応えの少なさは俺と一緒らしい。

 ふむ、と栄紗が言葉を置く。


「……とりあえず、ループの元にはなりうるかもしれないけど、斬世の巻き込まれた状況から見て、ほぼ無関係みたいだね? 鍵はその日下部って子かぁ」


「意識が戻ってるかもしれねぇし、一応見てくるわ。作戦は追って連絡してくれ」


 そんな感じで話は一区切り。

 後は部屋で女性陣に追い詰められていた獅子月を芒原が回収し(おそらく噂の“良い所でお邪魔”のタイミングだった)、そのまま栄紗と黄泉坂ともども、宇宙の観測局本部へ移動していった。


 さて俺は──


「……あー榊? なんかあったらいつでも連絡しろよ?」


「気遣いは不要だ。孤高(ぼっち)、それがオレのライフスタイルだからな……!」


 ……次に拠点に来るときは差し入れでも持ってこよう。

 そう思いながら、俺たちは夏の拠点を後にした──



「二人っきり♪ 二人っきり~♪ ららら~♪ らぶゆ~♪」


 駅に戻る道のり、隣でレティがご機嫌ソングを奏でている。

 この町、つくづく人気がまったくいねぇので、はっちゃけているらしい──無論、録音を忘れる俺ではない──なのでその鼻歌が途切れたところで話しかける。


「呑気だなー……明日、アストラルが降りて世界が終わるかもしれないんだぜ?」


「あっ……そうですね。いえ、忘れていたわけではありませんっ。ただそのー……私の視点から見ると、世界って基本『脆そう』というか、いつでも『破壊』できちゃう対象なので……」


 なんという圧倒的強者視点。

 そうか。レティにとっちゃ、世界が明日終わろうが今終わろうがまったく違いがない。むしろ、常にそれが「できる」側の存在なのだ。


「私がこうやって両手を広げて、くるくる歌うだけで、街、滅びますからね」


「……そ、そんなモンなの?」


「ええ。空気抵抗は斬撃に変わり、音は竜巻へ、波及した崩壊は大陸全土へ──ハイ、おしまい。これが世界崩壊三分クッキング~! みたいな?」


 少女が歌ってクルクルするだけで滅ぶ世界終焉シナリオか……

 ある意味、一番可憐な終わり方というか、大多数が最も釈然としなさそーな結末というか。


「なので明日は、『アストラルに世界を壊させるか! 私がいいか! 選んでください!』──みたいな選択肢が発生する可能性もある……かも?」


「文明リセットの決断を俺に委ねるのかよ……」


「まーまー、そうなったら産んで増やして、二人で最初の人類になりましょう!」


「ポジティヴの方向が明後日すぎねぇ?」


 いやいや、レティに世界を滅ぼさせるワケにはいかない。

 それをさせないために俺がいるのだから。


「けど、世界が終わる終わるって言ってる時ほど、終わらねぇもんだからなー……」


「それが常であるべきですね。私もそれがいいと思います!」


 世界なんて、誰も知らない内に救われているべきものだ。

 だからこの夏の結末も──そうであるように願う。



     ◆



「──あ。ヤバッ。目ぇ合っちゃったわ」


「誠ですか。我々、死ぬのでは?」


「ん~……いや耐えたわね。というか見逃された。べっ、て舌出されたわ~。契約者の彼の方は気付いてないみたいだけど」


 刈間斬世とレスティアートの歩く歩道から、五百メートルほど離れた建物の屋上。

 そこには仮装じみた格好で双眼鏡を構える少女と、付き添う三十代ほどの男がいた。


「あれが英雄レスティアート……三千年間、『一度も伝承が途切れなかった精霊』ね……ふ~ん、結構可愛いじゃない……ってあれぇ!? 消えたぁ!?」


 少女の見た目は十四歳ほどだ。

 桜色の髪をストレートに、服装は魔女っ子のようなフリルのミニドレス。まるでテレビから出てきたような、「魔法少女」じみている。


「えぇ~……隠密能力もあるとか厄介極まりないコンビね……」


「撒かれてしまいましたか。彼の方はいかがでしたか? あのユリアン君が退散させられた、と聞き及びましたが」


 そう言ったのは手品師か怪盗のような格好をした男。

 青いマント付きのスーツにシルクハット。腰には二本の西洋刀剣がある。仲間の少女の隣で、茶会で使うようなテーブルを椅子をセットし、そこで紅茶を飲んでいた。


「なんかその辺のヤンキーって感じ。……でも私、なんかあいつの前には立ちたくないわ」


「我々は監視役ですから、一戦交えることはないでしょう。おそらく彼らの伝承に出演したとて、蹴散らされるネームド扱いでしょうし」


「同感だわ。『魔法少女』じゃなくて『魔砲』の少女なんて、私の上位互換じみてるし。……ていうかなんであの純度の伝説がラブコメやってるわけ? 奇跡?」


「さて。ロマンと愛こそが世界救済の要になるなど、いつもの事ではありませんか」


「そうだけど……ねぇアンヘル~? あいつら、ちゃんとそっちで対策できるんでしょうね~?」



 伝承庭園の基地の一角で、そんな部下からの通信が届く。

 そこは作戦室のようだった。中央のテーブルに地図が広げられ、壁のボードには「登場人物」たちの顔写真がピンで留められている。

 通信を聞いているのは、黒スーツ、黒髪赤目の若い男だ。


「此方の戦術がどこまで通じるかはまだ不明だ。今回の私は『この周』を一度も経験していない」


『あ~例のタイムループってやつ? アンタは今回で何回目なんだっけ?』


 台に立てた携帯から聞こえる部下の問いに、銃器を整備しながらアンヘルは答える。


「──知らん」


『ちょっ。そこは覚えてるもんなんじゃないのー!?』


「私以外にもループしている者がいる。彼らの累計も合わせなければ、正確な周回数は不明だよ。刈間斬世を取り入れた周回は、私からすれば今回で実質二周目、となるがね」


 少しの沈黙があって、再び携帯から声がする。


『……ならユリアンの奴は今回、かなり変わったってこと?』


「そうだな。私も予想外だった。()()()()()()()()が限られたのは痛いが、変化の兆しが顕れたのは喜ばしい。成長にしろ零落にしろ、な」


「だーれが零落だよー」


 今度の声は部屋に響いたものだった。

 ユリアンだ。不服そうな顔でアンヘルを睨んでいる。


「あのね、ボクは負けたわけじゃないから。ちょっと様子見しただけだから。人間が神に勝てるわけないでしょ? わかる?」


「だがお前はまだ完全な神ではない。『それを目指す常人』止まりだろう」


「む。じゃあボクがいつか斬世(あいつ)に負けるって言うの?」


「勝敗を決めるのはお前自身さ、『剣神ハバキリ』。実力が拮抗している以上、運命を左右するのは『伝承の純度』だ。今の無名の彼ならば、首を獲る機会が残っているやもしれないぞ」


「……無名ねえ」


 それにしては釈然としない才能(つよさ)だった。

 あれほどの逸材が、ここ半年近くも水面下で眠っていたことの方が到底信じられないのだが……、


「後押しが不足しているか? ならもう一つ明かそう。刈間斬世、彼は────」


 その後に続いた言葉に、ユリアンはおろか通話先の部下たちまで言葉を失った。

 ()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……は。はは。あははははは!」


 唯一、衝撃から爆笑に転じたのはユリアンのみ。

 告げられた事実は、彼の刈間斬世と交わしたやり取り全ての意味を変じるもの。

 笑う。笑うしかない。そして同時にこの「己の変化」を受容する。半端にくすぶっていた闘志が、彼の中で発火する。


 アンヘルは首を傾げる。


「気勢を削いでしまったか?」


「──いや。ありがとうアンヘル。やっぱりアンタはリーダーに相応しい」


 そうか、とアンヘルは返すだけだった。

 ユリアンは足早に部屋を後にしていく。おおよそ、次の接敵に備えるつもりだろう。


『……なんかヤバイ着火の仕方してない? アンヘル、アンタ煽るのが趣味なの?』


「手札の用途は明確にするべきだ。本人にも自覚は必要だろう」


『それで私たちがアンタの意向から外れるかも、って懸念はないワケ?』


「……あった方がいいのか? 仲間とは信用するものだと思うが」


『このリーダーはさぁ~~……』


 部下の声を聞きながら、アンヘルはボードに視線を移す。

 そこにある日付は、八月八日から始まり、九日、十日と続き──


()()()()、か……)


 この先の未来を思いながら、まだ見ぬ終幕に嘆息した。



     ◆



 聖女は願う。


「……来たれ。来たれ。大いなる王よ」


 聖女の長は祈る。


「彼らに啓蒙の光をもたらし……我らが聖母に贄を捧げたまえ……」


 界域深層の教会で胎動する存在(モノ)がある。

 彼女たちの信仰。希望。標そのもの。

 そんな飽きもせず膝をついて頭を垂れ、両指を組む同胞たちを、一員に加わることもなく、その背後の遠くから眺めるだけの者がいた。


「はぁ……祈って得られる救いとは、如何様なものでしょうか?」


 暗黒聖女、執行人ドロティア・シャルフリヒター。

 彼女の信仰とは、自らその手で得られる処刑と流血のみ。

 故に同胞たちの志とは共にせず、彼女だけはその場から踵を返す。


「明日また会えますかしらねぇ……麗しの元王女殿下に白き剣士様?」


 故に彼女の愉しみとは、久方ぶりの友人たちとの再会だった。



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