70 同日、人に歴史あり
どこにでもいる平凡な少年(自称)、獅子月晴斗!
学園の入学初日から、彼は海外からやってきた王女様とぶつかりラッキースケベな目に遭うなどツイてない日々を送っていた!
そんなある日、界域に迷い込んでしまった彼はそこで厄災精霊に襲われる!
しかし! 神社の息子であった彼の霊力は「浄化」の性質を有していた! この霊力を叩き込んで厄災精霊を鎮め、契約を交わすと、その精霊は本来の己の伝承を思い出す!
我を取り戻し、「アリア」と名乗った銀の精霊と共に、彼の新たな日々が幕を開けたのだった!
──だがこの時の彼はまだ知らなかった。やがて次々と襲い来る厄災精霊(※全員美少女)と契約を交わし続け、学園最強の精霊士となることなど──
◆
「──要するにこんな感じの経歴ってことでいいか?」
「ちょちょちょっと!? 僕、かなり真面目に話したよね!? なんでラノベっぽいあらすじ風にまとめるの!?」
「だって要点をかいつまむとこうなるし……」
一人掛けのソファでレティを膝に抱えながら座りつつ、テーブルを挟んだ対面のソファを見やる。
真ん中に獅子月、その左に銀髪女、右に黒髪女、膝にピンク髪幼女。どっからどうみても、どこに出しても恥ずかしくない立派なハーレム状態だ。一種の芸術にさえ思える。
「ちなみに現在は何人と契約を交わしているんですか?」
「えっと……八人。あ、あと幽世に退去したのが一人。あの別れは正直辛かったな……」
「晴斗……」
「つまり九人ハーレムってことか。女抱えすぎだろ」
「そ、そんなんじゃないよ! みんな大切な仲間だよ!」
──瞬間、その場の空気──正確には獅子月の契約精霊三人の顔が、絶対零度に凍り付いた。
……こわっ。
「というか、僕の本命はもう──」
「わかった獅子月。話題にした俺が悪かったからもう口を開くな。刺されるぞ」
「刺……? なんで……?」
この善人鈍感野郎、命が惜しくないっていうのか?
そこまで精霊に好かれながら本命を作るか。つーか幽世に退去したのも合わせると、合計十人かよ。ロクな死に方しねぇぞ。
「まぁ他人の家庭事情はいいや……で──元厄災精霊か。よく今まで隠し通せてたな?」
厄災精霊。個体によっては街一つを崩壊させかねない災害の源。
それを浄化できる、などと。
いくら霊力の性質とはいえ、オンリーワンすぎる。獅子月の実家は分かっていて学園に進学させたのか?
「契約を交わすと、もう厄災の面影もなくなるからね。今の状態の皆は、精霊として本来の姿のままだ。事後報告になるけど、『召喚しました』って言えば申請は通っちゃうんだよね」
「アンタ割と図太いな。じゃあ、厄災精霊だった頃の記憶は残ってるのか?」
銀髪の女精霊──アリアが首を横に振る。
「ほとんど覚えていないわ。『厄災化』の理由は、一般的には知られていないようだけど……村雨先生いわく、『その精霊の伝承が歪曲化・忘却されたから』って言っていた。存在が成立してから年月が経つにつれ、伝承は風化したりねじ曲がったりする。私たち精霊は相性の良い人間に呼ばれるのが通例だけど、逆をいえばその人間が現れない限り、幽世でどんどん存在が薄れていくの」
「その結果、精霊は我を忘れて暴走する。そうして現世に辿り着いた厄災精霊は、精霊士によって討伐される他にない。──だから私たちは、晴斗を特別だと思っている」
黒髪の精霊がそう言って獅子月を見やった。
……なるほど。倒されるしかない自分たちを唯一救える存在。獅子月と契約することによって、彼女らは「本来の自分」として振る舞い、伝承を広げることができる。これは納得の現状か。
だからってなぜ美少女ばかりなんだ、というイマジナリー榊の異論はさておき。
「なぁ、そういう刈間の方はどういう事情なんだ? その彼女からは……厄災精霊とも違う、尋常じゃない気配を感じるんだけど……」
「殺しました☆」
「惚れました。以上」
「──ごめん。流石にそのあらすじは僕の理解の範疇を超えているッ……!!」
「要はお互いに嘘みたいな一目惚れしたってだけだ。そっちからすりゃ在り来たりさ」
「ひ、ひとめぼれ」
わぁ……と謎に獅子月ファミリーが色づく。
なんでそんな恋バナみたいな雰囲気出せるんだお前ら?
「ふふ、微笑ましいですね。──まぁディアが私以外に目移りしたら、泣き叫んで世界を滅ぼしてしまうかもしれませんが」
「他を滅ぼす前にその世界線の俺を殺してくれよ。嫌だぜ? レティ以外の女なんて」
「あぁ~~……たまりませんねぇ……」
「恐るべきバカップル濃度!? 刈間って一年だよな!?」
「(おかしい……数はこっちが上なのに……)」
「(肝心な奴が鈍感だからな……私たちはレースを走っていながら、既に横からかっさらわれているというか……)」
「(ま、まだよ……まだいくらでもチャンスはあるはず……! あの女がいない間に……!)」
なにやら三姉妹がヒソヒソ話しているが、獅子月は話を掴めていない顔をしている。
レース? あの女? などと眉をひそめている有様だ。鈍感とかではなく、単に女心への興味が絶無なだけなんじゃないかこいつ?
「……恋を知る先達として、一つアドバイスを授けましょうか」
「え、恋? アドバイス? いきなりどうして? ──むぐっ!?」
獅子月を押しのけ、三姉妹が前のめりになる。
俺の膝を玉座にして、腕と足を組みつつレティは次の言葉を言い放った。
「意中の方はちゃちゃっと篭絡すべきなのです。貴女たちに必要なのはそう、『きせいじじつ』──!!」
「肉食女子すぎるわよこの子ッ!? 恋に落ちたら勢い余って相手を殺しそう!!」
「涼しい顔して圧が強すぎる……天条寺の類型……ハッ!? まさか王族か!?」
「間違いない……恋愛事を『狩猟』と同一視してるタイプ……!!」
殺されたし王族だし、っつーか肉食の面って王族の特徴なの?
──とか、ツッコミに対するツッコミが追いつかないんだが、たぶん全年齢路線レースをやっていた獅子月陣営にレスティアートの助言は劇薬なんじゃねぇか? と思うところのある俺。
生きろ獅子月。たぶんお前がこれから試されるのは男としての器だ。たぶん。
(……お、来たか)
その時、携帯にメッセージが届いた。
跡地で見つけた手記、それと村雨について観測局に情報をまわした栄紗からの結果報告だ。
そこには──
◆
──境黎市某所の廃病院、地下。
照明がチカチカと点滅する廊下の奥には、ある研究者の部屋があった。
室内はお世辞にも片付いているとは言い難く、ゴミや資料や衣類が散らばっていて足の踏み場もない。
そこへ今、踏み込んだ人影が二つあった。
「あーァ……当然のようにもぬけの殻かよ。無駄足だったかね」
溜息をつくのは白衣を着た中年男性だ。
芒原鷹雅。学園外だろうと相変わらず棒付きキャンディーをくわえている。
「これだけ動きが早いとなると、相手は今も組織と繋がってる可能性が高いね。古巣の聖召機関かな? それとも庭園かな?」
もう一人は古式ゆかしい黒制服の青年。
エミオザリム。魔断霊廟の墓守は、興味深そうに汚部屋を見渡す。
「どっちだろうと俺たちの苦労は変わらんと思うがね……これは当たってほしくない最悪の予想なんだが、庭園と機関、組んでるんじゃねぇの?」
「君の当てずっぽうはよく当たるって学園長ちゃんから聞いてるよ。腐っても局員の一人だねぇ」
「こんな中年を駆り出す事態の方がおっかないよ、俺は」
言いながら芒原は机の上にあった適当なファイルを閲覧する。
それを横目に、
「そうは言うけど、じゃなんで召集に応じたんだい? この部屋の主──村雨式実と知り合いだったとか?」
「俺のこの白衣はファッションだよ。あと局員だったのは往石って奴だろ? そいつが逃げた十五年前っつったら、まだ俺は入局してませーんよ」
「でもその一年後、伝承庭園の前リーダーが部下によって暗殺された。こっちは君の入局時期と一致するよね?」
「墓守サン? 俺が珍しく仕事にやる気を出してんのは、単に自分の生徒が巻き込まれてるからっすよ? そんな大事件の犯人と接続されちゃあ、今ごろ俺は英雄でしょ」
「ハハハ、ただの雑談じゃないか。そう怯えなくたっていいよ? 観測局の人材が豊富なのは、今に始まったことじゃないしねぇ」
ケラケラ笑いながらエミオザリムは室内を物色する。
どうやらこの男は一局員の経歴、昔話を聞くのが趣味らしい。たとえそこにどんな真実が潜んでいようと、個人の娯楽として消費してしまうのだろう。
(曲者だなァー……いつでも誰でも、全方向に裏切りの算段でもつけてんのかね?)
そう頭の片隅で思いながら芒原はファイルをざっと読み流していく。
が、次のページで手が止まった。
「……『厄災精霊パラドックス』……?」
「手配書にもない名前だね? ハイナちゃんなら聞き覚えあるかな?」
「『戦線』の討伐記録は頭に入ってるが、少なくとも俺の記憶にはないな」
「ふうん? 一役員ならぬ勤勉さだね」
机の横を通り過ぎ、更に奥へエミオザリムが踏み込む。
そこにあるのは培養液で満たされた装置や、世界各国から集めたと思しき物品の数々だ。十字架に盾、ただの模型や天球儀、古い人形など、不気味な骨董品がいくつも棚に陳列されている。
そして中央の棚の下には、床にうな垂れて座る、一人の少女の姿があった。
「ふむ?」
一歩、近寄る。
二メートルほどの距離まで来た時、ふと少女が顔をあげた。
……伸びきった薄金の髪に瑠璃色の瞳。丈のあっていないセーラー服で、八歳くらいに見える。頬は痩せこけ、その両眼は光を映しているか定かではない。まるで実体のある幽霊のようだ。
「君は誰かな?」
「────、」
声はなかった。
ただ少女が口を開いた途端、キーンとした音がエミオザリムの頭蓋を揺らす。
「……もしかして精霊かい? 悪いけど、僕らの邪魔をするなら墓送りに──」
彼の声は途中で寸断された。
響き渡った二発の銃声音によって。
「あ」
エミオザリムの目の前の少女が絶命する。
首と心臓。一切の容赦の欠片もなく、芒原が発砲したからだ。
「ちょっと芒原くん? せっかくの手がかりだったのに……」
「……お前こそ『何と』喋ってたんだ?」
「何って──、」
拳銃を片手にやってきた芒原の言葉に、エミオザリムは再び少女の死体を見やり──絶句した。
そこにあったのは人型ですらなかった。人間の子供くらいのサイズの、軟体生物。
おぞましい量の触手を生やした幼体。どうみても、それは現人類が知らない未知だった。
「『明日見未空』。養殖実験体一号だってよ。アレに人間らしい名前をつけるとは、相当イカレてんな」
「……もしかして僕、幻覚にかかってた?」
「いや、俺にも子供に見えた。ただヤバげな直感が働いたんで殺しただけだ」
「ハイナちゃんみたいな瞬発力だね? 君ィ、ほんとに一般局員?」
「俺の入局前の経歴は自慢じゃなくて黒歴史だよ」
二人が机にあった資料を漁ると、先ほどの存在に関する経過報告が出てきた。
銃殺死体からは黒い血液のようなものが流れていたが、それは徐々に煙となって消失していった。まるで魔獣のような消え方だ。
「わざわざあんな手掛かりを残していくってことは……」
「調査しに来た連中への罠だろうな。養殖元はアストラルの一部か……どうやって手に入れたんだか」
これみよがしな培養液。散乱する資料に書かれた謎の古代文字。
──十中八九、村雨という研究者はとうに狂気に呑まれている可能性が高い。
エミオザリムが肩をすくめる。
「……取り込まれたらどうなってたかなぁ?」
「遺伝子情報の書き換えとかその辺りが定石だな。触手ゾンビ化。うんホラ、最初に研究室に入った調査員を発端にパニックが起きるとか、いかにも映画にありそう」
「墓守がゾンビ化とか冗談じゃないよ。芒原くんには借りができちゃったな」
「じゃー給料上げてくだせぇ」
「俗っぽいなぁ、まったく」
取りまとめた情報を報告にして、エミオザリムは携帯の送信ボタンを押す。
そこでふと思う。
「ところで君の契約武装って拳銃なの?」
「武器なんて使いやすさが一番っしょ」




