06 落第生→惚気野郎
初めに言っておこう。
学園において────俺はメチャクチャに嫌われている。
引っ越し作業から一夜明けた早朝。校門を通れば、ザザッと人波が割れた。
どいつもこいつも俺とは違う『優等生』のハズだが、恐れをなしてか──否、「あの生徒は不吉なものだ」という視線を向けてきている。
「あれって……落第生の……」
「目付き怖っ……入院してたって聞いたけど……」
「なんでまだ通学できてるんだ……?」
「学園長のお気に入りって噂だぜ」
ひそひそ。ざわざわ。
大半の生徒はいつも通りな反応だが、少し毛色の違う視線も感じる。
警戒──
こちらは上級精霊士の生徒たちのものだろうか。一部には、俺の状況が洩れているようだ。諜報能力に長けた精霊もいるだろうし……そこは仕方ないだろう。
『ディア……大丈夫ですか?』
『ただの寝不足だ。問題ない』
『う……っ』
原因:レスティアート。理由は言わずもがな。
目つきの悪さに寝つきの悪さが加算して悪人度合いが上がっているのだ。未熟と思え。
「──刈間斬世ッ!」
と──面倒な奴に見つかった。
声掛けされた方へ振り向くと、そこには一人、腕を組んで仁王立ちする女子生徒。
藍色のロングヘアをうなじ辺りで一つに結んでいる。毅然とした目つきは、不良代表例のような俺とは真反対の、生真面目な覇気を今日も放っていた。
「おはようッ!」
「あ。はぁ」
突っかかられるかと思いきや、普通の挨拶を放たれて拍子抜けする。
なんのつもりだこいつ。無駄に周りの視線を集めやがって。もうちょい廊下の端とかで話しかけろよ。
『あの人は……?』
『……生徒会副会長、二年の奏宮華楓。ただの知人だ』
レティの質問に答えつつ、俺は相手を見やる。
一体どこで地雷を踏んだのか与り知らぬところだが、俺はこいつに目を付けられている。
絵に描いたような、ともすれば漫画にでも出てきそうな正義の女。アレだ、くっ殺の台詞とか似合いそうな女騎士な感じ。
まぁどっちかというと、「くっ、死ね!」って言いそうだけど。
「──……今日は、登校して何よりだ。噂では停学沙汰を起こして入院中、などと聞いたが、思ったより元気そうじゃないか」
「停学食らってたら来てねぇよ。言っとくが出席日数とかは数えてんだぞ、俺は」
「ほう、殊勝な心掛けだな。少し見直したぞ。まだ学園の生徒という自覚はあるのだな」
副会長の物言いにクスクスと周囲が笑い、うんざりする。
“まだ”言うなし。
あと出席日数を数えてたのは退学目的だ。そんな目的も、今となっては露と消えたが。
「で、なんか用か。様子見だけってんならもう行くぞ」
そう言って会話を切り上げようとすると、その碧眼に険が宿る。
強張った面持ちからして不機嫌そうなのに、喋ってみれば怒ったようになる。まるで面倒くさい。意図が不明すぎて帰りたい。レティを見て癒されたい。
「待て──貴様、精霊と契約したというのは本当か」
投下されたその言葉に、ざわっと周囲に動揺が走る。
こいつ……ほんとこいつな。ああそうか、わざわざ人目のある所で呼び止めたのは、俺に真相を吐かせるためか。無駄に回る頭してんじゃねぇよ!
「仮にその話が本当だとして、てめえに何の関係がある。ここは『精霊士』が通う学園だろ、なにもおかしな事はないはずだ」
「そうだな。入学してからただの一度も精霊召喚に成功した事のない、前代未聞の落第生でなければな」
『なるほど……ディアは私と出会う前から、私と契約する運命にあったのですね……』
レティの感想が苛立ちを静めてくれる。ああ、俺もまったくの同意見だ。
「一体その精霊はどこで手に入れた? 召喚に成功していない以上、貴様に精霊士の適性はないはず。であれば、」
「違法産か、あるいは禁忌か?」
先回りして言ってやると、そろそろこの場の空気が凍り付く。
奏宮の表情は更に硬くなり、犯罪者か何かを見るような目だ。
「どっちでもねぇよ。つかどっちかだったら校門は通れねぇだろ。それとも何か──お前、まさか自分の通う学園が真っ黒だと侮辱したいのか?」
「なッ」
「つまりはそういう事だろおい、俺を疑うってことはよ」
フン、こっちが挑発に乗って反論一つも出来ねぇ馬鹿だとでも思ったか。
弁舌の類は学友野郎のせいで無駄に達者になってんだよ。殴り合いだけで解決したがるような脳筋と一緒にされるのは心外だ。
「……そうか。余計な勘ぐりだった、謝罪しよう」
「ようやく分かったか。んじゃ──」
「──であれば、この場でその精霊を見せてみろ」
先ほどの動揺から一転、副会長はニヤリと口角を上げる。
その目は懐疑心から好奇心に変わっている。要するに「証拠を見せろ」ということだ。
「どうした? 精霊と契約したのは虚言か。落第生を続けたいのならそう言ってみろ」
『ディア……』
「──絶対に断る」
え、とレティの声がした。
なに、と奏宮も目を見張った。
「てめえ如きが、てめえら如きが拝めると思ってんじゃねぇクソエリートども」
俺は心底から、怨念さえ込めて言い放つ。
「いいか──? 俺の契約精霊は超絶美麗可愛い」
『!?』
「……か、かわいい?」
「そうだ。この学園にいる美形全員揃えて乗算累乗してなお届かぬ境地にいる美しさだ。なのに、なんで、赤の他人かつ馬の骨とも知らねぇ奴らに見せる必要がある?」
『!?!?』
「え、いや──え? いや、おま、貴様、何を言って」
「俺の精霊の可愛さは俺だけのモンだ!! 一目たりとも見せるか、クソボケッ!」
「ちょ、ちょっと待て、そこまで聞いたら逆に気になるんだが──ッ!?」
呼び止める副会長の声をガン無視して俺はその場を後にする。
願いを聞き入れるつもりはない。一生もどかしくしてろ。
『にゃ、にゃにを……にゃにを言ってるの、ディア~~~~ッ!?』
そんな声に、顔を爆発させたようなレティを幻視する。いや、絶対してる。間違いない。
『何って、本心』
『ばかっ! ばかーっ! うう、もうどういう顔で実体化したらいいかわかんない……』
『実体化させる気はねぇが……』
『ううー! うーっ!』
ぽかぽかと背中を叩かれてるような気がした。気がしただけだ。
俺の嫁が可愛い。
◆
「オイ聞いたか……? 刈間の精霊が超絶美麗可愛いって話……」
「ああ……どうやら超絶美麗可愛いらしいぞ……」
「それはそれで気になるな、超絶美麗可愛い……」
──教室で席につくと、こちらを遠目に見る連中からそんな声がする。
精霊士としてのランクは引き上げられたが、所属クラスは以前と変わらない。クラス分けにランクは関係ないのだ。おかげで元同族こと初級の奴らがチラチラとうざったい。
「ひっ……」
ギロ、とガンを飛ばすと震え上がられる。
野次馬たちは逃げるように去っていく。貴様ら如きにレティの姿を拝ませるものか。
『ディア~……』
ハードルを上げないでぇ、という懇願らしき声。大丈夫だレティ、たとえハードルの高さが大気圏を突き抜けようとお前の可愛さはそれを優に飛び越えるからな。
「よォ、刈間ァ……聞いたぜ、てめえ精霊と契約したんだってな」
「あん?」
レティに全意識が向いていたので気付かなかった。いつの間にか俺の席の周りには、どっかで見覚えのある男子生徒たちが六人ほど集まっていた。
「ッ、なんっだその腑抜けた顔は! 精霊を持ったからって調子こいてんじゃねぇぞッ!」
「いや、こくだろ。精霊手に入れたら普通にテンション上がるだろ」
『ヨッ!?』
「よ──よよよ嫁ェ!? てめっ、高校生で結婚だとぅッ!?」
「岸沼さん、ツッコむ所そこじゃねぇと思いますッ!」
あのなぁ、と俺はこの憐れな不良少年たちを見やる。
「俺はもうお前らと遊ぶ暇はねぇの。一体どこで親近感持たれたか知らねぇが、これからは無闇に突っかかってくんの止めてくれるか」
「ハッ! てめえみたいな落第生が契約できる精霊なんて、どうせ大した事ねぇだろ!!」
言った瞬間、拳を振り放ってくる愚か者。
俺の事は別にいいがレティを貶す事は断じて許しがたい──と、反射的に迎撃の拳を握った途端、
『無礼』
ズヴァチィッ!! と。
奴の拳が俺に当たる直前、見えない壁がそれを阻み──稲妻を発生させながら吹き飛ばした。
「ぐォオオアッ!?」
「あ──兄貴ィッ!?」
奴の体は一瞬で教室のドアを突き破り、廊下へと転がり込む。
今のは──レティの?
『私以外の下賤の者がディアに触れるなど論外。羽虫のように叩き伏せましょう』
下賤の者って。
つーかなんかちょっとかなりカッコいい口調じゃねぇの!?
「お~い、お前らホームルーム始めるぞ……って、なんだ。誰だドア吹っ飛ばした奴は?」
そこで我が一年四組の担任がやってくる。
出席簿を手にした、白衣姿の気怠そうなツラをした中年教員だ。芒原鷹雅。禁煙中で棒付きアメをくわえているのは、学園中の生徒が知る努力である。
「はいセンセー。一年二組の岸沼が刈間くんの反射板みたいなので吹っ飛ばされましたー」
「あー……道理で精霊が落ち着かねぇワケだ。刈間ー、ちとお前さんの相棒の機嫌直してくれ。このままじゃ学園の設備が全滅しかねん」
至って普通の口調で、業務連絡みたいなノリで放った担任の言葉に耳を疑う。
学園の設備が全滅? そこまでの大事が起きているようには見えないが……、
『……レティ、後で屋上デートするぞ』
『デ?』
『イチャつくってこと』
『デートぉ!?』
はわわ、と慌てる声が聞こえるのと時を同じくして、教室の照明が何度か点滅した後に安定する。それを確認して、ふう、と安堵したように芒原が息を吐き、教室の壁を出席簿で一つ叩くと、吹っ飛んだドアが新たに再生した。
この学園においては、精霊士同士の戦いが起きることも少なくない。なので校舎全体に修繕の加護が働いているという。学園側の契約精霊の力らしい。
そこで教壇に立った芒原が、何事もなかったかのように朝のホームルームを始める。
「えー見ての通り、刈間くんはちょっと前から精霊士になりました。そこで学園長から、全校生徒に注意事項を通達しまーす。
一、刈間斬世の契約精霊を怒らせないこと。
二、刈間斬世の契約精霊に手を出さないこと。
三、刈間斬世の契約精霊を害した者は強制退学処分とする。──以上!」
「……は?」
間抜けな声を漏らしてしまったのは無理もなかった。
なんだそのレスティアート対策網。そりゃあ俺としても、レティが傷つかないに越したことはないが……
「え、えと……先生、それってどういう、」
困惑する一人の生徒の質問に、ああ、と芒原はこっちに視線をやる。
「刈間はどうも命がけで精霊契約したらしい。それだけレアかつ高位の精霊ってことは分かるよな? 要は契約者っつーか生贄なんだよあいつ。いやー、ちっと見ない間に男前になったよなぁ!」
「いや、アンタ……」
大体合ってるようで合ってないような。
つか、そんな妙に持ち上げて言われると、まるでレティが危険な精霊──
……。…………。
……いやまぁ、確かに顕現前の力の余波で家を消し飛ばしたり、色々してたか。
世間一般からすれば、危険じゃない精霊ではないよな。
可愛い顔して異名が破壊精霊だし……
『ディアとデート……イチャイチャ……』
……なお当人、妄想中の模様。
俺と他とでの対応にギャップがありすぎる。これが神話の英雄の姿か?
「ま! 契約精霊との問題は、精霊士なら誰もが一度は通る道だ。まさか優秀な生徒であるお前らが、期待の新人をないがしろにする、なんてありえねぇよな?」
芒原の笑みにクラス中は静まり返る。
俺は今日、初めて教師というやつに敬意を抱いた。