68 同日、廃墟跡にて邂逅す
「十年後の……八月十日? ……十日ッ!?」
「明日ではっ!?」
いくらなんでもギリギリすぎる!
手掛かりっちゃ手掛かりだが、ほぼ犯行予告と同義じゃねーかコレ!!
『~~ッ、とにかくその手記持って戻ってこい! 後の対策はこっちで考える! いいか、必ず戻ってこいよ!? 死んでさえなければ必ず治療してやる! 護衛、ちょっと行くよ!』
『サーイェッサー!』
バタバタと通信を離れる足音がした後、即座に別の声が返ってくる。
『──指揮官と通信を変わった榊だ。世界滅亡予定日が明日になった、という理解でいいか?』
「理解したくねぇけどそういうことだな! どうなってんだオイ!!」
とにかく急いでレティと書斎を後にする。死体を弔っている時間はない。下手したら世界を弔う羽目になる……!
「──ッ! 待ってくださいディア! ……精霊の気配がします!」
「──、レティは姿を隠せ! ったく、良いタイミングで来やがったな……!」
レスティアートが実体化を解くと同時、俺は階段を駆け上がって地上に出る。
真っ暗な部屋から出てきたので、雨が降りそうな曇天でも目が眩みそうだ。敵は十中八九、庭園か聖女のどちらか──
「……え? そんな、誰っ!?」
「………………こっちの台詞なんだが?」
結論から言って。
肩透かし──というか完全に想定外の連中がそこにはいた。
地上に出て、この廃教会の元入口らしき位置には三人の少女。
一人は背の高い、長い銀髪が特徴的な女。
その隣には背の低い、ピンク髪の幼女。
その更に左横には銀髪と同じくらいの背丈の黒髪の女。
マジで誰だ、こいつら──と思っていると、榊の通信が聞こえた。
『──問おう。そこにいるのはいわゆる美少女型の精霊か?』
「(……レティほどの美人じゃないがな)」
『長女っぽい銀髪、次女っぽいピンク髪、その姉妹の保護者面している黒髪……か?』
「(エスパーかお前は!?)」
怖ぇわそこまで正確な正答だと!
美少女たち(※呼称上の描写である。俺にとっての美少女はレティただ一人だ)は、警戒の眼差しをこっちに向けている。ていうか、榊の態度で俺も思い出してきた。こいつら、なんかどっかで見たことある。
「……あ~……獅子月、の契約精霊……?」
「! 晴斗のお知り合い……ですか?」
『思い出したか刈間。そう、彼女たちは我らが学園の主人公(仮)、三年五組・獅子月晴斗の契約精霊だ──!』
どんな認識だよ、どんな。
だがまぁ獅子月とは俺も関わったことはある。大した話をした記憶はないが。
「貴方、ここで何をしていたの。怪しい……」
ピンク髪の幼女(いや背が低いだけか?)が一歩前に出る。
廃墟をウロつく怪しさで言ったら、こいつらも大概だろ……
『気を付けろ刈間。その三人は獅子月に本命の恋人ができてから、どことな~くギスっている。無論、表面上の仲は良いがな。一歩でも地雷を踏めば、というかお前が「獅子月の敵」だと認識されたが最後、彼女らはお前を“八つ当たりの相手”として選ぶだろう……!!』
獅子月ィ!! テメーの女たちだろなんとかしろォ!!
とんだハーレム野郎の地雷原に踏み込まされかけているようだ。人気者だってことは知ってたが……だからって地雷原が突撃してくるとは聞いてねぇ!
「待て二人とも。その男の気配……尋常じゃない。一体、誰と契約している……?」
二人の後ろに控えていた黒髪女がそんなことを言う。
誰って……俺の愛する唯一無二の最愛、レスティアートだが……?
「──不躾な方たちですね。貴方たちに問う資格はありません」
「「「──ッ!?」」」
瞬間、場の空気の重みが『増した』。
重圧。プレッシャー。レティが顕現したと同時、精霊としての気配を放ったのだ。たったそれだけで、三人の精霊は膝をつきそうになっている。
「くっ……貴方たちは、一体──!」
「質問するのは此方です。貴方たち三人はどうしてここへ? 正確に、嘘偽りなく答えてください。でないと──」
「っ、頼まれてたの! 晴斗が……村雨先生がここを調べてほしいって──言われてたから、だから、私は力になろうと……!」
銀髪の精霊が必死にそう訴えかける。
村雨……? 聞いたことのない名前が出てきたな。
「ふむ……村雨先生とは? 学園の教諭ですか?」
「ち、違う……でも、私たちも晴斗もよくお世話になっていて……悪い人じゃないの!」
「平たくいえば……闇医者?」
「……彼女は私たちの恩人だ。どんな精霊だろうと……たちどころに怪我を治してしまう。晴斗の奴も、先生がいなければ何度死んでいたか……」
「──いいでしょう。興味深い証言がとれました」
パチン、と指を鳴らすと周囲にかけられていた重圧が消える。
やっと空気を自由に取り入れられる解放感に、彼女らはその場に膝をつく。
「どうやら貴方たちは利用されていただけのようですね。長い時間をかけ、信頼を得る……命を救われた経験もあれば、疑うことはまず不可能。巧妙な手口です。その闇医者、おそらくは裏組織に関わりのある人物でしょう」
「!? 馬鹿な! 村雨先生はそんなんじゃ──!」
(……あ。手記にあった「助手」……か?)
──私は助手に全ての研究を託してここで朽ちることにする──
この場所を知っている奴となればそれしかいまい。つまり村雨という医者は、レティの推測通り、どこぞの組織のメンバーである可能性が高い。
「なるほどな……獅子月ほどの戦力を取り込んでおけば、精霊士としても厄介な障害になる。要するに捨て駒か」
「捨ッ……」
「ええ、放っておくことはできません。ただでさえ切羽詰まった状況、此方としても戦力は一つでも欲しいところです」
「待って……まだこっちの質問に答えてもらってない! 貴方たちこそなにも──」
精霊らしくタフなのか、銀髪の女精霊が立ち上がってそう言いかけた。
──瞬間。
「刈間斬世と破壊の英雄精霊。君たちじゃ及びもつかない『本物』の主役だよ」
知らない声が場に響いた直後、レティの周囲から光線が放たれた。
五本の閃光は左にあった朽ちかけの壁を完全に消し飛ばし、その上に立っていた者を牽制する。しかし即座に動いた人影は口笛を吹きつつ着地すると、面白そうに口角を上げた。
「はっはー。いきなり容赦ないなぁ。物騒なお姫サマ。アンヘルがやられたって言うのも納得の火力だぁ」
「──誰だテメエ」
いや──訊かずとも察していた。
こいつこそが想定の敵。アンヘルの名を出すということは……庭園のメンバーか。
「ボクは伝承庭園の剣士が一人、『剣神』ユリアン。君たちをぶっ殺しに来た敵だよ! 安心してかかっておいでね!」
それは柔和な笑みを張り付けた少年だった。
短い蜂蜜色の髪に白銀の瞳。十四歳ほどの背丈に見えるが、その歳の割に一切の隙がない。
季節感を完全に無視した灰色の外套の下、軍服らしき服装の腰には一本の長剣を下げていた。
……珍しい。精霊士といえば、武装は形成するものばかりだと思っていたが。
「こ、殺しにって──、っ!?」
口を開いた銀髪女の前で火花が散る。
一瞬で彼女に肉薄したユリアンが振るった刃を、寸前で介入した俺が弾き返したからだ。
少年の眼が細まる。
「お、さすが」
「──、」
こいつ……、
「うわっとと」
少年が身を翻して足元から飛び出した光線を回避する。
続けざまに光線の雨が彼一人に降り注ぎ、しかし身軽な動きでそれらを避けつつ距離を取っていく。
「ディア、彼の相手は私が──」
「却下。レティはこっちの連中を頼む。あいつは俺が引き付けておく」
「!」
あの身のこなしでわかる。……正直、今まで会った連中より、遥かな高みにいる剣士だ。
強さの根源は、伝承か才能か鍛錬か。いずれにせよあの少年剣士を見た目で判断するのは危険すぎる。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私たちだって戦える──!」
「いや、お前ら邪魔。近接戦に持ち込まれたらレティがいないと即死するぞ」
「なんですって!?」
「ううん……妥当な判断ですね。ディアがそう判断するほどの相手なら、お任せします!」
「サンキュ」
レティのホームグラウンドは殲滅戦、及び防衛戦だ。殺し合いじゃあない。
それに──
「あいつの狙い、たぶん俺らじゃなくてお前らだぞ。獅子月の奴はどうした?」
「……い、いないわよ。最近、妙に私たちに過保護だから……置いて来ちゃったわ」
なんだそれ。
レティからも呆れた声があがる。
「……私にも覚えがあるので強くは言えませんが……子供の家出ですか?」
「ち、ちがっ! そういうわけじゃ!」
「──おーい、良い感じに交流は進んでる? うんうん、作戦会議はじゃんじゃんしていいよー。余裕を見せてこその『強者』、だしね!」
砂利だらけの大地の向こうから、ゆっくりとした歩きでユリアンが戻ってくる。
左手に握った長剣の刀身は漆黒色。目を伏せたくなるほどの黒々しさには、赤い血の跡が染み付いていた。
「貴方……なんなの!? どうして私たちを狙うの!?」
「おい、そんなこと聞いてる場合──」
「『獅子月晴斗の伝承は今日で打ち切る』」
……シナリオ?
「それが今回のボクに下された命令。マンガにもあるじゃない。つまんない脚本は捨てられるってやつ。君たちはソレだよ。だーかーら、そっちの主役二人に用はないんだけど……」
「……」
「ま、英雄候補が困ってる人を見捨てるなんてありえないよねー。とにかく、任された仕事にはちゃんと応えたいんだ。アンヘルの命令だしね。あ、先に君たちを狙ったのは、それが獅子月晴斗のお約束だって聞いたから。誰かを傷つけられてからじゃないと怒らないし、本気にならないヒーローだなんて──酷いよねぇ? そうは思わない?」
「晴斗を愚弄しないでッ!!」
刹那、銀髪の精霊が弓を構えた。
──このアホ……ッ!!
「あはっ」
ユリアンが刃を振った。──距離を詰めないまま、遠くから。その戦術を俺は知っている。
霊力の斬撃。
放たれたソレが直撃する前に斬り払い、その横で、
「皇女パンチ」
「ぐぁッ!?」
「「!?」」
レティの裏拳が銀髪女にクリーンヒット。
銀髪精霊がぶっ倒れ、俺どころか敵まで、唖然とした空気になる。
「本当に足手まといですね貴方たち……ディアの仕事を増やさないでくれます? 消しますよ?」
「す……すまない。アリアは晴斗のことになると頭に血が昇りやす……いや、すまない……」
黒髪の女精霊が心底申し訳なさそうに平謝りする。苦労人枠はこいつか。
『こちら司令室より。“主人公は窮地になってからの逆転劇こそが至高だろ派”の榊だ。見ている分には、の話だが。──そこにいるユリアン少年のデータは観測局にもほとんど記録が残っていない。出くわした者は全員殺されているようだ。ところで悪いニュースがある』
「(一つだけかよ)」
そこは良いニュースも持ってくるところだろ。
『獅子月晴斗が全速力でこの町に向かっているようだ。全力の徒歩で、だ。結論から言って、奴が来る前にユリアン少年を撤退させなければ、獅子月陣営は皆殺しになるだろう』
勝利条件が一つ追加されたらしい。勘弁しろ。
はあ、と一つ息を吐く。
愚痴も泣き言も後回しだ。
「──行け、レティ。この場は俺が凌ぐ」
「はい! 必ず援護に来ます!」
頼もしい声を背中に、飛び出した。
ユリアンに接近し白刃を振り抜く。相手はやや驚いたように目を見開いたが、迎撃の速度に遅れはない。俺に通されることなく剣を返し、二合、三合──五、六合と剣戟の音を散らした。
「っ──やるね!」
ユリアンの左頬に掠り傷が入る。浅いか。
次に刀を振るった直後、金の影が消えた。上に跳躍したのだ。大地と逆さまになった状態で、俺の死角から一閃が放たれる──
「……!!」
のを、回れ右に回転しながら背後に後退して回避する。
ザシュッと右腕の薄皮一枚、斬撃が通っていく。
「ふぅ──やぁっと一撃」
くたびれた様子で着地したユリアンがそう零す。
……今の一閃、レティの加護をすり抜けていた。黄金の結界は発動せず、久方ぶりの「痛み」が身体に走っている。
「お前……加護を斬れるのか?」
「あ、驚いた? そうそう、ボクってば強いからねー。だから精霊の加護頼りで戦う精霊士は良いカモだよ。君みたいに、強い精霊と契約している精霊士ほど、その傾向が強いんだけど……やっぱり『本物』は違うねぇ!」
楽しいよ! と満面の笑みを浮かべる無邪気な剣士。
笑いつつも突き刺すような殺気。それを前に、俺は──
(……結構やるなこいつ??)
それはなんというか。
悔しいとか不覚を取ったとかではなく、純粋な思いだった。
いや正直、強さに固執しているだけの奴かと舐めていた。
だからこれほどに──これほど剣戟が続いた剣士は黄泉坂以来、否、精霊や異能ナシ、完全な剣の実力勝負でいったら、爺を除いてもこいつが初めてなんじゃ──?
「……おい」
「?」
「やるなお前。俺の好敵手になれよ」
気付けばそんなことを口走っていた。
湧き上がる喜悦に口元を歪めるままに。




