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67 同日、調査と発見

 移動を開始してサングラスは仕舞った。

 普通にレティが見えづらいし、ネタはツッコミを一回もらったら充分だ。


「さぁようこそ、ここが我らが夏の拠点だぁーッ!」


「ボロいビルにしか見えねぇんだが?」


 駄菓子屋から学友野郎に案内されて二十分ほど。

 辿り着いたのはこの町では珍しくもない廃墟街、その一角に構えた廃ビルだった。

 文明の残骸、人気ゼロ、謎拠点、ここまで揃ったらガキの秘密基地感がある。童心に理解はあるつもりだが、こんな埃っぽいところにレティを連れて来たくはない。


「ほほう……こう、どことなくワクワクしてしまいますね! これが当世における『非日常感』、というものなのでしょうか……」


「おい拠点ならインフラは完備してんだろうな? キッチン、風呂、トイレがなきゃ俺はここを基地とは認めねぇぞ」


「昔より扱いやすくなってなによりだ我が友。洗濯機も冷蔵庫も洗面所もあるから安心なさいー」


 ビルの三階に上がると、意外にも掃除が行き届いた部屋に着いた。

 一言でいえば事務所。奥に社長が座りそうなデスクがあって、その近くの角隅ではこれまた使い古された扇風機が稼働している。壁際には手をつけてなさそうな本棚やショーケースが詰まっていて、来客用と思しき目の前のテーブルにはやたら本が散乱していた。


 題名を見た限り、どれも精霊……特にアストラルに関する書籍のようだ。


「いろいろ散らかってるけど、そこは『拠点らしさ』ってことで置いといて。次にチームメンバーの紹介といこう」


「チームメンバー?」


「栄紗ちゃ──ん! コレお湯出なくなったぁー! 壊れちゃったかもー!!」


 バタバタと忙しない勢いでドアが開いた。

 隣室から出てきたのは湯沸かしポットを手にした、見覚えのある女──


「……黄泉坂古今!?」


 ポニーテールでまとめた金髪ロングに琥珀瞳という色合いが眩しい容姿、半袖Tシャツにホットパンツの格好──軽音楽部部長がそこにいた。


「あれっ、刈間くんだー。……刈間くんだー!? すっごい偶然! 久しぶりぃ!!」


 偶然なワケがないだろう──俺は今回の主犯へと目をやる。


「彼女は私のボディガード。斬世と同じ学校の先輩だったとはねぇ」


「俺はまだ先輩後輩の関係とも言ってねぇよ……って、ボディガード?」


「そうだよ!」


 ポットを机に置いた黄泉坂が両手を腰に当てる。


「なんか観測局(みんな)でスッゴイ作戦やるんでしょ? 私もやるやるー! って言ったら、『じゃあ君はこの子についてなさい』って言われたの!」


「扱いが年少児のソレじゃねーか」


「まさか、現代で最も魔獣を討伐しているとされるハイスコアランカーが来るとは思わなかったけどね……」


「……そうなのか?」


「彼女、観測局では生ける都市伝説みたいな子だよ? 知らなかったの?」


 学園に在籍する一学生がそんな最高討伐記録者(トータルホルダー)とは思わねぇよ。

 観測局、霊廟、結社、教会、戦線の五組織という専門職たちを押しのけて、黄泉坂(コイツ)がか? 本当に?


「私は就業年数(プレイ時間)が長いからね! 最近は刈間くんたちがスコア伸ばしてるし、追い抜かれるのも時間の問題だよー」


 ……魔獣討伐を周回ゲーかなんかと思ってねぇか、こいつ。

 その認識だけで規格外性がうかがえる。ワーカホリックの亜種かよ。


「つか、ボディガードがいるのに一人で出迎えに来るなよ」


「私は死ぬならあの駄菓子屋か電話ボックスの中がいいんだよ」


「捨てろそんな拘り」


「それよりメンバーはもう一人いてね。そっちはバイトで──」


「おい資料まとまったぞ──と、全員集合していたか」


「……やっぱアンタか先輩」


 黄泉坂の出てきたドアの向こうから、紙束を持った金髪眼鏡先輩こと榊先輩が現れた。

 こっちはポロシャツにズボンの服装だ。なんとなく予感はしていた。この女子二人と繋がりを持ってる俺の知り合いなんて他にいない。七月からこっち、妙に縁があるし……


「ちなみに経緯を聞いてもいいか?」


「観測局に週イチで出回る求人雑誌で募集かけたら応募してきたんだよ」


「募集人数一名、連絡先の出題はクロスワード形式、怪しい割に給与三桁で気になってしまってな……」


「怪しすぎるだろ。絶対に金で釣られてんじゃねぇか」


 心なしか先輩に受難の相が見える。この学友馬鹿と関わるとロクなことにならねぇってのに。


「……ん? じゃあこの集まりって……上も知ってるのか?」


「私が斬世の交渉人って立場は変わってないからねぇ。ま、アストラル撃退っていっても、まずは周辺組織を片付けなきゃいけないし」


「その説明も兼ねてブリーフィングを始めるぞ。各自、好きな席につくといい」


 ガラガラと榊がホワイトボードを引っ張ってきて陣営名を書き連ねていく。

 栄紗は当然のように社長席へ、黄泉坂は一人掛けのソファに座り、俺とレティは残った幅広のソファへと腰を下ろした。


「前提として、此度の作戦は『アストラル降臨』が確実的なものだ。“降臨を阻止する”ではなく、“降臨後に何をするか”が要といえる。この理由は単純で、降臨を阻止することはまずできないからだ。宇宙のほぼ全土を手中に置く大精霊など、いくら対策精霊を召喚したとて敵わん」


「むしろ、アストラルと相対する精霊は少数の方がいい──っていうのが上層部の見解だね。なにせ()()()()()()()()()()()()()()()()って話もあるし」


「見ただけで廃人……? 対策の仕様あんのかそれ?」


「誇張であってほしい伝説だけどねぇ……ま! そこはセラフィエルのバックアップに期待しよう。なんなら、私たち人間陣営は同じ人間を相手にするだけで済むかもしれないし」


 ……本題か。

 アストラル降臨前に俺たちがやるべきこと。それは──


「──『伝承庭園』、『聖召機関』が観測局のゴタつく隙を狙ってくるだろう。庭園は主に精霊に関する違法な研究を生業としており、聖女たちの方は“聖母”と呼ばれる人造精霊の強化のために動くと思われる」


「聖女か……」


 あの真っ黒聖女──ドロティアのことを思い出す。

 俺とレティが見たのは「聖獣」という個体だったはずだ。多くの精霊を餌にし、膨れ上がった神々しい異形の獣。

 その上位互換となる「聖母」のため、レティを餌にするような事もほざいていた。


「斬世たちは聖女と一回関わったんだっけ? どうだったの?」


「界域主何十体ぶんの力を持つ“聖獣”ってのを操ってたぜ。レティが瞬殺したけど」


「ふっ……あんなものは敵に値しません。百倍連れてこい、という話です」


「ネタに思えるガチ証言をどうも。レティアちゃんってやっぱ凄い精霊なんだね?」


「あ! そういえば私も聞いてなーい。なんて名前なの?」


「──、」


 黄泉坂から素朴な、しかし当然の疑問。

 隠し通していたが、こいつらには共有しておくべきか。

 レティと視線を交わし、頷くと、彼女が口を開きかけ──唐突に榊が片手で制止した。


「待て! 言うのならオレがいない時にしろ。恐らくはかなりのビッグネーム……現代人なら、精霊士以外でも知っているような偉人だろう?」


「なんだ改まって。気にならねぇのか?」


「対人戦に臨む以上、『知らないこと』自体が武器になることもある。オレはもう自分が捕まることを想定しているからな!」


「想定しないでほしいんだけど。そこは頑張ってほしいんだけど。自分を過小評価しすぎじゃない?」


「過小評価するくらいで丁度いいんだ、オレは。とにかく今は言うな。……あと黄泉坂にも言うな。ひょんなことでポロッと口にしかねない」


「なにをう!?」


 ……そんな流れで、結局レティは仮称「レティア」で進むことになった。

 もうほとんど真名に近い名前だし、こいつらも勘付いてると思うんだがな。


「では話を戻すぞ。仮想的は『伝承庭園』の幹部と『聖召機関』の聖女たち。前者はなかなか巧妙で足取りが掴めないが、後者にはある情報が入っている」


「ほう?」


「聖召機関の元拠点の一つと思しき跡地が見つかった。──オレたちがいるこの町、時永市でな」



     ◆



 聖召機関の拠点跡。

 そこは随分と古い教会だった。天井や屋根なんてものはなく、柱や壁が僅かに残るばかりの廃墟。

 本数がただでさえ少ないバスで揺られて二十数分。俺でさえ来たことのない郊外に、まさかこんな場所が残っていようとは。


『通信感度良し。あーあー、聞こえてるー? オーバー?』


「チッ」


『オッケェイ。じゃ、そのまま進んじゃってー』


 左耳につけたイヤホン型の通信機からは指揮官・栄紗の声が聞こえる。

 俺のスマホにも位置を特定するアプリを入れ、遠方からバックアップするとのことだ。


『ちなみにレティアちゃんにも私の声は聞こえてるんだよね?』


「ディアと聴覚を共有しています。問題はないかと」


『精霊士って便利ぃ~』


『……そんなことまでできたか? 普通……』


 通信の奥で榊が疑問の声をあげている。

 まぁ俺とレティは五感一つどころか命を共有してるので、これくらいは容易なんだろう。


『その廃墟には、かつて大精霊を研究してた人がいたみたい。名前は往石(おうせき)去来(キョライ)。元は観測局の役員で、十五年くらい前にアストラルに関する禁書を持ち逃げしたんだってさー』


「禁書……?」


『曰く、読めば気が触れる魔導書……だとか。とにかく、そいつは聖召機関と繋がって、アストラルの研究を進めていた可能性がある。この町を隠れ家に選んだ理由は……斬世なら察してるでしょ?』


「俺が生まれた頃ってぐらい昔になると、界域や裏社会の連中が蔓延ってた全盛期だろ。ココが現世に戻ってきたのも割と最近なんじゃないか?」


『大正解。ちなみにその廃墟を特定した大功労者は私だ』


 だろうな。

 観測局の人脈を洗って、世界のどこにあるかも分からない一つの拠点跡を見つけ出すなど、無駄に頭のキレる暇人じゃなきゃ不可能だろう。


「しっかしなんにもねぇな……あ、廃教会といえば地下か?」


 地面は瓦礫に埋まっていて足場が悪い。

 これらを取り除けば、なにか発見があるか?


「では私が軽くのけましょう。そぉーれっ」


 レティが前に出て、軽く右腕を振った。

 ──直後、ゴゥッ!! と突風が吹きすさび、辺り一面の瓦礫地帯が教会の敷地の外に飛んでった。


『今、なんか凄い音がしたけど。手がかりまで消し飛ばしてないよね?』


「レティの技量を舐めるな。完璧な……掃き掃除だよ」


「えへん」


 本来、彼女が振るう破壊の力は無作為で対象を選ばない。

 少しでもレティの制御を離れれば、それらは全て「破壊の事象」として発生する。今の光景は、彼女が培ったちょっとした絶技だろう。


 で、地面が見えたそこには祭壇らしきものと──その手前に、地下への階段らしきものがばっちり存在していた。


『地下、あった?』


「ご期待通りだ。踏み込むぞ。レティ、気を付けろよ」


「ますます冒険じみてきましたね……!」


 俺が先行し、レティの手を取りつつ慎重に地下へと潜る。

 階段を下り、石で固められた通路を抜けると、すぐに当たりらしき小部屋に辿り着いた。


「……荒れてるな」


 灯りのないその研究室は書斎のようだった。

 何語か分からないページが散乱しており、本棚には血痕が染み付いている。

 ……狂気と怨念。底知れない「何か」が、ここにいたのだと如実に伝えていた。


「……前言を撤回します。ここは……かなりホラーなのでは!?」


「というより……アレだ。コズミック的な小説に出てきそうなアレだろ」


 狂気に走った研究者が残した書斎跡。一言でいえばそんな部屋だった。

 さて、ここまで完成しているのなら手掛かりも期待できそうだ。日記、研究書かなにかがあればいいが。


「つーかコレ……何語だ? 読めねぇ」


 乱文、筆跡以前に文字そのものの特徴が掴めない。

 アルファベットに近い気もするが……まさか創作文字とか?


「──、ディア。これは……信じがたいことですが、これは()()()です」


「なに?」


 ページを覗き込んだレティの指摘に思わず訊き返した。


「しかも私の時代より更に昔の……古語ですね。しかし読んでも何が書いてあるのか理解できません。読めはしまずが、どれも抽象的というか……例えばここは、『昼夜の暁、其は星の彼方より来たるもの』……あ、これはアストラルのことですかね?」


『狂人らしいオカルト文か。いいねぇ、そういうの好き。日記とかそういうのはないの?』


「……普通、そういうのってどこに隠すんだ?」


「……人によるのでは?」


 ともかく物色続行。

 あちこち二人で埃と血の被った資料を漁り、ふと、クローゼットを開けてみると──


「……うおっ!?」


「! どうしました!? ……ひっ!?」


 駆けつけたレティもその中身を見、軽く悲鳴をあげる。

 ……そこにあったのは白骨死体。我、研究者なりと主張する白衣姿で、もう明らかに、この書斎の主の末路と思しきものだった。


「ここで死んでんのかよ……ん?」


 白衣の内ポケットから手記らしきものが飛び出している。そっと引き出して中身を閲覧すると、それは期待していた通りのものだった。


「そ、それって……」


「手記……日記らしいな……日付が飛び飛びだが……」


 こちらに書かれていたのは帝国語ではなかった。俺でも読める。現代語だ。

 達者な筆跡で、そこにはこう書かれていた──



〈十年後の八つと十の月日、降臨の儀式が行われる。聖女長よ、幸運を。私は助手に全ての研究を託してここで朽ちることにする。──往石去来〉



 それは十年前の日付に書かれた最後の記述。

 悲報。アストラル降臨予定日が明日になった。



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