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64 単独闇鍋劇場

「なん……いや、どうした……」


 薄々事情を察しながらもそんなことを呟いてしまう。

 呆然と見ていると、奴はカウンターに二万円を叩きつけ、何かのアイテムを購入しているようだった。


『ディア、あの紙は一体……?』


「……召喚(ふだ)だ。精霊召喚の術式が書かれてて、アレを特定の陣に入れて詠唱すれば、適性のある精霊が召喚できるんだよ」


 一枚1000円。──と、受付カウンターのメニューに書いてある。

 その形状は魔法陣が描き込まれた長方形のチケットだ。一枚あればいい代物(モノ)をなんで二十枚も買ってんだあいつは?


「そもそも一個人の持つ契約適性は限られてる……はずだ。だからどんだけ召喚をやり直したところで、同じ精霊しか出てこないんだが……」


 故に不可解。

 俺からすれば奴は無駄金を使っているようにしか見えない。


「榊くんの召喚適性は狂ってるんだよ。だから地獄なんだよ……」


「っ!? お前は! ──どうしたッ!?」


 振り返った先にいた人物の顔を見て咄嗟に拳を握ってしまったが、その顔色を認識した途端、困惑が先んじた。

 いたのは腐れ縁筆頭、一影栄紗。いつもはニタニタと万物を嘲笑している奴が、──今に限っては随分と顔色が悪かった。


「私の最近の趣味はさぁ……ソシャゲの人の爆死動画を見ることなんだけど……」


「あー……あるよな」


「けど精霊召喚は違ったよ……アレ、面白半分で見ていいもんじゃなかったわ……榊くんはことごとく私の正反対の位置にいるというか、私の天敵みたいな人だね……」


「サカキ?」


「あの眼鏡くんの苗字だよ」


 榊って名前なのかよ、金髪眼鏡。

 ちょっとカッコいいじゃねーか……


「ソシャゲ……あ」


 ふとあることを思い出したので、財布を出す。

 そこから万札を五枚、栄紗に渡した。


「え、なにいきなり」


「いやこの前(40 悪友道楽)の協力代金」


「あ~……もらっとくわ」


 そそくさと仕舞いこむ受取人。

 若干、榊の奴に見つからないようにしたのを俺は見逃さなかった。こいつはこいつで本物のソシャゲに使い込む気だろう。


「で、なんであいつは精霊召喚をソシャゲ化してんだよ?」


「……ゲームじゃないから問題なのさ。ほら後ろ」


「ッ!?」


 その時、重く真っ黒なオーラを感じた。ビクッとなりながら振り向けば、召喚札を片手で握りしめた榊がそこにはいた。


「これはゲームじゃない……ゲームじゃないんだ刈間……ソシャゲには確率表記があるし、景品表示法だって適用される。なんなら天井や最低保証だってある。あれは商売だからな。だが!! 精霊召喚は違う……違うぞ、まったくの別物だ……確率表記なんかないし、運営している会社もない。つまり、完全に個々人の運だ。運と、金だけが味方なんだ。精霊召喚において人間が最低限持つことが許される武器は、それだけなんだ……ッッッ!!」


「いや……だから……地獄の雰囲気は充分わかったから、説明をな……?」


 俺は知った。

 追い詰められた人間が発する本気の気迫は、マジで怖い。



     ◆



「召喚適性が広すぎる?」


「結論を言うと、そうとしか言えないんだよ」


 ひとまず榊の戦場──もとい、召喚室にやってきていた。

 個室にしては中々に広く、床一面に魔法陣が描かれている。精霊召喚の陣だ。

 その円の外側、少し離れた壁際に立つ。ちなみに先ほどぶっ飛んでいた扉は、学園の校舎みたいに即時復元していた。精霊に関する公共施設は大体こういう仕様なのかもしれない。


「彼は普通の精霊士だよ。契約できるのは一体だけだし、凡庸というか典型的。でもその代わり、召喚・契約できる精霊の種類が異様に多すぎる」


「……? それの何がデメリットなんだ?」


「──今なら行けるッ! 召喚(カモン)、我が契約の精霊よ──!」


 瞬間、カッと目を見開いた榊が召喚札を陣に叩き込んでいた。

 閃光──静寂。

 光が収まった頃、召喚陣の上には新たな人影。召喚された精霊が顕現していた。


「お……良い奴引いたんじゃねぇの?」


「……そう思うでしょ?」


 隣の説明役が意味深なことを言う。

 顕現したのは妖艶な女性精霊。黒い和服姿で、持っている扇で口元を隠している。

 黒髪は後頭部の左右に団子を作るように結い上げられ、毛先は腰の辺りまで伸ばしていた。立ち姿からして、どこぞの高貴な身分の精霊か。


「──()()()()()()


「うん……すまん。()び直す」


「そうせよ。妾の力はぬしの身に余り過ぎる。武装を形成するたび、魂を焼かれたくはあるまい?」


「寿命を支払うほど生き急いではいないからな……ではさらばだ、『常夜姫』」


 シュン、と呆れ顔のまま高貴そうな女精霊は退去していってしまった。

 なんだ今のやりきれないやり取り?


再召喚(ダブ)ったね」


「……まさか。これ基本的に闇鍋──」


Exactly(そのとおり)!!」


 地獄要素が一つ明らかになったな!?

 適性が広すぎるあまりに精霊召喚が闇鍋化? メリットがメリットの仕事してねぇぞ!?


「ま、前まで契約してた精霊を再召喚することはできねぇのか……?」


「できることはできるが……大体今と同じ感じになる。というかオレが過去に契約した精霊は、大抵もう次の契約者ができてるからな……」


「……あれ、じゃあ今日使役してた『蘇生鳥(フェニックス)』は? 適性者自体がレアなんでしょ?」


 ……そんな上級精霊とも契約できるのかよこいつ。

 精霊の中でも数少ない「蘇生加護」を持つ奴じゃねーか。

 身体スペックはともかく、精霊士としては一級品以上なんじゃないか?


蘇生鳥(フェニックス)との契約は推薦合格したという新米精霊士(美少女小学生)に譲った」


「……おい。泣いてんじゃねぇよ……」


「いいんだよ別に……蘇生加護は実際強いし……オレのような凡人より、才能ある若者に付けた方が親御さんも安心できるだろ……?」


 こいつ良い奴だな!?

 報われろよ! なんでガチャでしか救えない生き物になってんだよ!?


「いいから引くぞぉ!! 当たりが来たら即終了! 頼む、限度額以内に出てくれッ!」


「ソシャゲの絵面すぎるだろ……帰っていいか?」


 尋ねた途端、召喚の光が起こって次の精霊が顕現していた。おい、聞けよ。

 ……今度の精霊は人型じゃなかった。案山子のような風貌、マジシャンのような服装で、被っているシルクハットの頭上がビックリ箱のように開く。ジャジャーン!! という効果音つきで、クラッカーのように紙吹雪と紙テープを辺りに撒き散らしながら。


「オメデトウゴザイマス! 貴方様が6万6666人目の契約者にナリマス! より善き精霊士になるための特別セミナーにご招待!! こちらに住所と氏名をご記入くださ──ゲッッ!?!?」


「よく来たな『黒案山子(ゴーストマジシャン)』!! お前を待っていたァ!!」


「ギョワーッ!! ブラックリストの常連野郎! なンッで呼べるんだよ召喚拒否ってるだろォ!?」


「そっちが顧客の顔もよく見ず契約詐欺やってるからだァ! さぁ召喚したぞ! 契約したぞ! オレと契約解除したくば手の空いている他の精霊を教えるがいい──ッ!!」


 なんか恒例っぽい茶番が始まった。

 案山子に飛び掛かった榊は必死にシルクハットを掴んで引っ張っている。アレがあの案山子精霊の本体か? 退去を妨害しているように見える。


『なんだあの精霊?』


『ゴーストマジシャン……“詐欺師”の元祖と名高い精霊ですね。元は格の高い神格だったようですが、嘘を吐きすぎた果てに棒と布切れの姿になったとか』


『元神格!? 凄い奴じゃねぇか』


『神であった時代から問題のある方だったんだと思いますが……当時の名が残っていない以上、彼は神格から派生した伝承によって成立した精霊なのでしょう』


 あの言動の割には歴史のある精霊なんだな……

 しかし契約詐欺ってのはなんだ。精霊界隈の小悪党ポジションか何かか?


「グッ……クソォ、ノーリスクで情報を渡すなど屈辱ッ……! ケド奇術師の屈辱は所詮一芸ナノデ教えてしんぜよう。ダイスロール、スタートォ!」


 ポーイ、と黒案山子が一つのサイコロを床に転がした。

 出た目は三だ。すると案山子は懐から一冊の冊子を取り出した。四角く細長い形状で、上部で綴じられているものだ。それがパラパラと霊力でめくられていく。


「お伝えする情報は三体! え~……リストチェック……今なら『100万年前の黄金姫』、『朱龍アカツキ』、『獄騎士ケーリッヒ』の契約が空席のご様子! 活用するかしないかはアンタしだ~い!」


「ふむ……ケーリッヒには興味を惹かれるな。ありがとう、あるべき場所へ帰るがいい」


「本日のショーはここまで! 今後ともご贔屓に~!」


 ボフン、とマジックのような煙と共に案山子は消えた。

 呼ぶなと言っておいて「ご贔屓に」とは……奇術師なりのジョークなのか?


(結構知らねぇ名前が出てきたな……)


 告げられた三体の精霊名を携帯で検索してみる。

 えーと、なになに……


◆100万年前の黄金姫:都市伝説上の創作精霊。黒案山子がよく口にする冗句精霊である。


◆朱龍アカツキ:幽世に永久退去(隠居済)。お爺ちゃんなのでそっとしておこう。怒ると怖い(詳細リンク→「真紅の大地事件」)。


◆獄騎士ケーリッヒ:騎士シリーズの一体。女性以外の召喚には応えない。


「おい榊ィ、さっきの案山子しばいた方がよかったんじゃねぇか?」


「ああ、いいんだよアレで。人間を騙すのが生き甲斐の奴だから、騙されたフリした方が穏便に退去してもらえる」


「初めからハズレかよ! お前、精霊への対応力高いな!?」


「もう長くこの召喚やってるから、契約できた精霊よりも顔見知りの精霊の方が多くてな……」


 悲しいスキルだ。誰かこいつに応えてくれる精霊はいないのか。

 再び召喚陣に向かう背中が酷く切ない。俺にできるのは、ただ見守ることのみである。

 くい、とそこで服の裾を引っ張られた。見れば、いつの間にか左横にレティが顕現していた。


「ディア、お腹も空いたので帰りましょう。様子を見る限り、彼に追い打ちをかける必要はなさそうです」


「追い打ち?」


「無断で私に召喚を迫ったことに対する刑罰です。もう妙な気を起こさないよう釘を刺すつもりでしたが、どうやら適性による事故だったようですし。……それに自ら苦行を積んでいるとあらば、これ以上彼に付き合う義理はありませんので」


 ──そうだった。

 ガチャの衝撃で流されていたが、榊こいつ、レティを召喚できるって相当な人材じゃねぇか!?


「何やら物騒な物言いが聞こえたが……そうか、先ほどは刈間の契約精霊に召喚経路が繋がってしまっていたんだな。すまない。命の恩人に無礼を働いた」


「その謝罪は受け取るがよ……レティまで召喚対象に入ってくるほどの適性とか、お前の方がかなりレアだぞ。なんかカラクリでもあんのか?」


「さてな……これが才能なのか呪いなのか、決めるのはこれからの俺次第だろう。召喚料は辛いが、多くの精霊と縁が出来たのはこの体質のお陰なんだ。ほとんど役に立った試しはないが──」


 と、そこで妙な一拍を置いて。

 榊が真っすぐにこちらに視線を向けた。


「──刈間。お前に二度も救われた命だ。今後、重大な場面がきたら、お前のために役立てるよう尽力しよう」


 ……良い事を言っている、のは理解できるんだが。

 どうしてもこの考えが頭をよぎってしまう。


「……なんか死にそうな奴が言いそうな台詞だな。縁起でもねぇぞ」


「安心しろ。別にそんなつもりで言ったわけじゃない。姉の遺言でな、オレは長生きすることが目標なんだ」


「そういうこと言う人ほど後日、事故死とかしそうだよねぇ……」


「ハッ、読みが浅いぞ一影栄紗。そういうことばかり言うとな──逆に何も起こらず、オレはちょっと気まずくなるだけだ!」


 まぁこの図太さならどこでもやっていけそうな奴ではあるな……

 あまり心配しすぎるのも野暮だ。俺はレティ第一主義者なんで、ここらで退散するとしよう。


『きっと大丈夫ですよ。彼の周り、結構精霊が待機していますから』


『え?』


『──というか、次の召喚の枠を取り合っているというか……常に争っているというか……そのせいで同じような精霊ばかりが召喚されて、広い適性が無駄になってしまっているというか……』


『……こいつ、もしかして常に修羅場状態なの? 知らないところで?』


『言ってしまうとそういうことです。元来、精霊に好かれやすい方なのでしょうね。もしかすると……邪精霊と契約しても、ほぼノーリスクでその力を行使できるやもしれません』


 精霊士としての才覚以外が死滅してんのか、こいつ?

 それであの自己評価って、ほんとにままならねぇ奴だな!?


「榊……まぁ……頑張れよ……俺は応援してるぞ」


「な、なんだいきなり……?」


 不審な視線を受けながらも、じゃーな、とその場を後にする。

 栄紗の奴はついてこない。まだ召喚を見学していくようだ。

 ……精霊士としての才能はある凡人。なるほど、精霊士の才能だけがない天才がそいつを気にしてしまうのは必然か。


『──ところでレティ。本当に素朴な疑問なんだが、お前って俺以外の奴とも契約できるのか?』


『フフ……嫉妬の気配を感じます。忘れましたかディア。私自身はそもそも契約者を必要としない精霊です。けれど適性のある相手なら、契約できることもあるでしょう。──するつもりは一切ありませんが』


 あ、そう。

 じゃああえて契約されてる俺って──いやこの話題は続けると恥ずかしくなるからやめようか!


「──そこの君! 刈間くんだね? 庭園の幹部、アザナミを倒したっていう……」


 召喚室の区画から出たところで、白衣の男性局員に呼び止められた。

 その足元には一体の精霊がいる。凍てついた毛並み。霜を被ったような白さの──氷の狼だ。


「この精霊はアザナミの契約精霊だったんだが、彼女を収容するにあたって契約を解除してね? それで、彼女を倒した君との契約を望んでいるんだけど……」


「なッ」


 レティが構え、第一警戒態勢に入る。

 思わぬ尖兵。あの女剣士は刀使いだったし、この狼との契約武装は俺とも相性は良いんだろうが──


「悪いが、この通り俺の相棒はもう間に合ってる。……契約相手を探してんなら、あっちに丁度いいのがいるぜ。元フェニックス使いの精霊士だ」


「……グルゥ」


 短く唸り、狼は局員を見上げる。

 それに局員の男が頷いた。


「そうか……わかった。それじゃあそっちを当たってみよう。時間を取らせたね」


 そう言って一人と一匹は召喚室の方へ姿を消していった。

 思いも寄らぬ提案だったが、良いタイミングだったな。


「課金した末に無料配布、か……」


「い、言わないであげてください……」


 あいつの人生、ままならねぇな……

 榊先輩に幸運あれ────割と本気でそう思った。



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