56 記憶内界
──ふと、目を開けた。
何か妙な感覚だった。いつもの寝覚めの感覚と違う。体は軽く、気だるさを何も感じない。
第一、自分がどこで寝転がっているのかすら分からなかった。
「う……?」
視界に映ったのは、赤い床。
……カーペット、のようだ。そのまま長い長い廊下が続いており、起き上がれば、まるで宮殿のような場所に俺はいた。
「……ここ、は……」
まったく見覚えのない景色だ。何処だ?
確か……そう、今日から夏休みが始まることは覚えている。それで──
「……ん? んん!? 待て待て待て」
自分の常識と、この場所の関連性がまったくない違和感に気付く。
ふと視線を下にやれば、──なんだこの格好。燕尾服じみた、まるで執事が着るような衣装に身を包んでいた。
「おい! そこで何をしている!」
突然の怒号に飛び上がる。
咄嗟に後ろを振り返れば、そこには軍服……と思われる服装の兵士が二人立っていた。
「は、ハッ! 申し訳ありません! 先日配属された身である故、道が分からず……!」
「ハァ……紛らわしい真似をするな。下手な侵入者かと思ったぞ。ついてこい」
新兵らしき青年と、ベテランらしき壮年の兵士たちはそんなことを言って歩いていく。
──いやいや、ちょっと待て。
「おい、そこの……いや、あの? お前らは──」
声をかける。が。
兵士たちは此方を振り向きもしない。まるで俺の声が……いや存在そのものを無視しているように。
「おい……? ……!?」
走って片方の兵士の肩を掴もうとする。
──しかしそれは映像のようにすり抜け、空を掴むだけだった。
「……どうなってんだ」
だだっ広い廊下の中で呆然とする。
まるで状況が掴めない──どこなんだここは?
俺の優雅な朝は? レティの可愛い目覚ましコールは? 一体どこへ消えたというのかッ!
……いや、待て。まさかこれ……
「──レティの記憶の中、か?」
◆
他人の記憶世界に入る……というシチュエーションは創作の中でよくあることだが、実際にその身になるとこう、なんとも不思議な体験としか言いようがない。
しかし確かに俺とレティは契約で繋がっている身……精霊士にはこういったことがあるんだろうか?
──それじゃあ試すだけ試してみますから、どうか気を付けて──
「……、ん?」
今、何かを思い出しかけた。
ここにくる直前の記憶だ。そういう感覚がある。俺はレティと何を話して……
「──ッ! こ、皇女殿下!?」
行く当てもないので、ひとまず兵士たちの後を追っていた時、そんな声がした。
ほぼ反射で彼らの背から前方を覗き込むと、そこには目を奪われる絶世の美少女がいた。
流された白い髪。透き通るような肌。空をはめ込んだかのような青い瞳。
幼い輪郭で、表情はどこかぼうっとしている。一目で階級の違いが分かる華やかな白いドレスをまとっており、文字通りにそこに一凛の花が咲いているようだ。
「……可愛い」
思わずそう呟いたし、他の面々が見ても同じ感想だろうとも思った──のだが。
「ど、どういったご用で此方に……? 本日は自室でお休みになられると聞きましたが……」
壮年の兵士の声には畏怖と恐怖が滲んでいる。
それを彼女は冷ややかに眺めて──
「……貴方はお兄様たちの護衛隊の一人ですね? 私の行動の理由を求めるのは、主の意向ですか?」
「い、いえ滅相もありません! 固く誓ってこの忠誠は皇室に捧げるものであります!」
「──であれば、今後もそのように。私はただ書庫に本を返しに行くだけです……道を空けなさい」
「ハッ! 失礼いたしました!!」
兵士たちがササッと道を空けたのに合わせて、俺も思わずそれに倣う。
目の前をレスティアートが通り過ぎていく。……過去の、レスティアート……でいいんだろうか。
美しさばかりに気を取られていたが、確かにその両腕には一冊の本が抱えられていた。大事そうに持ち運んでいる。
「……ふう……やれやれ、とんでもない目に遭ったな、新人」
「は……はい。あれが噂の……」
──うん?
「『呪われた王女』……いやはやまったく、恐ろしい──……」
なんだテメエはっ倒すぞ。
思わず拳を握ったが、記憶世界だと思い出して我に返る。虚しい。
(……つーかその噂があるってことは……)
これはまだレスティアートが戦場に行く前の時系列……なのか?
或いは直前とも考えられるが、既に彼女の雰囲気は精霊のものだった。兵士たちが恐れたのは、その気配だったのかもしれない。
分かんねー感覚だな……
恐れより「可愛い」だろフツー。可愛すぎて逆に怖いってやつだろ、あれは!
「あまり近づくなよ。此度は見逃されたが、次に会った時はどうなるか分からん……」
──そんな不愉快なバカどもは放っておき、俺の足は当然、レスティアートを追いかける。
なぜなら見たいからだ。目撃したい。記憶したい。一緒にいたい。
……幼女の後をつけるとか犯罪極まる構図だが、そこは気にしない。気にしないったら気にしない。
(……待てよ。記憶世界ってことは)
今の俺はこの世界の誰にも見えない状態。世の理を外れた無敵存在というわけだ。
ならば逆説…………何をしても問題ないのでは……?
「ええと、書庫の場所は確か……」
レティは分かれ道の廊下でキョロキョロしている。
俺はその後ろにそっと近づき、しかしすぐ手を伸ばすようなことはしない。
「……」
凝視。真顔でガン見の観察。
自然体の横顔の造形、オール満点。動くたびに揺れる髪の艶やかさ、既に総合一位。
普段は見ないドレス衣装も非常に似合っている。うむ──絶対的にナンバーワン。
なぜこの時代の人間はこんな至高の存在を野放しにできるんだろうか……大いなる疑問だ。
「かわい……」
「──へ? 今だれか──きゃっ!?」
不意にレティが妙な挙動をした。
くるっと振り返ろうとした拍子に、ドレスの裾を踏んでしまったらしい。短い悲鳴を上げて倒れる──前に、俺の腕がキャッチした。
「……え?」
「……ん?」
キャッチした。触れている──すり抜けない。
見下ろした彼女の顔はぽかーんとしていて、まんまるな目で俺を見つめている。
認識……してるのか?
「……あ。あーっ!! ディアー!!」
「うぐふっ!?」
急に抱き着かれ、そのまま尻餅をついてズッこける。
といっても、あまり感覚というものがない。まるで明晰夢だ。
まぁ可愛いから抱き締め返すのを忘れないんだけども。
「もう! どこにいたんですか、もうっ! 私、ちょっと皇族やっちゃったじゃないですか!」
「ちょっとも何も皇族だろ……つーか、今どんな状況? お前の記憶の中ってことでいいのか?」
問うと、コクリとレティは頷いた。
「──ご名答です。アイオーンの手がかりを探すため……私の記録内部にディアを招き入れたんですよ」
段々と思い出してきた。
あの砂漠の界域で聞いた情報……自称神から告げられた導きの調査をするべく、彼女と相談し……その結果、
『つか、アイオーンってどんな奴なんだ?』
『あっ、じゃあ見てみますか?』
──うん。なんかそんな軽いノリで始まった気がする。
俺がレティの記憶を閲覧できるというのは聞いていたが、まさかこんな没入感ある形になるのは予想外だった。ほとんどタイムスリップしたような感覚だ。
「ここは私の記憶を元に再構築した世界です。要は精神世界に近いですかね。なのでこの場の状況は、私の無意識が働いて『そうなっている』ものだと考えられます」
「……じゃあ俺のこの格好は? この従者のような、或いは婚約者か何かのような服装は?」
「……も、黙秘します……」
これほど無意味な黙秘権の行使があっただろうか。
顔を真っ赤にして欲望ダダ洩れだ。嬉しいけど。
「そ、それより、ディアは危機感を覚えた方がいいですよ? ここは私の内部世界、つまりあなたは私の掌の上。一生ここから出られなくなる可能性も考慮して、言動には気を付けてくださいねっ」
「そうなったら外の俺の肉体状態はどうなるんだ?」
「……私が責任をもって管理しますよ? ええ」
ふーん、と庭園を歩きながら適当に返す。
見れば見るほど立派な庭だ。学園のものとは比べものにならない。迷路みたいで迷いそうだが、そのリスクを負ってでも、ずっと眺めていたい気持ちになる。
そしてそんな背景と今のレスティアートを組み合わせると──言うまでもない、花の精霊の完成だ。というかそれにしか見えん。
「……あの。聞いてますか? 聞いてませんね? と、閉じ込めちゃいますよっ!?」
「精神監禁エンドか? 上等だ、かかってこいよ」
「かっこいい!? なぜそんなに勇ましい返しができるんですか!」
「あーでも、そしたら水着のレティとか見れねぇんだよな……俺もプールとか行けねぇし」
「この監禁エンドも廃棄とします!!」
レティによる監禁エンド、一体何種類あるんだろうか。
俺ってもしや、常に絶体絶命的な状況下に置かれていたり?
「ところで、書庫に行くんじゃなかったのか?」
「いいんです。これはただの追体験。再現でしかありませんからね。まぁ……夢と同じようなものですよ」
レティが抱えていた本のタイトルは──読めない。帝国語か? 随分と年季の入った一冊に見えるが……
「その本は?」
「……お気に入りの一冊です。その、よくあるおとぎ話というか、外界を知らないお姫様が冒険に連れ出されるー、的なものでしてっ」
「へえ……現代にも残ってねぇかな」
「え、あ、さ、探してみないとなんとも! ……この日は、戦場に行く前日で。本を返しに行ったのも、私なりの区切りをつけにいっただけなんです。まぁ再現世界なので、何をしても自由なのですが!」
「──そっか。辛かったな」
「あ……──ぅ……」
レティが立ち止まって俯く。
どうやら記憶の中でも強がりたい奴らしい。こんな所でくらい、肩の力を抜いたっていいというのに。
「そ──それより。アイオーンを見るのは構わないのですが、なぜ時間神の啓示をそこまで重要視されるんですか? 何か妙なことでも吹き込まれました?」
「……んー」
──そう。
俺は確かにあの砂漠界域で何があったか、は最低限レティに共有しはしたが……
アイオーンを見つけることが、レティの抱える負担を軽減することに繋がるかもしれない……ということは、まだ伝えてはいなかった。
(っつっても、どう伝えるか……)
なんにせよ、心配をかけることに変わりはない。
だってこれから言うのは、現状の永続の否定でもある。
俺も今のままではいられない。人間としての器の耐久年数、生命の経年劣化……これをいかなる話術でオブラートに包みながら言うべきか、それが問題だ。
(……言っちまえば、説得なんて簡単だろうけどな……)
ああ──でも言えない。言えるわけがない。
一言だって、匂わせるようなことすら口にできない。
俺の顔を見るたび、不安になるレティの顔なんて、見たくない。
好きな奴には笑っていてほしい。
身勝手な理由だが、こんなの当たり前のことだろう。
「そうだな……じゃあ結論から言うと──」
俺はレティの目を見る。
この上なく真っすぐに。恐れず、気張らず、真剣に。
そして言う。
「アイオーンを見つけたら結婚しよう」
「……! ……? え、ええと、それはどういう……えっと??」
「まぁ……困惑するのも無理はねぇ。つまり俺たちはアイオーンを見つけてからじゃないと、挙式できないってことだからな」
「えっ!? ええ!? そ、そうなんですか!? なぜ!?!?」
「……いや、別に結婚式って二度打ちしてもいいのか? 生涯に一回しかしちゃいけない、なんて決まりはないし」
「結婚式の二度打ち!? おかわりをしていいんですか!?」
レスティアートのウェディング姿を二度も見れる……考えるだけで素晴らしい未来だ。素晴らしい光景だ。
もう何を憂うこともなく、正真正銘、幸せに満ちた花嫁姿──
よし、俄然アイオーンを探す意欲がわいてきた。自分の単純さが今は頼もしいぜ。
「──て、いや違いますよ! 結婚はしますけど違います! 私が聞きたいのは──いえ今のお言葉も嬉しかったですけど! どうして……ッ」
「俺はお前をその力から解放したいんだよ」
──へ、と声が漏れた。
まったく予想だにしない一言だったらしい。そうやって呆然としている隙に言葉を叩き込む。
「いいかレティ、お前に独占欲があるように、俺にも独占欲がある。お前の無意識は常にその『破壊の力』の制御にかかりきりなんだろ? つまりお前は百パーセント俺に意識が向いてるわけじゃなく、いつも世界を守ろうとしてるってことだ。──なんだそれ。気に食わねぇな。だったら、なんとかしないといけないだろ」
「な、……なんとか、って」
「嫌か? だったら今すぐ俺のこの思想、意識を消し飛ばせばいいさ」
あらかた正直に吐いてみると、レティは此方を見上げたまま固まっていた。
どういう反応なんだそれ。
「だ……だって、そんなこと、出来るはずが……」
「そうか? やってみないと分からないことって、結構あるぞ?」
「そういう問題じゃなくて! そ、そんな……問題ではなくて……だって……」
レティの瞳は揺れている。
ザザ、と記憶の風景にもノイズが走り、それだけで彼女がどれだけ動揺しているかは明白だった。
「かっ、確信もないのに! そんな無根拠な希望だけで……! そんなの、絶対認めません!」
「本音で言え、本音で」
「う……っ」
出会ってまだ半年も経っていないが、嘘の判別くらいはできる。
そんな動揺しきった態度の「絶対」なんて、もっとも信用ならない言葉だ。
「だって……! そんなこと、許されるハズありません! 私は、そのために生み出されて……なのに、そんな勝手に……!!」
ザザザザ! と周りの風景が書き換わっていく。変じていく。
庭園から宮殿へ、宮殿から真っ白な荒野になって、──そこは月明かりのさす、豪奢な部屋の中になっていた。
ここは……恐らくは彼女の、帝国での私室だろう。
その中で俺たちは対峙する。
バルコニーを背にした彼女に向き合いながら、暗がりの中で俺は問いかける。
「なにが勝手なんだ? なにをしたいかはレティの自由だろ。それに、解放されたいって言ってなかったか?」
「でも、だって……だってまだ、魔獣が、いるんですよ? 私が──私がッ! ぜんぶ滅ぼせなかったから……! 私がしくじったから、封印なんてされたからッ!! ぜんぶ滅ぼすはずだったのに、まだ……まだあんなにいるのに、今さら放り出すなんて──!」
……それが彼女の核心。
一筋縄でいく説得でないと覚悟していたが、ここまでとは。
──戦った十年。戦い続けるしかなかった十年は、今もこいつを蝕んでる。
俺と同じだ──出会ってからまだ二か月と少し。それくらいしか経っていない。
彼女の人生は、戦っていた時期の方が、ずっと長いのだ。
「……ごめんなさい。本当は、私のせいなんです。ディアが戦うことになっているのも、他の皆だって危険な目に遭ってるのも! 誰かが死ぬことも……ぜんぶ……」
「レティ」
「次こそ……ぜったいに失敗しません。今度こそやり遂げるんです。ぜんぶ、壊して──ッ!」
うな垂れ、うわ言のように喚く少女はどう見ても正気じゃない。
その狂乱ぶりはいつもの調子とは程遠い。まるで言いつけを守れなかった子供のようだ。
……凄まじいまでの強迫観念。魔獣討伐への使命感。俺でさえ怖気づきそうになる。
一体何をそこまで抱えてるんだ。いや、抱え込まされてるんだよ、こいつは!
「おいレティ。お前、そんなに兵器でいたいのかよ?」
「ッ……それが私の用途です。それに……この力には底がない。私が手放したら……この力はどこに行くんですか? 誰かが利用なんてしたら、それこそッ……!」
「じゃあ何か問題があったら俺が解決してやる。お互い、きちんと納得できる方法で」
「やめてください……なんでそんなこと、言えるんですか。そんなの、アイオーンの意志一つで意味なんかなくなります! 私のことはいいんです、あなたと一緒にいられたら、それだけで──!」
……こいつは救われたいんだか苦しみたいんだか、一体どっちなのか。
(いや、どっちも本音か)
英雄としての責務を全うしたい。──それが己の伝承を形作っているものだから。
永遠を共にしたい。──それは初めて叶った願いだから。
矛盾というものは誰にでもある。力から解放されたいのは本当だが、それは納得できる方法・過程で為されなければ、彼女は罪悪の念と共に生きることになるのだろう。
「ったく……本当に仕方ねぇ奴だな」
英雄。伝承。破壊の兵器。──統括者。
一人で世界を背負い続けたいとか、どこまで馬鹿極まっている。だったら半分くらいはこっちに預けろというものを──
「あのなレスティアート。好きな奴が死にそうな顔して使命感に駆られてるなんて、見てられねぇんだよ」
「っ、あ──」
「しかも俺が傍にいてそれだぜ? あの自称神が詐欺師だろうと何だろうと、少しでも希望があるなら縋るぞ俺は。お前がもうそんな顔して、そんな言葉を吐かずに済むようになるならな」
論理的な説得は早々に諦めた。
向こうが葛藤で反論してくるなら、こっちは感情論だ。
痴話喧嘩上等、ここばかりは負けるわけにはいかない。
「どうして……」
「?」
「どうしてそんなこと言えるんですかぁ、馬鹿ぁ……!!」
レティが崩れ落ち、その場にへたり込む。
優しいお伽噺の本を抱えたまま。出会った時と同じように、明るい月光に照らされながら。
「う、あぁ……ああああぁぁぁぁ……っ!!」
その両目から涙が零れていく。
面食らった俺は、咄嗟に近寄って膝をつくことしかできない。
果たしてこれがレティの望んでいたようなお伽噺とどこまで通じているのか、自信はないが。
……少なくとも今は、泣いている彼女の寄る辺になれればいい。
◆
分からない。分からない。分からない。
どうしてこんなに泣いてしまうのか、分からない。
一人でもないのに涙が止まらないのが、分からない。
(この人が優しすぎるから? 私が脆いから? どうして?)
感情は不明瞭だ。
まったく悲しくないのに、しゃっくり上げて目蓋を開けることすらままならない。
反して、思考はどこか冷静だった。
どうしてこんな反応をするのかという疑問ばかりで、なんだか泣いてるフリでもしているみたい。
「……私……なんで、こんなに涙、止まらなっ……!」
違う。こんな無様を晒したいわけじゃない。
彼にはもっと格好いい姿だけ見てほしい。泣き虫なんて思われたくない。弱い奴だとも思われたくはない。違う。こんなのは自分じゃない。嫌われたくなんて、ない。
「──そうか。お前、そうやって泣いたこともなかったんだな」
「え……?」
どうやら彼は、自分の苛まれているこの謎の現象について知っているらしい。
……ずるい、と少し嫉妬する。
いくら人生に十年間のブランクがあるとはいえ、こんな所で経験の差があるなんて。
ずるい。もう何もかもずるい。
いちいちカッコいいのがずるい。欲しい言葉をくれるのがずるい。ずっと私を見てくれて、心配になるくらい私に夢中で、そうやって慈しむような視線をくれて──
(……大好き)
そう、彼の好きな顔だった。
いつもこうやって、此方ばかりが好きになっているようで恥ずかしい。
「あのなレティ、それは──」
そうして私は涙の理屈を知った。
人は嬉しい時でも泣いてしまうものらしい。なにそれ。
聞いていない。反則だ。どうしてそんなバグみたいな機能があるっていうのか。
「……知りません、そんなの。知りません……!」
すっかりヘソを曲げて、そのまま私は彼の懐に頭を突っ込む。
うん、こうしてしまえば少なくとも泣き顔なんて見えまい。いい気味だ。
「ふーん。自覚なかったんだな。俺はもう何度か見てるけど」
「な゛ッ……」
そんな馬鹿な! 一体どこで!!
「で、レティ? 別にまだ泣いててもいいが、俺の意識は消さなくていいのか?」
「……そんなこと……しません」
どちらかというと消したいのは私の醜態の方である。……もう手遅れらしいけど。
でも……キリセは、アイオーンを見つけてどうしようというのだろう。確かにあれほど強大な大精霊なら、何か解決策を持っている可能性は否めないとしても……
「もし……本当にアイオーンを見つけたら、どうするつもりなんですか? こ、断られでもしたら、その時は……ば、バトルですか!?」
「……お前ね。俺を喧嘩馬鹿だと思ってない? 自爆特攻を戦術に組み込む奴がいるかよ」
ホッ。
そうなのだ。彼は誤解されがちだけども、地雷──特に私に関することらしいけど──をブチ抜かれない限り、早々怒ったり、逸ったような決断はしない。
流石に相手はアイオーン。
やはりここは手堅く……帝国の四大守護精霊を味方につける……とか?
「つーか、別にアイオーン頼りにする必要もねぇだろ。見つければいいんだし」
「……はい?」
「俺が人間辞めてアイオーンになればいいだろ。それで全部解決だ」
──思考がまっ白になった。
冗談じゃなく、卒倒しそうになる。記憶の中なのに。
この人は、ほんとう──何を言い出すか、分からないッッッ!!




