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53 試験終了

「この度はすまなかったな」


 ──観測局に戻ってきて、開口一番にセラフィエルからそんな言葉があった。

 心なしかその金の瞳は遠い。いや、元から人間離れしている気配はあるが……うん、まぁなんだ。たぶん原因は俺の横で圧をかけているレスティアートだろう。


 場所は人気のないホール。

 大精霊二人と人間一人、ここには妙な緊張感が走っていた。


「君に課せられた実技試験の会場は、本来立ち入りを許されない禁足地だ。生きて戻ってきただけでも合格に充分値するのだが…………まさか単独で界域主を殲滅するとはな」


 セラフィエルの眉間にシワが寄る。

 こいつヤバイ奴だな、みたいな表情をやめろ。出来たんだから仕方ねぇだろ! こっちも必死だったんだよ!


「王女殿下。彼にかけている加護は一体?」


「え、特に何も。まぁ、攻撃無効化の結界がそうと言えるでしょうか。ヒビ一つ入ってませんけど」


「……」


 再びセラフィエルの視線がこちらに向けられる。頷きを返す。


「レティから貰ったものに傷をつけるワケにはいかねぇからな」


「使ってくれないと加護の意味がないのですけど! もう!」


 ごめんごめん、と素直に怒られる。レティと共にいるこの至福の時間、堪らない。

 そんな俺たちを、セラフィエルは感情の色一つない眼で見つめてくる。


「……特異だな。だからこそ為し得たということか」


「ほっとけ。人間離れしてて悪かったな」


 と言うと、セラフィエルは呆れたように息を吐く。


「いいか。通常の精霊士は自身の身体能力、それに加護や異能を組み合わせて戦うものだ。そこを君は人間としての能力と契約武装だけで戦い抜いた。私の目から見ても数世紀に一人いるかないかという領域の逸材だ。優れた才能を持つ者自体は珍しくないが、それを使いこなす者は更に限られる。無駄な自虐をするくらいなら、せめて誇りを持ちたまえ」


「お……おう……」


「セラフィエル様も偶には良い事を言いますね!」


 そこで背伸びしたレティが、よしよしと俺の頭を撫でてくれる。誇らしげだ(かわいい)


「筆記、実技共に試験は文句なしで合格だ。界域主討伐の謝礼金も振り込んでおこう。それと……君を謀殺しようとした実行犯のことだが、彼の処分について何か要望はあるかね?」


 ……謀殺って。

 言い過ぎな気もするが、なんかの試験基準に引っかかってたのか? 結果的には適性な試験難易度になっちまった感じはあるけど。


「えー……しいて言うなら、二度と会いたくねぇってぐらいか? どうでも良すぎて特に思いつかねぇわ。悪いな」


「「……」」


 ……あの? なんでそこで二人が黙るんだ。しかも妙に居たたまれない顔で!?


「ま、ディアが手を下す価値もない、ということですね。であれば私もそれに倣います。観測局(そちら)の判断にお任せするので、妥当な判決を下されることを期待します」


「心得た。では合格祝いではないが、コレを贈呈しよう」


 セラフィエルが言った時、俺の手元に一冊の本が現れた。

 純白の表紙だ。暗闇でも輝いていそうなほどの、白。


「その精霊の()()()だ。開けば然るべき詠唱が刻まれ、唱えればどれほど離れていようと、彼女を呼び出せるだろう」


「……レスティアート確定召喚本……?」


「そんなもの作れたんですか!?」


「何のための能力測定だったと思っている。通常の召喚書を使えば、本の方が焼け落ちるぞ。それに特注で作成したからな。本を(ひら)けるのも、詠唱を認識できるのも契約者ただ一人。触れられるのもお前たち二人だけだ。これは観測局の──人類からの信用の証だと思ってほしい」


「…………」


 ……重要物すぎる。

 つまり観測局は、彼女への指揮権を完全に俺に預けるということだ。……正式に精霊士として認められた以上、この本にも恥じない契約者でありたいもんだ。


「……ありがとう。大事にさせてもらうよ」


「では、もう行くがいい。観測局(ここ)が君たちに与えられるものはもう何もない」


「ええ、そうさせて頂きます。私のディアは! 私のなので!!」


「そんな強気に宣言しなくたっていいぞ……」


 セラフィエルにどんな距離感で話してんだこいつ。

 敬語を使い忘れた俺も俺だが、こんなに馴れ馴れしくていいのか? 一応観測局のトップ精霊だぜ?


「……そういえば。あの界域で何かと会ったか?」


 去り際、セラフィエルがそんなことを言ってきた。

 それに俺は平然と答える。


「知らないな。いきなりレティが出てきたってだけで」


「……そうか」


 会話はそれで終わり。そういうことになったし、俺は誰とも会わなかった。

 ただ……この舞台にいる限り、いずれまた、出くわす機会はあるだろう。



     ◆



「さーて……後は帰るだけか?」


「あ、一つだけ。私の健康診断の結果を受け取りにいかないと」


 じゃあ受付カウンターか、ということでフロントまでやってきた。

 そこでは試験を終えたらしい受験者たちが、あちこちでぐったりしている。彼らの方も相当キツい内容だったようだ。


「くっ……まさかあいつら、こんな所にまで出てくるなんて……」

「新しい力には覚醒したけど、合格したかなぁ……」

「また契約精霊が増えてしまった……あいつになんて説明しよう……」

「こんなことがあっていいのかよ……まさか兄貴……クソッ」

「あの封印はこのために……そういうことかよ……」


 ………………本当に色々あったらしい。

 なんなんだあいつら、因縁の組織と戦ったり、覚醒イベントだったり、新しいヒロインみたいなのを連れていたり、衝撃の真実に顔を覆っていたり、伏線回収されて鬱々とした様子だったりしてるし。


 俺の知らないところで知らない物語が展開されている。

 どこの精霊士もあんな奴らしかないのか?


「受験番号84番の契約精霊さーん」


「はーい!」


 とてててーっとレスティアートが受付に走っていく。

 チラリと他の精霊士たちの様子を伺うが、別に目立っている感じはしない。あいつらの物語基準のレティって、どのくらいの立ち位置なんだろうか……ちょっと気になる。


「──そっちも生き残っていたか。流石だな」


「うおっ……と、やっぱお前か」


 右横を見ると、そこにはボロボロになった金髪眼鏡の奴が立っていた。

 またレンズが割れている……こいつも何があった。


「何があった、という顔だな。フ……多くは語るまい。というか語れまい。オレなんて敵幹部っぽいやつに軽くのされるやられ役だったり、主役どもの新たな力を息を呑みつつ解説してしまったり、延々と空間の隅っこでハーレム修羅場を見せつけられるだけの刑に処されたり……そんなものだ」


「かわいそ……」


「まぁ、こんな立ち位置も慣れると楽しいものだがな。伏線回収の瞬間とか最高に気持ちがいい」


 エンジョイしてんなこいつ。無敵かよ。

 ……しかしこんな奴だからこそ、今は聞いてみたいことがある。


「……なぁ眼鏡。お前、『身の丈に合わない人生は身を滅ぼす』、みてぇなコト言ってたけど、だったら、どうやったら滅ばないんだ?」


「はあ? 阿保か君は。いやすまん、つい本音が出た──オレに匹敵する頭脳の持ち主でない以上、そんな愚問が出てきてしまうのは当然の理だったな。想定不足を謝罪しよう」


「そこは悪口を謝罪しろ」


「あのな。実際に愚問なんだよそれは。そんな不安に意味などない。いや天地万象、意味など人間が勝手につけているだけのものだが、それはそれとして。──そんな疑問を持っている今、滅んでいないということは、『見合った人生』だということだろう」


「──」


「現状がベストで答えだ。そら、“当たり前のこと”、だろう?」


 それは──確かに、その通りだ。

 考えるだけムダなこと。愚問以外の何物でもない。


「……そりゃあそうだ。何考えてたんだろうな俺は」


「いいんじゃないか。偶には立ち止まることも必要だろう。では、またな」


 そう言って野郎は去っていった。

 ……て、また名前を聞きそびれた。こういうのってタイミング逃すと永遠に分からないまま終わりそうだよな……


「──ねえ君。彼女の契約者よね?」


「?」


 振り返ると、そこには白衣の女医らしき人物が立っていた。


「私は彼女の……君の契約精霊の身体検査を担当したの。それでちょっと、伝えておきたいことがあってね────」



 女医との話はそう長くかからなかった。

 俺がなんとも言い難いというか、形容できない思いで突っ立っていると、レスティアートが戻ってくる。


「お待たせしましたー。おや、誰かいましたか?」


「……いや、ちょっとな」


「……」


 ずずい、となにやらレティが寄ってくる。

 じっとりとした視線を感じる。


「……ディア。私になにか隠していませんか」


 ──バレるのはえー!


「か……帰ったら洗いざらい話すさ。それより向こうのアイス、買い食いしようぜ?」


「ほほう。隠していることが、あるのですね?」


 どのみち有罪決定だこれ。

 圧が物凄いもん。俺って一生レティに隠し事なんて不可能なんだな。安心すりゃいいのか喜べばいいのか迷うぜ!


「……ふん。いいです、どうせ私のためなんでしょう? ディアがそういう方だというのは重々承知していますので。ええ。ですから少しの隠し事くらい許しますよ。何もしないとは言いませんが」


「キスで機嫌直らねぇかなぁ」


「直りません!」


「ところで今日のレティの服装って凄く似合ってるよな。一日中デートしたいぐらい」


「そ、そうですか? えへへ……──はっ!!」


 流されそうになったレティがぽかぽか叩いてくる。

 意志の強さの割に口説き文句に弱すぎだよ、お前。



     ◆



「おや、セラフィエル様。私に何かご用件でも?」


 観測局──拘束室。

 その中央にはテーブルがあり、近くの椅子にはスーツ姿の局員が座っていた。平淡な口調はいつも通りの彼だ。そんな様子に、部屋に踏み込んだセラフィエルの表情は曇りを帯びる。


「用件しかないが? 長らく人類を見て思い知っていたが、人間には理解しがたい側面がある。それを、まさか貴様に対しても思うとは考えもしなかったぞ──水ノ瀬」


「そうですか。心中お察しします。ところでアレは生存したんですか?」


「それを知る権利はもはや貴様にない」


「でしょうね。ですが生きているのでしょう。忌々しいことです」


 男の声色は波風一つ立たない。

 まるでこの状況も、仕事の一環のようだった。


「それで、私にはどんな恐ろしい刑罰が下るのですか?」


「死にたがりめ。貴様のような者に安息が与えられると思うか? 誰に命じられた?」


「私の使い道は私が決めたことです。最も唯一性を感じた役目でしたからね。実際、私以上の愚か者は他にはいないでしょう?」


 男の目に光はない。初めから。

 或いは刈間家という家に生まれた者は、本来こういうものなのか。希薄な人間性になるよう教育され、生を終えるだけの実験体。ならば刈間斬世は、その中でも異例のケースといえるだろう。


「……貴様、本当に息子を恨むほどの感情が残っていたのか? あちらは貴様のことを『どうでもいい』と言っていたぞ。ならば、貴様も同じようなものだったのではないのか」


「私の犯行動機を解明しても得られる真実はなにもありませんよ。それとも人間好きの天使は、『悪人が実は善人だった』という話がお好みで?」


 男の声色は平坦だが、穏やかではあった。

 死を悟った動物のように。或いは、先を諦めた只人のように。


「彼の人生(ものがたり)に私は不要な存在です。余分といってもいい。ですが私にとって彼はそうではない──そうでなくてはならない。最も執着する『べき』もので、最も重要視する『べき』ものだ。…………そういうものなのでしょう? 世間一般の『血の繋がり』というものは」


「つまり、真似事の失敗ということか。実に人形らしい末路だな」


 憎悪の在処すら見失い、ここに辿り着いた。

 形式的な復讐劇。それはセラフィエルの視点からすれば、彼は刈間斬世を『あの界域』に導くための舞台装置のようにも見えた。


「一つ問う。なぜ試験会場にあの場所を選んだ?」


「……禁足地に関する資料に目を通した時、たまたま記憶に残っただけですよ。更にその因果を辿ってみるのなら……ああ、あの資料を持ってきてくれたのは彼女でしたね。あまり印象はありませんが、確か『天才』だとよく称されている有名人です」


「──」


 そこでセラフィエルの貌が凍った。

 まるで、心臓を直接凍結させられたのかのように。


「……彼女と何か話したか」


「随分と深掘りするんですね。大した話はしていませんよ。向こうは私を便利に使える役員の一人としてしか認識していないようでしたし……資料を持ってきたのも、その片付けを頼まれただけです。局員は皆、彼女の召使いかなにかなのですか?」


 ふう、と俯き溜め息をつく水ノ瀬は気付かない。

 セラフィエルが、苦虫を嚙み潰したような表情をしていることに。


「……チッ、そういうことか。ならば適役もお前しかいまい。災難だったな、水ノ瀬」


「? 何を言っているのか分かりかねるのですが……」


「──いや、下らん独り言だ。奴とお前の意志に関係はない……『ただそうなってしまうだけ』、だ」


「……セラフィエル様?」


「お前が悪行を為したのも、罪業を背負ったのもお前自身の意志だ。故に私は……それを証明するため、お前に相応しい末路を授けなければならん」


 椅子に座った男は天使を見る。

 なにか、固い意志の下にその言葉を告げられたことは理解したが、それ以外の何に彼が思索を巡らせているのかは、想像もつかなかった。


 ただ、直後に。

 この空間が変質したことを、彼は感じ取る。


「──何、を」


「この世でもっとも酷い話をしよう。伝承に語られる死後の世界など存在しない。貴様ら人間が希望が如く語る輪廻もだ。そして我々精霊も、そんな夢物語を提供できる存在ではない」


「────」


 何か。

 とても恐ろしい話をしていて、最も恐ろしい事象が起きようとしている、と。

 人間は、ただそれだけを理解した。


「……セラフィエル。貴様、何と繋がっている? この気配は……!」


「だから、相応な末路をと言っただろう」


 ──は、と男が顔を上げた時だった。

 それを見た。


 深淵。


 灰色の天井に漆黒が広がっていた。いいや、塗り潰されている。銀河のような宇宙のような……ただ一つ言えるのは、人智及ばぬ、真っ黒な『闇』があったというだけだ。


「慈悲と思え──もう二度と、そのような生を歩ませはしない」


「……ッ、ふざけるな。こんなものまで精霊だというのか? 我々人類は……いつから狂っていたというんだ……?」


「刈間志垣(しがき)。人生などというものは、貴様の肩には重すぎた」


 恐怖の声すら出なかった。狂わんばかりに叫ぶ声も出なかった。

 その最奥と目が合った瞬間──彼のなにもかもが、事切れた。



「来たる『新世』にも、条件があってね」


 静寂の空間で、天使は語る。


「テレストリアルは姿を消して久しい。エアリエルに至っては自由きままだ。王女殿下の先行きにはあの若者がいれば問題あるまい。異界人は厄介だが、それこそ人間の対応力の見所だろう」


 であれば、残るは。


「アストラル。お前の契約者たり得る者はどこにいる?」


 天蓋の暗闇が閉じられる。

 それに背を向けたまま、天使は空席となった椅子を見つめていた。



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