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49 宇宙天文台

 ──地上より遥か天上遠く、黒い空間の中には、ぽつんと浮かぶ白い施設がある。

 白球を多数の円環で囲ったソレは、アンティーク調の天球儀のよう。真空世界を漂うその白亜の人工物は、れっきとした研究機関だ。


 国家異界観測局、宙域(ちゅういき)天文台(てんもんだい)

 かの座標は惑星外にして宇宙空間にある。


 で当然のことながら、そんな場所にあるので専用の交通網が存在する。


「これこれ」


 ──身支度を整え、家を出てしばらく街を歩くこと五分。

 建物と建物の合間。俺の視線の先には、三メートルほどの大きさの黒いオブジェがあった。

 台座と階段が一体になったその上。まるで差し込まれたカードのようにそびえるその形は、真っ黒な長方形だ。


「『石板行路(モノリス)』。あれをくぐると、観測局に行けるんだよ」


「……どう見ても壁にしか見えないのですが……」


 当然の所感に俺は苦笑する。

 しかし三千年前の技術力では信じがたいことかもしれないが、アレはれっきとした改札口。宇宙にある天文台へ行くための、唯一の手段なのだ。


「あ、ほら見てみろ。ちょうど──」


 そこで一人のサラリーマンが歩いてくるのが見えた。彼はそのまま階段を上がり、モノリスの前で社員証らしきものをかざすと、次の瞬間、するっと黒壁の中に溶けて消えていった。


「……文明が効率を極めると、あんな奇怪な光景を生むことになるんですね……」


「ドン引きしてくれてるとこ悪いが急ぐぞー。試験会場はあの向こうなんだからな」


 と言いつつ俺の目は傍らのレスティアートへと向く。

 急いで出てきたので俺は適当な革ジャンの服装だが、レティは余所行きらしい黒いゴシックコートだ。皇女の気品が隠しきれていない。なんか傘も持ってるし。


「……手を」


「うん?」


「手を……握っててください。あ、アレにぶつかるのは……多少の勇気を必要とします……」


 ぶつかるのではなく、くぐるのだが──

 まぁ誰だって未知の体験は怖い。即座に了解し、レティの手を引いて俺たちはモノリスの前へと歩を進めた。


『身分ヲ証明シテクダサイ』


 石板から聞こえた自動音声にレティがちょっと飛び上がった。可愛いか。

 はいはいと俺が学生証をかざすと、テロンッという音がする。


『航行ヲ許可シマス。十秒以内ニオ入リクダサイ』


「えぇ!? せ、せめて心の準備を……!」


「大丈夫、俺の手だけ握ってろ。ほら行くぞ?」


 手を引っ張って、俺はモノリスへ足を踏み出す。

 半ば引きずられるようにしてレティもそれに続き──距離を通過したのは、本当に一瞬だった。


 幾重もの扉という扉を通り抜ける独特な感覚。

 教室の扉、或いは洋館の扉、デパートの扉、襖、鳥居、窓、額縁、トンネル、ディスプレイ──様々な映像を繋げたようなイメージが脳裏に走る。


 直後に視界を照らす、人工の照明。

 そこはもうフロントだった。澄んだ清浄な空気と、やや冷たい室温が肌に伝わる。染み一つない白い壁や天井は、清潔感よりも人造の異質さがある。そこで後ろを見れば、通ってきた石板が黙ってそびえていた。


 ともあれ、邪魔になるのでとっととはける。向かうのは正面に見える受付カウンターだ。


「え……? わ、わぁ……!?」


 レティから聞こえる驚愕の声は、左側にある窓ガラスの向こうを見たからだろう。

 そこは暗闇。点々とした星々と──つい数秒前までいた青い惑星が、遠くに存在している。


「こ、これは──ここは……もしかして、『天上』……ですか?」


「そう。宇宙ってやつだ。ちなみに外に出ると死ぬ」


「現世一の危険地帯ッ!? で、でも……綺麗ですね」


「……そうだな」


 星空の良さはよく分かんねぇけど。

 そんなものより、レティの美しさの方が万倍も輝いて見える。


「失礼。受験者の方ですね?」


 右から聞こえた声の方を振り向くと、そこには黒スーツに身を包んだ局員らしき男がいた。

 短い黒髪に眼鏡。一切の隙がないビジネスマンといった様子で、硬い印象を受ける。


『……? この人……』


「ああ、はい。免許試験の……ですけど」


「会場に案内します。……そちらの精霊様は──」


「──いい、水ノ瀬(みずのせ)。それの相手は私がする」


 また、新たな声があった。

 いや声を聞く以前に、鳥肌が立った。

 その存在の気配に。


「封印、発見、覚醒、契約……久方ぶりの現世の凱旋、祝福申し上げる。実に三千年ぶりか──レスティアート王女殿下?」


 馴れ馴れしい態度と口調も、気にする余裕がない。

 外見こそ二十代の若い美青年。金の髪をストレートに流し、白い神父服のような格好をしている。二メートルに届きそうな長身で、鋭さのある金の瞳には人間味がない。ぶ厚い巨本を片手で持っているのも異様だが、それより目立つのは、その頭頂部の上で輝く()()だ。


 圧倒的──いや、圧殺的な存在感だった。だがこれに類似する気配を俺は知っている。


 大精霊。

 ほんの刹那のみ(まみ)えた、天の大守護者(エアリエル)を想起させる気配。


「………………セラフィエル様、ですか。はぁ……相変わらず愛想のない方ですね……」


 と、しかし声をかけられたレティの方は呆れ顔。

 うんざりですオーラが全開だ。……っていうか今なんつった?


 セラフィエル。

 それは人の大守護者と名高い、れっきとした帝国大精霊の一角だ。


「貴方がここにいるということは……“ここ”が現在の『文明の基点』だと考えていいのでしょうか」


「その時代の統治者を見るのが私の仕事だ」


 ……そういえば。

 セラフィエルといったら、観測局のトップと契約してる精霊だったか。よくテレビやネットで名前が上がってるのを聞いたことがある。身近すぎて意識したことがなかった……


「しかし……予想していた反応と随分違うな。貴様、本当にあの王女か?」


「王女は廃業しました。今は一介のお嫁さんですが」


「なるほど、さっぱり分からん。さては偽物かな?」


「全知を讃えられる大精霊とは思えぬ発言ですね。真贋をはっきりさせたいのなら、手始めにこの宙域ごと無に帰してみせましょうか?」


 ……口調だけだが、すげートゲトゲしい。

 レスティアートはツーンとした態度を崩さない。なんだろう、新鮮もここまで来ると感動を覚える。


「……そこの契約者の影響か? 伴侶があるだけでこれほど性能が変わるとはな。これを見ると、皇帝陛下の設計思想は安直だったと思わざるを得ない」


「安直でも最善手だったことに変わりはないでしょう。そもそも貴方、私に『個』を認識したことが一度でもあったんですか?」


「恨んでいるのか?」


「私にも怒る権利があると、教えてもらっただけです」


 ぽんぽんと何やら含みを持たせたやり取りが続くこと数秒。

 俺はそろそろ、場違いな会議室に迷い込んだ猫のような気分になってきていた。言っていることは分かるが本質的に何を言いたいのかまったく分からない。


「ご歓談中に申し訳ありませんが、そろそろ彼を案内しても?」


 そこで口を挟んだのは局員の眼鏡。

 毅然とした態度は、大精霊二人を前にしてもまったく揺るがない。


「ああ、試験だろう。連れていけ。その間に、こちらでは彼女の性能を検定する」


「!」


 ……そういうことか。

 なんだってセラフィエル──こんなトップクラスの存在がいきなり出てきたのかと思ったが、レスティアートへの対処と考えるなら、これ以上の人選は他にいまい。


 俺の免許試験とレティの測定テスト。

 この一日で、観測局から依頼されていた二つの用が同時に済むってワケだ。


『……くっ、不覚です。まさかこのような形でディアと離れることになるなんて……!』


『なんにせよ、試験中はお前の声も聞けねぇだろうしなぁ……ひとまず言いなりになっとこうぜ。たぶんレティって、観測局からはかなり警戒されてるだろうし』


『自業自得でした……新婚旅行の要素はいったいどこへ!』


 宇宙とはいえ、場所が場所だ。そこで期待させたのは申し訳ないとも思う。


『ま、とっとと終わらせて観光しようぜ。そっちもそっちで、拾える情報あるかもしれねぇし』


 つーか俺以外の男がレティと二人っきりになるとか相手が大精霊でも耐えられねー。

 こっちも即行で試験を斬り捨てなければ。


『……本音が聞こえています……で、ですが、ええ! このような些事、早く終わらせてしまいしょう! 事が済んだら、あちらの売店にあるアイス屋さんなどが気になります!』


『りょーかい。そんじゃ、くれぐれも気を付けて』


『はい! 試験、頑張ってください!』


 念話でエールを送り、頷き合うと俺たちは各々の案内人についていく。

 しばしの別行動。隣が寂しいが、そこは断腸の思いで耐え忍ぶとしよう……



     ◆



「──本試験は筆記、実技試験の二つで構成されます。筆記の後に、各々の実績に合った実技試験を執り行います。セラフィエル様の加護の下、生死の安全だけは保障しますので、全力で臨んで頂けると幸いです」


 数分後、俺は試験官の説明を聞いていた。

 連れてこられたのは待合室らしき広いホールだ。受験者の面々は老若男女問わず。十歳もなさそうな子供から、傭兵っぽい雰囲気のある人間、俺のような学生など、世界各地から集ってきた精霊士たちが数百人規模でここにはいた。


 流石に知り合いはいないか……

 つーか受験割合が高い三年生がいたとしても、知り合いはいないが。


「ではまず筆記から。お名前をお呼びしますので、そちらの教室へ順番にお入りください──」


 1番から名前が呼ばれ始め、一人ずつ扉の中へ入っていく。

 受験人数の割に、いちいち名前を呼ぶのか。受けるまでに時間がかかりそうだ。


「──試験は既に始まっている、ということだな。ここで問題を起こす契約精霊がいないかどうか、任務に私情を持ち出す精霊士か否かを見極めているとみえる」


「ッ!?」


 この覚えのある登場の仕方とその声は──!

 素早く左を見ると、そこには名も知らぬ例の金髪眼鏡がいた。ベージュ色のコートにパーカーという私服である。いつものように腕組みしつつ、クイッと眼鏡を上げている。


「お、……お前は……」


「おっと、あまりオレに気を払うな。モブとは偏在するものだ。……そうだろう?」


「その法則には異議を唱えたいんだが……なんでここに」


「契約精霊の更新に来たんだ。そのついでに、免許試験も受けてしまおうと思ってな」


 こ、こいつ……俺が猛勉強してきたテストを「ついで」とか言いやがった……

 ていうか契約精霊の更新?


「……アンタ、精霊……いないの?」


「その問いには、『そも、特定の精霊と契約を交わせる精霊士なんて一握り』──という事実を答えよう」


「……?」


「ピンときていない顔だな。無理もない。あの学園に通う者は、優れた資質を持つ者ばかりだ。やれ運命だの、一目惚れだの、ドラマチックな出会いだの……そういった経緯で特定の、しかも強力な精霊を引き当て、物語を遂行している連中が多いったらない」


 すまんメガネ、その基準だと俺もそっち側だわ。一握りに入ってて悪いな。


「中には複数の精霊と契約できる者もいたりしてな……オレはそういった浪漫(モノ)とは無縁だ。契約できる精霊は一体のみ。月一で契約し、料金を払わなければ精霊士の体面も保てない。最下層の中の更なる底辺に転がる路傍の石だ」


「そこまで言う必要はねぇんじゃねぇか……」


「お陰で家計が常に燃えている。バイト学生も楽ではないな」


 ……少しシンパシーを感じてしまう。俺もレティと出会う前は貧窮にあえいでいた身だ。しかしバイトなんかしてなかった俺より、コイツはよくやっている。


「……じゃあそこまでして、精霊士をやる理由はなんだよ?」


「理由がいるのか? 人類の一員たるもの、世界のために尽力するのは当然だろう」


 なんだこいつカッケェな!?

 俺の覚悟なんてレティとルンルンピクニック気分だってのに!


「……前から聞きたかったんだが、俺とお前ってどっかで会ったか? 学園以外で」


「フ……やはり覚えていないか。だがそれはそれで構わん。お前が思い出す価値もないことだ」


「その切り返しは逆に気になるから教えてくれよ……悪かったよ……」


 やっぱ面識あったのかよこいつ。

 どこでこんな金髪と会ったんだ。認識すればかなり印象強いぞ……?


「……オレは一度お前に命を救われたことがある。界域に迷い込んだところを、罵倒されながらな」


「あー……あ~? ぜんっぜん思い出せねぇや。悪ぃな」


 界域に踏み込んだ馬鹿を叩き出すなんてよくあることだ。特に地元にいた頃は。

 引っ越した後にも何回かあったが……いや、それでもこんな奴、見たことねぇぞ?


「そして見覚えがないのも無理はない。当時のオレは髪を染めていなかったからな!」


「分かるか!」


 衝撃の事実。金髪野郎はエセ金髪野郎だったらしい。

 道理で分からねぇよ。しかしだったら、当時のこいつは眼鏡しか特徴がないワケだから……、


「……あ。実技テストの日の──」


「それ以上はやめろ。己の地味さ加減に死にたくなる」


 キッと睨まれた。せっかく思い出したのになんでだよ。


「とにかく──それ故にお前には借りがある。だが学園内では優等生と落第生という立場上、なかなか関わりづらかったのだ」


「ハハッ、面と向かってソレ言えんのは端役(モブ)の胆力じゃねぇと思うけどな」


「事実を述べたまでだ。オレは主役の器ではないしなる気もない。身の丈に合わん人生は身を滅ぼす。当たり前のことだろう」


「悟ってんな。じゃあお前、『人生は暇つぶし』って言葉をどう思う?」


「愚論の極致だ。オレは生きるのに忙しい。『暇』がある人生で羨ましい限りだよ」


 随分と皮肉に満ちた回答だ。自称脇役らしからぬ意志を感じる。

 こいつ、結構面白い奴なんじゃねーの?


「なぁ。お前の名前って──」


「──84番。刈間斬世さん」


 ……そこで呼ばれてしまった。

 行かないのか、と眼鏡が視線を向けてくるので、俺は仕方なく教室に向かう。


 この金髪眼鏡の名前は、今回も分からずじまいだった。



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