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04 デレ期×2

 契約精霊は状況に応じて姿を消すことができる。

 二次元的に言うなら、契約者の影に潜んでおくというか……俺という()()()()に待機しているらしい。


『俺の中にレスティアートが……って、なんか不健全な響きだな。世の精霊士たちは皆この気分を普通だと思ってんのか? 感覚の麻痺が凄まじくねぇ?』


『コッ、コココココレは契約の内の力ですよっ! 変な意味はありません……ありませんよね? ありませんからねっ!』


 念話──契約精霊と契約者間の直通電話みたいなもの──で、レスティアートから怒られる。

 率直に言ってヤヴァイ。頭がどうにかなりそうだ。二十四時間、昼夜問わずに好きな相手の声が聞き放題って……なに? 精霊士って最高すぎない……?


 そんなことを考えている俺は今、


「精霊士、就任おめでとうッ!」


「……、」


 ぱちぱちぱち、と左横で拍手するアサギ学園長と共に、車内にいた。


 俺は意識を取り戻した日には退院が決まり、今日はその翌朝。

 病院を出て、タクシー乗り場に足を向けた時、こっちだよー、と手を振る学園長がいたのである。

 用意されていた漆黒車両に乗り込まされ、後部座席に二人で座っている。レスティアートは前述通り、不可視状態……いわゆる霊体化中というか、格納状態だ。


「それともこの場合、生還おめでとう、というべきかな。いやぁ、意識を取り戻したと聞いた時は驚いた。ああ、一週間前に、かの英雄精霊と君が契約したと聞いた時と同じくらい、驚いた!」


「どうせアンタの計画の内じゃねぇのか」


「まさか。謀略なんてどう張れっていうのさ。なんでそんなに疑うの?」


「俺に精霊契約を持ちかけただろうが。アンタ、封印石の解き方は突き止めてたんじゃねぇのか」


 俺は取引に応じて船に乗ることになったが──

 そも、初めから「契約する」と首を縦に振っていたらどうなっていたのか。あれだけ封印石の特殊性を説明した後で、中身の精霊と契約しないかと話を振ってくるのは変だ。決して開けない箱を前に、中身を出す方法がなければあんな話はできない。


 ならば、精霊契約してみない? という提案が戯言だったとしても、少なくともこいつはレスティアートの封印を解除する手がかりを掴んでいた可能性があるわけで……


「ああ、それに関しては協力者がいてね。『やってみなきゃわからない』って実験にはなるけど、別に君が死にかけなくても、彼女と契約できた可能性はあったよ? ただし──」


「ただし?」


「封印解除が成功するか、失敗して私たちが全滅か、って賭けにはなってたけどね☆」


「……」


 どの道、あの時点の俺では取引一択だったに違いない。

 レスティアートとの出会い方も違うものになっていただろうし、まあ、それを思うなら、あの出会い方が一番よかった。衝撃力でアレ以外に勝るものはない。


「けどなぁ……予想外だったよ。君たちが伴侶! 恋人! 永遠のパートナー! って方向性になるとはね」


 英雄が恋愛脳だった実態に、こいつは多少ショックを受けているようだった。まぁ真面目に精霊士やってきた奴ほど、ギャップの落差で受ける衝撃はデカいんだろう。

 しかしあの船の夜から一週間とは……死の淵から経ち過ぎだ。あんな絶望的状態から、まさか七日も生き延びていたとは。


「あれからどうなった。取引先や、襲ってきた連中については?」


「そうだね、軽く報告しておこう。まず本来、封印石を受け取るはずだった相手は、『レスティアート』の名を聞くや否や、取引そのものを破棄したいって打診してきた。学園としては、精霊契約したばかりの生徒を野放しにするわけにもいかないし、即行了承。なんで、そっちはもう気にしなくていいと思うよ」


「……、」


 レスティアートの名前を聞いて、取引を破棄……

 封印石には興味があったが、中身に付随するリスクを鑑みた結果……だろうか。


「で次。君たちを襲撃したのは、どこぞの犯罪組織だ。ただし、恐らくは即席の混合部隊。あちこちの組織から選出した下っ端を集めて、傭兵隊として運用されていたのが一番可能性が高い。生き残りの証言を聞き出そうにも、もう記憶が弄られてた。自分たちが襲撃した、という事実さえも思い出せないようだ。恐らくは記憶に干渉する精霊の仕業だね。或いは全員、襲撃前に『そういう契約』を結ばされていたのかも」


 ……情報濃度が高すぎる。犯罪組織? 混合部隊? 記憶に関する精霊?

 封印石かレスティアートが目的だったのかは知らないが、随分と手が込んでいる。違法精霊士たちが集まる組織の話はニュースで聞いたことがあるが、組織同士で協力し、部隊を使ってくるなんて聞いたことがない。


「……じゃあ、あの……護衛隊長って奴は……?」


「ああ、悠楼さんかい? 無事も無事、ピンピンしてるよ。むしろあの時、船に乗り込んできた精霊士の大半を一人で始末したようだ。気絶していた刈間くんを連れ出して来てくれたのも彼だよ」


「そ……うか」


 なんとなく、そんなような気はしていたが。

 一体どんな精霊と契約しているんだろうか……本人の雰囲気が異質すぎて、まるで想像がつかない。


「またいつ襲撃が来るかは未知数だ。学園長としても出来うる限りのことはしておくけども、充分に気を付けたまえ。まあ……正面から『破壊の』精霊に挑む精霊士なんて、早々いないと思うけどね」


「……?」


 何か含みのある言い方に眉をひそめると、ぱんっと学園長が空気を切り替えるように両手を叩いた。


「で、彼女との仲の方はどうだい? 良好? 順調?」


「おい青春中毒者。あんまり深入りすると火傷すんぞ」


「おぉっと、自信ありげだね。そこは年頃らしく、『な、何言ってんだよ! そういうんじゃねぇから!』──と返すところでは?」


 言いたい気持ちはなくもないが、実際に言ったらレスティアートを傷つけることになる。

 照れ隠しはやめろ、モテなくなるぜ──とかいう、昔日の学友野郎の軽口を真に受けているからでは、断じてない。ないったらない。


「俺はもうあいつと生きるって決めたんだよ。そこの気持ちを誤魔化したら嘘になるだろ」


「…………君、ホントに刈間くんかい? 双子の片割れとか、偽物ではなく?」


 惚れた女の力になりたいと思うのは、そんなにおかしな事だろうか……

 世間一般の恋愛観念が分からん。


「いやいや、褒めてるんだよ。そうか。君、本来はそんな子だったんだね」


「?」


 独り言みたいな学園長の所感は、本当によく分からない。

 チラとその横顔を一瞥すれば、どこか遠くを見ているようだった。だがそれも一瞬。


「それで──こうなった以上、もう学園の敷地内では庇いきれないから、専用の高層マンションに引っ越してね」


「──は?」


 この車、学生寮に向かってんじゃねぇの? という疑問をこっちが口にする前に。


「あと君の学内ランクも『初級』から『上級』にアップしたから」


「はァア!?」


「で、これから彼女と君で二人暮らしだから」


「…………」


 ……それはそうだけども。

 改めて現実を直視すると、頭がどうにかなりそうだ。


『ディアといっしょ……ふふ』


「ッ──」


 念話で聞こえてきた甘い声色に顔が熱くなる。不意打ちすぎだ。


「順調に不良の脳が破壊されてってるなぁ……流石は大英雄。気張れよ少年、君の受難天国はこれからサ!」


「楽しんでんじゃねぇよ……」


「ちなみに、彼女が着てたゴスロリはあげるよ」


「お前が犯人か!」


「えー。だって初めはあの子、素っ裸で君に添い寝しようとしてたんだよー?」


「……恩に着る」


 片手で顔を覆い、俺はうな垂れた。

 今後の同居生活が今から不安だ。



     ◆



「デカッ……」


 辿り着いた「新居」を前に、俺は口が開いていた。

 超高層マンション。地上から、ギリギリ頂上が見えそうで見えないくらいの高さだろうか……何百メートルあるんだコレ。明らかに金持ちの層しか使わないような住宅地だ。


「刈間斬世さんですね。学園長からお話は伺っております。ようこそ如月マンションへ」


 出迎えたのは黒スーツの管理人だった。品の良い身のこなし、立ち姿からして一種の専門家のような雰囲気があった。たぶんだが、戦闘分野にも対応できる鍛え方をしているようだ。


「当マンションは上位精霊と契約された精霊士様専用となっております。お客様の安全と日常を護るのが我らの使命でありますから、これより末永くよろしくお願いいたします」


「あー……よろしく」


 生返事しかできなかったが、管理人は深々と礼をする。

 案内されるままエレベーターに乗り込み、渡されたカードキーのナンバーに目をやれば、「2103号室」と書かれていた。


 一体いくつ部屋があるんだ、ここ……?



「……クソ広」


 部屋はまさかの最上階。

 中に上がると、学生寮部屋の約二十倍、実家時代の私室の六倍はあるんじゃないかというほどの広大な空間が広がっていた。

 本当に二人暮らしをするための部屋か、これが? スケールを間違っちゃいないか?


「わぁぁ……!」


 と──虚空から天使が顕現した。実体化したレスティアートだ。

 スカートをはためかせながら窓の傍まで駆けていく。彼女が登場するだけで、だだっ広い部屋も相応の貫禄があるように思える。俺の新居というより、こいつのための部屋なんだろう。


「すごい、街がたくさん……! これが今の都……!」


「いや、そんなに珍しくも──」


 ないだろ、と言いかけて止めた。

 古代の英雄レスティアート。

 こいつが生きていた時代は戦時下だったって話だ。となると、彼女にとって目新しいのは、街そのものではなく、「無事である人里」そのものなのかもしれない。


「きれい……」


「……」


 絵画でも見るように、街並みにそんな感想を零す少女精霊。

 本当にコイツは別の時代の奴なんだな、と今更ながら実感する。


「お、……レスティアート?」


「っひゃ!?」


 お前、と呼んでもよかったが、試しに名前の方を採用した。……案の定、こっちを素早く振り向いた相手は、真っ赤になってもじもじしている。


「っぁ……その、何用でしょうか。ええと、すみません、まだ当世には不慣れで……」


 ……つい口角が上がりそうになるが、どうしたことか、これは。

 セクハラかましたみたいな罪悪感がすげぇ。

 初心すぎねぇか、この子?


「……名前呼びは止めた方がいいか?」


「えっ! いえ、ディアがそうしたいなら、か、構いません……でも、あの、は、恥ずかしくて……」


「お前の時代じゃ、どうやってコミュニケーションしてたんだよ……名前呼ぶだけでそんな事になってたら、会話どころじゃなくねぇか?」


「あ、──いえ。恥ずかしいのは、名前呼びじゃなく……こ、『恋人に名を呼ばれる』のが重要というか……!」


「……んじゃ、俺のことは一生呼んでくれない、と」


「あ、あうう、それは……その、だって……まだ早すぎっ……」


 ディア──という呼び名は、「愛しい人(ディアレスト)」からか。

 そっちの方がストレートすぎるような気もするんだが……、


「……つーか恋人に名前を呼ばれるって、どういう意味なの?」


「それは──その──………………夜の……」


「ああ……」


 そういう事か。

 そりゃそんな価値観なら、ここまで恥ずかしがるワケだ。なるほどな。


「──いや過激すぎんだろ。禁欲社会か、古代神話。好きな奴の名前も好きに呼べねぇとか、そっちの方がどうかしてるわ」


「ほぇ!?」


「つー訳でレスティアート──……いや『レティ』って呼んでいいか? いいな。良し」


「はぇ!? そ、そそ、そんな、関係の展開が早すぎではっ!?」


「人の心臓ブチ抜いてキスしてきた奴が何言ってんだ……?」


「はううっ」


 俺の中では今んところ、アレが最上位なんだが。

 殺されながら生き永らえる。死と絶頂を同時に喰らったおかげで、こっちの脳はとっくにメチャクチャなんだが?


「あ、あれは非常事態だったと言いますか、カウントするのは反則というか……!」


「……反則ねぇ。じゃあ、そうか。嫌ならやめるわ」


「えっ、あっ、だ、だから嫌なわけではっ」


「レスティアート」


「きゃぅっ」


 ……名前どころか、異性慣れしてなさすぎて心配になってくる。跳び上がる様がまるで兎のようだ。その目もグルグルしてきており、情報処理が上手くいってないらしい。


 かわいい。

 ぎゅっとしたい。

 だがンなことしたらそのまま昇天しそうで怖い。なんだこの生き物は……?


「き、……」


「ん?」


「……き、きり……キしゅ……」


 もごもごとレスティアートはなにか言っている。

 キス? と聞こえたので近寄ると。


「──ッむ!?」


 ぱくっと噛みついた。

 屈んで、一息に。その隙だらけの唇に。

 記憶通りの柔らかな触感だった。

 顔を離すと、少女の貌は湯だった魚のようになっていた。情報処理の許容量を超えたらしい。


「なッ──なぁあっ。にゃ、にゃんで、キスしたんですか……っ!?!?」


「? 今キスって言っただろ」


「言ってな……! あ、いえ、き、キリセ、って呼び……たかったんです……!!」


「おお、そうか。悪いな、紛らわしい名前で」


「なんでそんなに笑顔なんですかぁ~~……!!」


 笑顔といっても俺の笑みは嗜虐的なもんだと思うので、爽やかスマイルではないだろう。

 堪えようにも口角が上がりっぱなしだ。筋肉痛になりそう。


「……ディアのえっち……」


 耳まで真っ赤にしたまま俯くレティ。

 当然の理に引き寄せられるようにその無防備な頭を撫でてしまう。ややピクリと動いたが、そのまま何を抗議することもなく、レスティアートは動かない。


「……堪能してねぇか?」


「し、してませんがっ。……あっ」


 手を離すと、名残惜しそうに顔を見上げる白い少女。

 それに俺は真顔で返す。


「あと五秒撫でていい?」


「……ど、どう、ぞ」


 なでなで。

 五秒と言いつつ、そのまま三十秒ぐらい撫でまわした。


「…………撫ですぎっ! 襲いますよ!!」


 怒られた。

 があっ、とレティが顔を上げた途端、勢い余ってその足元がふらついたので咄嗟に支える。


「……」


「……」


 当然、距離は密着状態。意図せぬ接近に、揃って言葉を失った。


 ……一つ分かった。二次元の主人公たちが、ヒロインと良い雰囲気になると、なんだかんだで照れたり邪魔が入ったりして展開がうやむやになる理由。素直にヒロインの好意を受け取ってしまうと、そのまま──このように、お互いなんとも、如何ともしがたい状況に陥るからである、と。


「……昼、食おうぜ?」


「……そう……ですね……」


 顔を見合わせ。

 離れようにも。

 自然と距離が近づき。

 ちょっとキスしてから、俺たちは今度こそ離れた。



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