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46 剣戟の学園行事

 登校したら学園が戦場になっていた──なんて、学生がする妄想のネタみたいな状況だが、それが生徒たちによって文化祭みたいなノリで実行されている光景は悪夢でしかない。


 終わりすぎにも限度がある。世紀末か。

 つーか現世でやってんじゃねぇという話だ。せめて精霊士が暴れる舞台は界域であるべきだろ!?


「死にたくなければ、今すぐ受付へ行って不参加を届け出るんだな……それか参加費の一万を払い、序列のために戦うか、だ」


「高ッ! つか、この学園にそんなイベントあったのも初耳なんだが……」


「まぁ伝統だが、元は生徒側がやり始めた非公式戦らしいからな。参加費は残らず修繕費へとまわされる。結果がどうあれ、成績にも単位にも一切まったく影響しない」


「つまり全員バカだってことだな……!」


 たまに序列なんだのと聞いたことはあったが、あれって有料な上に非公式だったのかよ!!

 参加している阿保どもの気が知れない。あの学園長あってこの学園ということか……!


「仕方ないだろう……みんな、試験明けのテンションでハジけているんだ。止められる者がいるとすれば、それは勝者だけだ」


「よし。今日は帰る。俺は帰って寝る!」


「だったら初めから遅れて来ればよかったんだ……不参加の他の生徒のようにな。ここにいるのは、クラスの連絡網から外れた寂しい奴か、大会に参加している馬鹿だけだ」


「……友達いないの?」


「オレがあまりにも聡明なばかりに、相応な者がいないだけだ」


 ……すげー。ここまで強気に断言する奴も初めて見た。

 変な畏怖の念がわいてきそうだ。何者なんだよこいつはよ。


「アンタは帰らねぇのかよ?」


「……学業はオレの生命線だ。授業は受けて帰りたい」


 そんなカモフラスタイルでよく通常運転をかませるもんだ。

 絵に描いたような優等生。いや、勉強バカか。


「──ッ!?」


 その時、気配があった。

 素早く立ち上がって振り返れば、遠くの茂みの中からゆらりと一人、また一人と立ち上がる人影がある。


「いた……いたぞ……新鮮な参加者が……!」


「立っているな? 登校しているな? 明らかな不良だな?」


「へっへっへ……校門近くに戻ってきて正解だったぜ……!!」


「素性は? 一年? 上級? 契約精霊に干渉しなけりゃオーケー? 随分とまぁ狩り甲斐のある獲物だなぁ……!!」


 ざっと四、五人──かと思ったが、わらわらと十人近くに増えていく。男女問わず、武器を携えた学生たちが、狩人(ハンター)の目でこっちを見ている……!


「……面倒なことになるなこれ。おい──」


 絶賛潜伏中の眼鏡野郎に目を向けるが、一切の返事がない。こいつ、マジでここでやり過ごす気か……!?


「「「「笑止ッ!! 隙を見せたな恨みはないが散れ後輩──!!」」」」


 直後、茂みから飛び出してきた連中が襲い掛かってくる。

 ……“剣術大会”と銘打ってるのに、その武器は斧から弓まで様々だ。やっぱこれ、ただの戦闘民族間の争いじゃねぇか?


「《レティ(My)愛してる(Dearest)》」


『はうっ!?』


 誓言(トリガー)を唱えると同時、幻刀を握る。

 ──斬撃。先発してきた四名の契約武装をぶった斬り、叩きつけた霊力の衝撃で全員沈む。それを見た出遅れた連中が、警戒するように動きを止めた。


「ヌゥッ!? こ、こいつ結構やるぞ!?」


「一年といえど上級に相応しい実力者ってコトか……! だが実戦経験は此方が上のハズ──!」


 経験や鍛錬で上回るなら上回ってみればいい。

 俺の剣才(さいのう)が通じない相手なんて、ぜひとも拝謁願いたいもんだ。


「(……おい。戦うのならもっと向こうへ行け! 踏まれたらどうする!)」


 足元から聞こえる苦情はスルー。


『あー! ディア! 抱き着きたい! 顕現したい! あああ──!!』


 ……念話で発狂一歩手前な叫びにもツッコまず、今はその声を記憶しておくに留める。いや、別にいつでも顕現してハグしてくれてもいいんだぜ?


 ともかく。


「──俺はそっちの戦いに参加する気はねぇ。関わってくんな。無駄骨折るだけだぞ」


 ダメ元だが説得を試みる。

 本意でない飛び入り参加など論外だ。こいつらだって、余計な体力を使いたくはないだろう。


「自らハードルを上げるとは良い心がけだな後輩! だがお前は分かっていない。参加も不参加も申請していない身で敷地内に踏み込んだ者は、ただ参加者(俺たち)によってシバかれるだけの対象になることを!!」


「……じゃこっちが、逆にアンタらを全員倒したらどうなるんだ?」


 すると顔を見合わせる先輩がた。

 どういうルールだっけ? 普通に脱落じゃない? 事故扱いで退場? とりあえずやってみれば分かるんじゃない? ──等々。


 隙だらけ過ぎる。

 今の内に仕掛けてしまおうか──と、俺が踏み込もうとした時。


「……!!」


 咄嗟に反応した。

 振り向きざまに潜伏していた眼鏡野郎を芝生カバーごと掴んで現場から離脱する。

 その一瞬後。校舎からこっちにぶっ飛んできた閃光が全てを蹴散らした。


「ギャァアア──!?」

「ぐわぁあああ──!!」

「うわぁあああああ──!!」


 見事な悲鳴三段合唱。

 閃光に視界を焼かれながら、俺はどうにか現状把握に努める。


「ぐっ……くっそ、今度はなんだ……!」


「ごっ、ごぅ……!? は、離せ、首が締まる……!」


 手元から呻き声がしたので手を離す。

 それはそれとして白い粉塵が風に払われた向こうには、鎧を身に着けた新たな人影。そいつは自分の剣を地面に突き刺し、どうにか立ち上がろうとしていたところだった。


(……副会長!?)


 後ろで一つに束ねた藍色の長髪。

 その特徴は間違いなく、奏宮(かなみや)家長女──奏宮華楓(かえで)のものだ。


「……っく……まさか、貴方がこれほどの実力者だったとは……完全に予想外です。想像すらしていなかった……だが何故? 今まで、一度もこの大会に参加していなかった貴方が、今年に限ってなぜ──」


 彼女の言葉は、校舎の方から歩いてきた者へ向けられている。

 俺もそっちへ視線をやるが、しかしやはり、それは俺には馴染みのない顔だった。


「しいて言えば思い出作り、かなぁ。それに序列戦は毎年やってるでしょ? だったら、これまで参加してきた人よりも、一度も参加してない人の方が警戒・対策はされにくい。だから上手くいくと思ったんだ。実際──それで獅子月くんを下せたわけだしね?」


 そう言ったのは金髪の女子高生。

 背の辺りまで流したロングヘア、左側に短く結ったサイドテール。好戦的な目つきの琥珀色の瞳。

 完全武装形態の奏宮とは異なり、彼女は制服のままだ──それだけで、どちらが優勢かは明白だった。


「な゛っ……あいつは……黄泉坂(よみざか)!?」


「ヨミザカ?」


 聞き返すと、金髪眼鏡が震えながらコクリと頷く。


「彼女の名は『黄泉坂(よみざか)古今(こきん)』──廃部間近の軽音部部長、去年卒業しているはずの三年生だ!」


「それ留年生ってことだろ」


 いきなり強者っぽさからかけ離れた。あと付属情報が色々と崖っぷちすぎる。

 彼女のドヤ顔もなんだか馬鹿っぽく見えてきた。しかし実際、あの奏宮を……いや俺はあいつの強さもよくは知らないが……追い詰めているのは確かだ。


「侮るなよ……彼女は上級の中でも数少ない、『異能持ち』。こういった大会に出た記録がないため、実力も未知数だ……!」


「異能……? 精霊からの加護じゃなくてか」


「その認識は間違いじゃない──基礎としてはな。異能は、元々は契約武装が持つ能力のことを指す。それが使用者に馴染めば武装なしでも発動できるようになる……これが巷でいう『異能者』のカラクリだ」


 ちなみにこれは二年生で習う内容だな、と丁寧な注釈までつけてくれる。

 なるほど……契約で武装を持てるって時点で異能じみちゃいるが、まさかその先にそんな段階があろうとは。


 身近な奴でそれっぽい連中といえば……学園長の“未来視”とかか? それに芒原も瞬間移動みたいなのを使っていたな。良夜や架鈴は……ん? そういや架鈴の方は「凍結」の力を持っていたな? アレってまさか異能なのか?


「……んー? なんか強そうな精霊の気配を感じるなぁ。君かな?」


 不意に、黄泉坂古今の目がこちらを向く。

 座り込んだままの眼鏡がびくっとし、俺は俺で神経を尖らせる。


「っ……刈間斬世。やはりお前も参加していたか……!」


「してねぇ。してねぇから。勝手にそっちでやっててくれ」


 それで奏宮もこっちに気付いた。誤解しか招かない発言をやめろ──そら見ろ、なんか黄泉坂って奴が面白そうにニヤつき始めている!


「ふーん、刈間斬世って言うのか。まるで剣士になるべく名付けられたような良い名前だね!」


 俺の名付けはクソ爺だ──いやそんなことはいい。


「……そっちの名前は、どう書くか分かんねぇけどな。『黄泉坂』はともかく」


「そこは“比良坂”だろって? でもいいでしょ、名前の方は『古きと今』って書いて『古今』! こっちは和歌集の方が有名かな?」


 俺が言うことでもないかもしれんが、名前らしくない名前だ。記号じみている。

 黄泉の坂。古きと今。

 ──直感的なイメージだが、まるで境界に名を付けたようだ。


「……それ、刀だよね。懐かしいなぁ。──刀を持ってる人って、なんか強いイメージあるんだよね……よしっ」


 俺の武器を見た黄泉坂が右手をかざし、その手に剣を顕現させる。彼女の身長の半ばくらいはある大剣だ──しかしそれは次の瞬間、


()()()


「……!?」


 思わず目を見開いた。

 軽く──彼女が剣を振った途端、太刀へと変化したからだ。

 シームレスに。まるで、初めからそのような形であったかのように。


「お前──」


「……おいどんなデタラメだそれは。契約武装を複数所持する奴など聞いたことがないぞ……!?」


「いやいや、持ち替えたわけじゃないよ? 『変えた』んだよ。武器種を」


「そっちの方が意味わからんぞッ!? なんの精霊と契約してるんだ!?」


 ツッコミ解説メガネの動揺が留まることを知らない。

 黄泉坂のやったことがどんだけ常識外れなのか、そもそも精霊士の基準点を知らない俺はよく分からない──けれども、様々な武器種を選択できるというレスティアートとの契約以外で、あんな芸当が出来るのは、間違いなく異端だろう。


「……あー、そっか。『精霊』ね。まぁそりゃそっか。ふっふっふ……私の契約精霊は……秘密!」


「ッ!」


「ぐをはッ!?」


 瞬間、俺は眼鏡野郎を横へ蹴り飛ばした。

 それとほぼ同時、一気に距離を詰めてきた黄泉坂が振るった刀と衝突する。金属音と火花が散る。


「反応速度ヨシッ! 鍛えた感じの動きじゃないね──天賦の才?」


「……さっきから言ってるが、俺は参加者じゃない。戦う意味なんてないぞ」


「この世に意味のあるものなんてないよ? だったら楽しいことをしなきゃ!」


「哲学的な返しだな──じゃあ言っとくが、今の状況は場外乱闘で正当防衛だ。わかるか?」


「!」


 黄泉坂の目の前で稲妻が走った。

 バチィッ!! と反射が発生する。レスティアートによる介入が起こり、大きく弾き飛ばされながらも黄泉坂は態勢を整える。


「おっ……どろいた。君の精霊、怒らせちゃったかな?」


「気を付けろよ。俺より短気な奴だからな」


殺ッ(しゃーッ)!!』


 猫みたいな威嚇の声が念話を通して聞こえるが、軽い殺気も感じる。それを具現するように次の瞬間、黄泉坂の足元から三本の光柱が飛び出した。


「のわーっ!?」


 反応は追いつかず。黄泉坂の姿が宙を舞う。

 が。身軽に宙で身を翻したかと思うと、次の瞬間、太刀を振るって斬撃をぶっ飛ばしてきた。


「ッッ……!!」


 寸でのところでよけると、斬撃は地面を裂いて、その辺の植木を縦割りに伐採していく。視線を相手に戻せば、着地して刀を構えたところだった。


「オイ……マジでやり合おうってんのか」


「思い出作り、だからね! 別に勝っても負けても後悔はないし」


「最悪の参加動機だな……」


 この大会に真面目に参加してる奴がどれだけいるか知らんが、こんなポッ出の女にそんな理由で敗退するなど屈辱の極みだろう。

 まぁ別に、俺だって競技系への思い入れは皆無に等しいんだが……


「──刈間! 私は良い事を思いついたぞ!」


 不意に副会長からそんな一声。

 なんだ、なんかここから事態を解決する妙案でも浮かんだのか?


「このまま彼女を足止めしておいてくれ! その間に私が予選を終わらせるッ……!!」


「……おい待て。ちょっと待て!? それって捨て石だろおい!!」


「はははは文句は聞かん! 偶には学園行事に従事してみろ──!」


 と言って、浮遊したかと思うと流星のように校舎の方へと飛んでいくクソ副会長。

 ふざけんなよあいつオイ。こういう押しの強さ、やっぱ架鈴の奴の姉貴ってことか!?


「ふーん。つまり勝った方が、予選出場ってことだね!」


「お前さては話を聞いてねぇな? 俺は参加してねぇんだっつの!!」


「参加費は後で払えばいいと思うよ!」


「序列如きに一万も払えるかぁあ!!」


 戦うよりも前に、俺はこの先に控えてる免許試験のために勉強しなきゃならねーんだよ!

 俺の試験期間はまだ終わっていない。先んじて試験から上がってる連中に付き合ってやる時間などねぇ!!


『速戦即決が求められる場面ですね。私の前でディアを顎で使おうとするとは良い度胸です』


『レティ、冷静な状況判断と本音が混じってるぞ』


 こほん! と念話なのに咳払いが聞こえた。

 今や俺に関する全てが地雷になってるんだろうか? 可愛い奴め。


『た、戦いの前に一つご報告を。黄泉坂古今──彼女の近くには、契約精霊の姿がありません』


『……何?』


 そうだ、思い出した。レティには精霊を視認できる目がある。幻眼(ゲンガン)──といったか。

 非実体化かどうかに関わらず、彼女の視界には全ての精霊が映し出される。それなのに、“いない”ということは──


『……離れた場所にいる、ってコトか?』


『順当に考えればそうなりますね。ですが、あの契約武装……精霊の加護を感じません。彼女は何か異様です。お気を付けを』


 異様──

 歴戦の魔獣狩人たるレスティアートにそこまで言わせる相手なんて相当だ。警戒度を更に引き上げる。


「あ、そうだ刈間くん。私が勝ったら軽音部に入部してね!」


「しないが?」


『ともあれ、ちょっぱやで終わらせてしまえば関係ありません。破壊は全てを解決するデストロイ・イズ・ジャスティス、です!』


 レスティアートから有難い真理を聞きながら──

 謎の留年生、黄泉坂古今との対決はこうして始まった。



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