03 永遠契約 - 3
「はっ……?」
目を覚ましたことが、まず理解できなかった。
視界一杯には見知らぬ天井。いや……空気の匂いからして、まさか、ここ病院か……?
昨日、まともな手順で眠った記憶がない。次いで船に乗ったことを思い出し、断片的に出くわした出来事を振り返って────死んでいない事に、困惑する。
「なんで生きて……、っ」
なんで生きてるんだ、死んだハズなのに──は、テンプレをなぞった台詞すぎる。だがお約束の台詞を自然に言える機会って中々貴重じゃないか? せっかくだし言ってみるか。
「……なんで生きてんだ。最高の死に際だったのに……」
若干、捻りを入れてみた。オリジナリティというやつだ。実にどうでもいい。
「つーか、暑ちぃ……」
あと下半身が重い。鉛のようだ。痛みは感じないが、ダメージは残ってんだろうか……
ともあれ、少し布団をよけて──、て?
「んみゅ……」
「……………………???」
幼女だった。
軽くめくった布団の下には、俺を敷布団に寝ている、絶世の美少女が眠っていた。白髪ロングヘアで小っちゃくて十二歳くらいの大天使ロリ……に見える。
……。
……意味不明だったので、いったん布団を元通りにした。なにこれラノベか?
「え、なにこれ」
震える声で呟く。歓喜ではなく、困惑と混乱からだった。
病室には誰もいない。一人ぼっちがこんなに心細いとか知らなかった。頼れる他人がいる環境に、どれだけ自分が支えられてきたのか凄く実感する。やばい、誰か助けて。そして誰か説明して。孤高ぶった不良みたいな態度とか全部改めるから、誰かタスケテッ!!
「んぁ……あ、起きたんですね、ディア……おはようございます……」
「ッッ」
そこでもぞもぞと布団の中が動き、腕をついて起きた少女が布団を被ったまま見上げてくる。
服装はなぜかゴスロリだった。なんでだ可愛い。黒いフリルスカートとリボンに白髪が映えている。可愛いの暴力に等しい。真っすぐ見てくる青い眼と視線が合うと、釘付けになる。
さらりと細い肩から流れる白髪。その青の両目に、俺の顔が映っている。記憶より幼くなった顔立ちは、しかし美貌をそのままに維持した完璧な造形であり──
「ディア?」
「ハッ」
いかん、完全に我を忘れて見惚れていた。
「お、おまえ……なに……」
「私? 私は、ええと……あなたの恋人です」
なにその記憶喪失の相手に対してまず初めに吹き込む嘘みたいな理想の言葉。
え、なに? 俺が言われてんの? 本気で言ってるなら本気にするがッ!!!?
何も言えずに見つめてしまうと、ふにゃりと笑みを浮かべられる。ヤバイ、意識が飛びそうになる。供給過多が過ぎていけない。命と俺の尊厳に関わる。
冷静に──冷静じゃないが、どうにか冷静さを表面上に結集して、口を開く。
「……ぉ」
「?」
「お、お名前は……」
見合いか! と内心ツッコむが、十六歳不良童貞男子にはこれが精一杯だった。というか角が立たないよう気を配るなら、これ以外にかけられる言葉が分からなかった。
すると白い少女は身体を起こして座り込み、胸に手を当てて自己紹介する。
「レスティアート──レスティアート・クルイロフ=カタストロフィ、と申します」
……ビッグネームすぎて空耳かと思った。
レスティアート。レスティアートレスティアートレスティアートってお前────!?
「だ、大精霊の……?」
「ええ、同名がいなければ。ええと、今の時代から三千年前……の出来事なんですよね」
精霊神話──その伝説に出てくる、大精霊の中の大精霊。
人国を魔獣の脅威から守り、十年で一大陸に蔓延っていた魔獣を単独で殲滅し、現世の領土を取り戻すなり、永遠に行方知れずとなった英雄精霊──
「──レスティアート……」
その神話は、現代の子供が一番始めに聞くおとぎ話。
……破壊の精霊とも名高きカタストロフィ。その知名度は、神話に名のある精霊の中でも超抜級。
…………そんな精霊が、ナゼゆえ俺と添い寝状態で……?
「あの、じゃあなんでここに……」
「恋人なので……」
「あー、えーとスマン。質問文を訂正する。なんでこ、恋人になってるんだ……?」
「ディアと私が契約したからです」
……──契約。
あぁナルホド、ようやく要領が掴めてきた。フリーズ気味だった頭が回り始める。
「……つまり、お前はあの封印石に封じられてた、精霊……?」
「はい。封印されていました。そして、ディアの存在によって目覚めました」
えへん、と誇らしげに胸を反るレスティアート嬢。
凄ぇな、「可愛い」で叫び出したくなる感情があるなんて知らなかった。
(……精霊士になったのか……俺が)
精霊召喚も出来ない身の上で。
……そう考えると、実に釣り合わない。俺のような人間が、こんな英雄と称される精霊の力を借りるなどおこがましい。
乗り気な彼女には申し訳なさの極致だが、もっと別の契約者を探した方が……、
「──あなたのお名前は?」
問われ、意識を引き戻した。名乗るにはためらいがあったが、この少女の問いを無碍にするのは、どう考えても在り得なかった。
「……俺はキリセ。刈間、斬世。……だ」
です、とか思わず敬語を使いそうになる。話したい、とは願ったが緊張の汗が止まらない。初めて女子と会話する男子か。……だが参考例の女子がアテにならないので、実質、これが初めてとも言えなくもない……のか?
「……カリマ、キリセ……」
少しの時間、瞑目したレスティアートは、一度だけ俺の名を唱えた後、目を開ける。
「……記憶しました。私の深い所に。あなたが──私の最愛です、ディア」
「さッ……ディア、ってのは……?」
そこは名前で呼ばないのか、と思いつつ訊けば、ポッと顔を赤くした。……何だ?
「……恋人を名前で呼ぶのは、その……は、はしたないので……」
どういう基準?
名前を呼ぶだけでセクハラ認定される価値観なのか……?
「ディア」
不意に、細い指が右手を握ってくる。顔を寄せてきた美貌、それに付随する甘い香りと声色に、思わず息を呑む。
「──私は、あなたと『命を共有』しました」
「……んん?」
「あなたの死が近かったから……強引に、だったけど……」
俯き、照れくさそうに、こっちの手をにぎにぎしながら、レスティアートは言う。
正直永遠に眺めていられる光景だったが、どうにか言葉を返す。
「共有ってのは……あー、俺の命がお前の寿命に統合された、の……?」
「寿命というか……精霊に寿命はないので。あなたが死ぬ時、私も死ぬ。逆もまた然り。その、ですから……」
……話が見えてきた。
ということはつまり、とうに俺の未来は決定されたらしい。
レスティアートはその青い瞳で、まっすぐに此方を見据え────
「──永遠に。私と生きてください……ディア」
「喜んで」
逡巡の刹那もなく、俺は即答していた。
「えっ」
レスティアートの透き通る青玉の瞳が丸くなる。
その目をしっかりと見つめながら、彼女の手を強く握り返しつつ──俺は次の言葉を続けた。
「俺はお前に殺された。そしてお前の手で生き返った。──だったら俺の全部、もうお前のものだ。煮るなり焼くなり捨てるなり、なんでもしろ」
そう。捨てられたって、見限られたって構わない。
そうはならないよう万事を尽くすのは大前提として──たとえ彼女に切り捨てられようと、俺はレスティアートのために生きると決めた。
後悔など微塵もない。一瞬前で抱いていた迷い、躊躇い、全て、彼女の目を再び見た瞬間に吹き飛んだ。
釣り合わない? 別の契約者? まったくもって馬鹿馬鹿しい。知ったことか、下らない。惚れ込んだ相手に求められているのにそんな意気地のない考えなど、斬って燃やして然るべき、だ。
だから──それが今の俺が出せる、最大限の答えだった。
「ぇ……えぇぇ!? えっと……ええと……! え、永遠っていうのは、比喩ではなく!」
あわわあわ、と顔を真っ赤にしながら再説明を行おうと頑張るロリっ娘。
上気した頬が愛らしい。空いていた左手で触れて実体を確かめてみる。ひゃんっ、と高音があがった。真顔を保つが、脳が蒸発しそうになる。
「分かってる。永遠、永遠だな。病める時も健やかなる時も、ってやつだな? 俺たちの場合は『死す時も』、ってことか。いいぜ全く問題ない」
「そそそ、そんなあっさり言ってはいけません! わ、私はあなたの同意も得ず、勝手に契約してしまったようなもので──!」
「大歓迎だ。むしろありがとう。俺でよければ契約してくれ」
「な──なぜ、そんな私に都合の良いコトばかりをッ!? もっと自分を大事になさってください!?」
「俺は俺の都合の良い事ばかりを言ってる気がするんだが……?」
小首を傾げると、「はぅ……」と赤くなった少女が呆然となる。
……繊細に整った白いまつ毛、小ぶりな鼻と桜色の唇。髪が真っ白なものだから、顔の赤さがよく分かる。さっきから頭を撫で回したい衝動に駆られ続けているが、そこは初対面の礼儀として死ぬ気で堪える。とんだ拷問だ。
お互い黙りこんでしまった空気が忍びなくなったのか、しばらく視線をうろうろさせた後、思いついたようにレスティアートが口を開く。
「そ、そうだ──そもそも! 心臓を握りつぶしちゃってごめんなさいっ!」
物凄い謝罪内容だ。
普通の生活をしていたらまず聞かねぇ。
ちなみに撃たれた所を含め、もうこいつに抉られた箇所も痛みはないし、完治しているようだった。
「まぁ衝撃的ではあったが……どういう事情があったんだ?」
「……その、あなたが死の淵にいたのは一目で分かりました。だ、だから、なんとかしなきゃって……でも私には、真っ当な治癒能力がなくて。それに命の共有は、原則片方が死なないと発動できなくて……」
「ほう……?」
「い、一刻も早くあなたが欲しかったので、殺しちゃいました! ごめんなさい!」
もはやプロポーズにしか聞こえなかった。
一刻も早く欲しかったって、お前な。
まぁこいつに殺されるまでもなく、あの時点じゃどの道、死ぬだけだったが。
「それは別にいいんだが……結果、こうして助かったワケだし……けど、なんでそこまでして助けてくれたんだ……?」
……するとレスティアートが顔を伏せる。それはやや恥ずかしそうな、照れくさそうな……やはり素晴らしく可愛い面持ちだった。
「……あなたは、私を、恐怖していなかったから……」
まるで大切な宝物を預けるような告白。
その理由が彼女にとって、どれだけのものだったのか──俺には推し量ることもできないが、この時ばかりは、足掻いた己が誇らしくなった。
「私はずっと、求めていたんです」
こっちの右手を握り込みながら、レスティアートは言う。
「私を呼んでくれる人を……私と、契約を結んでくれる伴侶を。それが、あなただった」
「……? お前、封印されてた精霊なんだろ。俺が最初の契約者ってのはおかしいんじゃねぇのか?」
精霊は精霊士なくして現世には留まれない。
契約者というなら、それは初めにこいつを召喚した何者かだろう。俺は封印されていたこいつを解放しただけで、「召喚した」とは違うのでは……?
「いえ、人と契約したのは初めてです。本来私は契約者を必要としません。あの封印措置は、私を処分できなかったから行われたものでしょう」
「──」
処分できなかったから、封印された。
使い捨て。使い潰し。
こいつほどの英雄も、そんな扱いを受けてきたのか? 自力で現世に留まれるくらいの力を持っていながら……?
「だから、その、ええと…………だ、大好きですっ! よろしくお願いしますっ!」
……好意は嬉しいが。
踊り狂いたいぐらいには嬉しいんだが。
(鳥の刷り込みみたいなもんか……)
殻を割った雛が、初めに見たものを親と認識する。そんな話を思い出した。
そりゃ互いに互いを知らないんだから、ロクな理由がないのは当然だ。
こっちだって、ただの一目惚れだしな。
「はぁ…………」
「す、すみません。いきなりこんなこと言われても困りますよね、でも嘘じゃ……」
「可愛い……結婚したい……」
「ふぇっ!?」
がっくりと、許容量を超えた愛おしさにうな垂れる。
初手から相思相愛って実質優勝じゃねーか。道理で今まで精霊召喚できなかったワケだな。こんな豪運があるならそりゃ他が全部悪くなるのも頷けるってもんだわ。
「け、ケケ結婚……! ケッコン……!? えっ、ええとあのっ」
……顔を上げると、動揺した少女の貌が見えた。さっきからくるくる表情が変わっている。初めに見たのは無表情な無謬の美しさだったので、そのギャップがたまらない。
だからその言葉も、自然と出た。
「ああ、俺はお前に惚れてる、レスティアート。頼りない契約者だが、よろしく頼む」
「……っほ、ほれ……」
……あらかじめ断っておくが。
好きだの惚れただの、口にしたり思ったのは今が初めてだ。
こいつの全てを受け入れたいと思ったから──ぶっ殺されることにも満足感さえ抱いた。
「……嘘じゃねぇよ?」
軽く笑うと、青い瞳が潤んだ。
瞬間、胸に飛びつかれる。
「っぅ……ううぅううぅ~~~~~~っ」
「泣くなよ……」
体重を預けられるまま、ベッドに倒れ込む。
真っ白い頭を撫でつつ、俺は天を仰いだ。
──死んで生き返ったら永遠の嫁が出来た。
旧友に話したら鼻で笑われそうだな、と思った。
感想や評価で需要のほどを教えていただけると喜びます。
ロリ化したヒロインですが本来の姿は後で出てくる予定。
なお本作、ハーレム展開などの予定はありませんので悪しからず