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35 前途は多難

 いつも応援ありがとうございます。

 感想やいいね、凄く執筆の励みになってます。


 そろそろ2章も終盤に入っていくよー。

「このような菓子折り一つで水に流そうなどと、思い上がったものですね! 人間の尺度で謝罪しようと、精霊の尺度的には容認しがたいものがありますが、郷に入っては郷に従え。決して許しはしませんが、『謝罪はあった』という事実は記憶しておきましょう。ええ」


 などと、めちゃくちゃ菓子を食べながらまくし立てているのはレスティアートだった。

 数週間前の彼女であれば食べ歩きなんてしなかっただろうが、そこは今の時代に染まってきたということか。或いは、俺の悪影響か。


 俺はといえば、その右隣を歩きながら苦笑混じりに、箱から菓子を渡す係をやっている。焼き菓子であるそれは、元王族たるレティも絶品と認める質であるらしい。がしかし、生徒会長からもらったものを俺が食べるというのは、まるで俺が奴からの謝罪を受け入れたようになってしまうため、32枚入りのそれは全て、現在進行形でレスティアートの胃袋へ収められているというワケだった。


「で、まだどこかに連れて行く気なのかよ」


 俺が声をかけた先──前方を先導しているのは、相変わらず副会長・奏宮華楓だった。

 彼女の用件はもう片がついたはずだが、まだこうして何処かへと案内されている。


「ああ。まだ付き合ってもらわねばならん所がある。といっても、私の用件ではないが」


「はあ?」


「学園長がお呼びだ」


 ──。

 ……それを先に言えという話だ。

 なるほど、ならばこの副会長は生徒会役員としての仕事を果たしている最中といえよう。


「学園長からの呼び出しねぇ……」


 なんかまた巻き込まれるんダローナー、という気配をひしひしと感じる。

 なにせ俺が学園に入学することになったのも、レティと出会った切っ掛けも、元を辿ればあの学園長が発端だ。ロクな用件じゃなかろう。


「そうやる気のない声を上げるな。この学園の生徒として、光栄なことだろう」


「俺は普通の学園生活でいいんだよ、普通ので」


「およそ全校生徒から不良と目される者が言う台詞ではないな?」


「宗旨替えしたんだよ」


「そんなことはこの学園に入学した時点で不可能だと思え。ましてや、学園長直々にスカウトされたお前は──特にな」


 ……それは、まるで警告じみた言葉だった。

 こいつなりの激励……のつもりだろうか?


「神河学園長は──あの人は、精霊士の中の精霊士だ。常に世界と、その住人のことを想っている」


「……、」


 ……まあ、反発するような意見でも、ない。

 俺とレティがこうして、曲がりなりにも平穏な生活を続けられているのは、間違いなく学園長の手腕あってのことだろうし……


「あいつは……なんなんだ? 精霊士の中の精霊士って、どういう意味だ」


「そのままの意味さ。なにせ、あの人は……」


 副会長は足を止める。

 今度の目的地──学園長室前で。


「──未来が視える、という話だからな」



     ◆



「やぁやぁ、朝から呼び出してゴメンね。刈間くん」


 そこはいつもの学園長室だった。

 副会長の奴は扉を開ける前に、自分のクラスへと帰って行った。案内人としての業務は終えた、ということらしい。


 空になった菓子折りの箱をレティが滅したところで共に室内へ入れば、奥の席にはやはり神河アサギ学園長が座っており──


「……サンタクロース?」


 その手前。

 長机を挟んで設置された二つのソファの左側には、大柄の爺さんがいた。


 肩ほどにつく老齢の白髪。杖にシワの刻まされた両手を置いた堂々たる着席姿勢。白い和装の格好だ。が、そんな目立つ服装よりも、その顎から生えた綿のようにモッフモフの白ヒゲのインパクトの方が強すぎた。


「フォッフォッフォ」


 しかも開口一番にイメージ通りの笑い声。

 だがまぁ──サンタほど朗らかな印象はない。顔にかけている漆黒のサングラスが怖すぎた。こんな裏社会でプレゼント(隠語)を配ってそうなサンタがいてたまるか。


「最近の若者は素直だのう。その寸評は今日だけで六度目だぞ。やっぱワシってヒゲしか取り柄がないのかのう、自信がなくなってくるわい。いい加減に邪魔だから剃りたいんだがのぅ」


「えーと……あんたは……」


「『天の寺』、と書いて天寺(アマデラ)。『千里の道も一歩から』、の千里(センリ)で──天寺(アマデラ)千里(センリ)と云う。お初にお目にかかる、精霊士・刈間斬世。並びに英雄精霊殿。さぁ、座りなされ」


 すっと、天寺と名乗った老人が顔を動かして対面にあるソファを指し示す。

 なら遠慮なく……と俺はレティの両脇を抱えて腰を下ろし、膝上に彼女を乗せる。

 いつもの着席スタイル。ぎゅっと後ろから両手で抱き締めて、準備完了。


「どうも、刈間斬世だ。こっちは恋人のレティで俺の契約精霊。敬語を使うべき人間か分からんから、まずアンタはどこの誰だって質問していいか?」


「……」


 ……ニヤァ、と不気味にサングラスじじいの口角が吊り上がった。ずらりと白い歯並びが見える。邪悪な笑いすぎだ。


「くっ、くっ、くっ。その面影、()()()()というのは誠のようじゃな。あの男の若()がよくぞこれほどマトモに育ったもんじゃわい」


「……爺のこと知ってんのか?」


「知っておるよ? 刈間零仁(れいじ)──片時も忘れるものかよ、あのクソ野郎。聞くに、老衰の大往生を果たしおったそうじゃないか。結局ワシの借金踏み倒していきやがってッッッ!!」


 ガンッ、と苛立たし気に天寺爺が床に杖先を打つ。

 俺は引きつった顔しか浮かべられない──何やってんだあの爺!!


「け……血圧上がるぜ爺さん。なんというか、まぁ……悪かったな。身内が」


「昔の話じゃ。ケッ」


 ……なんなんだ、このじーさんは。

 結局、所属とか聞き出せてねーし。あと爺の顔見知りとか、俺がタメ口きいていい相手でもないだろ、これ。


「して──いつまでエロ本を読みふけっておる、学園の長よ」


 天寺が顔を向けたのにつられて見ると、いつもの席で学園長はラノベ片手だった。


「こらこら天寺さん。ラノベをエロ本の類だって一括りにしちゃいけないよ? 萌えに見えて、すっごい骨太のストーリーもあるんだから」


「知らんわ。黙って教典を読め、教典を。おぬしには前々から信仰心が足りんのじゃい」


 教典……? 信仰心?

 待てよ、その宗教っぽいワードからなら、一つ思い当たる組織が──


『“全徒(ゼント)教会”の長、ですかね。目の前にいる方は』


 ……レティが先に言い当ててくれた。

 表面上は黙って俺に体重を預けてくれているが、しっかり観察しているらしい──と思いきや、その手には俺の携帯が握られていた。ぽちぽちと検索をかけている。……上着の内ポケットにあったのに、一体いつ抜き取ったのか。


『教会って……プロの精霊士が属してる慈善団体、ってイメージだが……』


『孤児院を経営しているようですし、おおよその認識はそれで正しいんでしょう。しかし本質は当世に存在する五大組織の一つ──中でも“諜報”に長けた公的機関だとか』


 諜報……このサングラスサンタが?

 確かに裏社会の人間っぽいとは思ったが、裏ってそっちの裏?


「……俺としてもいい加減に説明が欲しいぜ。なんの集まりなんだ、これは?」


「そうだね──そろそろ本題に入ろうか。はぁ~あ、私としては凄く気乗りしないんだけど。むしろ聞く前に君たちには断ってほしいんだけど。ていうか今すぐ部屋から出て行って欲しいまであるんだけど」


 ……別に俺はそうしたっていいが、どう考えてもこの白モフ爺さんが許さんだろ。

 自然体で座っているが、どうも杖が怪しい。仕込み杖っぽくて不穏だ。


「緊急の案件、ということですか? 私たちに頼らねばならないほどの」


「察しが良くて困るよ、英雄ちゃん。でも緊急ってほどじゃない。正確にいえば、()()()()()ってやつだね」


「それ以上もったいぶるなら本当に出て行ってやってもいいんだが?」


「くっ。そう言ってやるなよ、刈間の若刃(わかば)。そこの小娘なりにおまえたちを案じているのじゃろう。今回の案件は、我ら精霊士としては、それほど珍しくもない──ただし骨の折れる仕事じゃからの」


 仕事ときたか。

 組織の二大トップが揃って話しているこの状況からして、既に嫌な予感というか、一筋縄ではいかない展開が待っている予感がしてならないが。


「私は慎重なんだよ、お爺ちゃん。内容を聞けば、刈間くんたちに拒否権はなくなる。まったく、大人が揃いも揃って情けない限りだよ。子供に頼らないと世界を救えないだなんて」


「……その両者のより本質的な能力を計るには、もはや授業内で行われる界域調査では足りん。観測局も詳細なデータを欲しがっておる。この機を逃せば、より多くの勢力が彼らに干渉するのは、おぬしとて予想できとることだろう?」


 ……要するに、こいつらは俺とレティ──いや、より正確には「精霊レスティアート」の力を把握したい、ということか。


 なるほど確かに面倒くさい。

 具体的な案件は不明だが、聞けば拒否権消失って、そりゃもう極秘中の極秘任務だろうに。

 それにそんな話を聞いたら──彼女が、もう黙っているハズがない。


「私は構いませんよ」


「……レティ」


 そりゃ言うだろうなとは思ったが。

 じろっ、と見下ろせば、こちらに首を向けてきた優しい青い目と目が合う。そしてそれはすぐに、二人の大人たちへと向けられる。


「その用件を引き受けることが、ディアとの平穏な生活の一助になるというのなら。私は貴方たちが期待する『英雄』として、この破壊の力を振るいましょう」


「はい却下却下。俺もついていくからな。絶対についていくからな……!」


「もう、ディアは安全地帯で待っていて欲しいのですけどっ」


 うるせぇ、足手まといになるかもしれないって可能性は分かってんだよ。分かった上でも、放っておけるか。恋人を一人で戦場に送り出す奴がいてたまるか。


「はぁ……結局『そう』なるかぁ……」


 かくいう学園長は、椅子にもたれて天井を仰いでいる。

 未来視──この結果も、とうに()えていたのだろうか?


「話は決まったの。奴の若刃ならそうでなくては。戦に焦がれ、血に狂い、生死の狭間を求む者でなくては面白くない」


「いや天寺サン。俺、別にそういう趣味はねぇから……」


「フォッフォッフォー。それはどうかのう? ええ? まだ目覚めてないだけじゃないかのう?」


 ──天寺の爺がそこまで言った時、そのサングラスがバリンと割れた。

 露わになった灰色の裸眼が、驚いたように見開かれる。


「……ここでそれ以上、私のディアを冷やかすようでしたら、貴方で私の力を試しましょうか? 少し遅めのR.I.P.(レストインピース)、いっときます?」


 ……レスティアートだった。声色はこれまで聞いてきたどんなものよりも凍てついて、恐らくだが、今の表情もその声に見合ったものになっているに違いない。


「……いやいや結構。顔見せにしては無礼が過ぎたようじゃな、謝罪しよう」


 すまんな、と軽く頭を下げる大物(推定)爺。

 つん、とレティの方はそっぽを向いている。


 ……レティ、老若男女関係なしに妬くのか!? どこまで美味しい──いや嬉しい……いやいや旦那冥利に尽きる生態をしてんだ!?


「それじゃ、互いの力関係がはっきりしたところで本題に入ろうか──嫌だけど。渋々と説明し、鬱々と依頼させてもらうよ刈間くん」


 学園長は空気をガン無視。

 鬱々というか、飄々と、って感じである。そこまで通常運転だと、尊敬の念すらわいてきそうだ。


「生徒としてではなく、一人の精霊士として、君たちに私は頼み込もう。今回も事の成り行きを見届けることしか能のない、己を恥じながら、ね」


 重い台詞に反して、口調は至って気軽なもの。

 だがそれに俺は言い返すことはできなかった。未来視なんて、創作でしか聞いたことのない力を持っているらしい相手に──そんな自虐的な言葉を発されては、もはや何を返せばいいか、まったく分からなかった。


 そして学園長は、こう続けた。



「場所は界域。それも、つい()()()()()()()()()()()()()()だ。そこの界域主(かいいきしゅ)を、どうか討伐してほしい」



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