29 最愛式睡眠妨害
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ショッピングモール占領テロ事件。
以下、表向きの発表。
──“「マリア年代紀」派の過激派教団が暴動を起こしたものの、その場にいた勇気ある学生精霊士たちによって鎮圧された。今後、治安組織は活発化する裏組織の活動に対し、総力をあげて対策していくと発表した”──
表彰されたのは、相良界兎、それに日下部草紀、如月良夜の三人だ。
架鈴は奏宮家側がメディアに圧力をかけたらしく、取材などは全面拒否。
俺とレティは、学園長が情報操作に手を回して、「初めからあの場にはいなかった」ことにされたらしい。
……いや、言われるまでもなく、俺だって薄々気付いちゃいたが……
「学園長、アンタ俺たちの存在を隠したがってるよな?」
やや過激なデートからの帰宅後。
俺はリビングで一人、ソファに座りながら通話していた。
『はーははははは──当たり前じゃないか。英雄精霊の復活なんて君ィ、世間の目に触れてみたまえ。歴史学者、伝承学者、精霊学者、界域学者に犯罪組織、海外のお偉いさん方まで、こぞって君たちをつけ狙うぞぉ? 今のいちゃいちゃ生活を邪魔されていいのかなー?』
良いワケがない。
が、それはそれとしてだ。
「……大丈夫なのか? 生中な負担じゃないだろう」
『子供が大人の心配をするもんじゃないよ刈間くん。まぁここだけの話、君たちに関する情報は各機関の上層部にだけは開示されている。「精霊レスティアートを制御できるのは刈間斬世しかいない」──それが今の共通認識だ。ここ数日でその実績はよく稼いでくれているからね、普通に精霊士として活躍する分には問題ないさ。それに──』
そこだけ、やや声を潜めて学園長は続けた。
『……なんと言ったらいいのか。「間が良い」って言うのかな? なんだか見えないところで、君たちの隠蔽工作、もとい平穏維持は、バランスが取れている。んー、具体的な明言は私ではできないんだけど、なにかなー、陳腐だけど、「神の意志」でも働いているかのように、君たち周りは平和だよ』
「神って……」
『いや、比喩だよ。あくまでも比喩。そういった全てを“統括”するような存在は、今日までの人類史においても観測されていない──私の個人的な感覚さ。あんまり気にしないでくれたまえ』
……ベテランの精霊士が言うその「感覚」って、かなり重要な気がしないでもないんだが。
『これからも、君たちの表立った活躍はいくつも「消去」されるだろう。平穏との引き換え料、と言うと、なんだか悪い大人になった気がしていけないけれど……』
「別にいいさ。面倒なのは変な目的で近づいてくる輩の方だ。そうだろ」
栄光や名声に興味はない。
俺たちが欲しているのは自分たちの英雄譚ではなく、ただ一人の最愛だ。
「あと前々から訊いておきたかったんだが、俺たちを襲撃した連中については──」
『続報なしー』
「……本当に?」
『あったとしてもね。教えるわけにはいかないよ。余計な知識はなにかを狂わせる。「知らない」ことで現状が維持されているなら、それでいいじゃないか。ただでさえ、君たちはデート一つするだけでテロに巻き込まれる重力源のようなものなんだからね!』
……それを言われると追及できない。
学園長の言う通り、俺たちはひょいひょいと事件の渦中に首を突っ込める影響力をしていないのだろう。今回は「運がよかった」としても、次は同じことしたら、“いつも通り”が続くか分からない──
『何事も慎重さが肝要ということさ。それじゃっ、またね~~』
そこで通話が切れた。
次いで、まるでそのタイミングを狙ったかのようにメールが届く──あいつからだ。
『Sub:次は奢ってくれよ!』
「気が向いたらな」
今日久々に再会した旧友も、変化はあったがいつも通りだった。
……あんまり俺がその名前を思い浮かべないのは、精神的にも距離を取っていたいからだ。たぶん実際に呼んだこともないんじゃないかと思う。
「むう……いただけませんね」
「っ!?」
知らぬ内に、すぐ左脇にレティが来ていた。
まったく気配を感じなかった。風呂上がりのシャンプーの香りがするというのにだ。ちなみに本日、俺は彼女が入る前に「先に風呂掃除をするから(風呂に入らないとは言ってない)」論法で、一人で済ませておいた。
「ディア、今日は私以外の女の人と三人も喋ってます!」
「いきなりみみっちぃ嫉妬心を覚醒させてきたな……!」
「私のみみっちさを甘く見ないでください。大体、中学時代のご学友が女性だなんて聞いてません! とんだ伏兵です!!」
伏兵って。
俺、アレを異性として見れたこと無いんだけど。
「栄紗さん、あんなにキレイな方だったじゃないですか。同性として危機感を覚えるのは当然です」
「ええ……? そうかぁ?」
割とどこにでもいるよーな容姿だと思うけどな。茶髪セミロングって。
しかしそんなこっちの心境に構わず、ネグリジェ姿のレスティアート(ロリ大天使最高!)は、両腕を前で組んだ状態でむくれ顔だ。
架鈴まで嫉妬の対象に入れている辺り、この乙女心、氷菓子のような繊細さである。割とすぐに溶けそうなところも。
「別れ際は仲良くやってたじゃん、お前ら……?」
「あの社交辞令は『次に私の前でディアを利用したらどうなるか分かってますよね?』の意味です」
「そんな意味が!?」
驚きの牽制術! やり方が貴族間でやるそれじゃん! 漫画でしか見たことねぇやつ!
そういえばレスティアートは元は王族なのだった。ふとした時に思い出させてくるよなぁ。
「私の知らないディアを知る女性なんて……正直、実在している時点で極刑に処したいレベルですが、ご飯を奢ってもらった人に対して、そこまでの暴挙は流石に失礼ですし……」
「……ん?」
そこで再びメールが来た。
開いてみると、そこには、
『Sub:命乞いです
本文:ほんと昔の斬世に関する話ならなんでも吐きますお願いします』
「敬語だとッ!?」
「……検討する余地はあるようですね」
なんか今、ここに新たなパワーバランスが生まれたような……
女子同士の睨み合いってこえー。不良同士の喧嘩よりこわい。
「じゃあ……レティにも携帯を買った方がいいか」
念話という便利能力があるので、すっかり失念していた。彼女が持てば、それはそれで情報網が拡大するやもしれない。
「まぁ、私のいよいよ当世への適応準備が進むかどうかはともかくとして」
「いや……結構進んでるだろ。もうドライヤーを使いこなしやがって」
「本当は! ディアと一緒にお風呂に入って、かけてもらう完璧な予定だったのですけど!」
「それはすみません」
素直に謝る。
だが恋人同士の混浴は危険だ。絶対に危険なのだ。あんな密室で裸で二人きりとか正気じゃねぇ。
「とにかく。今日、ディアは三人分の浮気をしました」
「したの!? 嘘だろ!? 俺ってとんだ最低野郎じゃねぇか!」
「うっ……そ、そこまで自責の念が強いと、責めづらいですね……」
むむむ、とレティ裁判官は難しい顔をしている。
なんだ? まだ自己弁護の猶予をくれるというのか? 優しすぎないか? そんな余地もなしに、俺のような最低存在、ビームで消し飛ばしてくれていいっていうのに……
「や、やめましょう! すみません冤罪でした! ディアは浮気してません!!」
「そ……そうか」
なんだ。してなかったのか……
──だがそれはそれとして、恋人にそういう疑念を抱かせた未熟さが問題だ。やはり一度、処してもらうべきでは?
「いえいえいえ!! ディアに非はありません! 全面前言撤回、私のみみっちぃ嫉妬心でした! 私がキリセのことを好きすぎるあまり、余計な冤罪であなたを追い込んでしまったのです! ですからどうか、私に免じて気に病まないでください! 私の世界で一番愛しいひと!!」
「お……おお、そうか……」
なんだか凄い勢いでまくしたてられた。
こんな熱量で告白されたのは初めてかもしれない。流石に少し照れるな……
「(……はぁ……はあっ……! 甘く見ていたのは私の方でした、ディア、なにもかも私に本気すぎます……!!)」
「?」
なにやら小声で呟いていた気がしたが、上手く聞き取れなかった。
うーむ、やはり俺はまだまだ未熟だ。
◆
「さぁ、ディア! お待ちかね、夜ですよ! 本日は小さい私からいただきますか、それともちょっと大人な私からにしますか?」
……そんなご飯にする? お風呂にする? それとも? みたいなノリで尋ねないでほしい。
選べるわけねぇから、そんなの!
というわけで、彼女の言う通り、寝室に移動した俺たちなのだが。
でもってベッドに座ったレティが、上記の台詞を言い放った状況なんだが。
「…………んー」
なんというか、ホラ。
いくら男がエロいことしか考えてないっつっても、時と場合があるわけだ。
俺の場合、目の前にかわいい恋人がいても、状況とか雰囲気とかを大事にしたい派で。
で、そういった諸々を鑑みて、その上で、今の俺のコンディションを照らし合わせるとだ。
「ん~……ちょっと、今は眠いから、寝たい……かな」
「えー!!」
外出の疲労は思っていたより蓄積していた。
というか、全体的にはしゃぎ過ぎた。レスティアートが普段の億倍かわいいのも合わせ、更にはテロの鎮圧。イチャコラ、戦闘、旧友との再会、不思議な喫茶店。情報過多の一日である。
流石につかれる。
なので、ごそごそと布団に寝入る俺だ。恋人をスルーして。かわいい恋人をスルーして!
「そ、そんなぁ! 私、この時を楽しみにしてたんですよ! デートの後といったら、その……流れは決まってるようなものじゃないですかぁ! ねぇ!」
「う~~ん……」
一理ある……
あるけど……ねむい……
「ディア~……ちゅーしますから起きてぇ……ねぇー……」
その起床方法は朝にしか効果がないからして……
休息を求める身体には、あんまり起床効果は期待できないものでして……
「んー……じゃあ、ぎゅっとはするから、それでなんとか……」
「!」
寝返りを打って軽く両腕を広げれば、すぐさま白い少女が収まってくる。
ふわふわあったか。細くて柔らかくてかわいい。いつもの就寝スタイルだ。
「ほ……ほんとに寝ちゃうんですか?」
「……レスティアート、愛してる」
「わ、私も愛し……って、はぐらかそうとしてませんか!」
「いいや……なんか、改めて言いたくなっただけだ。正直、今日は……ヒヤッとしたからな」
テロリストとか儀式とか。
カタストロフィ──破壊の大精霊。そうとしかレティを捉えない連中にとって、彼女の存在は世界を左右するほどの兵器だ。ああいう輩が、今後も出てこないとは考えにくい。
「……怖かった、ですか?」
「うん。レティがどっか行っちまったら、とか考えるとな」
「な、そんなこと在り得ません! 杞憂が過ぎます!」
「わかってる。でも──お前と出会う前は、ほんとう、死んでるような毎日だったから」
レティと出会ってからずっと、楽しくて仕方がない。
けれどまだ、もう遠い日々のように思えるけれども、俺は彼女と出会う前の時間を思い出せる。まだまだそちらの方が俺の人生の割合は長く、この今が夢のようにすら思えてしまうのだ。
「だから言いたくなった。今も、いつも、これからも──」
俺の傍にいてくれるのが嬉しい。
それをただ、不意に伝えたくなっただけだ。
「……う。ううっ! そんなまじめに言われてしまうと、言い返しにくいじゃないですかー!」
好きだ。愛してる。嬉しい。楽しい。俺の最愛。
抱き締める腕に力がこもる。この、俺の命を握っている白い少女が、たまらなく愛おしい。
愛しくて、幸せで──満たされる。
なのでレティには悪いけれども、俺はこのまま健全に就寝させてもら、
「……せっかく、準備してきたのに……これじゃあ私だけ、変態みたいじゃないですか……」
「──準備?」
覚醒レベル、上昇。
片目だけ開けると、すぐそこまで顔を寄せていた彼女の青い瞳が視界に入る。こっちの目覚めを見たレスティアートが──不意にその身を光に包み、十六歳の姿になる。
……美しすぎて一瞬、目を瞑る。
瞬きして再確認しても、白髪の女神しかいない。その美貌を見ていると……「かわいい」で満たされていた頭が、だんだんと、熱に浮かされてくるような──
「……なるほど。やはり誘惑するなら此方が効きがいい、と」
「き、効き? あーいや、なに言ってんだレティ? 俺は大真面目に純粋な気持ちでさっきの言葉をだな……!」
「すまし顔の恋人を喘がせたい、みたいな? ディアも男の子ですね♪」
「聞けって! いや待てよ、別にそんなことは──ことは……」
いや、まあ、その、うん。
唯一の恋人を前にそういう欲望を抱くなというのが無理な話では……!?
「ふふ、ディアが私に嘘を吐けないのはわかっています。誤魔化す必要なんてありませんよ? あなたの精神状態なら、常に把握できますから♪」
「せ、精神状態……? 常に?」
「おっと失言。都合の悪い記憶は『壊して』おきましょうか?」
「そんなこともできるのお前!?」
「これまでに壊した記憶はないのでそこはご安心を。思考を覗くような真似もしていません。ええ、自重、というやつです。でも……あんまり応えてくれないと……『しちゃい』ますよ?」
よ、よかった。
俺のレティヒストリーメモリアに穴があったらショック死してるところだった。そこは本当によかった。人生の宝に等しいこれを、たとえ本人だろうと、取り上げられていたなら泣いていた。
「……、……? あの、なんで安心してるんですかディア? 私に思考を読まれる可能性があるんですよ? もっと戦慄するべきでは?」
「え? 俺の思ったことがお前の中に記憶されるんだろ? 至高の栄誉以外に、なんと言うんだ?」
「…………私も大概だと思いますけど、キリセも大概ですよね……」
敗北です、となぜか悔しそうな顔をするレスティアート。
瞳の青い双玉が、じとりと見つめてくる。なんだこの野郎かわいいぞ。
「ところで。──眠気は覚めましたか?」
「ハッ!?」
なんという話術、手練手管!
気付けば疲労感は彼方に置き去りに、暇を持て余した左手が勝手に彼女の髪を梳いていた!
「ディアは無防備なのです。はい、ちゅー」
流れるようにちゅーされた。唇に伝わる、柔らかな感触!
「っ……つ、つかお前、準備って……」
「……わかりませんか?」
「……暗闇で生憎とな」
「ううう嘘です! 私と契約した以上、夜目は効くはずです!」
……へえ。
そういうことだったのか。道理でいつ何時もレティのことがよく見えたはずだ。
「も、もう……今回だけですよ……?」
と言うと、おもむろにレティがネグリジェのボタンを外し始める。今更気付いたが、今晩着ているそれは前開きタイプの一着だった──そのまま俺は、ぼうっと目の前の光景を凝視することしかできない。
──で。寝間着を半脱ぎにした彼女が下に着ていたのは下着ではなく、黒の水着だった。
「………………お、おま」
しかも今日買った中でいちばん布面積が小さいやつ! 小さいというかほぼ紐!! いつの間にか買い物カゴに入っていて、「これは本当に水着なんですかこんなのいつ使うんですかレティさん」と訊きたかったが訊けなかったあの一着──ッ!!
「……そそりますか?」
……薄布から覗いている柔肌から視線を外せない。吸い寄せられるように指先が腹を撫でると、彼女がくすぐったそうに身をよじった。
「俺の恋人が誘い受けすぎる……」
「……誘わないと、襲ってくれないじゃないですか」
口を尖らせながら、レティがこちらに覆い被さってくる。こちらの頭の周りに、彼女の純白の髪がカーテンのようにおりて、息は蕩ける間もなく塞がれる。
「んっ……」
「ん、くっ……」
じっくりと味わうような重なり。というか味わわされている。
なんか妙に絡んでくるしなんか長いし。
唇は蕾みたいに小さいのに、舌技は超絶技巧に凄いとかどうなってんだ帝国王家。
『ちょっ……と、長くねぇか……?』
『そういう時は鼻で息をするんですよー♪』
そうするとレティの匂いがして本当に歯止めが効かなくなるんだが?
さては確信犯か。ちゅっちゅっとキスが止まらないぞこのキス魔。
ようやく離れたところで、互いの間で唾液の糸が落ちた。見上げた白肌の頬は赤く染まり、瑞々しく澄んだ青い瞳が愛おし気に見つめてくる。
「んふ……しってますか、ディア」
「ん……?」
「王族は──王家に生まれた娘には、お世継ぎを生む義務が、あるん、ですよ……?」
「…………」
「半人半精霊の、私が身籠れるかはわかりません、が……それを確かめるためには、試行回数が……ひ、必要です…………」
……それは決して合理的な思考だけで言っている誘い文句ではなく。
……あえてそういう建前を、彼女なりの誘い文句として採用した結果……なのだろう。
「……この格好は寒いです。あっためて……?」
俺の最愛について、また新たな発見があった。
殺し文句が、天才的に上手すぎる。




