28 事件終結
処刑完了。悪は滅びた。
以上、あらすじだ。軽く刀を振って、こびりついてそうな霊力を払う。
足元には驚愕したり狂乱したり忙しかったおっさんが倒れている。憑依していた精霊の方を「斬った」ので、姿は元の人間に戻り、失神しているという有様だ。……望霊なんてモンに頼ったせいで、果たしてその精神状態まで無事かは不明だが。
「これにて決着! ……かな? だよね?」
合流してきた良夜にレティが頷く。
「はい、他に敵性存在の気配はありません。ですが……」
「……空間の方だな」
儀式とやらを破壊し、元凶を倒しても、無人のショッピングモールの異常は解決していない。
疑似的な界域……と学友野郎は言っていたが、ここから脱出する方法はあるんだろうか?
「良夜、みんな! ……だいじょうぶ?」
「架鈴こそ! ナイスアシスト! 助かったよ~」
そこで架鈴もやってくる。そちらも怪我なく無事のようだ。
だが、アイカの姿はない。
「……お前ら、契約精霊の方はどうだ?」
「さっきの儀式っぽいので霊力をごっそり持っていかれたよ……ジャックが顕現できないくらいだから、アイカも……?」
「うん。念話でさっきから、活躍と出番の不足を嘆いてる。というか、ケロッとしてるレティちゃんの方が一番おかしいって」
全員の視線がレスティアートに集まる。
確かに、あんな大規模召喚術の破壊に加え、霊力も持っていかれたのなら、こいつでも顕現できなくなっても不思議じゃないが……
『それはそのう……さっき大技を打ち込む際、ディアから接吻してもらいましたし……』
「とりあえずウチのレティは最強ってことでこの話は終わりだこれ以上の追及は却下する」
「「察した」」
仲間たちから呆れの視線をもらいつつ、ひとまず……倒れている精霊士の方へ向かってみる。
相良少年に、日下部少年。二人とも、ぐったりとした顔で気絶していた。
「……斬世、運べる?」
「わけねぇだろ。重いわ」
「じゃあやっぱり、出口か脱出方法を見つけるしかないね?」
言って、チラと架鈴がレティに視線を向ける。
レティの力で無理矢理に空間を破壊する……というのも一つの手はあるだろうが……、
「……あまり無闇に壊すのもよくない気がするんですよね」
「何か分かったか?」
問いに、ええまあ、とレティにしては曖昧に頷く。
「ここは、厳密には界域ではありません。いわば、現世と界域の狭間……現世の裏側、といったところでしょうか」
「裏側……? 裏世界、みたいなもんか」
「そのような認識で構いません。ここには精霊と精霊士しか……いえ、より正確には、精霊と精霊士を取り込むような性質があるようです」
良夜の顔が引きつる。
「な、なにそのデストラップ」
「さっきの儀式と関係あるんじゃない? 精霊を生贄にしようとしてたんでしょ、この人たち」
精霊信仰にあるまじき考えだ。より上位の精霊のためなら、他の精霊の身など厭わない──といったところだろうか? 本当にろくでもねぇな。
「……ここで何か壊したらどうなるんだ? 現世に影響は?」
「基本的に影響は出ないと思います。現世の修復力は、異界からの侵蝕以外ならば通常通りに発揮されるはずですから。──ただ、精霊があまり暴れすぎると、どうなるかは分かりませんが」
それでこっちの世界のことに気付いてくれる奴らがどれだけいるんだろうか。
界域とは勝手の違う異空間だ。デタラメに現世へ「繋がって」いそうな場所を探そうにも……
「えーと、つまり……このままだと俺たち、一生ずっとここにいるってこと!?」
「うーん……どこかに、空間を維持している術式の起点があるはずです。それさえ見つけて解体すれば、どうにか……」
「……そこで倒れてる人たちに訊いてみる?」
架鈴の提案に、倒れている教徒たちを見やるが、起きるような気配はない。そも、あいつらは俺が無理矢理に精霊との繋がりを斬った状態なので、しばらくそのフィードバックで動けないだろう。
「教徒じゃなくて……武装してる連中の方はどうだ?」
相良少年によって先んじて倒された護衛部隊。
俺が船で出くわした奴らとの関連性も含めて、尋問する必要はあるだろう。
「うう……」
……ちょうど起きそうな一人を見つけた。柱の方に背を預ける形で気絶していたそいつに近寄って、その意識が自然覚醒するのを待つ。
「っ……? ッ!? ここは……な、なんだ? 君たちは……一体……」
俺は良夜や架鈴、レティと顔を見合わせる。
互いに会話も念話もアイコンタクトもなかったが、空気は一致していた。
「よぉ、お目覚めかこの野郎。自分が何したか分かってんのか?」
「困るんだよね、こっちも色々と予定があるんだからさぁ」
「立場ってものを分かってないみたい。覚悟はできてる?」
「おとなしくして下されば手荒な手段は取らないので、話を聞かせて頂けますか?」
打ち合わせもなし、即興とは思えぬ流れの良さだった。全員そろってノリノリか。
一斉に若者に凄まれた男は、ビクリと肩を震わせ、視線をさまよわせている。しかしそれは俺たちに対する困惑ではなく──状況への混乱か?
「……事情を説明してやってもいいが、その前に質問に答えろ。てめえらの雇い主はどこの誰だ」
「は……? 雇い……? し、知らない、なにも知らないッ!」
「知らねぇってことはねぇだろ。自分の仕事だぞ。教祖だの上司だのから聞いてねぇのかコラ」
手にある刀をチラつかせると、ひいっ、と相手は情けない声を上げる。
「わ、わからない!! なにも……なにも覚えていないんだ!」
……記憶干渉──
船で出くわした襲撃犯たちと同じだ。学園長から聞いた通り、こいつらも記憶を弄られているのか。
「覚えていない、の範囲はどの程度ですか? ご自分の名前や、ご出身は?」
「ひッ……!?」
レティが一歩近づくと、ヘルメットの下の男の顔が恐怖に染まる。
「な、なんなんだお前!? に、人間じゃない……お前が俺の記憶を消したのかッ!?」
「え──」
──それ以上、男が何か言う前に頭を蹴り飛ばした。
がっ、と声を上げて相手は気絶する。
「ちょっ、斬世」
「……すまん。つい」
良夜にたしなめられ、顎を引く。
「精霊に関する記憶すら消されてるみたいだったね、今の。得られる情報はなさそう」
「……すみません。私が迂闊でした……」
「そんな事ないよ。予想できるわけないし、あんな反応。それにあのまま喋らせてたら、レティちゃんに酷いこと言われそうだったもんね? 斬世くん」
パッとレティがこっちに視線を向けてくる。無言で目を逸らした。
いいからもう、さっさと次に行ってくれ。
「とにかく、さっき言ってた『術式の起点』ってやつを探しに行こう。手がかりとかないかな」
「そ、そうですね……少なくとも、術者がすぐ起動できる範囲内にあるのは確かかと」
あまり離れた位置にはない──ということか。
ならば、手分けしてこの一階エリアをくまなく調査するしかなさそうだ。
「……ん? あれ、ねえ皆。なにか聞こえない?」
不意に良夜がそんなことを言った。
耳を澄ませてみるが、特に気になるような音は聞こえない。
「特には……どんな音だ?」
「なんか、時計の音……? タイマーみたいな? たぶんこっちの方から……」
「あ、おい」
不用意に歩き出した良夜の後を追いかける。
無人とはいえ、界域に次ぐ異空間である。もう少し慎重になってもらいたいもんだ。
「耳いいなあいつ……?」
「竜使い、だからね。ジャックの聴覚で聞き取ったんじゃないかな」
ははぁ、そういう理屈。
納得しながら良夜を追って辿り着いたのは──一つの自動販売機だった。
赤くて、四角い。俺の身長くらいある、街中ではよく見るオブジェクトだ。
『…………っ』
だが、「それ」を見た俺たちは絶句していた。せざるを得なかった。
自販機の取り出し口。そこにはもう、なんというか、内側から溢れんばかりの文房具が詰め込まれていたからだ。
「だ、誰がこんな凄惨な悪戯をッ……!?」
「悪戯ってレベルかこれ。犯罪だろ犯罪」
「シャーペン、鉛筆、カッター、定規……なんでこんなに?」
「あ、待ってください。奥になにかありますよ」
好奇心に駆られた女性陣が、勇猛果敢に文房具の海を漁っていた。奥にって、じゃあ文房具はただのカモフラージュってことか? なにがあるんだよそこに逆に。
「ええと、これは……? なにか数字が動いて……」
「……これ知ってる。映画でよく出てくる時限爆弾……!」
「はぁ!? 本気か!?」
「えっ嘘! ちょっと見せて見せて!」
慌てて女性陣を押しのけ、良夜と取り出し口の奥を覗いてみる。
──そこには確かに、小型の時計と、複雑に配線が絡み合った爆弾らしきものが設置されていた。
すでに、秒数が一分を切っている。
「なんでこんなトコに……」
「よっぽど自販機に恨みでもあるのかな……お金を飲まれたとか?」
「そんなん適当に叩き出しゃいいだろ……」
「……斬世、経験あるの?」
「ないが?(6敗)」
ま、俺のどうでもいい過去の敗北談はともかくだ。
「ここから離れるぞ。もう爆発しそうだし……」
「えー! こういうのってコードを切れば無害化できるんでしょ!? ほら、文房具に紛れてペンチも用意されてるよ! やってみようよ!」
「そのコードの内のどれを切れっていうんだよ」
「? そんなの、赤とか青とか──」
よく見ろ、この節穴少年。
この時限爆弾のコードはまったくカラフルではない。
無情の一色。灰色オンリーであった。
「……すごっ!? 誰が作ったのほんとにこれ! 天才じゃない!?」
「──天才?」
天才、と聞いて嫌な連想をする。
ああそうだ、よくよく考えてみろ。ここは現世の裏側であっても、現世の方の位相には今、あいつがいる。
そして文房具。
確か奴は、俺たちと再会する前に、良夜によって文房具店で見かけられてなかったか──?
「レティ、これ精査できるか!?」
「え!? えーと……霊力の流れはあまり感じ取れませんが……いえ? 空間全体の構造に照らし合わせるなら──こ、これが中心になってます!?」
「ええええ!? じゃ、じゃあやっぱり止めないと!」
「い、いえ逆です! これを壊せば空間の状態が解除されて──」
──あああああ! クソッ、そういうことか!!
頭で全てを理解した時には良夜を引きはがしていた。秒数はあと十もないだろう。
「あの野郎! やりやがったな一影栄紗!!」
「みんな、離れて……!」
「あの配線、箱の内部まで繋がってます! 箱ごと爆発しますよアレ!?」
「結構な規模の爆発になるんじゃないのそれ──!?」
そりゃそうだ。あいつならそれくらいやる。自販機を丸ごと爆弾にすることくらいはやる。昔、道端に停めていたバイクを爆弾に改造してみせたのが奴だ。なんという愚鈍、初めっからあいつが黒幕か──!!
「レティ、実体を解け! 良夜、架鈴──!」
──ピッ、と最後の音がやけに遠く聞こえた。
良夜と架鈴の背に手を伸ばす中、背後で閃光と爆音が発生するのを感知する。
爆風に押されながらも二人の後ろから被さるように倒れ込んで、──静寂ののち、固く閉じた目蓋の裏に光を感じた。
「っ……?」
恐る恐る目を開けると……そこは明かりの点いた、元のショッピングモールだった。
倒れている教徒たちや武装集団はそのままで、他の客たちの姿も見当たらないが……、
「──おかえり。やっぱ締めには爆発だよなぁ!」
倒れ込んだ俺たちの前に、現れる影が一人。
どこで買ってきたのか、片手に鯛焼きなんて持ちながら、面白げにこちらを見下ろすそいつは、喫茶店に置いて行ったはずの紙袋を差し出した。
◆
──後になって考えてみれば、そもそも俺たちにはレティ御用達の防護結界が付与されていたので、真正面からあの規模の爆発を受けたところで、傷一つ付くはずもなかった。
「勝手に焦った俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」
店の外に設置されたベンチに腰を下ろし、心の底からグッタリする。
時刻は夕暮れ。俺の右隣には、軽く小首を傾げるレスティアートの姿があった。
「そうですか? 咄嗟にお二人を庇いに入ったところなんてキュンときましたけれど」
「……レティより優先したのに?」
「それはディアが、ちゃんと私を信じてくれたからでしょう? 戦場では正しい判断が必要とされます。無意識でも、最善の選択ができるのは素晴らしいことです。惚れ直しましたよ?」
……そうは言ってくれても、俺自身としては納得いかねーんだが。
ともあれ、自販機に仕掛けられた……いいや、あの自販機爆弾は結局、近場の柱を破壊して、二階フロアの一部を崩壊させる程度の被害をもたらした。ついでに、あの妙な異空間化も解除して、だ。
離れたところに倒れていたテロリストどもも無事だったし、俺たちもレティの結界のお陰でこうして無傷。現世側の方では、俺たちが異空間に取り込まれている間に避難誘導が行われていたらしく、人質も怪我人もなしとのことだ。んでその後、通報を受けた治安組織が登場し、テロリストたちは拘束、俺たちは保護された。
……それ自体は別にいいんだが。
「おいおい。なんだ、まだご機嫌ナナメか親友よ。私が画策し、おまえが動く。中学の時とやってることは何にも変わってなかっただろーが」
そこへ、例のあいつがやってくる。
どんだけ食いしん坊な印象を与えたいのか、今度はその片手にアイスクリームが握られていた。
「どうだかな。あの頃は俺以外に巻き込む奴がいなかった。今回はどうだ? 腕が落ちてんじゃねぇのか、『脚本家』」
「よしてくれよ。いくら親友とはいえ、親友の友人関係を全部把握してるよーな変態じゃないんだよ私は。加え、こんな人の集まりやすい所が舞台じゃね。打てる手をぜんぶ打っておくのが精一杯だった。町一つ出て、これだ。むしろ斬世が私を過大評価してんだよ。私の実力なんて──所詮、この程度さ」
(……この程度、ね)
そうは言っても──被害はほとんどゼロに近い。
精霊士を狙った無差別犯行だったとしても、集った面子のお陰で大事には至らなかった。
俺とレティ、良夜と架鈴……それに、相良界兎と日下部草紀。
渦中に巻き込まれた精霊士が五人もいたことで、連中の計画は阻止された。
「けど様子見ってところだったな今回は。成功といえば成功だが、ハズレだ」
「ハズレ……? 何の話だ」
「あのなー。私が今のおまえに、何の後ろ盾もなく接触したと思うか? コネにコネを使い、実績という実績を叩きつけ、プレゼンにプレゼンを重ね、結果、消去法的に『接触枠』を勝ち取って、この再会劇は成立してんだぜ? もう少しこっちの努力を察してほしいね、努力を」
「だから何の話──」
「観測局」
──出されたその単語に、いや組織名に、俺は眉をひそめる。
その正式名称は『国家異界観測局』。それはこいつの出身ともいえる組織であり──、
「現世の治安組織の多くは、観測局の息がかかってる……なんて噂、聞いたことない? 親友よ」
「……生憎と不勉強でな」
「ま、それくらいの認識でいいさ」
すると奴は、空いていたレティの右横に腰かける。
「こっちもこっちで戦々恐々としてるのさ──なにせ過去の最強生体兵器が覚醒、顕現、契約まで一晩でこなしちゃったからね。一応は学園長さんに全責任をおっかぶせる体で様子見してるけど、身の振る舞い方には気を付けとけ?」
やはり、初めから全て知っていたわけだ。
こいつのことだから、どうせ情報ゼロでここに放り込まれたとしても、事の全貌は即座に看破しただろうが。
「……それはお前の組織での見解か?」
「まさか。全部だ。合同会議ちゃんとやってるよ? リモートでも出来る時代だしね。現世の五大組織、そのトップが総出席する会議で、私が選ばれた。光栄なことさ」
「……楽しそうだな、随分と」
つまり──ここにいる自称親友野郎は。
その五大組織のお偉いさんたちを全員丸め込んだ上でここにいる、というわけだ。
「……」
周囲に視線をやるが、人気はない。テロがあったというなら、相応に人だかりができてそうなくらいなのに──少し前から、ここには俺たちしかいない。
「お前、一体どこを目指してやがる」
「え。彼氏にとっての良いお嫁さん」
「オマッ……そうじゃなくて……」
将来の夢が庶民派すぎる。
なんで頭脳の割に目標の規模がアンバランスなんだよ、こいつ。
「そういう反応が過大評価だって言ってんのさ。確かに今回、私は色んな仕事をやったぜ? 界域の仕組みから考察できる現世側の空間理論に新説を提示して、論文発表ついでに、さっきみたいな異空間化を発見、今回ので実証したり」
「なんつった今お前」
「いやー、頼んでもないのに勝手に実践してくれる人らがいると人件費が浮くよね」
「えっ、じゃあつまり栄紗さんの論文が原因で今日の騒動が起きたっていうんですか!?」
まあねえ、と事の元凶は肩をすくめる。
「だから流石に責任を感じてねー。けど気づいたところで私一人じゃどうにもできないし。そうやって悩んでいたら『接触役』のお仕事だ。こいつは良い機会だと思ったので、混ぜ込みました」
「混ぜ込むな!!」
もう発想と実行力の神か鬼だコイツ。
自分のせいで起きた問題と、上が抱えていた問題──その二つを今回の事件で解消してみせたのだ。いや待て、しかも自分の研究まで進めてやがる!
「てめえ……てめぇって奴は……!!」
「まぁ待てよ。これで少なくとも、レティアちゃんは人類側だぞって示せたでしょ。ああ、前に界域もいっこ消したんだっけ? いやー、働き者だなー。これは忙しくなりそうだなぁ、斬世!」
「おいふざけんな、そっちからの仕事なんて──」
「だからさ。使い潰されるような事態になる前に、方針とかスタンスとか決めとけよ? 実績で殴れ殴れ、そうすりゃおまえらの関係に異を唱えるよーな奴も出て来なくなるさ」
その言葉に僅か、俺は動きを止める。
「……なにか知ってんのか?」
「いんや、真実や真相はぜんぜん。記憶に干渉するほどだ、よっぽど慎重派だねー。それに人を動かすのに手慣れてる。結構長く生きてる奴、って感じ?」
「長くって……どれくらいだ」
「……長くても、三千年くらい?」
「────」
レティが言葉を失う。俺も似たような反応だった。
三千年──
それは、それがもしも確かだったなら恐らく、そいつは「英雄レスティアート」に執着している何者かだ。
不明点はまだ残っている。そもそもレスティアートを封印した奴は誰だ?
あらゆる物質、事象、存在を破壊できる彼女を──三千年もの間、封印してみせたそいつは何者なのか。
であれば、封印が解けたことに対して、そいつは今どう思っているのか──
「情報不足の身で考えすぎても仕方ないぜ? とにかく気を引き締めとけってコトだ」
「あ、ああ……」
「大丈夫ですよ、ディア! 誰が来ても、何があっても、私が護ります!」
レティはそう言って手を握ってくれるが、俺としては、その。
「いや……そういう役目は俺がしたいんだけど……」
「支えるのも伴侶の役目ってやつだ。大体、護るっつったって斬世、突撃派じゃん」
「うぐっ」
確かに俺は言い訳の余地もないほど火力アタッカー!
『斬る』ことしか能のない野郎だ。汎用性がなさすぎる……!
「ふふふ……いいんですよ、ディア。私がいないと生きていけない身体になってしまっても……」
……それにはもうなってる。
契約とか命のリンクとか関係なしに、絶対になっている。
「私から提供できる助力はこのくらいだ。あと分からないことはネットで調べりゃ出てくるよ」
分からないこと……あの喫茶店についてとかか。なんて考えていると、奴が席を立つ。
相変わらず、こっちの思考を見透かしたような野郎だった。いや、事実として見透かしているのか。
一体どこからどこまで?
こいつの目には、この世界はどう映っている?
最強生体兵器と称した──レスティアートのことは?
「あの、栄紗さん」
「んー?」
レティの声掛けに、意外そうに奴が振り向く。
「本日はご馳走していただき、ありがとうございました。今度はぜひ、昔のディアの話を聞かせてくださいね!」
「ちょ、レティ」
それは困る──というか、レティは俺の記憶を覗けるんだから、そいつに聞く必要なんかないだろう!?
「……ああ、いいぜ。これからもそいつのことはよろしく頼むよ。見ての通りの問題児だからね」
「お前にだけは言われたくねぇ……」
この無差別爆弾改造魔が。
俺が問題児ならてめえは歩く人為災害だ。
「じゃあ私はこれで。世界が続いていたらまた会おう」
そう言って、旧友は立ち去って行った。
社会での立場はやや変わったようだが、それ以外は昔通りの奴だった。
しかし観測局か……
やはり、知らないところで色々と動いているのは確からしい。こっちに情報が来ないのは、十中八九、学園長による情報操作だろう。
周りからしてみれば、俺たちは何をしでかすか分からない爆弾だ。
いや……むしろ、なんでもしそうなほどの危険物。
今回の件で、あいつはあいつなりに気を遣っていたのかもしれない。……俺の憶測なんぞ、アテにならないけれど。
「さて……とっとと帰りたいが、そうもいかねぇか」
「? 一区切りついたと思いますが、まだなにかあるんですか?」
ははは。そうか、レティは知らないか。
ショッピングモールを突如として襲った異常現象。そしてテロリスト。事件の渦中にいた俺たちがこれから受けるものは、ただ一つ。
「事情聴取だ」
「──あ、君たちが例の精霊士だね。ちょっと署まで同行してもらえるかな?」
観測局の役員たる奴が消えたことで、出てくるのは今回の事件の後処理を務める警察組織。
うっす……と、覇気のない返事をしながら、俺はデートの終わりを悟った。




