26 教団テロ
「良夜、そっちは今どういう状況だ」
『えと、架鈴と一階で隠れてる。斬世たちは?』
「二階だ。別に襲撃はされてねぇが……」
とはいえ油断はできない。
一体いつ、この喫茶店内にも銃火器を構えたテロリストどもが乗り込んでくるか、警戒を強めたが──
「ここには来ないよ」
と、また落ち着き払っている甘党野郎が、釘を刺すように言う。
断定形である。一体どこにそんな根拠と自信があるってのか。
「さっき店に入る時、『closed』って表の看板引っくり返しといたから」
(営業妨害!!)
それでホントに入ってこねぇなら、とんだガバテロリストだな!!
……というかこいつ、事件が起きることを知って……?
「……、騒ぎにはなってねぇのか? テロときたら人質だろう」
『いや、それはなさそう。なんか他のお客さんは消えてるし……』
「は? どういうことだ」
『ひ、人がいなくなってるんだよ。なんだろう、この空間。界域っぽいけどそうじゃないような……』
窓の外を見る。喫茶店内も、モールの方も明かりは落ちている。ここから分かる変化といえばそれだけで、客がどうこうという異常は確認できない。
「レティ」
「……ここでは、計りにくいです。少し外に出ないと……」
なら空間の異常については後だ。下手に別れて、はぐれる方がよっぽどマズイ。
今、他にわかる情報は──
「外部に連絡は?」
『架鈴がもう試したけど駄目だった。学園長にも繋がらないって』
「……じゃあ相手については、何か分かるか?」
『あ、それ! さっき白い服を着た人たちを見かけたよ。大人数で吹き抜けのエリアの方に歩いていった。銃を持った人たちも何人かいて……そっちは十人くらいかな』
「精霊の気配は?」
『え~と……あ、「えるぴす」? だってアイカが言ってるって』
「エルピス……?」
「──『望霊』。希望の精霊エルピスですね。契約者の精神を代償に、どんな希望も叶えるという精霊です」
レティから解説が入った。ありがたい。
しかし精神を代償にした願望成就? 聞くだけで不穏だ。
「エルピスっつったら、『マリア年代紀』の守護精霊じゃなかったっけ?」
と、横から入ってきたのは甘党人間。
マリア年代紀──授業で習った犯罪組織の名の一つだ。
「精霊至上主義者、スローガンは人類絶滅の教団。けどこんなモールで騒ぎを起こすような規模の組織じゃないし、その思想に当てられた過激派ってトコかな?」
『え、え? なに、そっちにいる頭の切れる人!? だれ!?』
「気にするな、通りすがりの探偵だ。とにかく一度、合流するぞ。そっちの具体的な場所を──」
『──え!? あ、相良くん!?』
誰だそれ──と問う前に思い出した。服飾店にいた男子の一人か。
少しすると、あわわわ、と良夜の声が聞こえる。
「おい、どうした」
『……相良くんが、その教団? って人たちに向かって行っちゃった……! あっ、余波がこっちに──』
ブツ、とそこで通話が途切れた。
おそらく向こうの霊力の流れで、電波が不安定になったのだろう。
「手伝おうか?」
そこに、声をかけてくる自称親友の一般人。
肩をすくめ、俺は首を横に振る。
「要らねぇよ。会計だけしといてくれ」
「栄紗さんはここを動かないように。この喫茶店なら……きっと安全ですから」
……? この店、なにかあるんだろうか?
マスターの男に視線を向けてみるが、停電にも関わらずグラスを拭いている姿勢から変化はない(停電に気付いてないような節もある)。あまりにも自然体すぎて声をかけづらい。他の特徴といったら、やや黒髪、無精ひげでダンディチックというだけだ……うーん、さっぱり分からん。
「そ。じゃー私はもう少しランチタイムを続けるよ。いくら頭が回るっつっても戦闘能力はないし、疑似的な界域なんかじゃ冒険心もそそられないしね」
疑似的な界域……
また分かりそうで分からないような言葉だが、外を見たこいつなりの所感だろう。それは頭の隅に留めておき、立ち上がったレティと頷いて、俺たちは喫茶店の出口へと足を向ける。
「──ああ、そうだ。レティちゃん、そいつを助けてくれてありがとう。式には呼んでね!」
「えっ……あ、は、はい!」
「ンな約束しなくていいから……行くぞレティ」
つーかこいつは呼ばずとも押しかけてくるに違いないのだ。
なのでいつものようにレスティアートの手を引き──外へと出る。
俺と奴との間に、別れの言葉はない。再会の約束もない。
生きていればまたどこかで会う。それだけの関係だから、余計な文言は不要だった。
◆
店の外へと出た瞬間、そこが異様な空気に包まれていることを実感した。
いや、空気以前の問題だ。良夜の言っていた通り、客の通りも一切ない。薄暗いこともあって、まるで夜間に忍び込んだような静寂だ。
「……? ……!! ディ……ディア……! あの、あのあのあの……!!」
「ん、なんだ、なにか気付いたか?」
「おおお、お店が、さっきまでいたお店が──!」
言われて後ろを振り返ると──そこには、なにもなかった。
「……え」
からっぽの敷地。
ちょうど店が一軒、収まりそうな空間が、ぽっかりと空白地帯になっていた。
──喫茶店が、消えている。
「……えーと」
正直、テロリストがどうのとかより怖い体験だった。
理屈の思い当たらない不思議現象、理解不能なものこそを知性体は恐怖するという話を、身をもって体感する。
「はわわわわわ」
「れ、レティ、落ち着け。ええと、なんかホラ、この変な空間のせいだろ? だろ?」
「ホラー!! こういうのってホラーものって言うんですよねディア! あれ!? じゃあディアのお友達は!? 栄紗さんは……まさか、幽霊……」
「いやいやいや、ンなわけねぇから! ……ないって。たぶん……」
「~~~~ッ!!」
なにぶん、天才という一点以外は、割となんでもありそうだからなあいつ。幽霊属性がついたところで、あんまし衝撃はない。今は電波が繋がらないんで、後でメールしておこう。……生きてるよな?
ひとまず恐怖で抱き着いてきたレティをそのままに、しかし慎重に歩き出す。
「……あ、別に堂々と歩いても平気ですよ、ディア。私の霊力で互いに覆っているので、外部からの認識は『壊されて』います。実質的な隠密状態と思ってもらえればと」
「マジかレティ。多芸すぎないか?」
「それと伝え忘れていましたが、ディアの顔と下半身の辺りには重点的に防御術式をかけています。上級精霊の一撃くらいなら無効化しますよ」
「……それはやりすぎでは」
「むっ! ディアが無防備すぎるのです!」
お叱りを受けてしまった。キス嘔吐事件の罪は重い。
ともあれ、半精霊の彼女からしてみれば、人間の俺は脆弱生物にしか見えないのだろう。護られっぱなしというのは男として情けない気もしてくるが、素直に愛のアドバンテージとして受け取っておく。
「で──一階だったな」
「はい。そちらに精霊の気配が異様に集まっています」
「……それって敵も入ってるか?」
「恐らくは。まずは現場で様子を窺ってみましょう」
方針に同意し、一階が見下ろせる場所──吹き抜けになっている通路の方へ行ってみる。
地上の方からは、聞くに堪えない邪悪な演説が響いていた。
「おお、人よ! 人類よ、人間よ! 我らの世紀はとうに過ぎた、我らは次なる世代へと席を譲り渡す時が来た! 我々はここで絶滅し、精霊こそが次なる新世界の主と知れ──!」
どう見ても狂信者集団──みたいな奴らがそこにはいた。
空間の宙に舞うのは、白い異形の精霊。数は二十ほど。ふわふわと布のような見た目で、軒先に吊るす人形を想起した。……あれが「エルピス」、だろうか?
哄笑している主犯格らしき男の周りには、白い外套服をまとった者たちがいた。その数、四十人はいる。あんなに怪しい連中をモールで見かけたら即通報モノだ。やはり、この空間が何かおかしいのだろう。
銃火器を装備した、護衛らしき連中の姿もあるがそちらは倒れている。推察するに、相良少年によってのされたのだろう。良夜の報告通り、十人ほどで…………いや、待った。機動隊のようなあの装備────
(……船で襲ってきた連中と、同じ?)
嫌な見覚えに胸がざわついたところで、空間に声が一閃した。
「お前らの好きにはさせないッ! みんな行くぞ!!」
──そう叫んだのは、地上にいる一人の少年だった。
見覚えのある顔だ。女性用服飾店で見かけた、ハーレム系主人公(仮称)だった。大剣を構えて、連中と相対している。で、その横には更に、
「あ、ああ……! 死ぬなよ? 絶対に死ぬなよ相良……!?」
「日下部くん、そんなフラグじみたこと言わなくていいから! きっと大丈夫だよ! 俺たちもサポートするから!」
日下部と呼ばれる斧槍を構えた茶髪のイケメンと、良夜が立っていた。
まるで主人公、揃い踏みという具合だ。良夜の後ろには白銀竜が顕現しているのも盛り上げに一役買っている。
「儀式の邪魔はさせんッ! 降臨せよ、我らが守護精霊──〈望霊〉よ!!」
狂信者が片手を挙げると、その場にいた教徒たちが光に包まれる。──すると次の瞬間、白銀の鎧をまとった、二メートル大の騎士に変貌した。
『っ!? 白塵凱騎!?』
『……聞いたことある名前だな』
伝承に曰く、国々を滅ぼしたとかいう「白い厄災」の異名を持つ精霊だ。
上位精霊の一つのはずだが……それらしい威圧感はあまり感じない。というか、アレは人間が精霊化している……? いや、エルピスの力で召喚・憑依されているのか?
とにかく強敵なのは確かだ。こっちも合流を、
「お前らなんて俺たちだけで充分だッ!!」
……そう叫んだ相良少年の声を合図に、少年たちと騎士たちの衝突が始まってしまう。
思わず動きを止めた俺とレティは、完全に行き場を失った。
『おい……出て行きづらくなること言ってんじゃねぇ!?』
『えーと、えーっと! とりあえず防御結界、かけておきますね!』
白杖を手にしたレティがすぐさま後方支援に切り替える。えらすぎる。
一方、地上では四十体以上の上級精霊を相手に、相良少年と日下部少年は、なかなか凄い身体能力で蹴散らしていた。契約精霊の加護かなにかだろうか。
良夜は良夜で、ジャックのブレス攻撃を操り、二人に向かう騎士たちを上手く分断して、数を引き付けている。あいつは白兵戦寄りの戦闘スタイルではなく、ああいう殲滅スタイルの精霊士だ。なんでも、竜そのものが彼の契約武装だとかって話である。
『……そういや、架鈴がいねぇな?』
『一階の方に気配はありますよ。不意打ちを狙うつもりですかね』
『なら、俺たちもそのタイミングで介入するか……』
戦況が動きかけたら……と、こうして待つのはじれったいが。
せめて敵の動きを観察しておこう。……うん、鎧まとってるクセして、剣術はそんなにってレベルだな。頑丈さだけがウリか? やっぱさっさと突入したくなってきた。
「──ねぇ! 儀式とかこの空間のこととか、色々訊きたいけど……そもそも何なの、君たち!?」
不意に、良夜が狂信者へ向かってそんな声をあげた。
いやお前、あんな奴らがそう簡単に名乗るワケが……
「我らはかの御方がた──『マリア年代紀』の意志の代行である! 精霊様の前にひれ伏せ、人間!!」
『名乗るのか……』
『……栄紗さんの推理通りの方たち、ですね?』
相手の精霊の情報一つで正体まで暴くあいつは何なんだ。異分子が過ぎる。
「我々は今日、紛れもなく、我々の中に生まれた使命のために動いている! 我々はただの通過点、かの者たちのための礎となるモノ!」
「じゃあ結局、何が目的なのさ!?」
「ハ! 愚鈍なる貴様らは感じなかったか、かの大いなる存在の顕現の予兆を! 地を揺らし、空間に波及させ、次元を今にも破壊せんとする強大な力!! 異界ではなく、この現世には! 世界を破滅させうる因子が存在する! ああならば、まったく自らの破滅を信じず、恥もなく現世にのさばることを是とする貴様らに啓示を授けなければ!!」
「……うん?」
なんか「嫌な予感」センサーが作動した。
これは俺の本能に基づく第六感的な危機回避のための警鐘で、あんな演説を前にして発動するとは思わなかったが──
「“破壊の大精霊”!! この世におわす、かの大精霊を召喚する! そしてこい願うのだ──『どうかこの世に終焉を』と!」
「「……あ?」」
知らず、隣のレティと声が重なった。
今なんつったあいつ?




