24 悩殺完了
寒い冬に読者様がたの応援で暖を取っている作者です。あったけぇ……
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冬だけど本編は水着(試着)回です。
水着売り場──というか女性服を包括した店舗は、この一階にあった。
下着から普段着まで揃った服飾店。その隣には男性服のエリアがあり、しれっと良夜がそちらへ足を向けようとするが、首根っこを掴んで阻止する。
「今さら遅い」
「……!」
先行する女性陣の後ろを追う形で入店していく。とりあえず彼女らの背後に控えていれば、背景に溶け込めるだろうウン。うわー、絶対に男が踏み込んでいい領域じゃねー。無色のプレッシャーを感じざるを得ない。女性服だらけの中で男が溶け込むとか不可能だって。気持ちの置き場が分からないよ。ここは二人についていくフリをしつつ、外へ戻、
──否。進むのみ。
「(ちょ、ちょちょちょっと斬世! 立ち止まったから一縷の希望を見出した俺の期待を返して!?)」
「うるせぇ……ここで後退したらレティの水着が見れねぇだろうが……!!」
「そっちの動機の方が何倍も不純だけど!?」
下心とでも呼んで蔑めばいい。だが、男には進まなきゃやってれねー時があるのだ。それが今だ。故にズルズルと良夜を引きずりながら店内の奥へと足を進める。
ひとまず俺たちは、水着コーナーで商品を選んでいるレティたちを眺められる端の方に移動した。
男二人、手持ち無沙汰で棒立ち。一方の女性陣はこれがいいかあれがいいかと、楽しそうに盛り上がっている。
俺としては楽し気にしているレティを観察しているだけで充分に満足できるのだが、しかし無言の空気が耐えられないのか、やがて良夜が口を開いた。
「あー……斬世、」
「なんだ? レティのスリーサイズは教えねぇぞ」
「知らないよ! っていうか訊かないよ!! いやそうじゃなくて……あれ。あっち見てみなよ」
「俺はレティの観察で忙しい。実況しろ」
ええ、と横で良夜が呆れの声をあげる。だが視線を動かすつもりのない俺の姿勢に感服(呆れ果てたともいう)したのか、探り探りの実況を開始する。
「……向こうの一角。なんか、六人ぐらいの女の子に囲まれてる見知った顔がいるんだよ」
「ほう」
「で、その一つ隣の棚のエリアでは、角の生えてる女の子と言い争ってる見覚えのある顔がいる」
「ふうん」
「ねえ、なにこの店ぇ!? 相良くんも日下部くんも、なんでここにいるのぉ!?」
「デート中なんだろ」
「こんなに予定がバッティングするデート日和があるかなぁ!?」
わなわなと良夜が震えている気配がする。
休日であるにも関わらず、見知った顔が集結している光景は確かに、なかなか衝撃的なのかもしれない。
「そいつら二人、知り合いなのか」
「同じクラスだよ……衝撃だよ……」
一年五組、主人公系クラス説──なんて単語が頭をよぎった。
一方がハーレム系統だとしたら、もう一方はなんだ? ツンデレヒロインを相手にしてるのだろうか? レティから目を離せねぇから確認のしようがねぇ。
「ディア~! こっちとこっち、どちらがいいでしょう!?」
そこで両手に水着のかかったハンガーを持ったレスティアートが、ぱたぱたとこちらに駆け寄ってきた。
……ふむ。左は大人チックに攻めた首の前でクロスさせて身につけるタイプ、黒のホルターネックビキニ。右にあるのは白のフリルで肩を出すオフショルダータイプの水着だ。レスティアートには清楚系が似合うよなぁ、というのが俺の一貫した所感であり、ならばここで高確率で選ぶのは右の白フリル────だが。
「こっち」
「えっ」
三秒にも及ぶ熟考の末、俺が指さしたのは黒ビキニ。
冗談で持ってきた顔のレティだったが、思わぬ俺の選択に唖然としている。
「理由の説明はいるか?」
「あっ……は、はいっ」
「レティ、お前の髪色は純白だ。それに従って白の水着というのは間違いなく最善の選択といえよう。だが水着に求められる機能とはなんだ? そう、『機動性』だ。水場に行くことを前提とした衣装、それを最大限に活かすのならば極論、布面積が排除された一着かつ体にフィットしたものが最適といえる。とすると、その二択で選ぶのなら左一択だ。黒色のソレはお前の髪色に、肌に、よく映えることだろう──」
「な…………なる、……ほど…………??」
ぐるぐる目になって思考が宇宙に飛んでそうなレティ。
ワカリマシタ、となにやらそれ以上は深く考えることを止めたようで、水着を手に試着室へと入っていく。
「……斬世」
「あ?」
振り向くと、良夜がこっちを見ていた。なんとも言えない顔をしてやがる。
「……よくそんなに堂々と自分の欲望をオブラートに包んで言えるよね?」
……下手にごまかす方が誠実さに欠けるのでは、と俺は思うのだが。
しかしこっちをやや引き気味に見ているがお前、そんな顔をしている場合か? 架鈴がこっちに来てるぞ。
「──良夜。水着、選んで」
「えっ」
「良夜が着せて」
「ファッ!?」
おっとお邪魔かな。
俺はそそくさと気配を消してレティの引っ込んだフィッティングルーム横に移動した。あ、ちょ、と良夜からヘルプを求める声がした気がしたが、全スルーした。
◆
レスティアートが視界内にいないので、必然として俺はこの店内の様相を目撃することになる。
一角では、線の細い中性的な顔立ちの男子が、複数人の少女たちに囲まれており。
一方では、茶髪のイケメン男子が、角のある金髪少女(精霊だろう)となにやら言い争っており。
更に死角では、おそらく良夜が架鈴の猛攻を受けていることだろう。
(……主人公の博覧会みてー)
単に、「それっぽい」人物が集まっているだけに過ぎないのだが。
こうして遠くから見ると……というやつだ。なんか他人の青春を覗き見ている気分になってくる。これがモブの気持ちというやつかもしれない。
「に、似合ってるよ」
「か、かわいい……と思う」
「き、綺麗だよ……!」
店内のあちこちから聞こえてくるのは、女性陣に感想を求められた男どもの回答である。
服の良し悪し以前に、本人の造形が良すぎてどうコメントすりゃいいのか分からんのだろう。全員、例外なく語彙が消えている。
「似合ってる」、「可愛い」、「綺麗」……ね。
レスティアートの水着姿なんて見たら、俺はどうなってしまうのだろう? 賞賛するだけで済むのだろうか? 俺が? 本当にそんな二語で要約できるのか……??
「ぁ……あの……ディア……」
ガタッ。
気付いた時には椅子から立っていた。既に試着室の前にいた。身体を隠すようにしたカーテンの隙間からは、レティが顔を覗かせている。
「や、やっぱり別のにしようかな、というか……! こ、この水着、私の体つきじゃ、ちょっと背伸びしすぎというか──」
「──大丈夫だ。レティならなんでも似合う。絶世の美女が更なる絶世の女神になっていると、俺が保証する」
カーテンを閉めそうになった手を抑える。
だが無理矢理に開けようとはしない──そこはやはり、レティから「見せて」もらいたい男心ッ……!
「う……ちょ、ちょっとだけですよ……?」
そこで遂にヴェールが剥がされた。
刹那、視界に映ったものを目にし────俺の意識は、一瞬ホワイトアウトする。
「……あ、あの……ディアっ?」
レティの声で我に返る。
どうやら数瞬、気絶していたようだ。
見下ろしたその姿が、改めて網膜に焼きつけられる。
──はだけられた白い素肌。大胆に見せられた首筋、鎖骨、腹部、太もも、細い両腕。幼さがどうしても残る胸部には申し訳程度の黒布が覆われており、それは臀部もまた同様。ポニーテールにまとまった髪型がそこにマッチし、脳裏に白い砂浜で駆ける彼女の姿が思い浮かぶ────
「…………………………………………ほう」
真顔を保ったまま、再び、視線をつま先から頭まで流していく。
……今更の疑問だが太ももが丸見えとか何を考えているのだろう? 腰が細すぎる、けしからん。ちょっとは隠せ。腹部に至っては露出度が激しすぎる。そのヘソはなんだ。脇下も防御が甘すぎだ。黒い布きれはレティの胸丘のすばらしさを秘するどころか目立たせているではないか。鎖骨から肩のラインは何をやっている。それでも彼女の一部か。しなやかな背中にかけては白いポニーテールの幕が仕事をしているが、半端に見えるせいでより扇情さが増している。二の腕から手首、指先にかけての造形の完成度は美的に狂っているとしか言いようがない。確かに機動性を上げろとは言ったが、素手に裸足で実質二枚の布だけ着せて衣類と見なすのは無理がないか……?
「あ、あ、あのぅ……感想とかあったら、聞かせて頂きたいのですが……!」
かんそう?
俺程度の言語能力でこの光景に対する所感を言い表せだと?
だがレスティアートの意志は俺にとって神の意志に等しい。彼女がそう望むのなら、荒野と化している語彙力からどうにか相応しい叙情文を生成してみせよう。
──このありのままのレスティアートを見た、ありのままの感想を。
俺の感情を。今、この胸に到来している激情を。
シンプルかつ率直に、奏上させて頂くならば──!!
「──めちゃえろかわいい。すげーそそるわ」
「ッ!!!!」
レティが顔から火を吹いた。
ほどなくして、あわあわと青い瞳が視線を彷徨わせ始める。その間も、俺はレスティアートの一挙手一投足を脳に刻み込む。
「の、悩殺……され、ますか?」
「される」
というか、もうされてる。
破壊力がエゲつけない。精霊としての破壊力よりこっちの方が億兆倍も勝りすぎている。可愛いって思考と、えろいって感想しか脳に残らない。知能指数と理性がゴリッゴリに溶けていく。
「そ、そうですか……! それは、ええと、よかった……です」
「……」
「……っ」
「……?」
じ──……っと艶やかな彼女の姿を記憶領域に焼きつけていると、なにやらレティがもじもじと後ろに手を組み始めていることに気付く。
どうしたというのか? 感想を伝えたところで、水着の試着イベントは一区切りしたハズ、
「……見るだけでいいんですか?」
「──────」
ミルダケデイインデスカ? なにそれ初めて聞いた。
それ言っちゃう? と、頭のどこかで冷静な自分が言っている。それが恐らく最後の理性の欠片だったに違いない。
「ま、まあ! まだまだ選び足りないですし、この辺で! じゃあまっ、カーテンを閉めていただいて……」
レティがカーテンを引こうとする。
だがそれに──無意識に──俺の片手が抵抗した。
「ちょっ……ディ、ディア? 寒いですから! 水着、寒いですから!」
「……うん」
「ディア? ディア~? あの、あのあのあのぉ!? ちょっ……!?」
靴を脱ぐ。踏み出す。やんわりとレティの肩を掴んだままそのまま奥に押し入れる。試着室に乗り込む。後ろ手にカーテンを閉める。密室が完成する。
「にゃ、な、なんで入ってくるんですかっ!?」
「うんうん。レティはかわいい」
「かわぁっ!?」
互いに退路はなし。俺の眼下では追い詰められた恋人が立ちすくんでいる。おもむろに手が伸びる。
「はにゃぁッ!? ど、どどどどこを触ってるんですかっ!」
「水着のフィット具合を直に確かめる必要があるだろ」
「そんな必要ありませ……ありませんよねっ!? っんゃん、そこはっ……! ひゃん!?」
別段、ラインを越えるよーな変なコトはしていない。
ただ触り心地とか素材の質とかを確かめているだけだ。健全健全ド健全。
「んんっ……!? ん──!」
眼鏡を外してその唇に触れてみた。柔らかくて艶が乗っている。リップ……だろうか? 今日のためにおめかししていたらしい。見た時に気付けなかったのは痛手だ。これは触らないと分からない。髪は同じシャンプーを使っているはずなのにひときわ甘やかな匂いがする。不思議だ。
『これもう水着関係ないですよ!? なにがトリガーになっちゃったんですかでぃあぁ!?』
全てである。
なにもかもお前に関する総てである。
霊力操作に長けてはいても魅了の操作はできないのが仇となったのだ。火力出しすぎ、威力叩き出しすぎ、悩殺しすぎのオーバーキル。これだから大精霊は。
……一応のため注釈しておくが、本当に一線を越えるような真似はしなかった。店内だしな。
──だから俺は気付かなかった。レティに夢中になっていたので、まったく気づかなかった。
「あ、あわわ……あわわわ……」
「あ、ああ……ああああ……」
「うお……うおおおお……」
俺たちのフィッティングルームの外。
俺とレティの声が響いた店内は静まり返り、男性陣も女性陣も、揃って赤面して閉口していることに。次いで女性陣の期待の視線が、男性陣へと向けられ──
「ご、ごめんッ! おおお俺、まだ斬世みたいなステージには行けないっていうかぁ──!」
「無理無理無理ぃ!! アレは早すぎる世界だってこれぇ────!!」
「皆には悪いけどさぁ!! 流石にここは撤退させてもらうからぁああ──!!」
ドダバタドタタッッ!! と三人分の慌ただしい足音が店を飛び出していったことなど、俺は知らない。
「水着って最高だな……」
「ふ、ふにゃー……」
最後まで俺の目に映っていたのは、蕩け顔の愛しい恋人だけだった。




