20 看病イベント
閲覧、ブクマ、感想、いいねや評価、助かります! モチベに繋がってます! ありがてぇ……
学園を休んだ。
昨日、家に帰ってからこっち、熱が四十度付近を行ったり来たりしまくっているせいだ。朝を迎える頃には微熱で落ち着いてきたが、体が言うことを聞かない。新手のウイルス感染か、ってぐらいの絶不調っぷりで、流石に登校は断念した。
「……う、うーん……何度調べても精霊の干渉らしき痕跡はありませんね……変な薬を飲まされた、という線もなし……ディアの熱病の原因は、精神的なショックとしか……」
病因:生徒会長のキス。
キスって言ゃあ、そこはおとぎ話なら治るところだろ、という感じだが、俺に限っては真逆の効果を発揮したようだ。女性恐怖症ってわけでもないんだが、「レティ以外と」そういう接触をした事実に、精神が耐えられなかったらしい。
「俺は……弱い…………」
「い、いや、こんな症状が出るなんて誰も予想できませんよっ。……相手側のことは許しませんけど、流石に今はディアの治療が最優先です」
そう言っているレティはビジュアルバージョン、十六歳。
ロリの時の癒しっぷりも凄いが、特攻効果のある此方は見ているだけで人生に満足を覚えそうになる。お陰で少しずつ快方に向かってきたところだ。そこへ更に、
「はい、あーんです」
「……、」
看病ネタの例に漏れず。
上体だけ起こした此方に、粥をすくったスプーンを突き出してくるレスティアート。
しかしどういう事だろう、俺の知っている知識(出典:二次元)では大抵こういう時はベッド横から差し出されるシチュだというのに、この無敵のお嫁様、正面に堂々と座りながら──つまり布団越し、俺の足の上に乗りながらやってやがる。
……ちょっとリア充濃度が高すぎてこれが現実だとまだ認識が追いつかない。そんな頭のまま、入力された命令に従うように、黙って粥の乗ったスプーンに食いつく。
「美味しいですか?」
「とても。すごく」
視覚ブーストがかかって何杯でも平らげられる気分だ。むろん病体の身で暴飲暴食なんぞ出来んが、でなければ無限に食物を胃に入れていただろう。十六歳美少女による「あーん」、簡単に人体の常識をぶっ壊される。
「当世の情報への接続は手っ取り早くて助かります。『ねっと』で誰でも気軽に料理のレシピに『あくせす』できる時代とは……ふー、ふー……」
今の証言通り、お粥はレスティアートの手作りとなる。
まさか彼女からの初の手料理が粥になるとは思わなかったが……というか、情報社会への適応が思ったよりも早かった方が俺には驚きだ。英雄、実はメシマズでした、なオチもなく、俺の読み上げたレシピに則って、レティはこうして調理を成し遂げてみせた。
「……料理、できたんだな。王女って話だったけど……」
「淑女教育の一環で、一通りは。しかし当時と現在では方法も、調理用具も違いますからね、キリセの手ほどきがなければ、ここまで順調にはできなかったでしょう……はい、あーん」
「あー……」
確かに、レスティアートはそもそも現代の言語が読めないだろう。
しかし待った。ならばこうして会話できているのは、どういう理屈で……?
「……レティっつか、精霊の使用言語周りって、どうなってんだ……?」
「精霊は精霊同士で共通言語……というより、音波みたいな波長でお話しますよ。『幽世』という出身世界が同じですから、意思疎通は容易なものです。対人間となると、まず契約者側に精霊が合わせることになりますね。存在同士の繋がりを得て、自動的に補正がかかる感じです」
チューニングというか、チャンネルを合わせるようなイメージだろうか。
再び差し出されてきた一匙をパクッとする中、レティの話は続く。
「そもそも前提として、精霊の方が人間より上位存在ですから。召喚できる精霊はその召喚者の器や、行われる儀式の格によって異なりますが、どんなに下級の精霊であっても『人間よりは上の規格』なのです。言葉を話せる精霊かは種類によりますけれども、それでも最低限、意志を通じ合わせる知性があるのは共通してます。でないと召喚に応じることも、契約することも出来ないでしょう?」
「それは、確かに……ん? だったら、レスティアートと融合している精霊は……?」
「召喚時点で私と融合した以上、そちらの意志は既にありません。というか、意志があるような個体ではなかったのでしょう。『個体』と呼んでいいのかも分かりませんが」
「……なら個体っつーか……『現象』?」
垣間見たレティの記憶を参照する限り、その『力』が自律的な意志を見せたことは一度もない。
レティが今も支配し、完全に掌握している。融合している以上、これは変わらぬ事実だ。
「そうですね……それが一番近しい表現でしょう。『破壊という現象そのもの』──破壊精霊。“魔獣を倒しまくる”という結果を追い求めるのなら、これ以上に特化した精霊はありません。本当に良い趣味してますっ、あーん!」
ぷんすか、とオノマトペでも幻視してしまいそうな可愛らしい怒りの表情で、スプーンをこっちの口に突き込んでくる元王女様。もがっ、と呻きそうになりつつ、この楽園を享受する。
(……レティの霊力は「破壊」……それを引き起こす事象そのもの……ん?)
──なら、俺のほうに流れている霊力は問題ないのか?
レティは言った。己の内に循環する霊力は常に制御していると。だが、俺はそんなことしていない。彼女の命とリンクし、おそらくはその霊力で延命している中、制御なんてしていないにも関わらず、その破壊の力が暴走した事例は一度もない。
これはどういった理屈でなされているのだろう……?
「はい、お粗末さまでした。んっ」
最後の一口を飲み込んだ瞬間、ちゅっと唇を合わせられた。
完全に不意を突かれたので間抜け面を晒してしまう。
「……今のキスは?」
「消毒です☆」
圧のある笑顔だった。こいつ根に持つタイプだ。ちょっと嬉しい。
空になった容器をレティが横のテーブルに片し始める中、先ほど浮かんだ疑問が頭をよぎる。
相談は徹底的に。変なすれ違いが起きる前に、この疑念を投げかけてみることにした。
「……なぁレティ。俺ん中の霊力とかって、どうなってんだ……?」
「? ディアの霊力、ですか? 私の命とリンクしてるので、使用できる霊力自体は私と変わらないと思いますよ! まぁ、出力できる量には差があると思いますが……」
「じゃなくて。レティの霊力流し込まれて、俺の身体って爆散したりしねぇの?」
「…………してませんよ? あれ?」
おや? と首を大いに傾ける精霊様。
……お、おい。ここに来て、割と致命的な疑問が出てきたような気がするんだが──!?
「おいレティ」
「……こ、これがアイのチカラ! ですかね!」
「いやそれっぽいコト抜かしてんじゃねぇぞ、どうなってんだ俺!?」
「え、えーと……キリセも、私と同じく破壊の力と融合したのでしょう! 命のリンクが上手くいったのは、つまりそういうことでしょうし! …………たぶん」
「たぶんって言ったな今」
「い、いや、でもそうとしか考えられないでしょうし……! あれ? じゃあキリセも、私と同じように霊力操作をッ……!?」
「してなくて何の問題も起きてねぇから質問してんだが!?」
「……問題ないなら、いいのでは?」
……、いや現状はよくても、この疑問に気付いてしまったからには放置できんだろう。
見逃していた時限爆弾でも見つけたような心地だ。おかしなタイミングで死んだら、それこそ一番ヤバイだろうが。
「うーん……確かに現状のキリセは、他の人たちとは明確に違いますからね。いわば、私という精霊の眷属のようなものです。もしかしたら、人間1.5、ならぬ精霊融合体みたいになってるのかも?」
「蘇生した影響で、俺自身が変生している可能性か」
まぁ……現在、一番納得感がある説ではある。
つーか、でないと蘇生する時にそのまま死んでないとおかしいし。
……そもそも彼女という精霊には、「契約者」という存在そのものが考慮されていない。
なにせ「王女レスティアート」を媒体に、精霊を融合させているのだ。本来、契約者が負う楔の役目は彼女自身が果たしている。ならば俺という契約者がいるのは、「精霊レスティアート」の運用上、イレギュラーな事態だろう。それが何を意味しているのかは、まったく思考の外だが。
「あ、ディア。お電話が」
そこで枕元の携帯が振動していた。レティが取って画面を見せてくれると、学園長と映っている。
……良いタイミングだ。受け取って通話ボタンを押してみる。
『やほー。急病で休んだと聞いてね。ああ、昨日の件は如月くんから聞いてるよ。もしかして、それが原因かい?』
アサギ学園長の調子はいつも通り、軽薄な調子を崩さない。
また学園長室でラノベでも読みながら電話してきていそうな雰囲気である。
「だったら、何だ……」
『いや、ほんと面白い生態になったなぁ君は。一途も極めればこうなるのか。どうやら刈間くんにハーレムモノ主人公の適性は無いようだね!』
「ありゃフィクションだけの話だ……」
『はは、ごもっとも。まぁ電話したのはお見舞い代わりだよ、お大事にね。でもって、ついでの報告なんだけど──』
ついでとは言うが、どうせ本題だろう。
なんなんだ、と言葉を待つと、
『第十四学区、君のレスティアート嬢が大活躍してくれたあの界域ね。なんか、現世の一部に戻り始めたよ』
「え」
『うん、つまり大手柄も大手柄ってコト。あそこは最前線の一つだった。魔獣が出ている所はいずれもそうだけど、第十四学区は雑魚に群がられやすい餌場みたいな所だったからね。プロの精霊士の仕事ならともかく、精霊士になりたての学生がここまでの戦果を立てるのは凄まじいことだ。そんなワケで、今日の学園は君たちの話で持ち切りだよ。登校しなくて、逆によかったかもね?』
……改めて、俺のベッドに座っている白い精霊を見る。
小首を傾げながら見つめられるが、やはりレスティアートは英雄と呼ばれるに足る精霊だ。三千年前の逸話は、現代に蘇った。
けれど──それでまた、こいつが戦場送りにされ続けるような事になれば。
「……学園長。おだてるのはいいが、それでレティ頼りになる程度の運営体制なら、俺はアンタを見限るぞ」
『はっは! 本当にお嫁さんのことしか頭にないんだなぁ、君は! いやいや、良い意味でね! 英雄の伴侶ならそれでこそだ。本当に人類は良いコンビを獲得したものだよ!』
どこから目線で言っているのか──いや、教師目線か。
引っかかる物言いになってしまうのは、もう向こうの性格なんだろう。そうと割り切る。
『それじゃ、もう一度言うけどお大事に~。せいぜいお嫁さんに甘やかされたまえ! 此方はいつでも君たちの復帰を待ってるよ~』
「ちょ、待て。少し訊きたいことが──」
言いかけたところで、通話は切れた。
……かけ直そうかとも思ったが、やめた。どうせ繋がらないような気がしたのだ。
どうやらあちらの用としては、本当に見舞いと報告だけだったらしい。……学園長には俺の状態以外にも、俺とレティが出会った日、あの船で襲撃してきた組織に関する続報も、あったら聞いてみたかったのだが……
(……話題を避けられた、か?)
なんだか、そんな気配があった。ただの直感だが。
「お話、終わりました?」
「ああ……報告が一つ。前に行った界域、十四学区が現世に戻り始めたってよ。レティ、感謝されてたぜ」
「! ほんとですか! それはよかった……」
異界からの脅威、魔獣との戦いとはつまるところ、世界領域を取り返す戦いだ。
三千年前にレスティアートは、単騎で一大陸ぶんを取り戻したという実績がある。それを鑑みれば、一学区程度の領土を戻すくらい当然の結果といえよう。
(……そりゃあ、酷使もされるわな)
たった一人の世界の救世主。
それが「役目」だと与えられ、殉じたのならば、彼女は英雄になる以外の道がない。
ワーカホリックも頷けるというものだ。俺が傍に付いた以上、しっかりと見張っていなければ。
「──レティ。仮定の話だが……『俺か世界か、どっちか選べ』って言われたら……どうする?」
抜き打ちテスト。
突拍子もない質問だったが、レスティアートは少し考えて──
「…………ど、どっちも……って、アリですかっ?」
おずおずと、そんな答えを言ってきた。
それに俺は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「分かってきたじゃねぇか」
「! えへへ、私も成長するのです。これが学びですね! えへん」
「ちなみに俺はレスティアートしか優先しねぇぞ」
「ふぉあ!? ず、ズルイですよ! そんなこと言われたらっ」
「ああ。だから、俺はお前に従う」
彼女の意志を何よりも優先する。
従者のように。奴隷のように。
俺の全ては彼女のものなのだから。
その意志決定に──従う。
「ちなみに、お前がもし英雄性に偏り始めたら……」
「ら……?」
「……浮気しよっかな」
「だ、だめ──っ! 絶対だめです!! 許しませんそんなコトッ!」
がああっ! と本気の眼でレスティアートが顔を覗き込んでくる。今にも、ぶち殺しますよ! な形相だ。非常に、愛おしい。
「うん。俺もしたくないから、頑張ってな?」
「……キリセのいじわる……私の扱いを知り過ぎです、うう……」
布団の上でいじけ始めるレスティアート。
そんな頭を撫でていると、──また携帯に着信があった。
「……お」
そうだった、と俺は思い出す。
こと「何かを訊く」ということに関して、俺には最適な相手がいたではないか。
「? 誰からですか?」
画面にあった、見慣れぬ名前にレティが疑問の声を漏らす。
それは俺の中学時代の同郷にして旧友の、たった四文字の名前だった。
 




