01 永遠契約 - 1
「つかれた……」
──ひと悶着あったが、どうにか寮に戻ってきた。
そこで絶世の美少女嫁が出迎えてくれる、なんてことはない。
なんなら着替え中の知らん女がいた、みたいな一昔前のお約束の影もない。
エリート学園だというのに、出会いの「出」の字すらないとか、どうなんだろうか。そんな益体も無いことを考えながら、自分以外、誰もいない部屋でカップ麺を夕飯に消費しながら夜が更けていく。
ここにはゲーム機やマンガといった娯楽物も存在しない。当然だ。この部屋は所詮、仮初の宿。入学させられて悠々と二か月が経過しようとしているが、長居する気は微塵もないのだ。金もないし。
「あ~~、早く退学してぇ……」
ベッドにもたれかけながら、ここ最近の口癖を繰り返す。
退学。むしろそれを狙って、売られた喧嘩を買いまくっている節もある。お陰様で入学二月が過ぎても友達ゼロ人。無事に俺は落第生という異名をもらっていた。
いいぞ、その調子だ。
早く俺をこの学園生活という刑期から解放してくれ。
「んあ」
その時、テーブルの上にあった携帯が震えた。画面をつければ──メールだ。
『彼女できた?ww』
「……、」
差出人は中学時代の旧友。唯一といっていい、現在の俺の同年代の繋がりだ。
あいつは俺が前に住んでた町で進学したので、今や連絡の機会はこうした不定期なやり取りぐらいになっている。ひとまず適当に返信しとくか。
『少し見ない間に馬鹿になったようだな』
『……言っておくけど、知能指数を下げても彼女できる率は上がらないぜ?』
「『気遣うな!!』」
叫びながら同じ内容を返してしまった。大量の草原を生え散らかされてくる。アイツほんと性格変わらねぇな……!
画面を叩き割りたくなる衝動を堪えていると──また、別の通知がきた。今度はメールじゃなく、アプリのメッセージだ。
「……学園長?」
相手の名を見て、やや精神に緊張が走る。
まさか念願の退学処分でも決まったのか──などと期待しつつ、画面を開いてみる。
『バイトをやってみない?』
「……バイト?」
予想とは随分とかけ離れた案件。
読めない意図に警戒しつつも──俺は布みたいに薄い財布を見て、一人嘆息した。
◆
精霊士。それは精霊と契約を交わした者のことを指す。
彼らの役割は精霊の力を用い、現世に顕れる「魔獣」を討伐すること。
世界境界の守り手。或いは防人。
現世と異界の狭間で、日夜、彼ら彼女たちは今日も戦っている────らしかった。
聖來高等学園。
そこは若き精霊士を育成、教育する特別機関だ。基本的には貴族出身を始め、学歴成績優秀なエリート所の生徒が多く集められた名門校である。
ラノベの設定とかでよくある異能学園っぽい場所だと思ってくれていい。
実際、俺のような白髪頭が通っていようと、俺が霞むほどの濃い髪色の生徒はチラチラ見かける。そのどいつもこいつも上級生、精霊士のエリート所だ。非常に分かりやすい目印だと思う。
「お早う。意外にも時間ピッタリだったね、刈間斬世くん。もしかして君は不良のガワだけ着ている、優等生だったりするのかな?」
連絡をもらった翌日、俺は学園長室にやってきていた。
奥の席には女教師が一人座っている。名を神河アサギ。黒髪ポニーテールに、胸のラインがよく出る黒スーツといった出で立ちで、三十代近くだか二十代なんだか、年齢不詳。
そんな奴は今、本を片手に読書中だった。背表紙からして、思い切りラノベだ。
付箋まで張ってある。
どういう読み込み方をしてんだ。
「んー? なんだい、視線を感じるなぁ。このシリーズ君も読んでるの? いや色々参考になるよねぇ、ちょっと昔の作品なんだけどさ。やっぱ我が校の学生寮にも、強制的に半裸の女子と男子を出くわさせるシステムを実装した方がいいかなあ」
「訴えられて終わるだろ、学園が」
ラノベっぽい展開はラノベだからこそ許されるのだ。現実に実装したら浪漫的な何かが欠けるだろうが。そもそも半裸の女子と男子が出くわすシチュエーションは、読者を引き込む物語の導入として非常に優れたテンプレとして機能するものであり──
──違う。今は俺の読書歴を匂わせるようなモノローグをするところじゃない。
「バイトの話で来たんだが?」
「結局金か。がめついなぁ、刈間くんは。特待生特典で、入学料も授業料も免除してるっていうのに。若い内からお金に拘ってると、傭兵みたいな将来になっちゃうよ?」
「何がスカウトだ、何が特典だ? 強引に入学手続きを進めたのはそっちだろうが。お陰で毎日こっちは最悪の気分だ。大体おかしいだろ、精霊士の適性もない奴が通学してるのは」
この学園の合否の基準は、「精霊士の資格があるかどうか」だ。
なんで、どんなに頭の出来に難があろうと、適性があれば入学は通りやすい。貴族とは異なる一般家庭出身の凡人がそれなりにいるのもこれが理由だ。
だが俺には今言った通り、精霊士の資格も適性も──ない。
「好感度が低いなー。ま、身の程を弁えまくってるのか、君の場合は。不良ムーヴをするクセに謙虚だね。存外、根は良い子ちゃんなんじゃない?」
「俺のパーソナリティの分析はどうでもいいだろ。本題に入れ、本題に!」
「ああっ」
そこで学園長の手からラノベを取り上げた。表紙絵はコレが全年齢なのか疑わしいほど扇情的な格好をした巨乳ヒロインだ。そのまま顔色一つ変えずに、真顔で俺はそれを表にして机に置く。
「……動揺の一つもないのかね、君は」
「巨乳派じゃないんで」
「なんだと! そんな男子高校生が存在するのか!」
「アンタの中で俺はどういう生物に見えてんだよ!!」
本は好きだけどな、本は。
ヒロインには別に刺さるキャラいなかったんだよなー。
「さて。それじゃあ去年、君の実家が消し飛んだ事件に関する続報なんだけど」
「いきなりぶっ込んできたな……」
話題の急旋回。
別に今更、感じるものは何もないが……確かに俺と学園長が真面目に会話するにあたって、話に出るのはそれくらいか。
中学三年の秋──学校から家に帰ると、クレーター状の更地だけを残して家が消滅していた。
その時に駆け付けた学園長の見解によれば、俺の実家は「厄災精霊」の被害を被ったらしい。もう名称の物騒さから分かる通り、それは人類に友好的でない……敵対的で危険な精霊のことだ。
故の俺の監視。故の保護。
俺を手元に置いておくことで、危険な精霊の出現に学園側は備えていたのだ。
実に迷惑な話だと思うが、まあ、精霊士を養成する学園からすれば、豚箱や牢屋に閉じ込めておかない辺りは温情なのだろう。俺を学園生活に見事に縛り付けたこれを、刑期と言わずに他に何と言う。
「その君の実家跡地から、ある遺物が発掘された」
「遺物……?」
そこで学園長が、テーブルに銀のアタッシュケースを出してきた。
……開けるまでもなく、物々しい雰囲気がある。いや、むしろ「開けてはならない」と直感する。中身は気になるが、この得体の知れない危機の予感は、なんだ。
「この中には『封印石』というものが入っている。術理不明、構造不明、理屈不明で出来た、精霊を封印している結晶さ」
「……精霊を保存する物質なんて聞いたこともねぇぞ」
精霊は契約者なしで現世に留まることはできない。召喚されなければ現世に来ることもできないし、契約者の人間がいなければ存在を維持できずに消滅する。
自力で現世に留まるなんてことができるのは、無茶をしても高位の精霊くらいだろう。
「だからこの中身は喪失にして超常なテクノロジーの産物って言ってるのさ。年代を調べさせて驚いたよ──こいつは神暦時代の遺物、今から約三千年前の叡智の結晶だ」
「ふうん……で、察するにそいつが事の元凶って感じか?」
問えば、ニヤリと学園長の笑みが深まる。
「頭の回転は良いんだねぇ、刈間くん。その通りだとも。君の家と家族を消したのは、この石に封じられている精霊だ。私としても盲点だった──まさか厄災精霊ではなく、強大すぎる精霊の力の余波が原因だったなんてね」
……つまりこのケースの中身は、爆弾と同じ。
実家の連中はその取り扱いに失敗したから、あんな事態になったのか。
「そんな危険物を持ち出して平気なのかよ……」
「さぁねえ。私の方でも解析してみたが、まるで何も分からなかった。封印の殻が硬すぎる。恐らく何らかの条件を満たせば解除されるんだろうが……手詰まりだ」
打つ手なし、と言い切る学園長。
未来の精霊士を育成する、この時代最先端のベテラン精霊士でさえ手に負えない代物……実家の連中め、一体どんな厄ネタを残していきやがった。
「要するに、実家が消えたのは結局あいつらの自業自得か。……んで、これをどうしろって言うんだ?」
「本来なら、見つけた時点で専門の調査機関へ直行する所なんだけど……これでも君の家から見つかったものだからね。所有権は君にある。既に各地の機関から、買い取りの申し出が多数来ているよ。今の貧乏生活からオサラバできるぞぉ、刈間くん」
「……やっぱ厄ネタじゃねーか」
あの実家、どんだけ闇抱えてんだよ。
あちこちから目を付けられてるということは、それだけ多くの思惑が絡んでいることを指す。どう考えても厄介事に繋がっているとしか思えない。
「これって廃棄処分──」
「おすすめしない。というか無駄だろうね。コレは今の人類が持つ、あらゆる火力兵器では傷一つ付けられない。できるとしたら……他の精霊士か、『外』の魔獣どもか、だ」
「……」
なら選択は決まったようなものだ。
多額の金と引き換えに、こんな厄いアイテムと生涯オサラバできるなら、
「それか、君がこの中の精霊と契約するか、だ」
「……はぁ?」
差し込まれた言葉に唖然となる。
意外な話ではないだろう、と学園長は肩をすくめる。
「入学して三か月──君にはまだ契約精霊がいない。どころか、精霊召喚さえ満足に行えていない。失格者だの落第者だの……学園社会から爪弾きにあっている生徒を見過ごすほど、私は教師を辞めてないつもりだよ」
「俺が精霊と契約できる根拠なんてねぇだろうが。そもそも無理矢理に入学させたのはそっちだろ。──ああそうか、テメエ初めからそのつもりだったな?」
ニコリと微笑む学園長。
封印石の中身がどれだけ高位の精霊かは知らないが、これで「無才」の俺が化けたら、学園運営者としては儲けものなんだろう。体のいい実験体とも言える。
「それで実のところ、どうなんだい。君は力を『欲する側』だと思っていたんだけど。それとも、その辺の不良を薙ぎ倒す生活の方が楽しいのかな」
「煽っても無駄だぞ」
冷めきった目で、俺は言い放つ。
「精霊、魔獣、人類の希望……そんなもんに関わってダメになった血筋の出身だぞ、俺は。だったら俺が手にするのは間違ってる。人生破滅の一直線だ。目に見えた地雷を踏みに行くほど馬鹿じゃない」
「……決意は固いか。なら仕方ないね」
心底残念そうに──いや、こうなると分かっていたような面持ちで、学園長は息を吐く。
「輸送は二日後。受け渡しは所有者である君本人が行く。手筈は此方で整えておこう。それが済めば、君は晴れて我が校から退学だ。……それでいいかな」
「ああ」
返答は短く簡素に。
この件の行く末なぞ、俺は想像すらしなかった。