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09 運命誓言

 廃棄された市街地の上空で、紅白二つの光が舞い踊っている。

 炎の精霊アイカ、英雄精霊レスティアート。両者の魔獣狩りは、それぞれの戦闘スタイルがよく表れていた。


 まずアイカ。魔獣が出現するや否や火の雨を降らし、時にはフィールドごと蹴散らしながら進んでいる。瓦礫が時折降ってきて危なっかしい。


 次にレティ。アイカからの進路妨害を軽くかわしつつ、魔獣が出てくるポイントを的確に潰している。あの白杖を使うこともあるが、地表から光の柱を噴き上げる殲滅スタイルは戦場の破壊を最小限にしつつ、更には地上にいるこっちのルートを手助けまでするという熟練の挙動だった。


「ディアー! 平気ですかー?」


「……うん。あのな、レティ」


 進路方向の魔獣を全滅させつつ、降り立ってきた彼女に、俺は残酷な事実を告げる。


「スゲー助かってる。助かってるんだが……」


「レティちゃんが全部片しちゃうから、刈間くんの出番ないね。私もだけど」


「あ!」


 奏宮の指摘にハッとなる熟練の新米。そう、さっきから出てくる魔獣全て、ずっとレティとアイカによって処理されているので、契約者側が手持ち無沙汰だ。


「す、すみません……こう、私、魔獣を見ると本能的に──」


 刹那、視界の端に魔獣が出た瞬間、ノールックでレティが杖先を向け光線を放つ。


「……あっ! ま、また……」


「もはや反射行動だな……」


 悪いことでは決してないのだが、極まりすぎだ。行動原理が。


「私としても、刈間くんの実力とか素質をちゃんと見ておきたいかな。レティちゃん、ちょっと我慢できる? その殲滅本能」


「せ、殲滅本能……」


 奏宮妹、割とズバッと言う奴だった。間違っちゃいないのが何とも言えない。

 ちなみに今、如月の奴はいない。別区画担当だそうで、竜使いらしく単騎で広範囲の掃討を可能にしているらしい。こちらに付いて行きたがってはいたが。


「契約武装、だったか。奏宮、それってどうやって出すんだ?」


「うん、じゃあ講義を始めよっか。契約武装は、精霊と契約者がお互いに、キーになる言葉が大切。私とアイカの場合は『不撓不屈』……どんな局面でも決して諦めない、って誓い合ったのが由来。『アクセス』っていう(おん)はお姉ちゃんの影響かな。それが一番、聞き慣れてたから」


 するとその手に、水色を基調にした大弓が出現する。冷気を起こしながら、そこに矢がつがえられ、引き絞り──前方射線に解き放つ。

 瞬間、魔獣たちが氷矢の奔流に呑み込まれて消えていく。残った地面は氷に覆われ、バッキバキに凍り付いていた。


「おぉ……!」


「……そこは火じゃねぇんだな?」


「うん。でもアイカと契約する上では相性が良いの。彼女が溶かして、私が凍らせる。精霊士は精霊をこの世に留める楔だけど、精霊にとって契約者は、自分の力に対抗できるような相手じゃないと安心できない。でないと──壊しちゃうから」


「ああ……なるほど」


 言わんとすることは、なんとなく解る。

 大前提として、精霊は人間より上位の存在だ。で、そんな奴と契約するには、人間側にも相応の器が求められる。


 属性。相性。誓いの言葉。

 すなわち契約武装とは、互いが契約に合意した証であり、認め合った証明の品でもある。

 ってことは。


「……ん? じゃあ簡単な事じゃねぇか」


「「?」」


 俺はレティに惚れて殺されて命を共有して愛されてるらしいし。

 そこで出てくる誓いの言葉なんて──一つしかねぇだろう。



「──《運命誓言(My Dearest)》」



 右手に、形作られる気配があった。

 細くて薄い、軽くて鋭い刃物の形状が。


(……やっぱり()()か)


 それは俺が一番使い慣れている武器──刀だった。

 柄のない剥き出しの刀身。それは半ば辺りから透けている。まさにかつて俺が理想としていた武器の具現だ。


「……わ。……わわ。わわわわわ……!!」


「レティ?」


 てっきり跳んで喜んでくれるかと思ったのだが、その顔は真っ赤になっている。

 するとジト目になった奏宮が、呆れたように言う。


「……具現化早すぎ。そして恥ずかしい。愛の宣言が励起トリガーとか誇らしくないの?」


「それは誇らしくていいんじゃねぇか……?」


「わぁぁああああ……! わ──!」


 さっきからレティが顔を両手で覆ったりしてジタバタしている。またなんかの許容量を超えてしまったらしい。うーん、抱き締めてぇー。


「さて、んじゃ切れ味の方は……」


 その時、背後の方から気配を感じた。視線をやれば、魔獣が立ち上がっている。

 青の半透明。栞のように長い胴体と腕があり、周囲に空間のノイズを走らせている。汎用型エネミーといった具合で、これ以外の形をした魔獣は滅多に見ない。いたらいたで、そいつは強敵なので、いない方がよくはある。


「──ッふ!」


 一気に踏み込み、すれ違いざまにぶった斬る。軽く振り返れば、ちょうど魔獣が弾けるようにして消滅したところだった。


「悪くねぇな」


 まるで豆腐に通すような感覚だった。初めて握った得物のハズなのによく()()()。なるほど、これが契約武装か。


「……」


「……」


「これってやれば斬撃とか飛ばせたりすんのか? まぁ、やってみるか」


 とりあえず目についたところにいた魔獣へ向かって、イメージしつつ刀を振ってみる。そうすると刀身から霊力らしきモンが斬撃として放たれ、対象を両断した。


「うわ、浪漫武器じゃねぇか。攻撃リーチは契約者の意志で自由自在か? こいつはやりやすいな……戦術の幅も広がる」


 ちょっとワクワクしてきた。レティとの契約の前提にある武装だが、流石にテンションを上げざるを得まい。


「──刈間くん。君、戦闘経験、あるの……?」


「ん? あぁまぁ、多少はな」


 前方、十メートル遠くに八体ほど魔獣が出たので、斬撃をぶっぱしてみる。

 横一閃、芝刈り。

 ちょっと面白い絵面をかまして、魔獣の群れが一掃していった。


「……なに。今の斬撃の飛び方……」


「剣の速度もなんかおかしいですね……?」


「おかしい? ちょっと鈍ってたか、流石に」


「い、いえ! そうではなく……」


 その先は口に出しづらかったのか、念話で続いた。


『……()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()って、とんでもないことですよ!?』


『そ、そうか……』


 ああ、うん。まあ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……ふつう、才能のある人でも契約武装の具現には半日はかかるんだけどね。刈間くんとレティちゃん、相性抜群だね。それか、刈間くんが異常かな」


 異常ってなんだ──と抗議しかけたが、思えば俺とレティは命を共有しているのだった。そういった関係が、契約武装の具現の早さに影響しているのだろうか?


「それにしても刀っていうのは意外。刈間くん、古風だ。古風な不良だったんだ」


「お堅いクソ爺が剣士だったってだけだ。旧家あるあるだろ」


 今からすれば果てしなく昔の話だが、かつて読書好きな少年だった俺を体育会系に矯正したのは爺のせいである。そんな経緯なので、侍の魂とか武士の矜持とか、剣士として生きるとか──……そういう、「本物」に大事な要素は俺にはない。


 強さを求めるとか剣に生きるとか。

 そりゃあ立派な大願だと思うが、よく分からない。


 そんな半端な人生だったから、俺は死んだ。一人で死んだ。死んだ、ハズだった。

 だけどそこから生き返ったのなら──もう、何のために生きるのかは決まり切っている。


 My Dearest.

 運命が彼女の姿をしていた。

 だからこれから先、何度だって誓言しよう。

 俺はレスティアートの人生に、報えるような存在でありたいのだと。


「……はぅ」


「どうした、レティ?」


「刈間くんがまたロリを溶かしてる……」


『……念話に漏れてたか?』


『ふぁぃ……』


 うーん、そりゃ恥ずかしい。思考と念話の切り替えがまだ上手くいってないようだ。

 ははははは。


『わざとですかっ!? わざとですよね!?』


 念話っていいよな。実質いつでもレティと二人っきりで話せるってことだ。口説きまくるのに、これほど最適な力はない。


『うわーっ! わ──! 魔獣、討伐! 魔獣、殲滅! 魔獣、死すべし! 心頭滅却!』


 心なしかレティの光線の威力が跳ね上がる。……戦闘中にからかうのは程々にするか。



     ◆



「はぁ……はぅ……もう、ディアってば…………」


 市街地、その上空──契約者より先行してきたレスティアートは、抱えきれない幸福感を胸に、魔獣掃討に勤しむ。


 あっさりと契約の形を掴んだ伴侶。そして誓いの言の葉。

 出会ってからが、何もかも夢のようだった。愛されている実感。心が満たされる感覚。ずっとずっと夢見て、望んでいた全てを体感している現実にのぼせてしまう。


(……すき。好き……好き。…………………………大好き)


 それほどまでに焦がれていた。

 もしも受け入れてもらえてなかったら。もしも表面上の好意だったら……等という不安は杞憂でしかなかった。契約武装が具現した以上、自分たちの関係は決定的かつ絶対的なものになった。一精霊として、乙女として──戦場の最中だが、舞い上がってしまうのは仕方のないことだろう。


「……と、いけない」


 歓喜は胸に、しかし頭は冷静に。

 視界内に絶えず入ってくる魔獣を光線で一掃していく。一体一体はそれほど驚異的ではないが、この出現数はレスティアートの目からしても異様だった。


(……境界が揺らいでいる……?)


 肌感覚だが、微細に空間の揺らぎを感じる。

 界域とは得てして不安定な場所であるが、なにかの兆候じみたこれは──


「──ちょっと。随分と余裕そうね?」


 不意に、冷ややかな声が掛かる。炎をまとう精霊、アイカだ。


「言っておくけど、今のところの掃討数は私が六十二! 貴方が五十八! ちなみにこれには契約者が倒した数も後で加算されるわっ、あまり油断しないことね!」


「は、はぁ」


 正直レスティアートは勝敗に興味はない。

 魔獣は倒せるだけ倒せたらそれでいいのだ。それよりも今、危惧することは──


「それよりアイカさん、無理してませんか? 火力が出る割に、霊力の消耗が激しいのでは?」


「……ッ、な、なによ。それが何の問題があるのよっ」


「こういった戦場では生き残ることが大事なので……余力は残しておかないと、何が起きるか分かりません。カリンさんも心配するかと……」


「──ア、アンタにっ! 私たちの何が分かるっていうのよ!?」


 鋭く──或いは切実な響きを帯びた声に、レティは言葉を止める。

 対するアイカは、燃えるような赤髪を伸ばした少女は──未だ、全力さえ出していない相手を睨みつけながら、吠えたてる。


「分かってる……分かってるわ。どうせアンタは英雄よ。名前も残せず消えていった精霊たちとは違って『特別』よっ。一目見たときから──あの屋上で()()()()()()()()()()時から分かってた! 格が違う、次元が違う……たとえここで正面から戦ったとしても、私はアンタに掠り傷一つつけられやしない!!」


「……」


「でもそれがなに!? 先に……アンタが封印されてから、先に! この戦場に立ってたのは私たちなの! これからアンタとアンタの契約者は、沢山の戦場に行くんでしょうね! それで多くの栄光と賞賛を手に入れる! でも……でも! だからって、私たちがアンタの()()()()にされるからって! それで今までの戦績が無意味になるワケじゃない、私たちはアンタに比べられるために、今まで戦ってきたワケじゃ、ないんだから……っ!」


 涙を堪えた赤眼は如実に語る。

 忘れるな。舐めるな。確かにアンタは私より優れているかもしれないけれど──


「──先輩、なんだから……」


「……え?」


「だから、先輩! 契約精霊として私はアンタより先輩なのっ! どんな物凄い英雄譚を繰り広げてきたか知らないけど、現代においてアンタは若輩者! 後輩! 後輩なのよ!」


「え、ええと」


「うぅっ、何よその薄い反応。確かにずっと後輩には憧れてきたけど、こんなのってないじゃない、神話に語り継がれる英雄が後輩とか、どうやっても威厳が付かないわよ~~!」


 …………。

 ……ええと、とレスティアートはもう一度現状を確認したかった。

 要するにどうしたことだろう、この自称・先輩。

 詰まるところ、自分(わたし)に先輩と認めてほしかっただけ、なのでは……?


「……えーと、それじゃあアイカ先輩。……って、呼んでいいですか?」


「……いまなんていったの」


「え。ええと、だから『アイカ先輩』、と──」


 がしっ! といきなりアイカが急接近し、杖を持っていない方のレティの手を掴んだ。


「先輩……先輩って言ったわよね、今……? 先輩、と! さぁ、リピィート!!」


「──アイカ先輩。魔獣の反応が増えてきてるので対処しますよ? よろしい(Over)?」


「そそそそうねっ! 仕事熱心な後輩なのねっ、レスティアートッ!」


 圧のある笑顔に慌てて離れる焔罪姫(アイカ)。しかしその顔はどこか満足気だった。

 この先輩チョット面倒くさいナ……と、レスティアートは本音をそっと心の奥に仕舞っておいた。



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