第10章【3】
生徒会の仕事は、学園祭の運営の話し合いとなった。イリーは運営側を経験したことはないが、きっとこれも学園祭の一部として楽しむことができる。そう確信していた。何より、親友たちと学園祭に参加する。楽しくないほうがおかしいというものである。
「催し物の希望は飲食系が多いみたいだね」
生徒たちから取った希望書をめくりながらエンリケが言った。生徒たちも学園祭を楽しみにしているようで、希望書はあっという間に集まった。
「料理やお菓子を作るのは」リグレットが言う。「お抱えシェフだろうけどね」
「この学園の生徒に衛星管理ができるだろうか」
疑いの色を湛えて言うジークローアに、フローティアが口を開く。
「各クラスには講師の監督が付くわ。講師に徹底させれば管理できるのではなくて?」
「お抱えシェフが作るなら」と、セシリア。「ある程度の管理はできると思います」
「そうだね」アルヴァルドが頷く。「飲食の催しは学園祭の醍醐味みたいなところがあるからね」
「学園祭は学園外からもお客さんが来ます」イリーは言った。「貴族のお抱えシェフが作った料理やお菓子を食べる機会がないお客さんが楽しみにしているでしょうしね」
イリーが前世で経験した文化祭は、やはり飲食の屋台が盛り上がっていた。文化的な出し物は見向きもしない客が多かったのは確かで、教室は暇になった生徒がたむろする場所になっていた。この学園の学園祭は平民も訪れることができる。貴族のお抱えシェフの料理やお菓子を楽しめる唯一の機会だろう。
希望書を見たジークローアが、あとは、と口を開いた。
「演劇や音楽の演奏か。講堂の舞台を使う時間の調整が必要だな」
「飲食ではない催し物は企画書を提出させて」と、リッツ。「生徒たちの自主性に任せましょう」
「そうだね。では、イリーとリッツ、フローティアは食品衛生に関する管理を任せるよ。リティカとセシリア、ドロテアには飲食ではない催し物の管理を頼む」
六人がそれぞれ頷くと、アルヴァルドは満足げに微笑んだ。
「他のメンバーで舞台を使用する催し物の管理をしよう」
それから、それぞれの催し物の希望書が各チームに配られ、それぞれ話し合いを始めた。
「こうして希望書を見ていると、学園祭が始まったーって気がしますね」
楽しげに言うリティカに、ええ、とドロテアが頷いた。
「自主性を高める良い経験になりますわ」
イリーも学園祭は楽しみにしていたが、全面的に楽しみにすることはできない。学園祭はドロテアの断罪イベントが起きる。だが、フローティアのときは本来の断罪イベントとは別のときに出来事が起きた。ドロテアもそうなる可能性はある。リティカがそれを覆せるといいのだが。
* * *
生徒会の仕事を終え、イリーはリッツとリティカとともに女子寮への帰路に着く。リティカはとにかく学園祭を楽しみにしている。断罪イベントのことを忘れていないといいのだが、とイリーは少し心配になっていた。
「リティカ」
背後から掛けられた声に振り向くと、キールがリティカに手を振る。その穏やかな表情には、リティカへの情愛が湛えられていた。攻略対象と比べてしまうと平凡な顔立ちをしているが、リティカのお助けキャラとして安心感を懐かせるような雰囲気だ。
「生徒会は学園祭の準備をしているんだよね。何か手伝えることがあるなら手伝うよ」
「ありがとう。生徒会の仕事はまだ手探り状態だから、ありがたいわ」
「大変なことがあったら言ってね」
「ええ」
キールはイリーとリッツにも辞儀をして去って行く。その後ろ姿を見送り、リッツが口を開いた。
「優しい人ね。リティカをよく気に掛けてくれているんだわ」
「……そうですね」
リティカは複雑な表情をしている。リティカはキールの優しさに惹かれているが、キールがヒロインのお助けキャラだから自分に優しくしていると思っているのだ。
イリーは、もし自分がリッツに転生のことを打ち明けなかったら、と考える。それでもリッツは親友として仲良くしてくれただろう。だが、もしかしたらフローティアを救えなかったかもしれない。いずれ、キールの協力が必要になるときが来るだろう。
* * *
魔法実習の時間は、リティカとセシリア、ドロテアが親睦を深めるための時間のようになっていた。イリーは、その光景がドロテアの破滅を防ぐことになるかもしれないと、そう願わざるを得なかった。
「リティカも随分と上達したわね」リッツが言う。「自主練をしていたみたいね」
「はい!」リティカは明るく頷く。「ドロテア様やセシリアを見て、もっと上手になりたいと思ったんです。何より、魔法を使うのは憧れでしたから」
イリーと同じく転生者であるリティカは、魔法の存在しない世界で生きてきた。イリーも、自分が魔法を使えるということに興奮したものだ。フローティアの破滅を防ぐためには魔法も必要になるため、義兄のマルクに特訓に付き合ってもらったものだ。マッケンロー伯爵邸に、何度、マルクの悲鳴が轟いたことか。
「リティカさんは、何か特別な魔法を持っているのでしょう?」
ドロテアが穏やかに言った。優れた魔法一族であるラフィット家の一員であるドロテアは、魔法の感覚が研ぎ澄まされているのだ。
「わたくしと正反対の魔力だからよくわかりますわ」
ドロテアに気負った様子は見られない。その表情に、妬みや憎らしさは感じられなかった。リティカは、少しだけ表情を曇らせる。
「……ドロテア様は、それについてどう思われますか?」
「特に、どうとも。わたくしもリティカさんも、たまたま生まれ持った魔力というだけですわ」
本当にそう思っているといいのだが、とイリーは考える。悪霊に取り憑かれるフローティアと違い、ドロテアは最初から破滅の種を持っている。その芽が出ないことを祈ることしかできない。
「互いに高め合えることを願っていますわ」
「頑張ります!」
イリーが原作通りのヒロインでなくなったことで、フローティアの破滅を防ぐことができた。イリーは、リティカも転生者として知識を持っていることでドロテアの心を守れることを願っていた。




