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the DOLLS

Reunification

作者: 内藤晴人

previous "Farewell"

 穏やかな午後の昼下がり、ようやく人の流れが途絶えてきたカフェテリアで、コーヒーをすすりながら読みかけの論文や報告書に目を通す。

 それがこの『社会』に勤務し始めてから続く、ジャックのささやかな息抜きだった。

 新米の頃にはそれに付き合う物好きな友人もいたのだが、一人は実験中の事故で命を落とし、もう一人は自らここを去り、残る一人も異動続きでいつしか音信不通になった。

 かくして、昼下がりのカフェテリアには、彼一人が取り残された。

 以来、指定席にはほぼ毎日のように彼の姿がある。

 いつもと同様、カップに残っていた最後の一口を流しこもうとした、その時だった。

 

「ここ、よろしいかしら?」

 

 不意に背後からかけられた女性の声に、ジャックはむせかえりそうになった。

 ひとまずカップをテーブルに戻し、読んでいた本を閉じる。

 恐る恐るといった風に振り返ると、視線の先には見覚えのある姿があった。

 

「相変わらずここに来てるのね。変わったのはお店の名前くらいかしら」

 

 そう言うと、女性はジャックの返事を待たずその正面に座り、テーブルの端末で注文を済ませていた。

 

「……キャス? いつこっちに着いたんだ?」

 

 ようやくそれだけ吐き出すと、ジャックは大きく息をつき、同じく二杯目の注文を入れる。

 

「二日前にね。着いたとたんに当局に呼び出しを食らって、たった今解放されたとこ」

 

 冗談めかして深々とため息をついてみせてから、キャスリン・アダムスは苦笑いを浮かべ、頬杖をつきながら言った。

 

「貴方も苦労しているんじゃないの? 頭、見事に真っ白じゃない」

 

「いろいろあるのは昔と同じさ。何一つ変わっちゃいない」

 

 自動運転のワゴンが、コーヒーを二つ運んできた。

 各々それを手に取り、ほぼ同時に口をつける。

 気まずい空気が二人の間に流れたが、先にそれを破ったのは、キャスリンの方だった。

 

「……みんな、どうしているのかしら」

 

 独白とも質問とも取れるその言葉に、ジャックは無言でカップをテーブルに戻した。

 そして、やや間を置いてから、ジャックはようやく口を開いた。

 

「……ニックの裁判はまだ終わってないらしいが、どちらにしてももう会うことは無いだろうな。後の奴らは、あちこちの大学病院に潜り込んだり、開業するんで故郷に戻ったり。今残っているのは自分だけさ」

 

 そして彼は、出て行った奴らの方が高給取りになっている、と、冗談とも本気ともつかないことを言う。

 しかし、キャスリンは厳しい表情を浮かべたままだ。

 しばらくの無言の後、彼女はぽつりと言った。

 

「……エドは、まだ……?」

 

 何気無さを装った言葉は、だが重い空気を引き寄せた。

 それを無理矢理振り払うかのように頭を揺らしてから、ジャックは口を開いた。

 

「奥さんは実家の方へ戻ったらしいよ。お嬢さんも今年……」

 

「そうじゃなくて」

 

 厳しいキャスリンの言葉に、ジャックは押し黙った。

 そして、観念したかのようにため息をつく。

 

「ああ。まだここにいる。……たまに前線にも出てもらっている。ただ……」

 

「ただ?」

 

 わずかにキャスリンが身を乗り出す。それとは対称的に、ジャックは慎重に言葉を選んでいるようだった。

 

「サードと違ってAIの不具合も、脳細胞の壊死も起きていない。けれど」

 

 言葉を中断して、ジャックは脇に置いていた一束の書類を、キャスリンの方へと押しやった。

 それは他でもない。先程上がってきたばかりの一級機密資料だった。

 表紙を一瞥し、キャスリンはあわてて押し戻そうとしたが、ジャックは無言で読むように促した。

 その熱心さに折れたキャスリンさは、仕方なしに目を通していたが、ページを追うにつれやがてその顔色が変わった。

 

「……ジャック、これって……」

 

「見た通りさ。細胞自体の再生力……寿命が限界に近づいている」

 

 意図的にか、無意識にか、ジャックは視線をそらした。

 

「フォボスでの粉砕骨折の経過が思わしくない時点でおかしいとは思ったんだが……これ程までにはっきりと結果がでると、正直、何と言ったらいいか……」

 

 一心不乱に文字を目で追うキャスリンの頭の上を、ジャックの神妙な言葉が流れていく。

 その顔には、普段では見ることの出来ない苦悩の表情が浮かんでいた。

 

「これが人間の限界だ。結局は神と呼ばれる者の御技みわざにはかなわない。非科学的な考え方かもしれんが、これが現実さ」

 

「それを解っていながら、まだその領域を犯しているの?」

 

「……それは……」

 

 そう言ってしまってから、ジャックはキャスリンの術中にはまったことに気が付いた。

 返答に窮するジャックに、キャスリンはわずかに笑みを浮かべた。

 

「本当に変わらないわね。相変わらず嘘をつくのが下手」

 

「……奴ら、何か失礼なことをしなかったか?」

 

 恐る恐る尋ねるジャックに、キャスリンは笑みを浮かべたまま首を左右に振った。

 

「その逆。すっかりお世話になったわ。……いい子達じゃない」

 

「そう言われると、少しは気が楽だよ。まあ、自分がしてしまった事が許されるとは思っていないがね」

 

 照れ笑いになりきらない複雑な表情が、ジャックの顔に浮かび、そして消えた。

 

 残った者、去った者、それぞれに異なる傷がある。

 流れる時間は果たしてそれを癒したのだろうか。

 それともえぐったのだろうか。

 

「お邪魔したわね、どうもありがとう。みんなによろしくね」

 

 晴れやかな笑みを残して、キャスリンは立ち上がる。

 それが免罪符なのかどうか計りかね、返す言葉をジャックは見い出せず、小さくなっていく後ろ姿をただ見送っているだけだった。

 平日の昼下がり、彼の束の間の休息は変わることなくこれからも続く。

 

 

 

 Reunification end

 

 next "FIRST STRATEGY"

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