静かな子ども 〜 進化。
みんなで待ち望んだ世界に戻りました。
大学に合格をした年、息子はオンラインじゃなくスクールを選んだの。住むエリアが変わってしまって。寂しいけれどほんの少し、夫婦二人暮らしに戻り楽だと思ったのはナイショ。
世界が行きつ戻りつ変わり始めたけど、大学を卒業をし、社会人となり、お付き合いしている彼女がいるとウェブで聞かされた頃、私達はシルバー世代が暮らしやすい医療介護が満たされている、エリアに引っ越しをしたの。
もうすぐ宣言が出そうだとネットで噂が広まっていて、ならば価格の安いうちにと決めたのだけど。これが大誤算。
世界中、念には念を入れているのか、システムはなかなか変わらなかったの。まさかシルバータウンに引っ越すと、息子が暮らすエリアとの行き来が、少しばかりややこしくなるなんて。越してから知って大後悔。
ただ、彼女ちゃんのお宅が案外近くて、夫婦揃って仲良くお付き合いしているわ。結婚するらしいと話になった頃。
待ちに待った吉報が世界中にもたらされたの。その日のことは忘れられない。世界中の聖堂、寺院仏閣が鐘を鳴らしたの。夜には花火が上がったわ。エリアの行き来がフリーになり、息子達が家に来たわ。
どこもかしこもお祭り騒ぎ。飲んで歌って踊って騒いで。
それからしばらくして念願の結婚式。オンラインじゃなく、きちんと招待客をお呼びして披露宴パーティーをして、フォトを撮ったの。
自由に集まり会話をしても大丈夫な、元の世界に戻ったの。
☆
家族待望の孫ちゃんが産まれました。
今の若い方は凄いのねぇ。私は赤ちゃんがどうして泣いているのか、さっぱり解らなくて抱っこして、一緒に泣いていたもの。ミルクでもない、オムツも汚れていない。なのに大きな声で泣くのにオロオロしていたわ。
「お義母さん。それがなんとなく解るの」
離れたエリアで息子と暮らす、お嫁ちゃんに聞くとそんな返事が返ってきたの。
「寒いから嫌だとか、寂しいからママやパパと、一緒がいい、とか。瞳を見てたらじんわりこの子の思っているらしい事が浮かぶんです」
お嫁ちゃんが、お義母さんも試して。と、たった今、本当に小さな声で、アーアー、泣き始めた孫ちゃんを、私に抱くよう言ってきたの。
「おばあちゃんに抱っこしてほしいって、泣いているんですよ。どこの赤ちゃんもそんなに泣かないんです、現代の赤ちゃんって」
「本当なの?」
腕にそろりと抱えるとミルクの香り。孫の澄んだつぶらな瞳を覗き込むと、きらきら。雲母の様な輝きを感じたの、すると偶然かしら、本当に直ぐに泣き止んで笑顔になったの。
『うれしい』
不思議ね、そう感じたのよ。
☆☆
かわいい孫ちゃん。はいはいが、出来る様になりました。
今の赤ちゃんって、大人しいのねぇ。おばあちゃんびっくりしちゃう。人見知りもないのね? 久しぶりに会った、おばあちゃんを見ても、声を上げて泣かないの。
お嫁ちゃんに抱かれ、きらきら雲母の様に光る黒目でじっと私を見てきたの。だから私も視線を合わせたの。
「おばあちゃんですよ、おいで」
そう言って手を差し出すと。すんなり抱っこさせてくれたの。
「保育園に通ってるからですよ」
オンラインで仕事に復帰した、お嫁ちゃんが教えてくれます。それで人見知りをしないのね。ホッとした私。
「お利口さんねぇ。保育園ではお友達が沢山、いるの? 泣かないの? かわいいわねぇ」
腕の中の孫ちゃんにそう話すと、ニコニコ笑ってくれたの。こちらの言うことが解っているみたい。
孫ちゃんは、元気いっぱい。畳敷きの部屋の中を持ってきたおもちゃと、夫が組み立てた室内遊具で遊んで動き回って。疲れた頃を見計らい、お嫁ちゃんが抱っこをして、じっときらきら雲母の様に光る瞳を見ていたわ。すると、
「くまさんのバスタオルが欲しいのね?」
持ってきた荷物からお気に入りらしいそれを取り出すと、孫ちゃんに手渡すお嫁ちゃん。ギュッと抱きしめるとそのままコトンとお昼寝タイムの孫ちゃん。
「いい子ねえ。パパは寝る前は、ぐずって泣いて大変だったわよ」
「数年前から産まれた赤ちゃん、ママやパパに伝えたい事が伝わるみたいで、この子もそうなんです。ちょっとしたコツがいりますけど、慣れたらとっても子育てが楽なんです。育児マニュアルが大幅改変されたんですよ」
そういえば、エリアフリーになり、シルバータウンでも親に連れられ遊びに来ている、子どもの姿を見る様になっているけれど、ダダをこねている幼子って見ないわね。
言葉が喋れない年なのに、伝えたい事がきちんと伝わるなんて。
不思議ね。
☆☆☆
大きくなった孫ちゃんが、3歳のお誕生日を迎えました。
お嫁ちゃんが泊りがけでどうぞと、エリア内に通う保育園の家族参観日に招いてくれたの。驚いたわ。とっても静かなんですもの。
声が聴こえるのは先生の声とピアノの音と、さわさわとした賑やかな気配と、パタパタ走り回る音。
私的な会話は、禁止という決まりになっているから、参観に招かれた私達は従っているの。
今の子は本当に静かなんですもの。子ども達の声が、一切聴こえない、明るいお教室。でも、とっても楽しそうに遊んでいるの。みんな黒い瞳をきらきら、雲母の様に輝かせて。
すると玩具の取り合いが始まって。若い保育士さんが、さっと駆け寄ると子どもの視線にしっかりと合わせたの。男の子ね。先生の目をじぃぃと見ていたわ。すると、
「えっと。うん、そういうときはね、貸して欲しいと言うんだよ、ちゃんとごめんなさいをしてね」
そう話をしたの。まるで男の子の話を聞いたお返事みたいに。そして小さな喧嘩をしたお友達に近づくと、男の子は、じっとお互い見つめ合ってから。ニコニコ笑顔になったのよ。
不思議ね。声に出さずとも、言葉が通じているのかしらね。あの子、先生に言われた通り謝ったのね。きっと。
そういえば。昨夜、来た折に気がついたの。息子夫婦とは離れて暮らしているから。孫ちゃんの『声』って、不思議な響きなの。タブレット通信で澄んだ黒い目、雲母の様に輝く瞳を見ると。
「おばあちゃん、きてね」
そう頭の中に聴こえてきたの。鈴を転がす様なかわいい声がウェブカメラ越しだから? 音みたいと、夫と共にそう話していたのだけど、直に出逢うと『声』は頭の中から耳に向かって進んで、そこで響く気がしたのよ。
不思議ね。
子ども達が笑顔いっぱいではしゃいで、お教室を走り回っている。
静かね。
でも頭の中で、ちゃんとお互いの『気持ち』が、きらきら雲母の様に光る瞳を通じて行き交い、理解をしているみたい。楽しそうに遊んでいるわ、
スケッチブックでクレヨンでお絵描きしている孫ちゃんも、お友達とお互いの絵を指差し、視線を合わせると、何か会話をしたみたいに、笑顔で頷いているの。
不思議ね。
随分前ね。飛沫感染を恐れて幼子にもマスクをし、外では声を出してはいけないと教え込むのが当たり前になった、そういう世の中になって。
それはもう、子育てが本当に大変だったわ。親だけじゃなく子ども達も、ううん。人類そのものが大変だったのね、世界中のみんなが。
消毒薬を街中に振り撒く時間は外出禁止。朝からマスク着用。家庭内以外での、会話は厳禁。そういえば学校で音楽の時間に、合唱も縦笛も授業がなくなって。
あれもこれも沢山廃止になったり、新たに設定されたり。社会のルールが大きく日々、変わって行ったの。慣れるのに大変だった。いつか元の暮らしに戻ると信じて、誰もが無我夢中で頑張ったのよ。
生き残る事に。快適に暮らして行くことに。そしてようやく来たの。みんなが待ち望んだ日が。
感染者数がどの国もゼロ更新が続いて。清浄宣言があって、ようやく数年前、元の世界に戻ったの。大きな声でお話しをしても、誰からも怒られない世界に戻ったのに。
子ども達は静かに、でも楽しそうに遊んでいるの。視線をしっかりと合わせて。まるで、きらきら雲母の様に光る瞳を通じて、お話しをしているみたい、静かな子達。
少し前TVで耳にした事を思い出したのよ。
使うことが減り、しかし絶対的に必須な機能の代わりが猛スピードで発達していったと、最近見たTVで、何処かの大学で生物の進化について研究されてる先生が解説していたの。
「言葉によるコミュニケーションは、健全な精神、及び社会を保つ為の必須アイテムです」
なら、声たてぬ、静かなこの子達は。
目と目で会話するような、この子達は。
世界はすっかり、元に戻ったのに。
子ども達は、進化をしている様子。
不思議ね。