第一話「チャンスな西暦」
高卒・ニート・チビ。この世の全てを手に入れられなかった男、俺。
今は、ユーチューブとまとめサイトを漁る毎日だ。代わり映えのしない日々だが、おすすめ動画は移ろいゆくから、飽きることがない。最近では、東大生がクイズをやっているチャンネルが頻繁に関連動画に挙がる。
動画に出てくる人はみな、頭がよく、イケメンで、しゃべりも上手く、人生イージーモードと見えて羨ましい限りである。
それだから、俺は思う。
ああ、俺も東大に入れたらな。
そしたら人生、変わるんだろうな。噂には聞くのだ。東大に入ったら、名前すら憶えていない元同級生から連絡が来てチヤホヤされるのだとか、東大に入ったら、合コンで向かうところ敵なしなのだとか。羨ましい。俺も、女の子に豆知識を披露して、すごいと褒め称えられたい。
そんなことを考えて、俺はなんとなく、東大の情報を漁るようになった。いや、東大生ユーチューバーの動画をよく見る俺に、グーグルさんが東大の情報をおすすめしてくるようになったのだ。
大学の序列、大学受験の仕組み、東大生おすすめの受験テクニック、円周率を求めるとかいう有名らしい問題の解き方。しばらく引きこもりを続けるうちに、随分と、高学歴の界隈に詳しくなっていた。
しかし、遅かった。圧倒的に遅かった。中学生の頃に知っていれば、高校3年間を勉強にあてて難関大学にいけたのかもしれないが、俺がこの情報をもとに受験勉強を始めたとて、合格する頃には三十路である。
いくら東大生といえど、三十歳すぎの大学生に女の子は寄り付かないだろう。
ああ、目が覚めたら中学生に戻っていないかな
そんな虚しい願望を胸に秘め、俺は眠りについた。なんのことはない、いつもと同じで何もない明日に向けた入眠だった。
* *
けたたましいベルの音が耳孔にこだまして、頭まで揺さぶられる。カーテンの隙間から漏れ入る陽光は、春の明るさを自慢している。
おかしい、スマホのアラームしかかけていないのに。
そんな疑念を抱きながら目覚ましを叩いて止めると、母親の声が響いてくる。
「始業式から遅刻したら恥ずかしいわよ。」
身体に染み付いていた返事が、つい口から出る。
「分かってるって! あと五分だから!」
分かっている? 何が分かっているのだろう。いや、俺には、何も分かっていない。始業式? 遅刻? 俺は天下無双の引きニート様のはずだ。
五分と待たずリビングに走り出ると、いやに若返ったような母が佇んでいた。
「あら、すぐに起きたのね」
驚く母を差し置いて、俺の顔はさらなる驚きを見せていただろう。ダイニングテーブルに置かれた新聞は、俺が中学3年生のときの年を示していた。
人生を変えるチャンスが、その西暦にはあった。
第1話でした。
多くの人に読んでいただけるといいな、と思っています。
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