初めての魔法。
祖父のノフマンと義弟のゲルマンの名前が似ている件について。
うっかりつけてしまいました。
◯◯マンて名前が多い事にしておいて下さい。
魔力って何だろう。
生まれてから数値として知ってる存在だったけど、根本的にこれが何なのか。
それを調べたくても言語の壁にぶち当たって、外付けインストールの中の情報が読み込めて無かった。
何故なのグラ先生で検索して聞いてみると、魔力とはこの星特有のエネルギーだよ、と。
ざっくりとした返信が返ってくる。
うん、知ってる。
そうじゃ無くて、私が知りたいのは魔力が人体に与える影響について。
まあ魔力ってなあに?って聞いたのは私だけども。
だから少し質問の内容を変えて聞き直す。
ミルと魔力の違いは何ですか。
ミルとは全ての物質を形成するのに必要なエネルギーで、魔力とは無い物質を具現化する時に必要なエネルギーです。
よし!
やっと欲しかった情報がポロリしたぞ!
そうだよ!
私は元々頭が良くないんだよ。
質問する方だって賢くなけりゃ、聞きたい事が聞けないんだい!
ちょっと荒ぶる心が暴走しかけたけれど、深呼吸をイメージして気分を落ち着ける。
無い物質を具現化するエネルギーか。
って、言う事は。
あれ?
ひょっとしてミル交換所で売ってるアイテムって、魔力を使って作ってるの?
半分正解です。
魔力を使ってる物と、そうで無いものが有ります。
おお!!!
何だろう。
ずっとフワフワとしてた魔力に対する認識が、ようやく形になって来る。
私が買った品物で、魔力を使って作っているのは何ですか。
ちょっとだけ考えてから、私に解りやすい返信が返ってくる事を期待して具体的に例を出してみた。
外郭アミルの各種スキル。
外郭なつみに使われている、ミル視認機能がそれにあたります。
よっしゃビンゴ!
でも更に魔力がふわっとしたぞ!
確かにスキルって、それまでのアミルボディには無かった能力だよね。
まぁ、それはイメージ出来たから置いといて。
じゃあどうしてアンドロイドのなつみのミル視認機能に魔力が関係して来るの?
この辺の理屈が全然分かんない。
魔力って、無い物質を具現化するエネルギーなんだよね?
ミルとは元々が視認出来ないエネルギーなので、視認するのに魔力を使って構成させます。
ふむふむ。
それじゃあ、アミルの世界でその機能を使ったら、他の人にもミルが見えちゃうって事?
と、そこまで打ち込んでからハッと気付いた。
まって!
そう言えばアミルの時に、メニューでミルの量は見えたけど、青い光は見えて無かったよね!
正解。
外郭なつみの所には他の生命体が存在して無いので、初心者のなつみが解りやすい様に視覚で認識可能な機能をつけました。
おお…!
知らないで使ってた機能に魔力が使われてたと聞いて、ちょっとテンションがはね上がった。
つまりそれってグラが魔道具を作ったって事でしょう?
魔力を使って作る機能をそう呼ぶなら、その認識で間違い無いね。
グラからの返信に胸のワクワクが高まって行く。
つまり私が魔力について知識を増やしたら、魔道具を作れる可能性が有るって事だから。
うぅ、今はお母さんの治療について考えようとしてたんだった。
落ち着け私。
趣味に走ろうとするんじゃない。
えーと…結局私は何を知りたかったんだっけ。
あ!そうだった、魔力が人体に与える影響だよ。
えーと、お母さんが魔力の多い子供を妊娠して体調を崩してます。
あと、ピルプルで魔力が多い子供は亡くなりやすいと聞きました。
私は赤ちゃんの頃に魔力増幅のスキルを取ったけど大丈夫ですか?
魔力が人体に与える悪影響について教えて下さい。
お母さんの事だけ質問したら返事を誤魔化されそうな気がしたから、自分の事も混ぜてみる。
すると。
魔力が人体に与える影響については、弟子入りしてから学んでね。
それと、外郭アミルについては悪影響の無い様に、スキルやステータスに制限をかけているから心配は要らないよ。
よっしゃ!
やっぱり答えを濁して返して来たけれど、これで根本的に魔力が人体に悪影響を与える危険性を裏付け出来た。
騙し討ちの様な質問だったけど、それだけこちとら必死なんだよ。
あんなチュートリアルになったんだから、これぐらいは許容して欲しい。
で、魔力が人体に悪影響を与えるとして、何がどう悪くなるのか。
うん!さっぱり分かんない。
言語能力にしろ、魔力の知識にしろ、何だかんだとグラは肝心なポイントをはぐらかす。
でもこれは私の保護を目的としてる。
何も知らない2歳児が、この世界の知識をポンポン知ってたら不信でしかないもんね。
現に今だって私の世界の知識を大盤振る舞いしてるから驚かれてるんだし。
いい加減に自重しないと変な子認定されちゃう。
今の所は神様から貰ったギフトで乗りきれてるけど、そもそも七歳になったらそんなものは無いとバレちゃうもんね。
せいぜい鑑定スキルで誤魔化せる範囲でしか、私は宇宙人のポテンシャルを生かせないのだ。
うん。グラがあれこれ制限するはずだよ。
私ってば全く自重しないんだもん。
だってそうしなくちゃ、あの大惨事は乗り越えられなかった。
悲しいお話って嫌いなんだもん。
自重して不幸になってたら、絶対に私の精神は自己嫌悪で崩壊してる。
だから今の所、グラは大目に見てくれてるのかも。
早くグラに引き取って貰えたら、この辺の事情は解決するのかも知れないけど。
それは今の生活とお別れを意味する。
つまりマルクスお兄ちゃんと同じ生活になるって事。
まぁお兄ちゃんはホイホイ家に帰って来てるけどね。
でもグラの事はまだ出て来て無い。
遠い親戚だって言うからそのウチ家族の話に出て来るかも知れない。
現に何度も話に出て来る特級魔導師ってのが怪しいけれど、どうも古い人みたいだし。
流石にその設定は無理が有る。
むしろお婆ちゃんがウチの家系は魔力の多い人が生まれ易いって言ってたから、そっち関連なのかな?
ねぇ、グラ。どうなの?
それは秘密です。
ニヤニヤと楽しそうな雰囲気を感じるグラからのコメントに、何だかむず痒くなった。
グラって呼んだら駄目って言われてるけど、向こうの世界でグラにあったら絶対に叫んじゃいそう。
呼ばないでね。
知らんぷりするけど。
あー、もう。
今から犯人捜しみたいで楽しみだよ。
私も早くなつみに会いたいね。
全身がむず痒くなった私は、反射的にアンドロイドモードに移行する。
だってほら、ゲルマンさんに便利グッズを考えろって言われてたから気晴らしだよ。
お母さんの治療も大事だけど、治療費がなければ始まらないもんね。
と、言ってもさて何を考えよう。
不便だと思う事は沢山有る。
でも私の行動範囲が狭いから、どうしても視野も狭いのだ。
お婆ちゃんが言うには商人さんを狙ったら勝算が高いんだよね。
でも私って商人さんのお仕事について何にも知らない。
知ってるのは受け付け業務ぐらい。
アミルの箱はここから生まれたけど、他には何が有るかな?
て、言うか。
商人さんのお仕事とは関係無いけど、虫がウザい。
ウチは食堂だから特にそうなのかも知れないけれど、虫取のグッズとかどうなんだろ。
材料は入れ物とトリモチで出来る。
匂い付けはそれこそブルールで良いよね。
実の方はシロップ漬けにして保存食に出来ちゃう。
問題は原価が高くて庶民的な金額にならないって事かな。
だから、提案だけして別の案を考えてみよう。
ウチで使う分は作るけどね。
他に困ってる事は背が低くて高い所の物が取りにくい所かなぁ。
お爺ちゃんは身が軽いから全然苦労してないみたいだけど。
踏み台は有るから厚底靴なんかどうだろう。
使う人が限られちゃうのと、流石にお爺ちゃんに靴を作らせるのは難しいか。
ウーン…水汲みとか大変そうだよね。
でも、こうして思えばグラの子供達は、こう言う発明は広げ無かったのかな?
知識はダウンロード出来るから、伝えようと思えば作れるよね。
と、グラに聞いてみると。
魔道具で冷蔵庫やクーラーを開発した子が居たらしい。
むしろ庶民で子供の私がそんな知識を持ってるのは不自然だから、弟子入りするまではそう言った知識が必要な道具は駄目と言われた。
つまり誰でも簡単に思い付くアイテムなら良いって事になる。
だからコインケースの時は見逃してくれたのか。
なるほどねぇ。
ついお婆ちゃんの口癖が移っちゃったよ。
虫取りは良さそうだけど、井戸にポンプは駄目と。
後は何か有るかなぁ…。
あ、そう言えばお爺ちゃんがお掃除する時、箒しか使って無いや。
食べ物が床に落ちてる時も掃き掃除しかして無いよね。
液体だって外の砂を撒いて吸わせて掃き出しちゃうと言う強引さ。
だから匂いが残って余計に虫が来ちゃうんだよ。
モップを開発してみようかな。
拭き掃除に棒をつけるだけだから、これなら簡単な発想だよね。
テーブルは水拭きしてるんだし。
先に虫取りを開発しちゃえば、自然な流れになると思う。
虫が嫌!って人なら、種族を問わずに沢山居そうだし。
お掃除の道具なら商人さん達だって使うでしょ。
問題が有るとしたら、便利グッズじゃ無くてお仕事を増やす事になる点だね。
こうやって考えてみたら、案外コインケースはナイスアイデアだった。
お婆ちゃんの言う通り。
誰でも思い付くけど、仕事が楽になる便利グッズって案外難しいのね。
オジサンには悪いけど、今の私が考えつくのってこんな所かな。
虫取りの方はトリモチの代わりになるものが有るか、向こうで情報収集をしなくちゃいけない。
構造なら汁椀の中に布を敷いて、その上に匂いのついたトリモチを置いて、穴の空いた蓋をすれば完成だから、何も試作品を作る必要は無さそう。
ブルールが高いなら野菜の皮と一緒に入れちゃえば、虫が集ってくるのは経験済み。
あれはもう見たく無いよ。
スッゴク気持ち悪かった。
それではモップを作ってみよう。
前の世界なら色んなモップがあったけど、犬みたいなモップは駄目だ。
洗うのが大変でしんどかったもん。
小学校で使ってこりごりしてる。
だから私が考えたのはクイックルワイパーの、布雑巾バージョン!
問題はプラスチックが無いので、取り付けと取り外しに工夫が必要な所。
後は平たい板と棒を取り付ける部分の構造。
ピッタリとくっつけちゃったら、お掃除するのが大変だもんね。
でも前の世界の知識を持ち込むのが駄目なら、何も知らない私が考えて作ってみよう。
完成品を知ってる所がどうなん?って、言わないでよ。
何ならお爺ちゃんと試行錯誤したって良いしね。
そしてアラームが鳴るまで1人で木材と獲得して頑張って挫折した。
これ私には駄目なヤツだ。
丸い関節の部分がミソだけど、その丸い部分を作るのがめっちゃ大変。
それでも頑張って取り付けたけど、想像したよりも動かなかった。
これはお爺ちゃんに期待しよう。
発明家って偉大だね。
「むしキラーイ。
やっつけるのなにかない?」
そして先ずは似た商品が無いか、お婆ちゃんに相談してみる。
ちなみに毎日困らされてる羽虫のこと。
ハエみたいな大きさで触覚が生えてる、この星のゴキブリみたいな存在です。
「そうさねぇ…。
虫除けの薬草を植えてるんだけどねぇ。」
なんとビックリ!
店の周りに有る花壇の花はそれが全部虫除けだった。
しかもそれを煮て作った殺虫剤で毎日食堂のテーブルを拭いてたとか。
あれってただの水拭きじゃ無かったんだと、ちょっと衝撃。
それでも虫が寄って来るのは、それに負けない匂いをウチの店が出してるからだと発覚。
「むしをやっつけます!」
こうして鼻息も荒く私はモリモリと活動する。
先ずはトリモチ商品が無いと聞いて、お爺ちゃんに相談して器を作って貰った。
食器は高いらしくてお父さんに使用を断られたから。
なので薪を使って四角い箱に穴を開けた物を作って貰う。
中にはボロ布を敷いて、トリモチの代わりに代用したのは小麦粉とお婆ちゃん作の毒薬。
どうやらお婆ちゃんも虫が嫌だったらしくて、本気過ぎてビビった。
問題は毒に触れた虫が箱から出て来ないかどうか。
匂い付けとして小麦粉団子に野菜を混ぜている。
ブルールはスープで使ってるから勿体ないと、これもお父さんに却下されたので。
そして最大の問題は観察だった。
ステータスって虫も見れるんだ…と。
かなり衝撃の事実だったけど、つまり私が観察するしか無い。
胎児が見れた事で、箱の中が直接見えなくてもステータスで観察出来る利点は有る。
でも何が悲しくて大嫌いな虫が集まる所を見なければならないのか。
結果。
小さな穴に入った虫は、そのまま出る事は無かった。
お婆ちゃんの毒は効果が抜群で、即死に近い勢いでみるみるとHPが0になってたから。
でもその反面、問題は穴の中に入って行く虫の量が少なかった事。
でもこれは個数を置いてカバーしてみる。
因みに渋るお父さんを説得して、野菜の代わりに木蜜やブルールも使ったらみたら、ブルールが一番効果が高くて虫に大人気だった。
でも実験にしか利用させて貰えず。
やっぱり虫の集客力の問題が残った。
「そとのにおいがつよいから、あなにきてくれないのかも!」
そして私はクイックルワイパーを提案。
お爺ちゃんに相談して、試作品を作って貰った。
「なんだか楽しくなって来てよ。」
「おじいちゃんすごーい!」
私がつまずいた関節部分は、あらかじめ斜めになる様に作る事でお爺ちゃんは問題を解決した。
そして雑巾の取り付けに関して言えば、板をくるんだ雑巾をヒモで縛っている。
何故なら拭く時に外れ易いと掃除が難しいから。
まだ試作だし、その辺りは妥協する。
虫除け水を床に撒いてクイックルワイパー擬きで拭き取る。
その後に乾いた雑巾に付け替えて二度拭きする事で、取り外しの困難さは切り抜ける事が出来ると判断したからだ。
そして食堂の客足が途絶えた頃に、皆で大掃除してみた。
結果。
虫取りの集客力は少し上がり、飛んでる虫が減少した。
ゼロにはならなかったけど、これは食堂だから仕方が無い。
問題はうっかり箱の蓋を開けて、中身を見てしまった人が居たことだ。
危うく食堂の危機に発展しかけたので、慌てて計画を断念。
その代わり虫取りの箱はキッチンやトイレ。
家族のプライベート空間で、快適な環境を維持してくれている。
置く前に気付けよって話だけど。
食卓にゴキブリホイホイを置いてる店なんて、皆嫌だよね。
そしてそれらの話をゲルマンのオジサンに伝えると、それぞれを金貨3枚で買って行ってくれた。
お婆ちゃんの毒の雇用が増える事を予想して、その値段に落ち着いたのだ。
これで店の外にいる虫が撲滅されてくれたら尚良し!と。
私はなるべく皆に広めて欲しいと期待している。
因みに虫取り箱に関しては、店の看板や私の名前は断固として入れさせなかった。
これは闇で活躍してくれれば私は満足だ。
モップも食堂のイメージが悪く伝わってはいけないと、闇仕様にしている。
食べ物関連のお店だから清潔なイメージがついてくれたら良いけど、虫取りのダメージが残っている今は避けるべきだと考えたからだ。
全く虫め。
かなり手強い相手だった。
小金は入ったけど、近所の人の足が途絶えたので、売上的にはトントンだ。
何せ旅の人が多いから、外から何も知らないお客が沢山来る。
ビバ宿場町。
これが田舎で地元民に親しまれている食堂なら、危なかったやも知れない。
今回の件で食堂で虫取り箱は使えないと課題が残った。
その代わり食堂は朝から晩までお客さんが居るせいで、毎日は難しいが一週間に一回は必ず皆で掃除する事になった。
そして毎日雑巾がけをしていた脱衣場やトイレでクイックルワイパー擬きが大活躍している。
拭き掃除が楽になったと喜んでくれた。
コインケースの様な完全勝利には至らなかったけど。
オジサン情報によれば、虫取りもクイックルワイパー擬きもそこそこ売れているらしい。
お陰でお婆ちゃんのバイトも繁盛している。
どうやら毒を作る素材は手に入れやすくて、消費が多ければまとめて作れるから楽で良いらしい。
毒薬が手に入れやすい環境って何か嫌だなぁと思った事は、喜んでるお婆ちゃんには秘密だよ。
そして最大の今回の収益は、お母さんの治療に有益な情報が増えた事だ。
虫が鑑定出来ると知った事で、私は食材のMPも鑑定出来る事に気付けたから。
「ねぇおばあちゃん。
たべものにもまりょくってはいってたんだね。」
「ん?そうだよ。
多い少ないの差は有るが、この世界の全てに魔力は有るんだよ?
知らなかったのかい?」
「うん。むしをしらべてはじめてきがついたの。
オジサンに、にせものかどうかしらべるときにものをみせられたけど、まりょくまではかんがえてなかったから。
みえてたのにきがつかなかったの。」
これはボットモードの弊害だった。
ダイジェストで記憶を共有している為、そんな事があったと認識は出来るが。
新しく何かを発見する思想は、私が経験しなければ難しい事が分かった。
何せボットには基本的に本来の身体に見合った2歳児の知識と行動力しか無い。
言われた事。
経験した事は継続して出来るけど、新しく何かを考えて行動する事を制限されている。
これは私が身体に戻った時に困らない為だろう。
ボットにする度に勝手に動かれてたら、フォローが大変になるからだ。
だから判断に迷う事が有れば、私を呼ぶ様にアラーム機能をオンにしておいた。
まぁ、これは別に良い。
とにかく私は全てのものに魔力が込められていると新発見をした。
そして気付く。
グラが駄目でもお婆ちゃんから魔力の話を聞けると言う事に。
どうやら私は絶望的にアホだったらしい。
そうだよ。
グラは最初から私にここの環境や社会の話を学べと言ってたんだよ。
私はちゃんとそれを聞いてた。
其れなのに喋れる様になっても聞いて無かったのは何故か。
それは忙しい大人に聞くより、グラにチャットした方が気兼ねが無くて楽だったから。
グラに質問する度に、弟子入りしたらと断られてたから、弟子入りしないと教えて貰えないもんだと単純に思い込んでたの。
でもそれはグラからすれば、彼が情報を与えて違和感の無い環境を示していたんだと。
この瞬間になってようやく理解したのだ。
嫌。ずっとグラはそう言ってたんだけどもね。
私も聞いてた筈なんだけどね。
「それでね?
たべもののなかにもまりょくがあることにきづいたの。」
「うん?そりゃそうさね。
全てのものに魔力が込められてるって言っただろ?」
「うん。あのね。
おかあさんがこまってるのは、あかちゃんがたくさんまりょくをもってるからなら、ごはんがたべられないのって、たべもののまりょくがあるから…」
「アミル!」
説明の途中で私が言わんとした事が分かったんだろう。
お婆ちゃんの顔色が明らかに変わった。
「そうだよ…私も何で気が付かなかったんだろうね。
妊娠中に悪阻はつきものだと思い込んでたよ。」
「うん。それでね?
たべものからまりょくってぬくことできる?」
「アミルあんたスゴいよ。
何て大発見をするんだい!」
「まだきまってないよ?」
「いいや、これはスゴい気付きだよ。
試す価値は絶対に有るね!」
お婆ちゃんは颯爽と立ち上がると薬を作る部屋に向かって行く。
「アミル、見てごらん。」
そう言って手のひらに持った白い小石を、お婆ちゃんが私に見せてくれた。
「これは魔力が込められてる特殊な石さね。
本来なら青やら赤やら属性がの色がついてるものなのさ。」
「でもこれいろがないよ?」
「あぁそうさ。
これは私が薬を作るのに使った後だからね。
だからこの石に魔力が入ってないんだよ。」
「これでおりょうりのまりょくをぬくことができるの?」
「そう言う事さ。」
へー…と、白い石を眺めていると。
お婆ちゃんが私を急に抱き締めて来た。
「おばぁちゃん?」
「あぁ…すまないねぇ。
驚かせちまって。
でもね、アミル。
あんたはそれだけもの凄く大きな事を気付いちまったんだよ。」
「???」
キョトンとしている私に、お婆ちゃんは私から離れると椅子に座って大きな息を吐き出す。
「魔力は多ければ多いほど良いと、昔からずーっと言われてきたのさ。」
と、前置きして語られた話は。
私にはとても衝撃的な内容だった。
「だから少しでも子供の魔力が多くなるように、沢山の魔力が込められている食材を妊婦に与えて来たんだ。
もちろんアメリアの様に苦しんで死んで行った母親は居るけどね。」
「ひどい…」
「そうは思われて無かったんだよ。
そうしても生き延びる母親が多いし、産まれて来た子供の魔力は多いからね。」
「それはおかぁさんのほうが、あかちゃんよりもたくさんまりょくをもってたから?」
「きっとそう言う事だったんだろうねぇ。
でも魔術師として産まれて来る子供を願う家なら、それはそれで必要なことだったんだろうよ。
問題はね。
そうでない家でも同じ事が繰り返されてる事だよ。」
「え…?」
「魔力を沢山取ると身体に良いって言うのが、この世界での常識なのさ。」
「えええーーー?!」
全力でポカンと口を開けて驚く私に、お婆ちゃんは静かな微笑みを浮かべた。
「私がアメリアに与え続けてた薬湯があっただろ?
あれは魔力を多く含んだ薬草で作ってたんだよ。」
「えぇっ?!」
「アミルは何も知らなかったから、多すぎる魔力が赤子と母親に悪いと気付けたんだよ。」
最初に魔力の事を指摘した時、お婆ちゃんの返事はとても歯切れが悪かった。
そして何故グラが何度も私の質問の返事を濁し続けて来たのか。
私はずーっと言葉通りに受け止めて、勘違いをし続けて来たのかも知れない事にこの瞬間気付いた。
「…でもまだ…」
「アメリアはね?死ぬ所だったんだよ。
アミルがちゃんと本当の原因に気付いて、それを食い止めてくれたんだ。」
この時になってようやく思い出す。
いつもお婆ちゃんに言われて確かに私は薬湯を運び続けていた。
それをしなくなったのは、いつだったか。
それはお母さんが低血糖症を起こして死にかけてからだ。
その時のお婆ちゃんの姿がまざまざと蘇って来る。
お婆ちゃんはあの時、お母さんの命を諦めた。
だから私たちを部屋の中に入れてくれたのだ。
そんなお婆ちゃんに私が言った言葉は?
突きつけた事実は?
「おばぁちゃん…ごめ…」
「アミルが謝ることなんて、何にも無いよ。
あんたは私が間違えてた事に気付いて止めてくれたんだからね。
お陰で私は娘と孫を失わずに済んでるだろ?
神様がおまえに与えてくれたギフトに、私は危ない所で救われたんだよ。」
とても切ない。
儚い微笑み。
今まで正しいと信じて行っていた治療が間違いだったと、幼い孫に告白しているのだ。
こんなに屈辱的なことは無いだろう。
何も知らない子供だから純粋に気付けた問題だったとしても。
「アミルや。
私に弟子を取る資格が無くて残念だよ。
あんたみたいな子が、特級魔女になれる才能を持ってるって言うんだろうね。」
「おばぁちゃん?」
「でもね?
どれだけ才能があったとしても、魔女になるのは棘の道だよ。
特に庶民の生まれは魔力も少なくて、お金も持ってないからね。
でも沢山の便利な物を思い付いて、何も無い所から金を稼げるおまえなら、私に出来なかった事も、やりとげられるのかも知れないねぇ…」
途中から独り言の様に、どこか遠くを見る様な目をして語るのは、昔にした苦労を思い返しているからだろうか。
お婆ちゃんに商才が無かったとは思えない。
それでも資金で苦労したなら、魔女への道は相当厳しい道のりなのだろう。
結果としてお金を稼げる様になったもしても、果たしてそんな苦労をしてまで魔女になりたいかと言われると悩む。
普通の身体ならミルを使って反則的なスキルを取る事も、寝ないで活動する身体に移る事も不可能だからきっと諦めてるね。
「まだおまえには良く分からない話をしてしまったね。
でもシッカリとよおく覚えておくんだよ。
あんたの才能は神様が与えてくれた祝福なのさ。
だからこれからどんなに辛くて苦しい事があっても負けるんじゃ無いよ。
あんたには神様がついて下さってるんだからね。」
「うーん、よくわかんない。
わたしはおかあさんにげんきになってほしいだけだから。」
ヤバい。
お婆ちゃんに物凄く期待されてる。
「そうだよねぇ…」と。
頭を撫でられて、背中に冷や汗が吹き出す。
だって私がやってるのは、ただの反則行為なんだから罪悪感が半端無い。
努力はかなりしてると思う。
でもごめんねお婆ちゃん。
神様は全然関係無いんだよ。
「それよりはやくためそうよ!
ごはんのまりょくをすいとれるんだよね?」
だから私は全力で話題を変える事にする。
「そうだね。
まずはそこから始めるかね。」
「?」
何か含みの有る言い方が気になったけど、取り敢えずキッチンに向かって行く。
実験として用意したのはスタンダードの塩スープ。
野菜と具材がゴロゴロと入っている、具沢山スープだ。
「これはまりょく、8だって。」
次はお母さんが良く食べてるブルールの皮を剥いて、実だけをまるごと一つ。
「あ!スゴい。これ、25だ!」
赤ちゃんだった頃の私より多いとかちょっと嫉妬。
次はずっと気になってた木蜜1匙。
木のスプーンで掬った木蜜をお皿に入れる。
「わぁ…おばあちゃん。これヤバいかも。
こんなに少なくて60もあるよ。」
「まぁそりゃそうだろうよ。
魔力を沢山含んでいる物の方が、旨いと言われてるからね。」
「ほへー…。しらなかったぁ…」
でもこの時私の中で矛盾が生まれた。
「あ!でもおばあちゃん、まりょくがわるいなら、これってへんだよ。」
「うん?どうしてだい?」
「だっておかあさんがしにかけてたとき、きみつをいっぱいたべてげんきになったんだよ?
それっておかしいよね?」
「あー、その事かい。
それは確かに変だね。
魔力が悪さをしてるなら、沢山の魔力を含んだ物を食べさせたら具合が悪くなると思ったんだろ?」
「うん、そう!」
「でもね?
あの時のアメリアを思い出してご覧。
お婆ちゃんが作った薬湯を飲んで無かっただろう?」
「あ…うん。のんでないね。」
「その分、無駄な魔力が省かれてたのかも知れないよ。
それとね?
今だから思い出した事が有るんだ。
私はアメリアに回復魔法をかけたんだがね。
回復するより命が減る方が早くて死にかけてただろ?」
「うん。」
「何も食べて無い、飢餓状態の時は同じ事が起きるんだよ。
つまりあの時のアメリアは、魔力の問題よりも栄養の方が大事だったんじゃないかね?」
「あー、そうかも!
まえのひにはいつもよりたべれてたけど、それまではずーっと、ブルールをちょっとしかたべてなかったよ!」
低血糖症だと判断した私の推理は言えなくて、でもお婆ちゃんがその事を分かってくれたのがとても嬉しかった。
「それじゃ、私達の考えが合ってるか、薬湯の魔力も見てみようかね。
でも時間が勿体ないから、ちょいと湯を沸かして置くよ。
その間に魔力を吸い取る練習をしようか。」
「うん!」
お婆ちゃんが小さな鍋に水を入れて火にかけている間、私はワクワクしながら空の白い魔石を鑑定してみた。
「おばーちゃーん。
このませき、ちょっとだけまりょくがのこってるよ?」
魔力が350中の15と表示されてる。
つまり完全に空になった訳では無いと分かった。
「あー、それはわざと少し残してるのさ。
魔力が全て無くなると、割れて壊れる事が有るからねぇ。」
「へー…そうなんだぁ。」
「それと同じで、何かの魔力を吸い取る時は、全部を吸っては駄目なんだよ。
素材が劣化してしまうからね。」
何だかミルみたいだなぁ、と。
お婆ちゃんの説明を聞いて思ったけど。
グラが言うには別物なんだよね。
それに絶対に壊れる訳で無いのなら、ミルとはやっぱり違うのだろう。
あれはチリすら残らず消えてたから。
「それじゃ魔力の多い木蜜からやってみようかね。60有るんだよね?そしたら20になったら合図をおくれ。」
「うん!」
思えばこれが私の魔法初体験になる。
お父さんの魔法はあれは技術だ。
でも言わないよ。
お父さんが泣いちゃうからね。
そしてお婆ちゃんは左手のひらに魔石を乗せると、腰に下げていた40センチぐらいの焦げ茶色の木の棒を右手で持って、魔石の少し上でスタンバイ。
「わぁ…」
濃い青色のキラキラとした輝きがスティックの先に集まり、右手を動かして円を描いて行く。
すると何も無かった空中に、スティックの先と同じ色の輝きが描かれた通りに具現化した。
空中に円を描いた後で、今度はその中にもう一つ小さな円を描き、更にその中に三角形を描いて行く。
グラの言っていた魔方陣とはこの事だろう。
素材は魔石とスティック?
これがこの世界の魔法なんだ…。
目を大きく見開いていると、魔方陣が完成したのか。
金色の光がシュパッと弾け。
見慣れたミルと同じ水色の光が、木蜜のお皿から魔石に向かってキラキラと飛んで行く。
「アミル!」
「あ、はい!
えーと…とめて!」
初めての魔法に驚いていたせいで、合図が少し遅れてしまった。
「おばぁちゃん、ごめん。
まりょくが12になっちゃった。」
「そうかい。
初めてだから仕方が無いね。
次はブルールで練習だよ。」
「うん!
えーと、ブルールの魔力は25だよ。」
「それじゃ10になったら合図をおくれ。」
「うん!」
さっきよりもハードルが高くなっているよ。
だからシッカリと鑑定ウィンドウを開いて、気合いを入れて集中する。
「とめて!」
「どうだい?」
「のこりは6!」
「そうかい。
それじゃ次に行くよ。」
「まって、おばぁちゃん。
スープはまりょくが8しかないからむりだよ。
0になっちゃう。」
もう難易度が高いってレベルじゃ無い。
私が眉毛を八の字に下げたのが可笑しかったのか、お婆ちゃんはクスリと笑みを浮かべ。
「実はね?
私の一番得意な魔法はこのドレインなんだよ。
だから見ておいで。」
そう不敵に宣言すると、スティックの先をシュパッと素早く動かした。
「ほぇ?!」
目にも止まらぬ早業とはこの事だ。
どうやら私に見せる為に、今まではゆっくりと魔方陣を描いていたらしい。
一瞬で魔方陣が完成した。
「で?残りはどうだい。」
「えーと、2!
スゴいよおばぁちゃん!」
ピョンピョンと跳び跳ねて興奮する私に、お婆ちゃんはクルリとスティックを回してスタンと腰に直す。
まるで女ガンマンみたいだった。
スッゴク格好良くておおー!と、口が大きく開く。
「まぁこれは弟子入りした直後の初歩に習う基本魔法の一つだからね。
これぐらいの芸当は楽勝になれなきゃ、下級の魔女にすらなれないのさ。」
「ほおおおー!」
「何せこの魔法が命綱になるんだよ。
だからシッカリと覚えておきな。」
「うん!わたしもやりたい!!」
キラキラと瞳を耀かせる私にお婆ちゃんは目を細める。
「それじゃ頑張りな。
まずは円を描く練習から初めて、色んな図形や文字を覚える事からだねぇ。
魔法を使える様になるまでの間、沢山の勉強が必要なんだよ。」
「すぐにつかえないの?」
「やってみたら分かるさ。
7歳になるまでの間に全部覚えたら、お婆ちゃんが良い先生を探しといてやるよ。
魔女や魔術師はね。
どんなに金持ちだろうが貴族だろうが、師匠に弟子入りして修行することから始まるんだからね。」
「おばぁちゃんにでしいりできないの?」
「資格が必要なのさ。
お婆ちゃんは下級魔女になるのが精一杯で、弟子を取る資格を持って無いんだよ。」
「えー、ざんねんだねー。」
つまり今は幼稚園にあたる保育期間と言う訳か。
7歳で小学生だと考えると、先生が免許を持ってるのも納得の行く話よね。
「それだけ厳しい世界でね。
見習いで終わる奴なんか山ほど居るのさ。
それに実力や金がなけりゃ、魔女に弟子入りすることすら出来ないからね。」
「うわー…、たいへんだぁ。」
「でもアミルはまだ恵まれてるんだよ。
才能を持ってる奴はとても少ないし。
下級と言っても魔女の私が家族にいるからね。」
「そうなんだぁ。」
「さて、そろそろ湯が沸けたね。
それじゃ薬湯を作るから、横で見ときな。
これもまた修行の始まりだよ。」
「うん!」
お婆ちゃんはどうやら私に英才教育を施すつもりになったらしい。
今までそんな素振りは全然無かった事を考えると、お母さんとの出来事が切欠だろうか。
厳しい現実を知ってるから、きっと生半可な才能じゃ教えてくれなかったかも知れない。
だって今の今まで魔法を使う姿を見せた事が無かったから。
それが嘘みたいな大盤振る舞い。
でもね?
私はまだ一度だってお婆ちゃんに、魔女になりたいとか言ってないから!
そりゃ魔女になる気はあったけど、これって完全に先走ってるよ。
お婆ちゃんの期待がやたらと重い。
これが普通の子ならグレても可笑しくは無いんだろうけれど、幸いにして私は普通じゃ無かった。
でもまぁ、それもあってグラはこの家庭をお薦めしてくれたんだろう。
魔法が有ると知ったら使いたくなるよね。
どうして私がそう思うとグラが思ったのかは謎だけど、今までの子供達がそうだったなら辻褄は合う。
庶民で家族に魔女が居るのは、ひよっとしなくても珍しいみたいだし。
私が想像した以上に、魔女になるのって大変なのかな?
もっと気楽に魔法が使えるもんだと思ってた。
ちなみにお婆ちゃんが作った薬湯は魔力が350も有りました。
そりゃあれだけ悪阻が酷かったお母さんが飲める筈だよ。
魔力が高い方が美味しいんだよね?
薬湯って聞いたイメージから、美味しく無いのかと思ってたけど。
味見をしたらめっちゃ甘口な抹茶オレだった。
お母さん…あんた、何でこれは飲めるのに、スープは飲まなかったのさ。
むしろこれを飲んだ後なら、酸っぱいブルールぐらいしか欲しく無くなるよね。
「さぁて、練習の大詰めだよ。
アミル、その薬湯の魔力はいくつだい?」
私が心底呆れてたらお婆ちゃんから新しい指示が飛んで来た。
でもさっき、得意な魔法だって言ってたよね?
練習なんて必要ないよね?
「あんなにじょうずなのにれんしゅうするの?」
「そうだよ。
私には魔力の量が見えないからねぇ。
いつもは経験と勘でやってるが、アミルが見えるならその方が正確さね。
だから息をあわせなくちゃいけないだろ?」
「あ、そか。
あわせるれんしゅうなのね。
えーと…さっきは350だったけど、のんじゃったからいまは336になってるよ。」
「じゃあ15になったら合図をおくれ。」
「うん!」
「さぁて、いくよ!」
「あ、ちょっとまって!」
ピタッとお婆ちゃんがスティックを構えた所で慌てて止める。
「なんだい?驚いただろ。」
「えとね?いいほうほうがあるの。」
「ほぉ?どうするんだい?」
そりゃカウントダウン方式です。
突然止めろって言われても、いきなり言われたらそりゃずれ易いよね。
だから50を越えた所から10づつカウントしていけば。
「50!…40!…30…、20…19、18、17、16、やめ!
やったね!15でピッタリだよ。」
「あんたは本当に頭が良いねぇ…。
私しゃぁビックリだよ。」
「えへへ。」
目を丸くして驚かれた私は、照れくさくて笑って誤魔化す。
いやいや、これぐらいは普通だと思うんだけどな。
お婆ちゃんが段々と親バカならず婆バカになってる気がする。
まぁ2歳児の提案だと思えば、私の孫がこんなんだったら私だって親バカになるか。
でもすみません。中身はアラフィフなんです。
ぶっちゃけお婆ちゃんより年上なんです。
すみません。
全力でぶりっ子してるけどね!
「ふむ。これなら行けそうだ。
ついて来な。」
「おばぁちゃん?」
それから神妙な表情で頷いたおばあちゃんが、颯爽と歩きだす。
私はトコトコと先を行くおばあちゃんの後ろをついて歩くと、お母さんの居る寝室にたどり着いた。
どうやらさっきと同じ事をお母さんの身体にも、やろうと思ったらしい。
マジか?!
「そんなことしてだいじょうぶなの?!」
「魔力が枯渇しても死にやしないよ。
死ぬほどしんどくなるぐらいさね。」
「だめでしょ!
あかちゃんがいるんだよ!」
「このままじゃどうせアメリアは死ぬんだ。
赤子は成長してるんだからね。」
「それは…」
お母さんの目の前でする話じゃ無いと思う。
お婆ちゃんが豪快過ぎてスッゴク焦る。
「アメリア、覚悟を決めな。
あんたの娘が希望を見つけて来たよ。」
「お母さん…アミル…」
「これで効果がなけりゃ、お手上げだ。
今以上に赤子が大きく育つ前に降ろすしか無いね。
どうするんだい?」
ベッドに横たわっているお母さんの顔がヒドく強張る。
そりゃそうだよ。
お婆ちゃん、言い方!
「おかあさん、わたしたくさんかんがえたよ。
あかちゃんとおかあさんをたすけたいの。」
私は彼女の不安を何とかしたくて、お母さんの手を握りしめた。
こんな思い付きを試すしか手段が無いことが悲しい。
本来の医療行為は一か八かじゃ無くて、安全性の実験を何度も動物で繰り返して試して、初めて人で試すのだ。
「…うん。何をしようとしてるのかよく分からないけど、私も赤ちゃんを助けたいわ。
だから2人ともお願いします。
私と赤ちゃんを助けて下さい。」
お母さんが無理やり微笑みを浮かべて私の手をギュッと握り締めてくれた。
「おかあさんんん…」
「泣くのは後だよ。
シャンとしなアミル!
あんたが肝心の肝なんだ。
アメリアを殺したくなけりゃ、シッカリと鑑定するんだよ。」
それだけで泣けて来た私の頭をお婆ちゃんがペチンと叩く。
うぅ…スパルタだぁ。
溢れる涙を手でゴシゴシと拭うと、緊張に強張る硬さを解そうと大きな深呼吸をする。
だってこんなの恐怖でしかない。
例え上手くお母さんの身体から魔力を抜けた所で、それが本当に意味が有るのかも分からないのだ。
試して結果を見なてみければ、何もかも分からない状態だから、人生で初めて人体実験を行おうとしてるんだから。
こんな怖い話なんかない。
「アミル。アメリアと赤子の魔力は?」
「おかあさんが50で、あかちゃんが970です。」
ぞくりと肌が泡立つ。
だって昨日鑑定してから、また赤ちゃんの魔力が増えてたから。
少し前に初めて測定した時より100以上増えてる事になる。
「よし。それじゃ始めるよ。
アメリアの魔力が30を切ったらさっきの様に教えな。
10を目指す。
良いね、アミル。」
「は、はいっ。」
「いくよ!」
お婆ちゃんのドレイン魔法が一気に発動する。
お母さんの身体から水色の光が飛び出し、お婆ちゃんが持っている魔石に向かって吸収されて行く。
「おばあちゃんとめて!」
しばらくおかあさんのステータスを見てたら、異常に気付いて直ぐに魔法を止めて貰った。
「アミル、どうしたんだい?」
「へってない。
まって!
…うん。あかちゃんのもへってない。
どうして?
おばぁちゃん、まほうはちゃんとしてたよね?」
「!!
そうか!
あぁ、そうだよアミル!
ホラ魔石の魔力を鑑定しておくれ。」
お婆ちゃんの瞳が興奮でギラギラと輝く。
私は向けられた魔石の魔力を鑑定すると、15しか無かった魔力が590も貯まっていた。
確かに私達は先に食材の魔力を吸収してから此処に来た。
でも全てを合計した所で、590も貯まっているのは可笑しい。
あり得ないのだ。
「やはり魔法は発動しているね。
つまりアメリアから魔力が吸収されてるんだよ。」
「でもへってないよ。
どうしてへらないの?
こんなのおかしい!」
「それはアミルがまだ生まれたばかりで経験が少ないからだねぇ。
鑑定スキルが成長仕切れてないんだよ。」
「アミル、もうあかちゃんじゃないよ!
かんていいっぱいしてる!」
「似たようなもんだろ。
つまり数値以上の魔力をアメリアが持ってるって事さ。
だから体調を崩してると考えたら、辻褄が合うだろ?」
「あ…」
私は沢山鑑定して練習して来たと訴えたかったけれど、お婆ちゃんに鼻で笑って流されてしまった。
でもそれ以上の収穫を感じて、喜びと期待でお婆ちゃんみたいに興奮が高まって行く。
「まって…まって…どこをみたら…あ!
おばあちゃん!みえた!!
おかあさんのまりょくが50と50のよこに1780てでた!」
「スキルが成長したのかね?
良し!
それじゃ続けるよ。
アメリアの本来の魔力まで戻すんだ。
赤子の魔力にも気をつけておくれよ。」
「うん!」
そして続きが始まった。
私は集中しながら50/50(1780)と、表示が変化して現れたカッコの中の数値を注視し、赤ちゃんの方も頻繁にチェックを入れる。
てか赤ちゃんのHPが3しか無いのが怖すぎるよ。
ちょっとでもミスしたらすぐに死んじゃいそう。
ドキドキしながらまた数値のチェックをしていると、今度はお婆ちゃんの方が途中で魔法を止めてしまった。
「あれ?おばあちゃん?」
「こっちが満杯。」
見せられたのは白かった筈が黄色く光ってる魔石。
青色の魔力を吸い込んだのに、何故に黄色?
でもそれが鑑定の表示で、魔力が1000/1000と、満杯になってると理解する。
「は!こりゃぁ、良い儲けになること。」
「おばあちゃん?」
「こんな小さな魔石でもね、魔力が満杯の魔石は買うと1つで金貨30枚もするんだよ。
売り値は金貨20枚だがね。」
「え?!」
「空になっても壊れてなけりゃ金貨1枚で売れるのさ。
金を持ってる奴は、こんな小さな魔石は手間を惜しんで使い捨てにするがね。」
「おおう…」
「私はそう言った魔石に魔力を貯めて売って稼ぐ事で、何とか魔女になれたんだ。
それが悪いって訳じゃ無いが…。
まぁ、私にはそれが稼ぎの限界だったから下級止まりだったのさ。
上等な魔法を練習するのには時間も金もかかるからね。
でも私にはコレを使い捨てには出来なかったんだよ。」
複雑そうな笑みを浮かべたお婆ちゃんに、私も大きく頷く。
「おばあちゃんはなにもまちがってないよ!
だってだいじにのこしてくれてたから、いまおかあさんのちりょうができてるんだもん!」
「ははは!
たしかにそうだよ。
私はアミルのお陰で中級魔女になれそうだ。
そのためにも空の魔石を持って来るかね。」
それからお婆ちゃんは部屋から2つ空になった魔石を急いで持って来る。
「おばあちゃん、やめ!
おかあさんのまりょくがへってきた!」
「よし!」
そしてついに溢れた魔力を魔石で吸収したのか、お母さんのステータスに変動があった。
「アメリア、どうだい?」
「気持ち悪いのが無くなって、目眩や頭痛も取れたよ。
こんなにスッキリしたのは久し振り!
お腹が減っちゃったわ。」
そして顔色が良くなったお母さんの感想に、「やったー!」と、お婆ちゃんと手を取り合って喜ぶ。
まだHPが減っててお母さんの元気は本物じゃ無かったけれど、それはお婆ちゃんが回復魔法をかけて解消する。
「ははは!こりゃ良い。
魔力の使い放題だよ。
大儲けが出来るね!」
「おばぁちゃん、そういうのはいわないほうが…」
「何言ってんだい!
良いかい?
この治療法が確立出来て、アメリアが無事に赤子を産めたら、他の妊婦も助けられるんだよ。
しかも魔石を満杯にし放題さ!
治療費も取れて、魔石代も稼げちまうだなんて、こんな画期的な稼ぎが他にあるもんか!」
「だからそういうはなしじゃなくて…」
「あはは、アミル。諦めなよ。
お母さんは昔っからお金が絡むと人が変わっちゃうの。
魔女って言うよりも、根っからの商人だからね。」
「おおぅ…」
「はん!
上っ面だけ取り繕うより正直者で良いだろ?」
目がお金でギラギラとしてるお婆ちゃんの勢いにドン引きしてると、お母さんがクスクスと笑みをこぼす。
それに私が黄昏てるとお婆ちゃんが鼻を鳴らして開きなおった。
「全くこれだから魔女は止められ無いんだよ。
一攫千金を狙うにゃ、やっぱり魔女さね。
私の今までの苦労や努力は、今日のこの日の為にあったようなもんさ!」
爛々としながら力説している姿を見てると、私が思ってた魔女の世界となんか違う。
魔女ってお薬を作ったり、自然を相手にする感じの職業かと思ってたのに、なんだか競馬場かパチンコ屋に通うギャンブラーに思えて来た。
もっとこうファンタジーな世界を想像してたんだけどなぁ…。
夢よりも金な要素が多すぎるよ。
お婆ちゃんだからなのかな?
前の世界の時って、お金に苦労する事が無かったからカルチャーショックかも。
富豪のお嬢様じゃ無くて一般家庭だけど、両親がしっかりした人達だったから、看護師の専門学校までちゃんと出させてくれたし。
看護師もOLさんより給料が高くて、毎年海外旅行に行けるぐらいは稼げてた。
旦那は恥ずかしいけど医者だったしね。
いやもうちょっと普通じゃ無い旦那だったけど、医者だから選んだんじゃ無いよ。
出逢いはネットゲームだからね。
3勤務交代のせいで夜中に暇な時間を過ごすのに、当時はレンタルビデオ屋さんで映画を借りるしか無くて。
ほとんど借り尽くして暇になって始めたのがテレビゲーム。
そこからネットゲームを知って、パソコンを買ってきて、オンラインゲームにハマったのよ。
向こうは最初海外で暮らしてたし、まさかネットの友達が旦那になるとは夢にも思って無かったわ。
あ、ちなみに同じ日本人ですよ。
海外旅行は好きだったけど、旦那にまで異文化を求める度胸と出逢いはありませんでした。
今頃どうしてるだろうなぁ…。
娘と息子がもの凄く苦労している姿しか想像出来ない、と思った所で。
そう言えば向こうには私が居るんだったと、少し寂しくなった。
癖の強い旦那で、私も何でこんな奴と結婚したんだろう?って、我ながら疑問に思う事も沢山あったのよね。
海外に留学して医師免許まで取って大学の研究員をしてた様な人だったから、オタクのせいかコミュニケーション能力が壊滅してたのよ。
それで良くアメリカの大学で生き延びられたなぁって、つくづく不思議だったけど。
そんな奴がオフ会ではるばる日本に帰って来て、私と同じ病院に就職するとかもう。
職場で問題児になるのは当たり前だったのよね。
研究員には必要無かったコミュニケーション能力が、臨床では求められるんだから。
当時は病棟で外科ナースをしてた私は、ネットの友達だったせいで、そのトラブルの数々をどれだけ面倒を見させられたか。
帰国子女のせいで思った事をポンポン口に出すから、職場が何度も凍りついたよ。
今も覚えてる。
カンファレンスで先輩のドクターに痛烈な「え?なんでそんな簡単な事が分かんないの?ホントに医師免許面ってるの?」発言。
あのあとスッゴくそのドクターから恨みを買ってたのに、本人は全く怒られてる理由が分からず無神経に嫌がらせを自前のウルトラ技能でアタックし返すから、もう見てる方が可哀想だった。
先輩ドクターの方がだよ。
コイツまさか私の為にアメリカから帰国したのか、と。
あからさまなアプローチに、最初の頃は彼の好意がかなり気持ち悪かったけど、実際に一緒の職場で働き始めたら全然距離を詰められない草食男子。
むしろ対人トラブルを解決させるのに、周りから求められて私の方から積極的に関わらなくちゃならず。
仕事での頭脳や技術が一流な彼が、恋愛に関しては幼稚園児の方がマシかと思えるぐらいに奥手だったもんで、最後には痺れを切らした私の方から突撃したと言う…。
今考えても人生の黒歴史だよ。
お金でそこまで連想するのもナンだけど、取り敢えず稼ぎだけは有る旦那だったから、こんなにガツガツお金を稼ぐ環境は初体験なのです。
なんとなく前の家庭を思い出すと寂しくなって避けてたけど、人外か宇宙人だと思える様な大概な旦那と結婚しておいてナンだけど。
よもや本物の宇宙人に拐われる事になろうとは。
まさかあの旦那がグラの外郭だったとか言う落ちは無いよね?
うん。性格が全然違うもんね。
あははは…まさかよね?
私はすかさずボットモードにしてからアンドロイドモードまで、間髪入れずに移動する。
「ねぇ、ちょっとグラ。
話が有るんだけど。」
目を据わらせて超絶美形でニコニコしているグラの天使アバターに詰め寄ったけれど。
どうにも本体が現れない。
めちゃくちゃ怪しい…。
弘樹には両親もちゃんといたけど、アミルちゃんの事を思えば、それはアバターだったとしても可能な訳で。
グラがアバターとして弘樹に入ってたら、そりゃ優秀な科学者でも医師でも可笑しくは無い。
確かに私の知ってる弘樹と今のグラは似ても似つかない性格をしてるけど、弘樹が昔のグラなら時間と経験が多少の変化をもたらした所で不思議じゃ無いのだ。
むしろ今のグラが、私にバレ無い様に演技している可能性だって棄てきれ無い。
何故そう思うかって?
だって変でしょ、人選が!
何を基準に選ぶとしても、優秀な人の遺伝子を選んで使うべきだ。
何故私みたいに何処にでも転がってる様な一般人を素材にする必要が有る?
それに一番の疑惑が、私の記憶が途切れた瞬間の場所。
仕事で使ってる社用車だ。
そりゃ弘樹なら家庭に落ちてる髪の毛を集め放題だけど、そんなものを使ったら一発で弘樹がアバターだとバレちゃう。
だからカモフラージュとして社用車におちてたものを使ったとしたら?
大抵は内科のドクターが多いけど、脳外科の抗がん剤治療の患者さんなら弘樹も往診であの車に乗れる。
あり得ない話じゃ無い。
疑い出せば切りがないけど。
でも遺伝子の選択理由に性格が含まれるなら、自分が関わった経験の有る人が一番情報を集めやすい。
つーか私の知り合いで弘樹以外に宇宙人らしい性格の奴は居ないんだよ!
バックレてないで出てこいグラ!!!
いや、弘樹!!!
天使モードのグラは相変わらずニコニコとボットモードしてる。
チャット並みの返信も無い。
こっちが送らなくたって、思っただけで返信して来た奴が、だ。
「弘樹ぃ!」
私はアンドロイドモードなつみで、思いっきり目の前の美形を殴り飛ばした。
気持ちでは。
実際には拳を受け止められた上で、天使モードのアバターはニコニコしている。
ヒドイなぁ。
グラがチャットで返信して来た。
「ごたくは良いから今直ぐに目の前に来て。」
今は忙しくて手が離せないんだよ。
音もなくグラのコメントが頭の中に浮かんで来る。
「あんたはいつだって忙しいもんね。
でも違うでしょ?
嘘がつけないから、此処に来れないだけでしょ。」
そんな事よりアミルのアバターが呼んでるよ。
早く戻った方が良いんじゃ無い?
「そう…来れないのは弘樹があんたのアバターだったのね。」
例えそうだとして、何か変わるのかな?
「マジかよーーーー!!!」
私は頭を抱えて天を仰いだ。
誰か嘘だと言ってくれ。
日本人だと思って結婚した相手が、異文化じゃ無くて異星人とのコミュニケーションだったとわ。
今思えば思い当たる節が怒涛の如く押し寄せて来る。
そう言えば子供達を見ててね、って。
弘樹に留守番を頼んでお昼の買い物から帰って来たら、「言われた通りにちゃんと見てた。」って、子供がベランダに出て遊ぶのを、本当に眺めてるだけのあんたにキレて喧嘩したよ。
遊んで良いものだと勘違いして子供がベランダに出るのが癖になったら、転落事故に発展しちゃうでしょ!
しかもそれって完全にボットで子守りをさせてたよね!
そりゃ草食男子だよ。
火の玉ボディがベースの弘樹が、ふれあいなんか望む筈が無いよね!
そりゃ段々と求めてくれる様になったけど、基本的に淡白なアイツにどれだけヤキモキさせられたか!
そりゃ習慣が無いもんね!
火の玉ボディだもんね!
出るわ出るわ。
思い返せばボロボロと出て来る、今だから分かる弘樹の謎行動の意味。
なんで疑問に思わなかった?
そんなの頭が良いバカだと思ってたからだよ!
宇宙人だなんて思う訳無いじゃ無い。
両親が生きてちゃんと居たんだから!
騙されたああぁぁぁ!!!!
僕は一言も自分が地球人だなんて言って無いけどね。
グラの一人称を僕から私に偽ってた時点で、弘樹の事を私に隠す気満々だったわね!
一から関係をやり直すのも新鮮で良かったよ。
なつみが浮気するかなって、知りたかったし。
抱きついて来た時は、嬉しかったけど。
とても寂しかったよ。
あれは浮気のハグじゃ無いでしょ!
同じだよ。
僕じゃ無いと思ってたのに、君は他人に抱きついたんだから。
あんたが言ったんでしょうが!
オリジナルの私は生きてるって!
だから弘樹にはオリジナルの私が居ると思うじゃ無い!
それなのに弘樹に操を一生立ててろって言うの?!
僕はそうして欲しかったよ。
君の中でどれだけ僕が軽い存在なのか、よく分かる行動だったね。
どんだけ自己中が!
弘樹なのにも程が有るでしょ!
グラってまんま弘樹だったのね?!
なつみだって同じだろ?
アンドロイドのアバターも、アミルのアバターだって、全部同じなつみだ。
「良いから出て来なさいよ。」
嫌だよ。
子作りしてる暇なんか無いし。
こっちにも事情が有るんだ。
じゃあね。
「ちょっと弘樹!
てか誰が子作りなんかするかー!
なんでこの話の流れでそうなるの?!
宇宙人なのにも程があるでしょ!
てか、ホントに宇宙人だったー!」
それさぁ…、例えで言ってるの分かってたけど、ホントはハラハラしてたんだよ?
だから止めてね、その口癖。
それと油を売って無いで早く戻りなよ。
「…どういう事よ。」
戻れば分かる。
パニックを起こしててそれ所じゃ無かったけど、グラの言い回しが何となく気になってアミルに戻った。
すると一気にボットから情報が流れて来て、目をぱちくりと瞬かせる。
私は今地下に有る食糧庫に居る。
私だけじゃ無い。
緊張しながらお婆ちゃんはスティックと魔石を握り締めてるし、お母さんは冷たい床石に座って、毛布ごと私を抱き締めながら震えている。
お父さんは斧を。
お爺ちゃんは短剣を構えて地下室のドアを凝視していた。
地下倉庫には私達家族の他にも、商人のお客さんが10人ほど避難している。
外敵が森から攻めて来たからだ。
確かにパニックしてる場合じゃ無かった。
グラが焦ってたのはこの事だったんだ。
都合が悪いと直ぐに逃げる弘樹の悪癖かと思ってた。
でもこのタイミングを、これ幸いと利用してそうだけどね。
アイツ、マジで追及してやる。
私を再生したタイミングが怪しすぎるんだよ。
何で仕事中の私が落とした素材なんかで、私を作ったの?
弘樹なら他のタイミングで落とした素材を使い放題よね。
なんならお婆ちゃんになった頃のを使ってくれたら良いのに。
若すぎても困るけど、せめて子供達が巣立ちした後なら、文句は無かったんだけど。
弘樹ならそんな私の事情も分かってそうなもんなのに、中途半端過ぎるのよね。
ドンドンと分厚いドアの叩かれる音に、私はビクッ!と肩を揺らす。
「俺だ!開けてくれ!」
どうやらゲルマンさんが避難して来たらしい。
お父さんがドアの鍵を開けると、ゲルマンさんの他にも、マルクスお兄ちゃんや従業員らしい人達が15人ほど入って来た。
てかこの倉庫、広いな!
むしろ避難所として使える様に食糧を置いてあるみたい。
でもひょっとしたらそうなのかも。
防空壕扱いかな?
「ふう…、バッファルの他にもセベクトも何匹か居るらしいぞ。」
「そうか。無事に終われば良いがな。」
「いつもの事とは言っても、今回はちょっと数が多くてヤバいらしい。」
「領主様が中央に連絡してるだろ?」
大人達の会話を聞いて、大変な事になってるんだなぁ。
とは伝わるけど、やっぱり弘樹に誤魔化されてる感がヒシヒシとして来た。
だって、戻った所で子供の私に出来る事なんて無いよね!
「おかあさんだいじょうぶ?」
「うん。アミルのお陰で楽になったから…」
いや、違った。
あったわ、私のお仕事。
ステータスを見ると、お母さんの身体にまた魔力が溜まりつつある。
「おばぁちゃん、おかあさんのまりょくがたかくなってる。」
「マズイね。今はあんまり魔法は使わない方が良いんだよ。
バッファルを呼んじまうからね。」
「だいじょうぶよ。まだ平気だから。」
お母さんは気丈に微笑んだけれど。
ランプの明かりのせいか、顔色があまり良く無かった。
食糧倉庫だから冷え込みが有るせいかも知れない。
私はお母さんの身体にくっついて、人間湯タンポになりながらステータスを睨み付けた。
HP96/180
MP50/50(690)
まだ空にして一時間も経って無い。
それに満杯にしたHPも随分と減ってる。
「おとうさん、おかあさんがたべれるもの、なにかないかな?」
まだ赤ちゃんがエネルギーを消費している事を否定出来ない。
MPの回復量を考えると、むしろその可能性が高い気がするのだ。
「しまった、アメリア!」
おばぁちゃんが何かを思い付いた瞬間。
ドン!とドアから大きな音が響いてビックリした。
「今のアメリアは魔石と同じだよ!
だからバッファルが来たんだ!」
全員が緊張感に満ちながら、キーンと甲高い音を立てて虹色に光るドアを見つめる。
「魔法なら弾ける!
けど古いから打撃には保たないよ!」
「ちくしょう!」
お父さんが毒づいて斧を握り締めた。
お爺ちゃんも見たこと無いぐらいに険しい顔をしてる。
ゲルマンさんもマルクスお兄ちゃんも、それぞれ剣を構えてドアを警戒している。
「おばぁちゃん、はやくまりょくを!
このままじゃおかあさんが狙われちゃう!」
「クッ…こうなりゃ仕方が無いね。
私はアメリアに集中させてもらうよ!
アミル!」
「690!」
「行くよ!」
おばあちゃんの魔法が発動した瞬間、メキメキ!と、ドアが音を立てる。
削がれそうになる意識を無理やりおかあさんに固定して、ステータスを睨み付けた。
「10,9,8…ヤメ!」
そして丁度ドレインの魔法が終わった瞬間、バキ!と大きな音を立ててドアが壊れた。
「ガルルル!」
獰猛な犬の唸り声が聞こえて、私は仕事が終わった余裕から反射的にそちらに顔を向ける。
「え…」
そこには灰色の毛並みをした子犬が、犬歯を剥き出しにして威嚇していた。
でもこういったらナンだけど、サイズが小さくてめっちゃ可愛い。
「ガルルル!ガウ!」
子犬が更に身体を沈ませたかと思った瞬間、弾かれた様に私達に向かって飛びかかった。
「させるかぁ!」
お父さんの斧が大降りしたけど、的が小さくて当たらない。
て、言うか。
振り抜くのが遅くて全然タイミングが合って無かった。
気合いだけは充分だったのに残念過ぎる。
「フッ!」
「きゃいん!」
そしてそこをフォローしたのはお爺ちゃん。
でも短剣を持ってたのに、気合いと共に拳で殴って床に叩きつけてた。
短剣の意味は?!
てか鳴き声も可愛い!
それでも続々と壊れたドアから、灰色の子犬が入って来る。
全部で5匹。
全員毛並みがコロコロとしている。
ピンチな筈なのにあそこに混ざりたい!
モフモフした後で頬擦りしたい!
私は1人で興奮してハァハァしちゃう。
そんな場合じゃ無いんだけど。
てか子犬が死ぬ所を見たくない。
なのでミルを頂く事にする。
「きゅぅぅん…」
あれだけ獰猛に唸っていた子犬達が、次から次へと転がって行く。
今のウチに撫でに行かなきゃ!
なつみ。
バッファルは地球の子犬とは違うからね?
君の指ぐらい楽に噛み千切るから、絶対に近寄らないように。
なにそれ怖い!
クソ!目の前に楽園が転がってるのに!
「な、なんだ?コイツら急に動か無くなったぞ?」
「何でも良いから今のウチに始末するぞ。」
ああぁ!
お父さんが警戒して眉間に皺を寄せていると、お爺ちゃんがあっさりと短剣を振り下ろす。
そこで短剣使うんだ!
てか止めてー!
モフモフがああぁ!
でもてっきりスプラッタになるかと思いきや、短剣が刺さった瞬間。
金色の光る泡になって子犬が消えて行く。
そして残ったのは、小さな牙。
ホワイ?!
え?光になって消えちゃったよ?!
バッファルは精霊の要素が強いからね。
死ぬとそうなる。
だから魔力に引かれて集まって来るんだよ。
ほほぅ。
何だかゲームみたいだね?
スプラッタは抵抗値有るけど、好きな訳じゃ無いから助かるよ。
てか、あんた今普通にしゃべりかけて来てるけど、時間が有るならアンドロイドの方にちょっと顔を貸しな?
ボットに出来る余裕は無いよ。
それよりそっちに大きいのが行ってる。
気をつけて。
そいつは…。
「グア!」
「セベクト?!」
「チッ…おい!サーチルしっかりしろ!」
グラの説明の途中で突然お父さんから血渋きが上がる。
ハッとして壊れたドアを見ると、赤黒い毛皮の中型犬がゆっくりと侵入している所だった。
お父さんとまだ距離が離れてたのに何で?と、思っていると。
今度は薄い緑色の光りが迫って来るのが見えた。
と、思った瞬間。
お爺ちゃんやゲルマンおじさんまでが血塗れになる。
前に見たお父さんの怪我と同じ形の裂傷。
どうやら今回の中型犬は魔法で攻撃が出来るらしい。
厄介な!
そう気付いた時にはミルを吸っていたけれど。
どうやら向こうも気付いたらしく。
倒れたお父さん達を無視して、私とセベクトの真っ赤な目が合った。
キン!と、ミルの吸引が弾かれた感覚に、驚いて目を見開く。
え?!
戸惑った次の瞬間。
ずわ!っと、悪寒で肌が泡立ち。
力を奪われる感覚が続いて頭が混乱する。
「ギャン!」
私と目があった個体が次の瞬間、軽やかに移動するのと同時に、側にいた別のセベクトが悲鳴を挙げた。
「ガフ!」
でもその個体も逃げた先で、黒い何かに貫かれて消え失せて行く。
酷い吐き気と頭痛に涙が浮かぶ。
息が苦しくて、それでもお母さんの腕の中から、私は壊れたドアの場所を凝視する。
視界がボヤけててうまく見えない。
「ナンだ。ゴミの巣窟では無いか。」
「マハト、言葉が悪いよ。」
それでも全体的に黒い服を来たマハトと呼ばれた超絶美貌のゲルダの後ろから、姿を現した男性に意識が奪われた。
「フン。ゴミはゴミだろ。
何故このような汚ならしい場所に我らが訪れる必要が有る。」
「嫌ならついて来なければ良かったのに。
勝手について来といて、文句を言わないで欲しいな。
と、それよりも…」
クルクルとした柔らかそうな所は違うけど、お母さんやお婆ちゃんと同じ薄い茶色の髪を、後ろで一つに束ねてる。
少したれ目な茶色の瞳には不思議な形の眼鏡をかけていた。
何処にでも居そうな容貌をしているその人は、明らかにピルプル特有の色を纏いながら、それでも存在感がまるで違う。
あ、弘樹だ…。
私が意識を失う少し前。
彼の姿を見て、そう直感した。
本来の弘樹とはまるで似ても似つかない姿をしているのに、アンドロイド姿のグラよりも明らかに彼には弘樹の面影があった。
眼鏡がオタクのイメージっぽいせいかな?
…ヒドイなぁ。
一目で直ぐに気付くだなんて。
そう言う所、いつだって君は反則だよね。
あーぁ、しらばっくれるつもりだったのになぁ。
そんなボヤきを肉声では無くて、頭の中で聞きながら私の意識がブラックアウトした。
…あれ?
目の前に金色の炎がユラユラと揺れながら佇んでいる。
アミルから自力で戻ったつもりは無かった。
いつもならアミルで意識を失えば、そのままアミルの中で寝ているのに。
と言うかアミルに再ダイブもアンドロイドに移動も出来ない。
しばらくそこで休んでて。
アミルの身体がミルを奪われたんだ。
こっちを今調整している所だから、少し我慢して。
少し怒った様な。
矢継ぎ早なグラからの説明に、私は思わず息を飲む。
何故ならミルはグラの種族しか知らない未知のエネルギー。
それを使える個体が別に存在しているなら、それは奇妙な話だろう。
そう言えばあのセベクトがそうなんだろうか。
明らかに抵抗された感覚をしっかり覚えてる。
ゾワッと恐怖に肌が粟立つ。
此方からミルを吸い取るのを抵抗されて、逆に吸われたのは初めての経験だった。
そして思う。
私を襲ったのとは別の個体が黒い何かに貫かれた時は、バッファルと同じ光になって消えたけど。
私を襲ったセベクトが消滅する時は、チリになって消滅していた。
これは予想でしか無いけれど、グラが何かをしたのかも知れない。
私に出来ない事でも、グラなら何とかしそうだし。
あの消え方はミルを吸いすぎた時に見せて貰った消滅と同じように思えた。
私はまだアバターで死んだ経験が無いけれど、ミルを奪われて死んだらどうなるんだろう。
グラがあんなに怒って焦ってるんだから、ひょっとし無くても危なかったのかも知れない。
自力で火の玉ボディに戻ったつもりも無いから、グラが緊急退避させてくれたと考えれば、今の私の不具合も納得が出来る。
まぁそれは分かったよ。
勉強してれば良いんだろうけど、とてもそんな気分になれない。
だって気になるでしょ!
無言で揺れてるグラのボディを眺めてるしか、他にすること無いとか暇なの!
グラを眺めたり、左手に有る惑星に癒されたりしていると、本当にイライラが募って来た。
お父さん達が心配な事は有るけれど、グラがフォローしてくれてると思う。
あの場に私が居た所で役に立たないから、それが少し切ないけど。
皆が無事ならそれでも良い。
じゃあ何でイライラしてるのかと言えば、怖かったから。
アンドロイドの方に行けたら、天使モードのグラにしがみついてると思う。
中身が弘樹なら、もう遠慮しなくて良いかと思えば尚更だった。
「違うよ。
弘樹は地球でのアバターなだけで、私はグラだ。」
「弘樹ぃぃーー!!!」
「だから弘樹じゃ無いってば。」
「アンドロイド!アンドロイドの方に行こ!」
「嫌だよ。
どうせなつみは抱き付きたいだけだろ。」
「別に中身は弘樹ナンだからどうでも良いでしょ!」
「中身はグラだよ。
君は松田夏海じゃ無くて、なつみだ。
私が私だけの為に作った、夏海の記憶を持つ私のなつみだよ。」
「出た!訳の分かんない理屈と拘り!
やっぱり、まんま弘樹じゃん!」
黄色い炎に飛び付きたい心境も何のその。
淡々と会話を求めてるグラに苛立ちが募る。
「だからそれは中身が僕なだけで…」
「僕って言ってる。
やっぱり弘樹じゃん。」
「な…なつみが弘樹、弘樹って連呼するからだろ!
止めろよ!止めてくれよ!
だから君は嫌いなんだ。
無神経で図々しくて、僕の言う事なんかちっとも聞きやしない!
僕はグラで弘樹じゃ無いんだ。
思い出させるなよ!
そうじゃ無きゃ冷静でなんか居られないだろ!
だって僕はとうとうやり遂げたんだ!
どれだけ大変だったか分かるかい?!
あぁ…夏海だ。
僕の夏海とようやく逢えた。
僕はやり遂げたんだ。
ついに僕は!
…ダメだ。まだ油断しては。
落ち着け落ち着け落ち着け…」
喜びと怒り。悲しみと興奮。不安と焦り。
様々な感情が目の前のグラから溢れだして来た。
私が呼び出してから直ぐに来れなかったのは、どうやらこの状況に不安があったらしい。
「で?そうやってパニクってる本音の所は?」
「………………あぁ…この感じ、やっぱり夏海だ。」
「有るわよね?
私に弘樹の事を隠そうとした理由が。」
「君は夏海だけど、オリジナルじゃ無いんだ。夏海の記憶を持った、僕の作ったなつみナンだよ?」
「だから何?
私は私よ。コピーだろうが関係無いわよ。
つまりアンタまたやらかしたね?
私に叱られる様な何かを仕出かしたでしょう。」
ヤバい!
と、グラから焦りと喜びの感情が同時に伝わって来た。
「君に僕が叱られる筋合いなんかないよ。」
怒りと喜びも同時に伝わって来る。
焦りながら喜んだり、怒りながら喜ぶとか。
情緒不安定な上に忙しい奴だな。
でも確定した。
コイツは私に叱られる何かを、確実にやらかしてる。
「だから今はこんな事してる場合じゃ無いんだってば。
だから嫌ナンだよ。
君が居ると全てが予定通りにいかなくなる。」
最後に諦め、悔しさ、悲しみと特大の喜びが同時に伝わって来て、私は火の玉ボディから突然移動させられた。
グラが何をそんなに喜んでいるかは分からない。
でも私の意識はダイジェストで送られて来る、アミルの情報に意識を奪われていた。
私は弘樹のこんな所も嫌い。
いつもそう。
巧妙な手段でいつも煙りに巻いて、私の怒りから上手く逃げて行く。
でも私も弘樹の事をとやかく言えないか。
だって弘樹に逢えた。
怒ってるのに嬉しいだなんて、我ながら矛盾しているけど。
これは紛れも無い本心。
オリジナルが居るから家族の元には戻れないと聞いて、諦めてたからよけいに彼に逢えて嬉しかった。
だからだろう。
気が付いてアミルからの情報が終わった後で、私は青年の身体にしがみついている。
ふわふわで柔らかく見えてたけれど、首に巻き付けた腕や手の甲に感じた手触りは、少し真があって固かった。
でも暖かい。
アンドロイドでは決して味わえない人肌の温もりと柔らかさに、私は涙が止まらないでいる。
白くて硬いローブの肌触りとか。
弘樹よりも筋肉質な身体の厚みとか。
体臭にお婆ちゃんと同じ薬草の匂いが混ざってるとか。
弘樹、弘樹、弘樹!
弘樹との違いに失望を彼の身体に感じても、首筋にシッカリとしがみついてはボロボロと涙をこぼしていた。
「おい!生ゴミ。
いつまでそうしているつもりだ?!
早くオズから離れろ!」
突然私に黒い腕が伸びて来たけれど。
私が何かをする前に、弘樹が動いてそれから逃れた。
…だから私は弘樹じゃ無いから。
間違ってもそう口に出して呼ばないでよ?
怒った様なイライラとしたグラからの忠告に、それでも彼が心の底から喜んでいるのは伝わって来る。
「オズ?!」
「うるさい。マハト。
邪魔をするなら上に行って外で待ってて。」
青年から凄まじい殺気が飛ぶ。
そりゃ、私と弘樹からすれば久し振りの逢瀬を邪魔されたのと同じ。
私からしても感覚的には一年ぶり。
しかももう二度無いと諦めてたから、感動もひとしおだった。
弘樹からすれば具体的には聞けて無いけど、冷静な彼があれ程混乱している所を見れば、今のこの瞬間の為だけに、途方も無い時間と計画を立てていた筈。
それを知らないとは言え、邪魔をすれば弘樹が怒るのも私にだけは納得の行く話だった。
「何故我がオズから離れる必要がある?!
我はオズの護衛だぞ!」
「もう外敵は此所には居ないよ。
暇つぶしに外のを始末して来てくれても良いんだけど。」
「我がオズを残して離れるなどあり得ない!」
「フン。
だったら余計な手は出さないように。
私の邪魔をし続けるなら、ハルフトマン家との付き合いは今日これまでだ。」
「?!」
「何代か前の奴にも言ったけど。
此所で知った情報は他言無用でよろしくね。」
「分かった。
ゴミを全て始末しろと言う指示か。」
「そうじゃ無くて…」
ハァ…と、弘樹。
じゃ無かった。
青年が憂鬱そうな深いため息をこぼす。
何が彼をそう駆り立てるのか。
弘樹に怒られたと思った黒い彼が、焦りの余りにとち狂った方向で熱意を燃やし始めた。
何やらいきなり物騒な雰囲気を、周囲に向け出した全身黒ずくめの美丈夫に、怪我人の治療をしていたお婆ちゃん達の緊張がピン!と高まって行く。
涙で雲って良く見えないけれど、お父さんもお爺ちゃんも無事だったらしい。
血塗れにはなっているけど、お婆ちゃんから治療を受けながら、一塊の場所で私の様子を遠巻きにして伺っていた。
何故私が1人だけ青年に抱かれているかと言えば、死にかけていた所を彼がお母さんと交渉して私の身柄を受け取り。
今まで治療してくれたからだ。
そして意識を取り戻した私が、青年の首筋に抱き付いて泣き始めたせいで、黒づくめの美丈夫が怒ってキレたと言う訳だった。
私に怒る理由は分からないけど、黒づくめの彼なりの理由が有ると推察している。
「これは極秘にしてたから、口にするのは思いっきり不本意だけどね?
君の物分かりが悪いからトラブルになる前に、仕方無く言うよ。」
苛立ちを隠そうもせずに、弘樹は黒づくめを威嚇して睨み付けた。
「此所は私の生まれ育った実家だ。
今私が抱いてるこの子は遠い親戚の子供か何かで、恐らくその人達の中には私の親戚が沢山居る筈だ。
だから余計な真似は慎んでくれると嬉しいよ。」
「理解した。
そうか。オズの生家はヴァインズにあったのか。」
「絶対に広めないでくれよ。
うっと惜しい事この上無いから。」
「それなら親族を除外したゴミは始末した方が良いのでは無いか?
この場の全てが親族では有るまい。」
「ねぇ、客に手を出すとか私に実家を出禁にされろとでも?
言っておくけど、問答無用で君にそうさせない為に、わざわざ私はそれを説明したんだけどね?
此所まで不利益な事をさせられた上でそれをするなら、本気で切るよ?」
「ぬ、理解した。善処しよう。」
美丈夫が思いっきり縮み上がってる。
可哀想に。
彼がこんな風に行動する事を把握した上で、弘樹はきっと彼を利用する為に連れて来てる。
極秘と口に出して、皆の注意を引いてるのもわざとだろう。
だって本当に極秘で秘密にしたかったら、弘樹なら単身で此所に来てる筈だ。
恐らく私と深く関わる為に、自分の優位さをこの黒づくめを使って私の保護者達に周知してる。
自分で自分が偉いと言うより、偉そうな人に偉い人扱いさるた方が信憑性が有るもんね。
相変わらずあざといわぁ、弘樹。
全部君のタメなんだけど?
そうやって私の好感度を上げようとしてる見え見えな所がもの凄くウザい。
誤魔化されないぞ!と、ジト目で横顔を睨めば、弘樹が小さく身震いして黒づくめに向けてる笑みを深める。
何をそんなに喜んでるのか知らないけど。
変態の匂いがして、やたらとキモかった。
スキンシップに淡白だった奴が、私を抱いてる腕に力が入れてる所が、執着の現れでしかない。
お母さん!
治療の為だって騙されて知らない人に私を渡したらダメでしょ。
コイツは根っからの変態ですよ!
しかも計画犯で完全犯罪をやらかすタイプの悪質な犯罪者です!
まぁ、無駄なのは知ってるけどね。
実際にそれを私が喋れない状況からして、全てが弘樹の思う壺なんだし。
先輩ドクターの件も似たようなもんだった。
弘樹の立場を固めるのに利用されてたからね。
頭の良い人がやらかす犯罪って、全然犯罪に見えないからタチが悪いよ。
何も知らなかった私に子作りの楽しさと愛を教えてくれたのは夏海だけどね?
あぁ、黒歴史!
ニヤニヤと。
滅茶苦茶嬉しそうなニュアンスを彼から感じて、心の底から後悔する。
こんなヤバい奴だと分かってたのに、どうして私は突撃してしまったのか。
思えば若気の至り以外の理由は、他に何も無かった。
「あ、あの…、助けて頂いてありがとうございました。」
お母さんが勇気を振り絞って私を取り返しに来てくれた。
ガタガタと見るからに震えて顔色も悪い。
「私がしたくてやった事だから気にしなくて良いよ。
でもそうだね。
もうしばらくは、この子の様子は見守り続けたいな。
私は鑑定スキルを持っているから分かった事だけど、この子には生まれつき持ってる特殊なスキルが沢山ついてるよ。」
「え?!」
詐欺師も真っ青な迫真の説得力で、弘樹はニコニコとお母さんを煽る。
「気付いて無かった?
どうやらさっきはセベクトに攻撃して、反撃を受けてたみたいだよ。
他に変な事は何か起こって無いかな?」
外敵にこっちから攻撃して反撃されたのは紛れも無い事実。
今まで逐一私を観察している弘樹からすれば、私が此所に産まれてからずっと何をしたのか、完全に把握している。
嘘は一つも言ってないけど、見事に騙しに入ってるとかプロの詐欺師の技でしょが。
「あ…」
お母さんが顔色を真っ青にするのと同時に、お爺ちゃん達の集団がザワリとざわめいた。
「そういや、いきなりバッファルが動かなくなってたのって…」
「アミルが何かをしてたって言うのかい?」
お父さんとお婆ちゃんが弘樹を警戒しながらも、そう口々に呟くと。
弘樹はコクリと小さな頷く。
「まだスキルでしか無いから魔法と違って具現化はされて無いけど、彼女はセベクトにドレインをかけてたみたいだったよ。」
「何て事!」
「バッファルなら反撃は受けなかっただろうけど、セベクトには耐性が有るからね。
そりゃこんなに小さな女の子なら、競り負けて死にかけても仕方が無いよ。」
お婆ちゃんが悲鳴染みた声を挙げると、弘樹が神妙な口調で先ほどの出来事を説明して行く。
もうこの時点で黒づくめの男が与えた警戒心が皆の中から吹き飛んでいた。
さながら不思議を解明する賢者様の登場。
しかも立ち振舞いが偉そうな黒づくめを萎縮させる上位者な上に、この家の生まれを名乗っている。
受け入れられない筈が無いよね。
計算づくの行動なんだもん。
つーか、あのセベクトはよもや弘樹のアバターじゃ有るまいか?
そう言えばボットにするしか無いとか言ってたけど、知能が低くても単純行動の取れるアバターなら作れるんだよね?
それは誤解だよ。
技術的には作れるけど、私がなつみを消滅の危険に晒す筈が無いだろう?
あれは私が作ったボットじゃ無いよ。
むしろ私とアミルとの接触はまだ先の予定だったんだ。
それを狂わせてくれた部外者が居る。
弘樹から怒りと苛立ちのオーラが伝わって来た。
恐らくその部外者さんは、近いウチに黒づくめの彼以上の酷い目に遇わせられるだろう。
弘樹の怒りを買うとはそう言う事だ。
南無。
反射的に祈ってしまう。
なつみは本当に酷いよね。
どうして自分を危機に陥れた奴の同情なんてするの?
それに助けに来た私に感謝しないで、そうやって非難するだなんて理不尽だよ。
それは弘樹の頃の行いが悪かったからだよ?
向こうが可哀想になるぐらいに、徹底的に潰すでしょう。
そんなの当然だよね?
どんな生物だって生存競争なら許される行為だ。
うん、弘樹は何も間違って無いよ。
だけどさ。
見てると逆に可哀想になっちゃうんだよね。
そう言う夏海の偽善的な所は理解が出来ないよ。
とても不愉快だね。
うーわ、滅茶苦茶怒ってる。
しかもこれには喜びが含まれて無いから、本気で私に苛ついてるらしい。
まぁ自分でもそれは納得出来るから、首筋にしがみついて頬擦りしながらスリスリとゴマを擦っておいた。
弘樹が負けないって分かってるから、安心してられるんだよ?
そうじゃ無きゃ、こんな呑気な事なんて言えないでしょ。
……フン。
ズルいよね。
君は何時だってそうやって自尊心を擽るんだ。
少しは反省して偽善的に物事を考えるのは止めた方が良いよ。
クドクドと愚痴ってる割には、喜びのオーラが大盤振る舞いだった。
うん、こう言う単純な所が昔から可愛いかったんだけどね。
我ながら私は性格が悪いとは思う。
だが反省はしない。
何故なら私はそれを含めて私だからだ。
開き直ってるとも言うけど、人間なんてそんなもんだよ。
「取り敢えず外が落ち着くまでは警戒するしな無いんだけどね?
お誂え向きに此所は宿屋だろ?
だからこの宿の一番良い部屋に案内してくれるかな。
親族だけで今後の話がしたいんだ。」
弘樹の提案はこの場では神様の命令でしか無い。
深くは知らないけど、黒づくめの彼は私達を襲って来た外敵を楽勝で倒した。
そんな彼が弘樹には完全に下手に出ている。
そして弘樹は自分の情報を極秘にしたいと予め予防線を張っていた。
もう理由を上げれば切りが無いけど、弘樹が自分の都合で計画通りに物事を運ぶのはいつもの事。
その上でどれだけハプニングが起こった所で、完全に調整して進行は妨げさせない。
私がそんな彼に振り回されてどれだけ鍛えられて来たか。
あぁ…愚痴をこぼした所で意味は無いけど。
どうやら私は死んでも弘樹から解放されない事が、この数時間の間に確定してしまった。
死因が何かは分からない。
でも弘樹が血眼になって私を甦らせたとすれば、きっとそう言う事何だろう。
そして当然の様に、奴は子供達の育児を放棄しやがったに違いない。
まだ高校生と中学生だったと言うのにだ。
ちゃんとお金は渡してたよ?
私は青年に抱き付く振りをしながら、ブチブチと首裏に生えてる産毛を抜いてやる。
知ってるか?
金だけ払えば育児を放棄して無いとは言えないんだぞ?
「落ち着いた様なのでお嬢さんをお返ししますね。」
「あ、はい!ありがとうございます!」
物凄く痛かったのだろう。
あっという間に私はお母さんに差し出される事になった。
チッ!また逃げたな。
まぁ良いよ。
お母さんが本当に喜んでるからね。
なつみが可愛い過ぎてとても興奮するよ。
きっとろくでもない事を企んでいるだろう弘樹から、脅しが飛んで来たが。
そんなのに一々屈していたら、コイツの嫁なんかやってらんない。
「壊れたドアの代わりに物理的にも通れない結界を張っておくよ。
その代わり中から出たら解除するまで中に戻れないから気を付けてね?
お嬢さんに所縁のある親族の方は全て私と一緒に来て下さい。
その方が安全でしょう。」
訳すると、取り敢えず義理は果たすが後の事は知らん。勝手に外に出ても良いけど、後は自力で生き延びるように。
アミルの身内は守ってあげるよ。
って、所かな。
こうして私の親族は、問答無用で特殊な最上階の一室に向かう事になった。
この建物に住んでる私でも、金貨のお部屋が有ると説明はされてたけど、一度も中に入った事が無かった場所。
そこは中庭からしか入れない通路の一番奥にある箱に乗って移動する。
つまりエレベーターでしか行けない場所らしい。
3階建ての更にその上がそのフロアだった様で、建物としては四階に位置している。
つまりこの最上階の殆どを陣取ってる巨大な部屋の内装の凄まじさ。
どうやらグラは良くこの場所を利用していたんだろう。
長年掃除しなくても埃が貯まらないと言う魔道具とか、空調を完備している魔道具とか。
文明の利器をこれでもかと言わんばかりに、この部屋には使われている。
「おお!こんな小汚ない宿の癖に、意外とやるでは無いか!」
黒づくめの失礼な奴が、感激しているぐらいには、ここの設備は異常なのだろう。
そりゃこんな江戸時代的な文明の所に、現代のの文明を持ち込めばこんな風にもなる。
理解は出来るが小汚ないって言うな。
お爺ちゃん達が一生懸命、毎日お掃除してるんだからね?
このフロアの事は知らないけど。
「…アミルの事をあなた様に相談しようとは思っておりました。」
「報告が遅すぎるのは危険だよ?
それともまさか異常に気付いて無かったとでも?」
「大変申し訳ありません。」
あんなはすっぱな喋り方のお婆ちゃんが口調を改めて、深々と頭を下げながら冷や汗を流している。
お爺ちゃんも同様に頭を下げて謝っているのを、お母さんとお父さん。
それにゲルマンさんやお兄ちゃんが、異様な光景を見てると言わんばかりに、ポカンと口を開けながら硬直していた。
一番大きな部屋に有る立派なソファーに腰かけて、足を組んで頬杖をついている青年は。
見かけは平凡そうな姿をしているのに、アンドロイド天使アバター顔負けの、貫禄と王様オーラを嫌味なぐらいに放っている。
「代々伝わる様に当主には言い含めていた筈だけどね。
特殊なスキルを持つ子供が産まれたら、私に連絡するように、と。」
「御言葉の通りに御座います。
ですが鑑定スキルがそれに該当するとは断定が出来ませんでした。
様子を伺うつもりで…」
「違うでしょう。
彼女の有能さに君は気付いて、それを利用しようと思ったんだよね?
まぁあんまり責めて彼女に嫌われるのは理不尽だからしないけどさ。
下手して殺してたらどれだけの損失か、言わなくても分かってくれる理解力は、当主に欲しかったなぁ…」
「た…大変申し訳ありませんでした!」
あんまりにもお婆ちゃんがペコペコしてるのも嫌だし、何よりもお母さんの顔色が悪いのが一番の心配事だった。
「おばあちゃんをいじめないで!」
「アミル?!」
「えらそうだけど、おにいさんはウチのなんなの?」
お母さんが悲鳴を挙げながら私の口をムギッと塞いだ。
そして冷や汗を垂らしてキョロキョロと皆の顔色を伺っている。
でもごめんね、お母さん。
早くこうして切り上げてあげないと、何時までも空気が硬いまんまなんだよ。
「大丈夫。私はお婆ちゃんを苛めてるんじゃないよ。
君が死にかけてたから文句を言ってはいるけれどね。
こっちにおいで。」
そしてお母さんに向かって私に手を差し出す。
ビクリと身体を揺らしながらも、お母さんは私をギュッと抱き締めている。
「おい!言われた通りにしろ!」
「アメリア、アミルを離しなさい。」
そこに黒づくめが高圧的に命令すると、お婆ちゃんが慌てて指示を重ねた。
「で…でも…」
それでもお母さんが怯えて戸惑って居ると、あからさまに足をガタガタと震わせたお父さんが、私達の前に立ち塞がる。
「あ…アミルは、お…俺の娘だ!」
「ハァ…。
マハトが威圧するから話が拗れるだろ?」
完全に弘樹も威圧してるけどね?
わざとらしく黒づくめのせいにしながら、弘樹が軽やかに立ち上がり。
ガタガタと震えているお父さんの目の前でニッコリと微笑む。
「君の娘や妻に危害を加えるつもりは無いよ。
証明してみせるから、そこをどいてくれるかな?」
口調はとても柔らかいけど。
要約すれば邪魔だから除け、だ。
「あ、あぁ…」
そして笑顔に騙されてあっさり引くお父さん。
まぁ意地を張った所で悲劇しか起こらないから、情けないとは思わないよ。
正真正銘、弘樹が私に危害を加えるとすれば、それは人目なんて気にしないで堂々とやる。
そうしてお父さんをあっさり撃退すると、今度は私を抱え込んで震えているお母さん。
「顔色が悪いね。
余計な心労のせいかな。
大丈夫だよ。
私は君が産まれるずっと前から、この家系を見守っている人間なんだ。
不幸を起こさない為に、こうして時々来ては私が手を差し伸べているんだよ。
だから私は敵じゃ無い。
分かるかな?」
とても柔らかくて優しい笑み。
タレ目な所も相まって、とてもドがつく悪党には見えなかった。
そこら辺に居る強盗よりも巨大な悪事を働いてるんだけどねー。
何せ星を破滅に追い込むミル強盗だし。
それは君だって同じだろ?
優しい笑みとは裏腹に、クスクスと底意地の悪そうな笑い声を私の頭ん中に送って来る。
「私の名前はオズワルド。
君の名前を教えてくれないかい?」
お母さんが塞いでいる私の口から手を除けろと、言外に伝えて自己紹介。
「まほうつかい?」
「魔導師だよ。
命の特級魔導師をしてるんだ。
オズと呼んでくれると嬉しいな。
君の名前は?」
「アミルだよ。」
弘樹のセンスにしてはメルヘンだね。
私がつけた筈が無いだろ?
自分の時の事を考えてみなよ。
私が鼻で名前を笑ったら、弘樹が不本意そうに返して来る。
ニコニコと微笑ましいエピソードを装いながらも、水面下では殴り合い。
お互いに相当なフラストレーションが貯まってる証拠だろう。
だってスッゴク回りくどいんだもん。
「良い名前だね?
おいでアミル。」
この流れであからさまな拒絶は難しいだろう。
何せ私が自分の方からオズに向かって手を伸ばしているんだから。
此所で小さな反抗心でオズを拒絶すれば、コイツは笑いながら家族を盾にして恐喝して来るに違いない。
それも嬉々としてやらかしてくれる。
弘樹の扱い方を間違えると、彼は悪魔にも天使にも直ぐに変わってしまう。
私をこうして作り上げた所からして、暴走したのが簡単に想像出来てしまった。
だから今、彼の邪魔は私にだって許され無い。
コレがチュートリアルでなければまだ抵抗する手段は残されてただろうけど、社会的にも人生的にも今の彼は私が足元にも及ばない上位者だ。
ゲームを始めたばかりの初心者が、どう足掻いても叶う訳が無い。
そもそも彼に勝負を挑もうとするのは間違いなのだ。
迂闊にも自分のプライドを守る為に、弘樹に勝負を挑んだ者の末路がどうなるか。
私はそれを何度も見て知っている。
だから勝負を挑んではいけない。
勝負に持ち込んだ時点で負けが確定するゲームなんて、何にも面白くないでしょう。
悔しい?だから何?
私は勝負に挑まないで勝ちをもぎ取るのみ。
今回の勝利条件はお母さんの健康と、家族の安全。
それが叶えば弘樹との勝敗なんて本当にどうでも良い。
今回で言えば彼が敷いたレールに素直に乗って抱っこされるだけ。
無邪気さを装って首筋にしがみついて、頬擦りでもしてやればミッションコンプリート。
「本当に可愛いお子さんだね。」
お前の目が欲にギラついてなければ、微笑ましいエピソードで終わったんだけどなぁ…。
正気か?
流石にドン引きしたけど、根性でニコニコ表情筋を踏ん張った。
仕方が無いだろ?
一番性欲が強いのはアルスで次点がオニキスだけど、ピルプルは代わりに年中発情してしまうんだよ。
しかも性欲の強さは上位で最大数を誇って種族の劣勢を補ってるんだ。
つまりそれが2歳児に発情する言い訳になるとでも?
ロリコン扱いはやめてくれる?
私が発情しているのは、中身がなつみだからだよ。
して、その本音は?
早く二人切りになりたい。
「おかーさーん」
「あはは。フラレちゃったなぁ。
やっぱりこの年頃の子供はお母さんには勝てないね。」
あからさまにホッとしているお母さんに私を返しながら、オズは何でも無いと言わんばかりに満面の笑顔を咲かせている。
でもこれでオズが無闇やたらと害を及ぼす人間で無いと、保護者には伝わっただろう。
…伝わったかな?
欲が隠しきれて無い時点で、破綻してないか?この茶番。
服はゆったりとしたロープだし。
あからさまにハアハアはして無い。
でも目がなぁ…。
私に向けてる視線が異様に優しくて粘っこい。
それだけで私が特別だと、あからさまにアピールしている。
これが彼の計画なのか、それとも天然なのかは区別がつかないけど。
彼は望めば私を合法的に手に入れられる。
明日にでもアミルちゃんの教育には最低な行為を強いられると断言したって良い。
それが紛れも無く犯罪行為だとしても、合法的に持って行くのが弘樹の恐ろしい所だろう。
私を作った時のように。
だって地球人の私をグラと同じ種族に変えるのって、犯罪に触れて無い?
地球の法律じゃ無くて、グラの方の法律で。
正解。
でも犯罪には触れて無いよ。
夏海の星から社会的に切り離してるし、ミルの存在も明らかになって無いからね。
セベクトのボットを消滅させた事と同じさ。
我々の仕事はストレスが多いからね。
特典としてこれぐらいの楽しみは許されてる。
それに技術的に私に追い付ける者が居ないから、この事が犯罪として認知されようが無いんだよ。
ベラベラとよく喋る。
お陰で無言のまま私を見つめ続けている彼に、周りの人達が挙動不審になって来てるんだけど。
「セベクトから受けた攻撃の後遺症は無いみたいだけど、彼女が自分のスキルの特性や危険性を把握して意識的に使えるまでは、それを監視して教育出来る人間が必要だと思うんだよ。」
私の注意が効いたのか。
弘樹が現状をフォローして行く。
「でも魔導師に弟子入りするには最低でも7歳と、年齢制限が有る。
それにこんな幼い子供を親から切り離す悪影響を考えると、私がこのまま連れて行くのも好ましく無い。」
全員が弘樹の推察とこれからの方針を固唾を飲んで聞き入っている。
誰も口を挟めないし。
異論なんて言えない。
そんな空気でも無ければ、そもそも弘樹がそうなる様に誘導している。
「不便は有るけど、仕方が無いね。
私が此所に残って彼女の教育を担当しよう。」
「「「?!」」」
「7歳になったら弟子に取る。
それが条件だよ。
どうかな?」
「で…弟子を取ると言うのか?!」
「うん。彼女はとても有能だからね。
亡くすには惜しい人材だよ。
私の血族を有象無象に利用されても癪に触るしね。」
「まさかそれほどの能力を持ってると?!」
「無ければ、私が興味を持つとでも?」
先ずは黒づくめが数秒で撃沈する。
私に向けてる視線とは別人並みに、弘樹が彼に向けてる視線が冷ややかに思うのは私の気のせいでは無いだろう。
だってそのやり取りだけで弘樹が苛つくのも納得の理解力の無さが露呈している。
弘樹が私を有能な人材だって言ってるのに、重ねて聞いてるからね?
同じ質問を二回繰り返すのと同じだよ。
まぁ本当に私が有能かと言えば、全くそうでは無いんだよ。
でも宇宙人チートが有るから、嫌でも有能に分類されるとは思う。
もっと言えば有能だろうが、無能だろうが全く関係ない。
弘樹が私を側に置く理由なだけなんだし。
「わ…私が弟子入りまで教育を施します。
あなた様のお手を煩わせる訳には…」
「結果論だけどね。
あれだけ大勢の目の前で、この家と私の関係を漏らしている。
今後も有象無象が寄ってく理由としては、最低で見積もっても高いよね。
かと言って罪もない人間を虐殺するのも私の主義じゃ無いんだよ。
せめて先に報告が有れば、私もあんなに焦る事は無かったんだけど…。
上手く出来なくて済まなかったね。」
お婆ちゃんも瞬殺。
しかもお婆ちゃんの過失を主張して、下手に出る振りをしながら反論を封じるやり口があざとい。
「まぁ、安全は私が保証しよう。
それに商売の邪魔をするつもりは無いから、私はなるべく此所で過ごすよ。
午前中は教育の為にその子を寄越してくれたら良い。
無償が気になるなら、私の身の回りの世話をその子に頼むから気にしなくて良いよ。
どうせ弟子入りすれば覚える事だしね。」
お婆ちゃんだけが息を飲んだ。
お爺ちゃんやお父さん達も、理解が及ばないまでも嫌悪を感じたのか眉間に皺が寄っている。
「みのまわりのおせわってなにをするの?」
だから私はあえて無知な振りをして、皆の疑問を代表して質問する。
そうで無ければ、全員が心労で胃に穴を開けてしまいそうだからだ。
「ウーン…そうだね。
食事の準備をしたり、部屋の掃除は…魔道具が有るから必要無いか。
まぁ風呂に入る時に手伝って貰おうかな。
そうすれば君も毎日入浴が出来て清潔を保てるからね。」
おうふ。
あんまり意味が無かったかも知れない。
むしろ私の家族がこの瞬間、全員が悲壮感にまみれてしまった。
そりゃ幼児に風呂の世話をさせると堂々と言う教育者は、地球でだって吊し上げを食らう。
「おふろ?てつだうー!」
だから私は皆の為に無邪気に装うしか無かった。
さながらプールで遊ぼうと誘われた子供の様に。
どれだけイタズラをされたって、何にも無いよと笑う日々が始まるのだろう。
まぁ旦那だと思えば、我慢が出来ない事も無い。
これが完全に赤の他人なら地獄の始まりだったかも知れないけどね。
その代わり純潔は適齢期まで死守するわよ。
私の尊厳とアミルちゃんの為だけにね。
それは楽しみだ。
これからのなつみの初めては全て私が頂くけどね。
例えそうだとして、私が望んだらの話よ。
無理強いするなら全力で拒否してやる。
私の初めてを強引に奪った夏海にだけは、言われたく無い台詞だよね。
ぐ…黒歴史。
根に持つだなんて、女々しいヤツめ。
まさか。
とても感謝しているんだよ。
お陰で私は故郷の全てを恨む呪縛から解き放たれて、君に夢中になってるからね。
清々しいぐらいに、私の本体も故郷の星も軽い存在に成り下がってるよ。
前に聞いたグラの話よね?
最後の1人になるまで生き残るってヤツ?
今でもそれは代わらないよ。
夏海の事はショックだったからね。
何度も崩壊の危機は迎えたけど、むしろ君の事を知らないままで居たほうが、私は長く生きてられ無かっただろうね。
人を暇潰しの道具にして遊ぶな。
でも、事実だから仕方ないよね。
君にまつわる全ての出来事が、私には刺激的で楽しみなんだ。
現地人と子供を作ったのも、あれが最初で最後だったよ。
今後はまた君が望めば作っても良いけどね。
育児に参加しないアンタが何を言ってんの?
そうだ。
男女を逆でアバターを作ろう。
育児に参加する気が無いなら、せめて産みの苦労を味合わせてやる。
「どうやら彼女の体調が思わしく無いようだね。部屋は沢山有るから休ませた方が良さそうだ。まだ下は危険だろうから、勿論このフロアでね。」
お母さんの体調が悪そうなのはその通りだから、私は一度脳内の会話を切り上げた。
本音は、また逃げたな!
と思ったけれど、仕方が無い。
「それでは御前を失礼致します。」
お婆ちゃんが私とお母さんを連れて、そそくさと隣の部屋に移動して行く。
更に離れた所に有る少しグレートの落ちた寝室に入って、ハアアァァ…と大きなため息をこぼした所でお約束と言うべきか。
残されたお爺ちゃん達の心労は、現在進行形で続いているかと思えば南無三としか言えない。
「おばあちゃん、おかあさん。だいじょうぶ?」
「あぁ…、アメリア。早く横におなり。」
「うん。スッゴク疲れちゃった。」
お母さんから私を受け取ったお婆ちゃんが、ベッドにお母さんを誘導する。
「とんでも無いお人だったねぇ。
あれは流石に想像以上だったよ。」
「ねぇ、お母さん。あの人って一体なんなの?」
お母さんが横になると、お婆ちゃんが私から靴を脱がせて同じくベッドの上に置く。
2歳児は重いから、抱っこだけでも重労働だからね。
「自分で言ってただろ?
あれがこの世界に10人しか居ない特級魔導師だよ。」
「あぁ、あの人がウチから出たって言う特級魔導師の人?」
「代々の当主なら聞かされてる話だけどね。
あの若さで私よりもずっとずっと年寄りなのさ。
どうやら悠久の時を生きてるらしいよ。」
「すごい人なのね。」
「え?なにそれ。」
グラの余りにも物臭なアバターの設定に、驚きを通り越してポカンとする。
「アミルには分かりにくいかも知れないが、とっても偉いお人だと思ってれば良いよ。」
そうじゃ無くて、不老不死だと?!
半分正解。
ギフトに不老はついてるけど、不死では無いよ。
だから死ぬ時は死ぬさ。
思わず反射的にグラに説明を求めたら、まるでそれぐらい大した事じゃ無いと言わんばかりな返答が帰って来た。
かなり大事だと思うんだけど?
「えらいって、どれぐらい?」
「そうだね。
王様よりもエライ人かも知れないねぇ。」
「そんなに?!
ウチのかけいのひとなのに?!」
「そうだよ。
だからああやってお貴族様がお付きで護衛をなさってるのさ。
それにね?
あの人はなかなか弟子を取らない人なんだよ。
だからあの人の弟子になれるって言うのは、とても名誉な事なんだよ。アミル。」
段々とお婆ちゃんの顔が興奮して赤みを増して行く。
目なんて涙で潤んでるから、人妻の色気が半端無かった。
「あぁ…!
私の孫が彼の弟子に選ばれるだなんて!
お前は賢い頭を持ってると思ってたけど、やっぱりそういう事だったんだねぇ…」
お婆ちゃんは1人で納得して、1人で喜んでいた。
お母さんと私は半分置いてけぼりの状況に、微妙な顔になっている。
どうやら私が思ってた以上の立場を、グラは築き上げているらしい。
おい。文化や政治に関わるのはルール違反じゃ、無かったのかね?
「アミルも偉い人になってしまうの?」
「そりゃそうさ!
何せ特級魔導師の弟子になるんだ。
それだけで魔女や魔導師の世界では、名誉な話なんだよ。」
「それは危なく無いのかしら?」
「危険なんてもんじゃ無いだろうが。
それは何処に弟子入りした所で同じだよ。
何せ魔女や魔導師になるのは貴族が多いからね。
むしろ特級魔導師の保護が有るだけ、他に弟子入りするよりも遥かに安全で楽になるだろうよ。」
「良い話なら良いんだけど…」
「これ以上の良い話は無いから安心おし。」
「でも、アミルに風呂の世話をさせるって言ってたわ。」
「肉体は若い男には違い無いからね。
彼はずっと独身で過ごして来てるんだそうだが…。
そう言う気遣いが抜けてるだけかも知れないがねぇ。」
お婆ちゃんが私を物凄く可哀想な者を見る目で見てる。
完全にロリコン疑惑が浮上してるんだろうな。
「まぁ…例えそうだとしても。
何処に嫁入りさせるよりも名誉な話に代わりはないさ。」
しかも無理やり話を着地させたから、お母さんの顔が雲ってしまった。
「アミルは苦労してしまうわね。」
「生きてりゃ苦労の一つや二つは何処にでも有るだろ。」
「でも…せめて好きになった人に嫁いで欲しかったわ。」
「これから好きになるかも知れないだろう?
優しく扱ってくれるみたいだったじゃないか。」
「それがずっと続くとは限らないわ。」
「そんなの何処の誰に嫁いだ所で同じだろうよ。」
「それはそうだけども…お断り出来ないの?
お母さん。」
「王様に嫌だと言うよりも難しいだろうね。
強引に来てるんだ。
向こうも相当な覚悟をしてそうだよ。」
「…そう。」
「不安な気持ちは分かるがね?
あれでも良識のある魔導師として有名な人だよ。
まかり間違っても貴族の玩具にされるのとは、別の話さね。」
延々と続きそうな嫌な話に、私は大きなため息を吐き出す。
あれが遊びで女性に手を出す人じゃ無いのは、私が身をもって知ってるけれど。
それを説明してあげられない。
そして言った所で現時点では何の説得力も無かった。
だって2歳児だからね!
風呂に誘ってる時点で完全にアウトだよ。
とは言え、だ。
あの計算高い弘樹が、こんなに迂闊に分かりやすいボロを出すとは思わない。
お母さん達にこんな警戒や不安を抱かせても、伏線を張りたい理由が何か有るんでしょ。
単純に私が汚いから綺麗にしたかっただけかもだけど、弘樹なら言動の裏に複数の理由があっても可笑しくは無い。
そう。
もう慣れて来てはいるけれど、ここの人達の保清観念がかなり低い。
何せ基本的には身体を拭いて終わりなのだ。
この宿には大浴場が有るから、まだかなりマシなんだろうけれど。
当然お客さんが優先されるし。
そもそも大人が忙しくて、私をお風呂に入れる余裕が無い。
それでも小さな桶にお湯を張って、パチャパチャさせてくれるだけ私は優遇されてる。
シャンプーも無くて、1つのせっけんで全身を洗う生活だから、髪の毛も悲しいぐらいにゴワゴワしてしまう。
井戸から水を汲んで薪での生活を思えば、仕方の無い話なんだろう。
赤ちゃんの時に私が魔女を目覚して魔道具を作ろうと思った理由は、これが原因。
赤ちゃんの時に、あれだけ身体が痒かったのも、汗疹まみれだったからだ。
私が入浴したいと思ってるのを知ってるから、途中で不信感を抱かせるよりも、最初からカマシてこれから好感度アップを目論んでるだろうね。
でもあの欲にまみれた目つきは必要無かったんじゃないかな?
しかも本当に興奮してたし。
ゆったりとしたローブを着てたから、パッと見は分からないだろうけど、抱っこされてた私は気付いてしまった。
あの辺はどうにか誤魔化せ無かったのかね?
淡白なあいつには珍しい反応だったから、私もちょっと引いた。
ヤツの言葉通りなら、日本人の弘樹よりもピルプルのオズワルドの方が、身体的に性欲が高いのがその理由か。
命の危険に晒されると生存本能が高まるとか言うしね。
あの黒い護衛を思えば、オズワルドが命の危険に晒され捲ってても不思議でも何でも無いけど。
まぁ弘樹の思惑を考えてもキリがない。
そのうち分かることも有るでしょう。
「おばあちゃん、わたしむこうにもどる。」
「アミル?!」
お母さんの不安を拭おうと、必死に言葉を重ねていたお婆ちゃんを遮った私は、脱がせてもらった靴に向けて足をおろす。
「おかあさんはやすんでてね。」
「ダメよアミル!
向こうには怖い人が居るのよ。」
お母さんが必死で私の背中から抱き締めて来る。
お婆ちゃんの顔も露骨に雲っているが、私に下手に注意が出来ないでいた。
何せオズワルドを私が嫌えば、困るのもお婆ちゃんなのだから。
「こわくないよ。
おかあさんはしんぱいしないで。
だってあのひと、いってたでしょ。
わたしにきらわれたくないって。
だからわたしはだいじょうぶなの。
しんぱいなのはおとうさんたちだよ。」
「あ…」
「だからわたしはむこうにもどるね。
おかあさんはあかちゃんのために、やすんでないとダメよ。」
「アミル…」
お母さんが目に涙を浮かべてキュッと、抱き締めてる腕の力を強くする。
「それにね?
あのひと、うちのこでしょ?
わたしがあのひとみたいにエライまじょになって、おうちにかえってきたら。
おかあさんこわい?
いやがられたらわたしはとてもかなしいよ?」
「…それは……でも、うちの子だったのは大昔よ?」
「それでもだよ。
じっかはじっかだもん。
マルクスおにいちゃんとおんなじだよ。」
「……そっか。
それなら優しくしてあげなきゃだよね。」
「うん!のみものとかごはんとか、たべさせてあげなきゃだよ。
マルクスおにぃちゃんみたいにさ。」
いつもお兄ちゃんが食事に戻って来ているのを伝えると、その姿を想像したのだろう。
お母さんがようやく優しく微笑んでくれた。
「確かに何のおもてなしも出来て無いねぇ。
でも今は迂闊に下に降りれないよ。」
「それはあのひとにてつだってもらうよ。
だってうちのこだもん。
こきつかってもだいじょうぶよ。」
「ふふ…。そうかい。
それじゃ、失礼の無い様にお願いするんだよ?
向こうが嫌がったら押し付けるのは駄目だからね?」
「大丈夫かしら?」
「大人が言えば角が立つだろうが、言うのはアミルだよ。
子供のする事なら大目に見て貰えるさ。
向こうもアミルを気に入ってるからね。」
うん、慣れてるよ。
弘樹の事もこんな感じで私が折衝役をやらされてたから。
だからオズワルドも敢えて私に甘い顔をして見せたんだと思う。
こうして私はお婆ちゃんを残して、1人で部屋に戻って行く。
お婆ちゃんはついて来たがったけど、お母さんが心配だったから、それは納得して貰った。
そして大部屋に戻ると、随分とカオスな雰囲気になってた。
そりゃそうだろうね。
何せほとんど初対面のチームが2つ同じ部屋に居る上に、コミュニケーションが取りにくい間柄なんだもん。
私の姿を見たウチの実家チームのメンバーが、あからさまにホッとしてる姿に、生暖かい気持ちにさせられた。
因みにオズワルドのペアも、同じようにホッとしているのは何故だろうね。
ホッとしているのはオズワルドだけだけど。
「ねー。したにいきたいの。
あぶないみたいだから、オズワルドさん。
ついてきてくれる?」
「なっ…何をいきなり無礼な!」
「良いよ。
でも私の事はオズと呼んでくれると嬉しいな。」
「うん!じゃあ、おとうさんとおじいちゃんもついてきてね。
したのおきゃくさんたちもきになるけど、オズやそのくろいオジサンに、おちゃもなにもだせないの。
しばらくここにいるなら、みんなのたべものももってこなきゃ。」
「おい!そこの生ゴミ…イヤ、小娘!
オズを使おうなどと図々しいぞ!」
「それじゃオズはるすばんする?」
「いいや、私が行くよ。
君は何も間違ってないからね。」
オズは颯爽と椅子から立ち上がると、これ幸いとばかりに私を抱き上げた。
大人のコンパスに私の足は合わないから、運搬してくれるのは多いに助かる。
何せお父さんやお爺ちゃんには物を運んで貰う必要が有るからね。
でも結局は全員で下に戻る事になった。
人手が多いに越した事は無いから、別に良いけど。
そんなに居心地が悪かったのか。
言われる前に動けよと言いたかったけど、誰も何も出来なかったんだろうなぁ。
うん。流石に助かったよ。
どう声をかけて良いやら、分からなくてさ。
弘樹らしいよ。
オズだよ。
あ、グラだった。
もうややこしいな。
しばらくはオズって呼ぶよ。
言い間違えてもアレだしね。
うん。私もアミルで定着するまでそう呼ぶよ。
オズにぬいぐるみの様に抱きつかれ。
スリスリ頬擦りをされながら、どんだけ人見知りしてんだと。懐かしくなった。
ちなみに今現在進行形で、黒いのを含めた全員から、オズは白い目を向けられている。
どうやらこの世界でもロリコンは犯罪らしい。
そりゃ戻って来たばかりの私を抱き上げて、速攻で頬擦りしてるんだから不気味だろうよ。
頭の中で会話しているとか、夢にも思って無さそうだ。
「オズ、きんちょうしてたんだね?
だいじょうぶだよ。
おとうさんもおじいちゃんもこわくないよ。」
「ハハハ、君は優しいなぁ…」
仕方が無いからフォローで私もオズのモフモフ頭をヨシヨシとしてあげる。
黒いのが、パカッと口を開けたが。
直ぐにムグッと、口を閉じる。
なにやら心の中で葛藤しているが、言葉にならなかったらしい。
お父さん達の顔もかなり微妙な事になっている。
恐ろしい思いをしてたのは此方の方だ、と。
目が必死に状況を語っていた。
無視するけど。
「さっきのわるいの、したにいるかな?」
「戦闘は本職じゃ無いけど、あの程度なら心配は要らないよ。
私だけでも対処出来るけど、ハマトも居るしね。」
エレベーターに向かう途中で会話していると、それまで暗いオーラを纏っていた黒いの。
ハマトが、パッと明るくなった。
どうやら冷遇されて自信を無くしかけてた所で、オズに必要とされた事が嬉しかったのだろう。
オズに転がされているのが、よく分かる。
コミュニケーション能力の乏しかった弘樹が、よく成長したもんだよ。
そして中庭に続く廊下に出て、庭が見える場所で全員が立ち止まる。
「うわー、たくさんいるね。」
ドアも何もないが、通路の入り口に向けてバッファルが体当たりをしたり。
セベクトが緑色の刃みたいな魔法をぶつけていたりと、攻撃を繰り返していた。
「ハマト。」
「うむ。」
オズが一声掛けると、チャリチャリと小さな音を立てながら、ハマトがオズよりも少しだけ前に出る。
横を通って行く彼の横顔を見ていると、首から黒い痣が草の蔦模様を描いて顔まで伸びていた。
中二病かな…?
草模様のタトゥーみたいで、何となくそう思っていると。
ハマトがスッと手を持ち上げて外を指差す。
「行け。」
そして小さく呟いた瞬間。
真っ黒な指差から草模様の蔦が勢いよく外に向かって飛び出した。
「ぎゃん!」
「ギャウン!」
そして枝分かれした黒い蔦が、刃となってバッファル達を凪払う。
蔦に切られた彼等はあっという間に光になって、ポトポトと身体の一部を落としながら消えて行く。
「あれもまほうなの?」
「ウーン…ちょっと違うかな。
闇の精霊を魔法で身体の中に封印しているんだよ。
あれはその闇を精霊が具現化させたものだね。」
「へぇ…。すごいねぇ…」
「まぁ、誰にでも出来る芸当では無いね。
マハトは闇属性のスキルが高くて相性も合ったし、生まれつきの魔力が多いから扱えるのさ。
その代わり魔力を精霊の制御で消費してるから、他の魔術を使うのに苦労しているけどね。」
「そうなの?」
「その代わりこんな数の多い戦闘で、室内に限ればハマトの殲滅力は有益で便利だよ。
魔術でこれだけの数を一気に倒そうと思ったら、建物や環境の被害が多くて厄介なんだ。」
ハマトがゆっくりと歩き始めた後ろを、私とオズが。
「すげー…あっという間だ。」
「うむ。さすが魔術師だ。」
そしてその後ろを、おっかなびっくりな家族達が感心しながらついて歩く。
そして中庭が一望出来る出入口にたどり着くと、その変わり果てた姿に私は目を見開いた。
お爺ちゃんと雑草を抜いて手入れをしている庭が、しっちゃかめっちゃかに踏み荒らされていたからだ。
「ぬ…マーズリーか。」
しかもお婆ちゃんの薬草が植えている辺りに、黒緑色した大型犬がボトボトと黒いヨダレをこぼしている姿に、全員の眉間に皺が寄った。
汚い色の大型犬の周りの荒れ方が一番酷く。
黒いヨダレが地面に落ちると、ジュウ…と煙を上げて緑の大地が一瞬で枯れて炭の様に黒くなって行く。
「……氷結世界」
マーズリーと呼ばれた黒緑色の大型犬が大きく息を吸い込む姿に、オズが素早く言葉を呟いた。
すると一気に周りの温度が下がり、オズの足元から一直線に地面が氷って行く。
そしてほとんど間髪入れずに、マーズリーが氷の彫刻になり。
その周りも広範囲に渡って一気に凍りついた。
あれ?!
杖や素材が無くても魔法って使えちゃうの?!
オズの一言で発動した魔法に驚いて彼の顔を見ると、眼鏡の片方のレンズに魔方陣が浮んでいるのを見て唖然。
眼鏡が杖の代わりなの?!
じゃあ素材はどこ行った?!
「マハト。」
「フン!」
私が1人で目を白黒させていると、マハトが気合いを入れて黒い蔦を伸ばし。
マーズリーの彫刻を粉砕させる。
「さ…さむ!」
「うひゃー…こりゃすげー。」
「凍ってる…」
白い息を吐き出して身体を世話しなく擦るお兄ちゃんと、純粋に驚いてポカンとしているお父さん。
そして地面をパキ、と踏んでお爺ちゃんが驚いている。
「マーズリーは環境を毒で再生が困難になるまで汚染させるから、悪いけど凍らせて貰ったよ。
毒が飛んで来ても厄介だからね。」
「それじゃ溶けたらどうなるんで?」
「その前に浄化させるよ。
中庭が腐敗されても困るしね。」
「ありがてぇ。」
オズの説明にお爺ちゃんが不安気な視線を向けたけど、解決すると知ってほっと表情を緩めた。
それからついでに凍ってるバッファルやセベクトも粉砕させると、オズがまた魔法を放つ。
さっき言ってた浄化魔法だろうか。
「あ!」
でも氷が溶けて光が周りを埋め尽くした後で、剥き出しの地面が現れる。
其処にあった筈の緑や薬草畑や苦労して手入れしていた花壇の草花が全滅して、茶色の地面になっている光景に私は急激に悲しくなった。
「お…おにわが…なくなっちゃった。
ひどい…。」
「仕方が有るまい。
オズが凍らせねば毒が回ってもっと厄介な事になっている。」
「うぅ…でも、おはなが…。
おじいちゃんとうえた、わたしのおはなが…。
おばあちゃんのはたけも…」
涙がみるみるウチに浮かんでポロポロと溢れ出す。
うぇぇん…と、ついに声を挙げて泣き出した私に、ハマトが忌々しそうに舌を鳴らし。
オズが慌てて私を地面に下ろした。
どうやら耳元で泣かれて煩かったらしい。
恐らく私が純粋な松田夏海なら、こんなに大泣きしなかっただろう。
マハトの説明を聞いて、残念に思いながらも我慢した筈だ。
でも今の私はアミルちゃんと同化している。
私でも悲しく思ったのだから、幼いアミルちゃんが我慢出来る筈が無い。
「うるさい!泣くな!」
「うぇーーん!わたしのおにわー!!」
「泣くなと言ってるだろ!」
「うええええええんんんん!
めちゃくちゃになっちゃったぁぁぁー!」
「くそっ…」
おんおん泣き続けている私に苛立ち、マハトが怒鳴り付けたけれど、余計に泣くのが激しくなる。
そしてオズも無表情で私を見下ろしている姿に、周りの大人達がビクビクしながら見守っていた。
オズが庭を破壊するより先に、バッファル達が相当荒らしていたけど。
止めを刺したのがオズなので、私が責めていると思ったのだろう。
そしてそれをオズが不快に感じていると、周りの大人達は不安になったに違い無い。
でもそうじゃ無い事を私は知っている。
弘樹がそうだったから。
そうと分かるまで、表情が消えた弘樹に苛立ち、余計に癇癪を起こしていた私だけど。
これは困って途方に暮れている時の表情なのだと分かってからは、仕方が無い奴だと諦める様になった。
「どうしたら泣き止んでくれるかな?」
「うー…ひっく…おにわ…」
「庭に花を咲かせれば良いの?」
「……もとどおりにできるの?」
「ううん、元通りには出来ない。」
「うえ…うえぇぇん!」
「でも新しく植える事は出来るよ。
ほら、見て。」
身を屈めたオズの手のひらに何かが乗っている。
涙で滲んで良く見えなかったけど、どうやら何かの種らしい。
「おはなの…たね?」
「うん。撒いてご覧。」
手のひらに渡された種を至近距離で見たけど、こんなものを渡されても庭は元に戻らないと拗ねた心地になる。
それでも自棄になってえい!と投げれば、所詮は2歳児。
ほとんどがパラパラと足元に落ちてしまった。
「…これでいいの?」
「うん。見ててね。」
ホントかよ、と。
思いながらも地面を見ていると、にょき!にょきにょき!っと、新芽が生えて勢いよく成長し始めた。
「わ!わわわ?!」
驚いて後退りすると、突然ヒョイと上に身体が持ち上がって行く。
オズが私を抱き上げたらしい。
でも私は直ぐに視線を落として、急成長している植物に目を見張った。
「スゴい!」
隣りにある茎を巻き込んで、ぐねぐねにょきにょきと伸びた植物が太くなって上に伸び。
そしてある程度の高さになったら、重量に負けて地面に降りて来る。
そして茎の至る所に蕾をつけると、薔薇に似たピンク色や白や黄色の色とりどりの花を咲かせた。
「わあ!おはなだよ!
おはながいっぱいさいたよ!」
絵本の世界の様な薔薇の垣根を見て、私は喜び勇んでオズに報告する。
「どう?気に入った?奥さん。」
得意気に笑ったオズが、弘樹の口癖をポロリとこぼす。
結婚してからは名前よりも、奥さんと呼ばれる方が多かったから。
あ…しまった、と思念が届いたけれど。
私は懐かしさに満面の笑顔を咲かせた。
「うん!」
まぁいっか、と。
苦笑を浮かべたオズが、それでも辻褄を合わせようと思ったのか。
「それじゃぁ、僕のお嫁さんになってくれる?」
調子に乗ってプロポーズして来た。
いや、流石にそれは早いだろ。
ここでうん、と言えば確かにお母さん達の不安は半分解消されるのかも知れない。
視界のはじっこで、ハマトも含めた全員が面白いぐらいに口をポカンと開けているのだから、彼の提案は珍しい話なのだろう。
「ウーン…、それはちがうとおもうの。」
「うん?」
「けっこんはホントにすきになったひととするのよ?」
まさか断られると思って無かったらしいオズが、目を見開いて驚いた後で小さく小首を傾げる。
「でもアミルは僕の事が好きだろ?」
これは演技じゃ無くて、素で聞きに来てる。
そんなに驚いたのかと、ちょっと可笑しくなってきた。
「だってまだあったばかりだよ?」
「え?僕の事嫌いなの?」
「きらいじゃないよ。」
「だったら良いよね?」
「だめよ。
わたしのきもちはやすくないの。
おきゃくさんもいってたよ。
おんなはかんたんにこころをゆるしちゃダメなんだって!
だからいまよりもっともーっとオズのことがだいすきになったら、およめさんになったげる。」
私はたしかに弘樹の奥さんだったけど、だからと言ってアミルちゃんに手抜きはさせないわよ。
グラから逃げるつもりも、逃げられる予測もつかないけれど。
これぐらいの茶番は許されるでしょう?
「…そう。
じゃあ頑張らないとだね。」
最初は顔を強ばらせてたオズだったけど、話を聞いてるウチに段々と笑みと喜びの感情を深めて行く。
「じゃぁ僕の未来の奥さん。
これからどうしたい?」
「そぉねー。
わるいのがはいってこないようにいりぐちをふさがなくちゃ。
せっかくオズがさかせてくれたおはなが、またあらされちゃう。」
往生際の悪いヤツだな、と思いながらも気分的に奥さん呼びが満更じゃ無くて。
私はどうやってバリケードを築くかに頭を悩ませた。
「それなら僕に任せてよ。
上手く出来たらご褒美をくれる?」
未来の奥さんを否定しなかったのが嬉しかったらしく、やっぱり調子に乗って来る。
「そぉねー。
じゃあ、そとにいるわるいのがはいれなくなって、みんながあんしんしてやどのなかをあるけるようにしてくれたら、いいよ。」
まぁ私も同じか。
そんな便利な魔法が本当に有るかは知らないけど、オズなら地下倉庫にかけた魔法を使えば出来るかも?
ぐらいの気安さでリクエストしてみた。
「よし!
それじゃぁ見ててね。」
オズの茶色の瞳が喜びと興奮を浮かべると、私を抱き上げて視線を合わせたまま、トンと足踏みをする。
「わあ!」
眼鏡に魔方陣が映るのを今度こそしっかりと見つめていると、フォン!と音を立てて地面が輝く。
その輝きに意識を取られて、慌てて下を向けば、大きな魔方陣がオズの足元にも現れていた。
そして徐々に私たちの身体を通り過ぎて、空に登って行くのだが。
キラキラと白銀の輝きがとても美しくて、私は心の底から感嘆の声を挙げていた。
「すごーい!」
四階建ての宿よりも高く登った所で魔方陣が華々しく散って、キラキラと虹色に輝く光の粒が辺りに落ちて来る。
「もうこれで宿の敷地内に、外敵は現れないよ。」
「ありがとう!
とってもキレイだったね!」
魔法の花火が見れた気分で、私は満面の笑顔をオズに向ける。
「ねぇ、それじゃご褒美を頂戴よ。」
熱っぽく瞳を潤ませたオズが、表情にどんな事をしてくれるのか、と。
好奇心を浮かべながらも小首を傾げた。
「ウーン…そうねー。
オズはどんなご褒美がいいの?」
「それは君が決めてよ。
でも君が産まれてから一度もした事が無いご褒美が良いなぁ。」
おお、向こうに選択権を与えながらも随分と道を狭めて来たな。
「ウーン…」
頬っぺたにチューぐらいでお茶を濁そうかと思ったけど、アミルの記憶を探ってみると、それはよく家族と寝る前にしている挨拶だった。
「じゃぁ、おみみをかして?」
なのでオズのクルクルした横髪を小さな指差で書き上げて、ちょっとだけ先の尖った耳を露にさせると。
「おウチを守ってくれてありがとう。」
感謝の言葉を耳元に吹き込みながら、チュッと耳にキスをする。
その瞬間大きくブルリと一つ身震いをしたオズが、ギュウゥゥゥ!と、私を強く抱き締めて来た。
「くるしーよ、オズー!」
「イヤ、だって。くすぐったかったから…」
「あはは!くすぐったい!」
お返しとばかりに首にモフモフの頭を擦り付けられて、私もオズの頭を抱えてケラケラと身をよじらせる。
端からみたら仲の良い恋人たちの戯れだろうけど、元が夫婦だから仕方が無いよね。
「あ、とれちゃった。」
鼻から外れた眼鏡が下に落ちる前に。
私がキスしたのとは違う反対側の左耳のカフスに繋がってるチェーンで、ぷらりとぶら下がるのをオズが手で捕まえる。
その拍子にモフモフ頭の攻撃が止まって、私はしげしげと不思議な眼鏡を観察した。
「ふしぎなかたちのめがねだね。」
「これは魔道具だよ。
魔方陣をいちいち書くのが面倒だったから、脳内の図形を転写出来る道具を作ったんだ。」
てかコレが眼鏡だと指摘したら駄目だよ。
この辺りじゃ無いでしょ。
こういうの。
あ、ごめん。
すかさず口止めが入って、慌てて口元を手で押さえる。
視線のはじっこで皆の様子を伺ったけれど、目を見開いて硬直している姿にどっちなんだ?と、少し悩む。
私が出した言葉のポロリに驚いていると言うよりは、オズの魔法に驚いているのか。
私たちのイチャイチャに驚いているのか、うん。よく分かんない。
「おとーさーん!
オズがまほうをかけてくれたから、もうだいじょうぶだってー!
みんなのごはんつくってー!」
「あ…」
「おじいちゃんはしたのおきゃくさんのようすをみてきてあげてね?
もうおへやにもどってもいいみたいだよ。」
「む…そ、そうだな。」
「オジサンたちは…すきにして?」
お父さんとお爺ちゃんは、ハッと我に返った様子でワタワタと動き出す。
でも同じようにハッとした3人は、微妙な視線を私に向けて来る。
特にマハトが小さく唸りながら、ギリギリと私を睨んでいるが、言葉が出ない様なのでどうしようも無い。
「オズ。みんながのめるおちゃをつくりたいから、だいどころにいこ?」
「うん、良いよ。」
「あ!あの!」
3人を残して動き出そうとしたら、ゲルマンさんが慌てて呼び止めて来た。
「その…今のも外に出ると中に入れない魔法ですか?」
「ううん、大丈夫だよ。
外敵を除外対象にしてあるから、人なら自由に出入りが出来るね。」
「あ、ありがとうございます!
私は外の様子を見て来ます。」
「外はまだ危険だから止めた方が良い。
駆除が終われば鐘が鳴ると思うけど?」
「でも此処が安全ならまだ逃げ込める人が居るでしょう。地下と比べたらもっと呼べる。」
冷や汗を浮かべたゲルマンさんが神妙な表情で訴えるのを、オズはウーンと悩んでから。
「気持ちは分かるけど、大々的な公表は後の事を思えば厄介だよ。
だから伝えるのは顔見知りだけに留めておいて欲しいな。
本来なら市民を守護するのは領主の仕事だからね。
この宿は私の実家だと言い訳が出来るけど。
他の市民もとなると、正式な依頼が無ければ私は動けない。」
「わ…分かりました。」
「…それは正式な依頼が有れば動いても良いと言う事か?」
大きく頷くゲルマンさんの代わりに、今度はマハトが低い声で此方の様子を慎重に伺う。
「宿の周りが荒廃すれば、住みにくくなるからね。
まぁ、無限に甘えられても業腹だから甘い顔をするつもりは無いよ。
それなりの報酬は頂くさ。」
「承知した。リチャーズに連絡しておく。」
「私は戦闘職では無いからね。
せいぜいが結界を張るだけだよ。」
「…あれだけの火力を持ちながら嫌味でしか無いな。
だがそれでも助力にはなるだろう。」
「白金貨100枚。期限は1000年。」
「っ…」
「破格だろう?
他なら桁が一つ違う。
地元なだけに大盤振る舞いだよ。
ヴァインズなら、まぁ支払えるだろう。」
ハマトが私に視線を向けた後で、ハァ…と一つため息を吐き出す。
何か葛藤があったけど、結局は諦めたらしい。
「承知した。」
キリリと表情を持ち直すと、スッと片手を持ち上げて指輪に触れた。
すると白い鳥が現れてハマトの前で羽ばたく。
「…と、オズワルドからの伝言だ。
今はヴァインズの宿に居る。
リチャーズ・ダルヴァンの元に迎え。」
先ほどのやり取りを鳥に話た後で腕を挙げると、白い鳥が空に向かって羽ばたいて行った。
「…まほうのおてがみ?」
「うん、そうだよ。
それじゃぁ厨房に向かおうか。」
そうか。
規模が違えど、私の耳キスは白金貨100枚並のお値段か。
えーと白金貨に縁が無いから直ぐに計算が出来ないや。
銅貨1枚が100円で。
銅貨100枚=銀貨1枚=1万円。
確か銀が高いから銀貨10枚で金貨1枚だった筈。
銅貨1000=銀貨10=金貨1=10万円?
それで金貨100枚=白金貨1枚=1000万円だった筈。
それじゃ白金貨100枚は…、おう。
ひょっとして10億円になるのか。
1000年消えないバリアと考えたらお得な気もするけど、耳キス一つが10億円はボッタクリ価格かも。
そりゃマハトが微妙な顔になるよね。
因みにゲルマンさんは固まってるし、マルクスお兄ちゃんは目玉が零れそうなぐらいに真ん丸く目を見開いている。
魔法一つが10億円なら魔導師はボロい商売だね。
流石に技術職は稼ぎが違う…。
まぁそれもオズの知名度と努力があってこその話だろう。
稼ぐ時にガッポリ稼ぐのがウチの教訓なら、オズは紛れも無くウチの子の血筋だ。
オズに抱っこされて、遠ざかって行くゲルマンさん達を眺めながらそんな事を考えていた。
手紙を出し終えたハマトが、少し私たちに遅れて近付いて来る。
先に食堂に続く建物の中に入って角を曲がったオズが、素早くドアを開けて中に入った。
その部屋の外をハマトが通り過ぎて行く音を聞きながら、私はオズにギュッと抱き締められてる。
難が有るとしたらアンモニア臭。
ボットン便所に逢い引きは似合わないなぁ…と、ヒドイ臭いから逃れる様に、オズのモフモフに顔をうずめる。
男の癖に女子力が高いのか、お花の匂いがするとか生意気だろ。
何をそんなに怒り狂っているのか。
無言で憤怒のオーラを撒き散らかしているオズに、私はため息を溢した。
確かに奥さん呼びは弘樹の口癖だけど、彼なら例え口癖だとしても盆ミスは犯さない。
ならどうしてポロリとしちゃったのか。
それは意識が他に奪われてたからだろう。
そして今、わざとハマトを巻いてまでこんな臭い所に立ち止まっているのか。
恐らく怒り狂ってるオーラを撒き散らしてる相手に、集中する為だろう。
此方をボットにしない理由が分からないけど、接続したまま他に操作しているアバターが有るなら、随分と器用だなぁと納得する。
だから巻き添えで臭い思いをさせられてる私は、暇潰しにオズのモフモフで三つ編みの練習をして過ごした。
そう、ちょっと変わったヘアスタイルなのよね。
ウルフカットで後ろは長いけど、サイドはクルクルと自力で撒き上がってるの。
何でこんなヘンチクリンな髪型をしてるんだろうかと、不思議に思う。
弘樹は宇宙人かと思うぐらいに価値観のズレを感じる奴だったけど、中二病では無かった。
前の世界でも流行り廃りのあった髪型だけど、この世界ではこんな髪型は珍しい。
「ゴメン、待たせた。」
私の胸元から顔を上げたオズの目は、白目が真っ赤に染まっていてビックリした。
「目の血管が切れてるわよ。」
「あぁ…、大丈夫。
ちょっと負荷がかかっただけだから。」
「大人しく向こうに行けば良かったのに。」
「こっちを留守には出来ないよ。」
オズは苦笑を浮かべると、眼鏡を外して片手で目を覆う。
「治った?」
「うん。元に戻ってる。」
その手を外せば元通りに白目が白く戻ってた。
ホッとして彼の頬に触れて、瞳を覗き込んで確認する。
「むりしないでね。」
「ん。今が楽しくて仕方が無いんだよ。
でもアミルのお願い聞くからご褒美頂戴。」
それにしてもビックリし過ぎて思わず日本語で喋ってしまったよ。
オズが相手だから良いけど、ちょっと気を付けようと気持ちを引き締めてると。
油断したつもりは無かったけど。
最悪だ。
「ちょっと!」
「もう少しだけ…」
こんな臭いボットン便所でまさかのファーストキスを強奪。
しかもセカンドキスまで奪われて…、だから臭いっちゅーの!
ディープは止めろ!
ボットン便所で!
泣かすぞ!
嘘でしょ?!
コイツ手が早いぃぃー!
実際に涙目にされたのは私の方。
弘樹には無い男臭い強引さに、ドキドキさせられたのが悔しかった。
2歳児にお腹をキュンキュンさせるとか、どんだけだよ!
「良いならよかった。
アミルの舌って可愛いくて気持ちいーね。
癖になりそ。」
「ハイハイ。
周りにはバレないようにしてね?
公衆の面前でやったらブチのめすわよ。」
気合いだけで平静を装おって睨み付けたけど。
オズのいたずらっ子な笑みがチャーミングなのと、色気があってマジでヤバい。
アミルちゃんの為にも踏ん張らねばと焦るけど、弘樹の時よりも人間的に厚みが増して男の色気が滲み出てるのが凶悪だった。
確かこの人物凄くお爺ちゃんじゃ無かったっけ?
エネルギッシュな所に、老いを全く感じられない。
タレ目が甘い癖に、瞳の強さが獰猛とか。
ちょっと弘樹、戻って来て!
あんたの草食系、今すぐカムバック!!
「ククク…、おもしろすぎ。」
「な、なぐるむーーー!」
ちょっとは手加減しなさいよ!
流石にキレてモフモフを両手で引っ張ってやろうと髪の毛を握り締めた所で。
「オズ!何処だ?!」
ハマトの怒鳴り声が響き渡った。
「…残念。」
とても満足そうな笑みを浮かべて、ツヤツヤと濡れた唇を舌で舐めてるオズに、アミルちゃんのキャパシティーがオーバーした。
うん、これは大人の私だってアウトだよ。
顔が熱くて真っ赤に火照るのを感じながら、私はオズの首筋にしがみついて難を逃れる。
コイツのフェロモン、マジはんぱねーんすけど…。
グラの成長が凄まじくて困った。
全力でリベンジしに来やがったな、と。
頭がぐらんぐらんしてるアミルちゃんを不憫に思った。
つまり私が負ける訳には行かないのよ。
歴16年の人妻を舐めんな。
ちなみに私は弘樹の前に、他の男も食って来てる。
恋愛偏差値だけはてめえより上じゃボケ!
グラの人見知りを思えば、それだけは抜けて無い筈!
「ねぇ、それ…本気で言ってる?」
トイレのドアを開ける寸前でピタリとオズの動きが止まった。
「うそです、たんなるまけおしみです。」
「へぇ…?」
私は全力で白旗を掲げたけれど、燃えてるグラに油を注いでしまった気がする。
戦略的撤退で取り繕ったけど、中身が筒抜けてるからこう言う時に不便よね。
昔の弘樹は可愛いかったなぁ…。
「良いよ。昔のことなんて思い出せないぐらいに、今の僕で塗り潰してあげるから。」
獰猛な気配に肌が粟立つ。
バクバクと鼓動が早くなるのはアミルちゃんが心底怯えてるからだろう。
うん、私もちょっと怖い。
だからシンクロしちゃったね。
でもね?
それもまた楽しみなんだよ。
プライドの高いこの男が、どれだけ醜態を晒してくれるのか。
それが恋愛の醍醐味って奴なのよね。
「…昔の記憶って美化されるって言うだろ?
だから失望する覚悟はしてたんだけど…、予想外だったな。
私の全てを知った後でも、君が変わらないで居てくれるだなんて。」
図太い所が取り柄なのよ。
「ハハ…、そうらしいね。
ハマト!此処だよ。」
前半は切なそうに。
そして後半は面倒臭そうに声を張り上げて居場所を伝える。
「何をしていた!」
「何って、トイレだけど?」
「離れる時は声をかけろ!」
「トイレにまで干渉されたくないよ。
面倒臭い。」
ハマトとのやり取りを聞き流しながら、私は彼が何をはぐらかそうとしたのかを考えていた。
だって2歳児にディープとか、どう考えたって可笑しいでしょ。
彼は明らかに何かを私に隠そうとしてる。
今分かってる情報からすれば、ミルを操るアバターを送って来たグラの同族関連だろう。
何故彼はそれを私に隠す必要が有る?
きっと弘樹の事を隠そうとした謎も、その中に含まれているのかも知れない。
まぁ隠そうにも隠せない種族みたいだから、私がそれを知るのも時間の問題だろう。
不機嫌を隠そうともしないで、のらりくらりとするオズを睨み付けてるハマトを、私はこっそりと隠し見る。
この人の事も私には違和感が有る。
弘樹は決して自分が好ましくない存在を、連れて歩ける様な器用さは持って無かった。
それを押してまで、何故彼を私に会わせる必要が有る?
まだ何もかも情報が足らないけど。
オズ関連と考えると、どうしても違和感が湧く。
こんな簡単に彼を巻けるなら、最初から連れて来ない方法は幾らでもあっただろうし、例えそれを咎められた所で、今の様にかわす事も簡単な筈。
戦力が必要かと言えば、決してそうでも無かった。
確かに自分の存在を私の家族に認めさせるのを目的だとしても、当主であるお婆ちゃんはオズが上位者なのを知っていたのだ。
最初に考えた理由が、その時点で外れる。
残ったのは違和感だけ。
道筋はこう。
私が襲われる事をいつ把握したのか。
偶然此方に来たとは全く考えて無い。
お母さんが呼び寄せたと思ったけど。
魔石で治療が終わった後でも中庭にあんなに沢山の外敵がいて、更に言えばもっと強い敵も侵入してたのは何故?
オズをボットにせずに、脳に負荷をかけてまでグラが私の側を離れなかった理由は?
弘樹は、悪く言えば他人に全く興味の無い人間だった。
あの可哀想な先輩ドクターでさえ、どれだけ敵意を向けて嫌がらせをされた所で。
余裕綽々とやり過ごしていた。
其れなのに何故、オズはあんなに怒り狂っていた?
答えは私が殺されかけたから?
今思えばセベクトも真っ先に私を狙いに来た。
これは偶然?
確かに私が先制攻撃している。
だから必然だったかも知れないけれど、オズの立ち回りの早さがとても気になる。
ヒーロー漫画じゃ無いんだから、ヒロインがピンチの時に駆けつけられる日常なんて無い。
それでもオズは間に合った。
オズ1人ならまだ分かる。
でも何も知らなさそうだったハマトを連れていた理由が分からない。
彼を連れて駆けつけようと思えば、事件が起こる遥か前に行動を起こさなければ、あの瞬間には間に合わなかった筈。
グラは私が襲われると分かっていた?
そして向こうが安心して反撃出来る様に、私がミルを吸う練習をしていた時に止めなかったとしたら…。
そう。
グラと同族の第三者が、この惑星に存在している危険性をグラが見逃すとはとても思えない。
万が一でもその危険性が有るなら、私に迂闊にミルを吸うなと注意して無い事も可笑しい。
だって同族なら命の危機に陥った時に、反撃出来る権利が有るのだから。
何も知らずにミルを奪えば、ミルを知ってるグラの同族から反撃される危険性が有ると、グラの指導が入らなかった事も違和感だった。
襲撃を予測出来たグラなら、それを私に指導するチャンスは幾らでも合っただろう。
それを思えばアミルの世界を始める前にアンドロイドの世界をやらせて、ミル収集の習慣をつけさせた事も今回の伏線におもえて来る。
まぁ何にしても、トイレでアミルちゃんの貴重なファーストキスの思い出を、台無しにした罪以上の罪は無いけどさ。
さあ、後で洗いざらい喋って貰うからな!
ハマトの様に私が逃すと思うなよ!
「ねー、まだつづくのー?
はやくいこーよー。」
私は心の中だけでフンと鼻を鳴らすと、オズに助け船を出してお茶の葉を準備したり、お父さんを手伝って食事を金貨のお部屋に運んだ。
「何故我がこの様な下僕の作業をせねばならぬ?!」
「だってわたしじゃはこべないしー。
おとうさんやおじいちゃんはいそがしいし、オズは私を抱っこしてるんだからしかたがないよ。
ワガママいわないではやくいこーよー。
おなかがすいたー。」
「グヌヌ、小娘!
生ゴミの分際で我に指図…」
「ハマト、嫌なら帰れ。」
「ふんぬぅぅぅ!」
まぁ実際に物を動かしたのは文句を言うハマトだが。
私はオズに抱かれて指示を飛ばしただけなので。
「マズイ!
なんと言う冒涜か!
こんな物は茶では無い!」
「はやくまわりがおちつけばいいね。
そしたらハマトがきにいるおちゃのはっぱを、おそとにかいにいけるのに。」
「我を呼び捨てにするな!この生ゴミが!」
「ハマト、アミルに暴言を吐くの禁止。」
「しかし!礼儀を知らぬ小娘には教育を…」
「それは私の仕事だから口を挟まないでくれる?」
「グヌヌ…、おい、小娘!
調子に乗るなよ!
お前などオズが居らねば…」
「オズー。
ハマトがこわいから、むこうのおへやにいくね。」
「ハハハ、ハマトが向こうへ行けば良いんだよ。だからアミルはこのまま居ようね。」
「フンヌー!」
それからお茶を飲んだり、お父さんが作ったパンやスープを飲んで小腹を満たしたり。
基本的にオズと一緒にハマトをからかって遊びながら、この日は過ごした。
登場人物
マーハトール・ハルフトマン
通称マハト
貴族 ハルフトマン家の次期当主
闇の上級魔導師
ストレートの白銀のサラサラロングヘア
青い目を持つ超絶美形。
でもゲルダ族なので性格が悪い。
オズワルド
通称 オズ 種族はピルプル
命の特級魔導師
グラの外郭
茶色巻き毛のロン毛を後に一つで束ねている。
茶色いタレ目に眼鏡を装備。
身長はマハトより低く、アミルの父サーチルと同じくらい。
リチャーズ・ダルヴァン
貴族。ヴァインズが有る地方の領主。
バッファル
外敵。灰色の子犬
セベクト
外敵。赤黒い中型犬 バッファルの進化形態
マーズリー
外敵。黒緑色の大型犬 セベクトから進化するルートの中の一つの亜種。
普段は森の奥地で生息しているが、毒を放つ為に街に訪れると災害認定される。
地名
ヴァインズ