無理ゲーをチュートリアルでやらせないで下さい。
松田夏海の時間は、わざと現在より過去に設定しています。
お母さんを失うかも知れない精神的なストレスが、アミルちゃんにも負担だったんだろう。
泣き疲れて気付いた時には、またお婆ちゃんの夫婦の寝室で目覚めていた。
まだ2歳児だからお昼寝も必要なので、焦った所で仕方が無い。
でもその時間をボットモードにしてやり過ごす事が出来たかと思えば、私の後悔はひとしおだった。
取り敢えず受付業務でボットモードにすると、火の玉モードに帰還する。
お母さんの意識はずっと戻って無いそうだ。
ひょっとしたら木蜜で高血糖状態にでもなってるのかも知れない。
一匙で低血糖症を起こすまで血糖値が上昇していたとすれば、お父さんが木蜜を与えすぎたと考えられる。
それでも追加のカロリーが無い以上、自然と血糖値が下がって今度はまた低血糖症を起こすだろう。
まぁ、ホントに予想がそうだったとすればの話で、正直な所。何にも分かって無いけれど。
つまり腎不全を起こしてお母さんが死ぬまで、この状態を繰り返すことになる。
これでは単なる死ぬまでの時間稼ぎだ。
赤ちゃんを諦めて堕胎させるにしても、今の状態でお母さんの身体が耐えられる保証も無い。
せめて血糖を測る機械が有れば、私の予想が当たっているのか確信が持てる。
そう思ってグラに相談したけれど、そう言った機材は開発して無いんだと。
そりゃそうだ。
欲しいと思ったのは歴代の子供の中でも私だけだから。
開発は出来るけれど、時間が掛かると言われた。
むしろ欲しいなら自分で作って良いよと言われて凹んだ。
いつも使ってた血糖測定器ですら、つくりかたを知らないのに、この星の人に気付かれ無い様な方法で、身体の負担にならない素材を使って血糖を測定してくれる機械をお母さんの埋め込めと?
そんな魔法みたいな真似が出来るかぁ!
と、半ギレで返信したら。
時間は掛かるけど出来ると言われて泣いた。
何せ火の玉ボディは不老不死。
1から私の世界の知識を学び直して血糖測定器の作り方を理解し、グラの世界の知識を学び。
それをこの世界の人に埋め込んでも問題の無い素材を使って作れば、ほら完成。
って、何世紀必要なんじゃボケー!
グラと文通していると人格が変わって行く気がする。
笑顔でパチンコ命のお爺ちゃんをやり過ごしていた日々が懐かしくなる。
あれも大概だと思ったけれど、まだ人間だった分理解が出来た。
宇宙人の価値観は私の忍耐力をガリガリと磨耗させてくれる。
つまり今すぐ私の欲しがってる血糖測定器は手に入れられ無い事が確定。
それじゃどうすれば良いか。
尿とは血液中の不要な成分を排泄した体液。
だから尿でも舐めれば甘いかどうか分かる。
昔の日本人は本当に偉かった。
お殿様を担当したお医者さんは、そうやって糖尿病と診断したのだとか。
絶対に嫌じゃボケーーー!!!
例えお母さんの物だとしても舐めたくなんか無い。
私は人間を止めて宇宙人になってるけど、捨てられ無い倫理観が残ってる。
しかもアミルちゃんがそれで病気になったらどうしてくれる。
と、資料を脳内片手にあーでも無い、こーでも無いと1人でカリカリしてたらあっという間にアミルちゃんが寝る時間になってた。
本当に時間が経つのが早くて絶望してしまう。
「あ、アミル。」
寝る前にお母さんの所に訪れて状態を観察すると、意識が戻っていた。
その瞬間感情が高ぶり、お母さんに突進して泣いてしまう。
だってまだ2歳児だもの。
これは私の感情ってよりも、アミルちゃんの感情が私を突き動かした状態。
いつも私の支配が強くて子供らしく過ごせないけれど、子供が母親を慕う感情は何よりも強くて尊い代物。
だから私も一緒になって心から泣いた。
初めてアミルちゃんと1つになれた気がした瞬間だった。
だから余計に自己嫌悪がこみ上げて来る。
私がこんなにアミルちゃんに負担をかけてるのに、何の貢献も出来ないからだ。
せめてお母さんだけでも助けたい。
でもそれは悲しい命の選択。
アミルちゃんとしても、私としても本音を言えば両方を助けたかった。
泣いてる場合じゃ無い。
私はブレブレの感情に無理やり理性を働かせて、お母さんと赤ちゃんの状態を観察する。
お母さんのHPは45まで回復している。
元が180だと思える半分も回復して無いが、最悪の状態からは脱している。
「おかあさん、ちゃんとごはんたべた?」
「ちょっと食べたよ。」
「なにをたべたの?」
「ほら、いつものブルールよ。」
どうやらお父さんがまた木蜜を使ってジャム擬きにした物を食べさせたらしい。
でも昏睡状態を解消している事を思えば、意識を阻害させる程、血糖値は上がって無いと予測する。
「おかあさん、のどかわく?」
「そうね。だから沢山お水を飲んだの。
汗をいっぱいかいてたから、きっとそのせいね。
お婆ちゃんが綺麗に拭いてくれたし、今は何も辛いこと無いよ。」
「…そう、よかった。
もしきもちがわるくなったらおこしてね?
わたし、おかあさんのよこでねるから。」
お母さんは困った顔をしたけれど、駄目だとは言わずに布団の中に入れてくれた。
ひょっとしたら、寝たらお婆ちゃんの所に移されるのかも知れない。
それでも今は構わない。
どうせアミルちゃんじゃ、お母さんの具合が悪くなっても起きれないだろうから。
「おかあさん、おててつないでー。」
「うん。ごめんね、不安にさせちゃって。」
甘えてる振りをしながら、お母さんの手首に触れて脈を測る。
メニューの時計を見ながらカウントすると、正常な速度まで落ち着いていた。
それでもまだ不整脈は治まって無い。
心肺機能に負担が掛かっているせいだろうか。
血糖値がどうだか測れないのはもどかしいけど、口渇も高血糖の症状の1つだ。
あとは赤ちゃんとお母さんのステータスをチェックして、ボットモードで就寝する。
あーあ、看護師の仕事は精神的な負担が多くて悲しい思いを沢山するから、新しい世界では別の楽しい事をするつもりだったのになぁ…。
いきなりお母さんと兄弟の命が掛かって来るとか、ハードモード過ぎるよ。
私は目を閉じて軽く愚痴りながらも、全力で戦う事を胸に誓い。
火の玉ボディに帰還して行く。
問題を精査しよう。
今分かっている情報から、お母さんは糖尿病になっている危険性が有る。
お母さんよりも赤ちゃんのMPが高い。
ピルプルでMPの高い子供は死にやすい傾向がある。
妊娠中は母体が亡くなるケースも認められている。
私の世界の知識では、妊婦が妊娠中毒症を起こすと高確率で糖尿病を発症する。
重篤になると死亡する危険性がある。
この世界での妊婦の死亡理由にそれが当てはまるのかは未確認。
原因を究明するのは極めて困難である。
さて、どうするか。
今まで弱りながらも低血糖症を起こして無かった事を思えば、木蜜との関連性も浮上している。
そして寝る前にしたステータス診断から、昼に比べて赤ちゃんのMPが20程高くなっていることに関連が有るのかどうか。
これは日々観察してみなければ確かな情報とは言えないけれど、胎児が成長するにあたってMPが増えると、母体に悪影響が起こると過程する。
お母さんのMPが全く減って無い代わりに、減っているのはHPの方。
その事を考えると、胎児の成長にカロリーが関連している可能性を否定出来ない。
言い方は悪いが、お母さんの命を使って赤ちゃんが成長している。
本来は昏睡する程高血糖になった場合、お母さんの意識が回復した時間が早い気がする。
それに追加でカロリーを摂取しても、高血糖で昏睡するまでには至って無かった。
それはお母さんが吸収したカロリーを赤ちゃんが消費したと考えれば辻褄が合う。
かなり強引な推察だけどね。
でもこれはターニングポイントになるのだ。
私の世界での妊娠中毒症の場合、赤ちゃんと体質が会わなくて、抗体が生まれて免疫が母体を攻撃する事で起こる障害と考えられている。
今回の場合も赤ちゃんのMPが高くて、お母さんと体質が合わず、母体が弱っていると言っても過言じゃ無い。
それがカロリー摂取だけの問題で解決するなら、高血糖になる事を恐れずに摂取して乗りきれる可能性が有る。
問題はそうで無い場合。
免疫が問題で母体に異常が起きてるなら、赤ちゃんが今以上に成長すると母体に与える悪影響が増悪してしまう。
これをどう見極めれば良いのか。
現実問題として、お母さんが低血糖症を起こさない様にカロリーを与え続けてみるしかない。
それで胎児が成長しても、お母さんの状態が悪化すれば、カロリー以外の問題がお母さんの身体に起こってると立証される。
なんて酷い検証方法なのか。
お母さんが調子を崩す事でしか判断がつかないのだから。
でも今の私が出来るのは、なるべくお母さんに食事を取らせる事だけ。
そしてHPの増減を見て、悪化の兆候を判断するしか無い。
何せ体重計すら無い世界だもん。
数値として見えるのが、私の鑑定スキルだけとかもう泣けてくるよ。
そしてこの判断が誤りで、高血糖から急性腎不全を起こした場合。
高確率でお母さんは死んでしまう。
だからターニングポイントなのだ。
私の世界の治療方針からいえば、高血糖にならない様にカロリー制限が必要になる。
でもこの世界の胎児が高カロリーを必要としていた場合、真逆の治療方針となってしまう。
それを私は鑑定からの情報で判断しなければならないとか、無理ゲー過ぎる。
そして決断しなければならない。
高血糖で昏睡にならない事を上限として、低血糖にならない状態を維持すると。
誰か私の世界から血糖測定器を持ってきてくれー!!!
科学者プリーズ!!!
もう止めてよグラってば!
絶対に遺伝子の集め方を間違えてる!
もっと頭脳的に優秀な人材を選んで欲しかった。
私には無理だーーーー!!!!
またアンドロイドモードになって荒野を爆走しまくった。
ついでにボットモードのグラもポコポコと殴って苦情を伝えておいた。
結局「可愛いなぁ…」と笑われて、殺意が芽生えただけに終わったけど。
アイツいつかマジで殺す。
まぁ、グラを殺すのは現実問題として不可能だろうけど。
何せ火の玉モードで物理的にグラを攻撃出来ないもの。
精神的な攻撃をしたくても、私が怒ろが泣こうが、グラからすれば楽しいだけ。
例え私が死んで精神的なダメージをいくばくか与えた所で、新しい別の被害者が誕生するだけだ。
不毛過ぎて試す気分にもなれやしない。
それに他人を恨む人生なんて嫌だもの。
無理やりにでも前を向いて行くしか無い。
お母さんの命を掛けた賭けに出るとして、悪化した場合にどうすれば良いか。
それも何か手段が無いか、探さなくては。
私には嘆いている暇なんか無かった。
しんどくてもダウンロードした情報をピックアップして解析していかなくちゃ。
アラームが鳴るまで、私は延々と情報を読み更ける。
同情があったかも知れない。
でも恐らく私の精神はアミルちゃんに汚染されて居たのだろう。
だからこんなに夢中になって、お母さんを救うヒントを探し求めている。
そう冷静な部分が今の私を分析していた。
職業柄、何人もの死を見つめ続けて来た松田夏海だった頃の私なら、こんなに夢中になって勉強して無い。
それが出来てたら訪問看護師では無く、お医者さんにでもなってただろうから。
不真面目では無かったけど。
出来ないことを仕方が無いと諦める分別はつけていた。
小さな頃から越えられない壁にぶつかって越える事を諦める。
それを積み重ねて経験して大人になったから、自分の限界を越える努力をする事もしなかった。
それが火の玉モードになって世界が一気に広がり、今まで想像すらしてなかった世界を知った。
私からすれば神様みたいな途方も無い技術力を持ったグラと出逢い。
今回の場合も、もしかしたら何とかなるんじゃ無いかと夢を見たのだ。
そしてその希望にアミルちゃんの願いが同調して、私は今だかつてしたことの無い努力をしている。
何せ疲れたと愚痴を漏らした所で、それは松田夏海の経験から、こうすれば疲れると学んだからそう思っている錯覚。
火の玉モードの私は何時間も連続して情報を読み込んでも、眠気も無ければ食欲だって無い。
つまり疲れると言った現象は起こらないのだ。
結果として遅々としか進まない作業に苛立ちながらも、私はアラームが鳴るまで没頭して知識を増やした。
昼はアミルちゃんモードになって、お母さんと赤ちゃんの状態を観察し。
夜になっては情報を精査する為に、混雑している知識を読み更ける。
二週間も同じ作業を続けていると、新しい情報のお陰で少しだけ現実が見える様になってきた。
先ずは木蜜を使わなくても、ブルールだけのカロリーでは、お母さんのHPは減少する事。
逆に木蜜を使った場合、低血糖症を起こすまでHPが減る事は有るが、使った時のHP回復力が高く。
低血糖症を起こす前に追加でカロリーを摂取すれば、低血糖症にならずに済む事も分かった。
この事からブルール以外に食べれる物を増やした方が良いと判断して、他の食材を食べさせようとお父さんと努力したけれど。
匂いが悪阻に引っ掛かり。
食材を変えることは困難を極めた。
そしてブルールと木蜜に頼った結果。
深刻な金銭不足に陥ってしまう。
これはその2つの食材が高額商品で有るのと、労働者が減って新しい雇用を余儀無くされたのも大きい。
更にブルールと木蜜だけでは足らないHPの回復を、お婆ちゃんの魔法で補った結果。
魔法を使う為の素材にまで、高額な資金を必要としたからだ。
赤ちゃんが大きくなるにつれて、必要とされるカロリーの量は増えて行く。
けれども今以上のカロリーを摂取させるには、現状の経済力では難しくなって来ている。
病気が悪化するよりも先に、まさか資金が底を尽きるとは。
健康保険があり、低額な資金で食事や医療行為を受けられていた私の世界には無い問題だった。
「もう一か八かで堕胎させるしか無いのかねぇ…」
そんな不吉な呟きをお婆ちゃんから聞いて、私の背筋が凍りつく。
まだ4ヶ月にもなって無いのだから、お婆ちゃんの呟きの方が、お母さんの命を思えば当然の選択だった。
私は堪らなくなって、逃げ出す様にアンドロイドモードで荒野を爆走する。
僅か2歳の身の上では、お金を稼ぐ方法が分からなかったからだ。
必死になって勉強して、何とかお母さんの健康の維持が出来ていただけ。
物凄く悔しかった。
でも裏を返せば維持するだけでも精一杯で、全く解決には向かえていなかったのだけれど。
「嫌よ!
この子を諦めるぐらいなら死んだ方がましよ!」
とうとうお婆ちゃんがお母さんにそれを告げた事で、あんなに体調が悪くても明るく頑張っていたお母さんが真っ先に崩れた。
この後散々泣いて食事を取れなくなったせいで、体調が一気に悪化したのだ。
しかも頼りの木蜜もほとんど底をついてしまっていた。
「あまいもの!
なにかかわりにあまいものはないの?!」
「わかった!取ってくる!」
減り続けて行くお母さんのHPを見て、半狂乱になって騒いでいると、お父さんが家を飛び出して行った。
「…甘いもの…取ってきたぞ…」
何とか小壺に残った木蜜を水で薄めて与え続けていると、夕方になってからお父さんが全身血まみれのボロボロの姿で帰って来た。
どうやら町から出て、森に入ったらしい。
そしてお父さんが見つけて来たのは、花蜜と呼ばれる蜜の元になってる赤い花だった。
お婆ちゃんがそれを急いですり鉢で粉砕して、少量のお水で煮込み。
何とかお母さんは命を取り留める事が出来た。
でも今度はお父さんが怪我をおったせいで、事態は更に悪化したのだ。
そんなてんやわんややってる時に、悪い事は重なるものだ。
「アミル、ちょっと手伝ってくれ!」
お助け要員としてまた家に来てくれてたお兄ちゃんが、私を受付に呼び戻しに来た。
聞けば宿代を支払うのに、銀貨じゃ無くて銅貨を出して来た客が居るとの事。
宿泊料金は1人銀貨一枚になるが、3人居るから銅貨が300枚有るのか数えないといけないらしい。
客は疲れているから早くしろと怒って怒鳴っている。
「それなら銀貨を持って来いよ」と。
お兄ちゃんが小さく毒づくのを聞きながら、私は笑顔で対応する事にした。
「なんだ?この小さいのは!
客を馬鹿にしてんのか?!」
「だいじょーぶですよ。
わたしはおかあさんのおなかのなかにいたときから、うけつけしてただいべてらんです。」
嘘に近い冗談が効いたのか。
山賊みたいに汚いオニキスのオジサンは、チッと舌を鳴らしながらも腕を組んで待ちの姿勢に入った。
とにかく急いで数えようと。
私は十枚にした銅貨の山をカウンターの上に並べて行く。
最初だけ数を数えた後は、同じ高さになる様に横に10個の山を作って行くだけの簡単な作業だ。
それをお兄ちゃんも一緒に並んでやって貰っていると。
「おい…」
「クソ…マズイな。」
オニキスのオジサンの後ろから、ピルプルのオジサン達がこそこそと何かを喋っている姿に、何となく嫌な予感がする。
「おい!ちんたらしてんじゃねぇよ!
ちゃんと100枚づつ入ってるって言ってんだろ!」
そろそろ一袋目を並べ終えるかと思う前に、オニキスのオジサンが大きな声で威嚇して来た。
「すみませんねー。これはルールなんですよー。まちがえはだれにでもあるので、おおくはいってたらこまるでしょー。」
それでも私の顔面平常心のレベルは低くない。
どれだけ大声で怒鳴られた所で、それが何だと言うのか。
採血に失敗して、良い血管が無くなった時の方が百倍怖かったわ。
「ほらみろ!ちゃんと100枚あっただろーが!もう良いだろ!早く中へ通せよ!」
そして一袋目を並べ終えた所で、オニキスのオジサンが得意気に声を荒げる。
「そういえば、こんやのしょくじはどうされますかー?」
「ん?食事だと?」
「はい!おなじメニューになりますけど、ウチでたべらるならどうか3まいになりますよー。」
相手の気を反らす為に、私はわざとゆっくりと喋りながら、ドンドンと銅貨を並べ立てて行く。
「おい、どうするよ!」
「うむ…、銅貨3枚なのは安いな。」
後ろのオジサン達と相談しててくれれば、こっちは時間稼ぎが出来て万々歳。
「あれれ?おかしいですねー。
どうかがちょっとたらないみたいですよ。」
「な、なに?!」
そして2つ目の袋の中の銅貨を並べ終える直前。
最後の山が6枚で終わっているのを、突き付けてやる。
怪しいと思ったんだよ。
て、言うか。
こんな風にして小銭を誤魔化す人は結構居るのだ。
だからお兄ちゃんはこちらが立て込んでいるのを分かっていながら、人海戦術の為に私を呼びに来るしか無かったと言う訳。
そして向こうが数え間違いだ!と、いちゃもんをつけて来るまでが常套手段。
なので、言い訳が出来ない様に、こうしてわざわざ立てて並べて突き出した。
「ぐ…、たまたまだ!たまたま…」
「それじゃ、のこりのふくろのほうもかぞえますねー。」
「お、おい!もう良いだろ?!」
「えー?それよりも、しょくじはどうされますかー?
おしはらいは、いまのうちにしてくれたらありがたいですー。」
私も並べているが、怒り狂ってるお兄ちゃんの手はもっと素早かった。
何せ表示はされてなくても、サーフルのクォーターだから器用なんだろう。
「お客さん。困りますね。
全部で銅貨16枚足りませんよ。」
「何だとテメェ!」
「まちがいはだれにでもありますよー。
こんなにあったらしかたがないですよねー。
なのでおしはらいをおねがいしまーす。」
「ぐぬぬ…」
ギン!と睨み付けるお兄ちゃんに、逆ギレしかけているオジサンの雰囲気を察した私は笑顔の大盤振る舞いする。
流石にニコニコしてる2歳児を相手に暴力はマズイと思ったらしく、歯を食い縛って悔しがったけれどそれで終わった。
あー、私が大人で良かったよ。
今は2歳児だけどねー。
こうして足りなかった銅貨16枚を出させた上で、しっかり食事代の銅貨9枚も受け取って難を逃れた。
「ちょっとはまけろよ!」
「おにーさんがなんどもきてくれたら、かんがえときまーす。」
「ちぇっ…」
美幼児のエンジェルスマイルには、流石に悪党と言えども強くは出れまい。
完全に悪事が露呈してた分キレるにキレれられず。
大きな身体を丸めていそいそと宿の中に入って行った。
これぐらいの小悪党なら可愛いものだ。
お婆ちゃんの話では、客を装った強盗も中には居るらしい。
これぐらいの大きな町だと、警備している兵隊さんも多いからあんまり無いらしいけど。
地方の小さい宿屋には、強盗が私室に入って来られない工夫が完備されてるそうだ。
本当に物騒な話だよねー。
「マジで助かったぜ。
でもこんな風に並べておくのは思い付かなかったな。
母ちゃんにでも教わったのか?」
「ん?じぶんでかんがえたんだよー?」
「そっか。
これからは俺もこんな風にするぜ。」
満面な笑みを浮かべるお兄ちゃんに、私は瞬間的にピン!と閃きが走った。
「ねぇ、おにーちゃん。
もしこんなふうにならべなくても、すぐにかずがわかるどうぐがあったらうれるとおもう?」
「そりゃ売れるんじゃねーか?
誤魔化す奴は沢山居るから、本気で面倒だもんな。」
そうか…もし売れるんならお金儲けの匂いがする。
ただしそれには道具を作る必要が有る。
そして買ってくれる人を見つけないといけない。
道具はお爺ちゃんに作って貰うとして、買って貰うのは身近な所だとゲルマンさんだけど…。
もっとお金を持ってる商人さんに知り合いは居ないかな?
まぁ相談してみるか。
何はともあれ先に試作品を作らないとだよね。
この後はお客さんが途切れるまでボットモードにして火の玉ボディに帰還する。
構想を固めないとお爺ちゃんに説明するのも難しい。
私は直ぐにアンドロイドモードになると、ミル交換のショップを開く。
そして木材と工具と銅貨を購入する。
ここの星には警戒しないといけない人が存在しないから、グラの警戒が弱いのよね。
だから欲しい物が直ぐに手に入る。
イメージとしたら良くコンビニで見かけるコインケース。
作れるなら銀行で自動的にコインを数えてくれる機械を作りたい所だけど、あの世界の文明じゃ作れる訳が無い。
と、言う訳で。
コインケースに絞って作り方をダウンロードする。
この点に関しても、外郭がアンドロイド風なせいか、火の玉ボディよりもグラのチェックが甘いのだ。
二度手間になるけど、有用なら火の玉ボディの方にダウンロードし直せば良い。
そして難なく完成。
と、言ってもコインを10枚並べられる四角い列を作っただけの簡易モデル。
大袋からザラザラと銅貨を作ったケースの横に置いて、硬貨を横に立たせて並べるだけ。
コインに多少の厚みの差や歪みはあったけど、何とかイメージ通りに収納出来た。
数えなくて済む分、作業効率は上がるけど。
思ってたより一瞬では出来なかったし、楽でも無かった。
ホントにこれがお金になるのかは疑問。
でもまぁ立てて並べる事を思えば倒れなくて済むし、こうして保管してれば最後に売上を確認するのが楽にはなるよね。
需要はちょっと有るかな?
本格的に作るなら、小さな段を糊で張り付けるより、溝を掘った方が耐久性は有るだろうけど。
てかあの世界に木工ボンドとか有るのかしら。
まぁ無ければアイデアだけでも売ればいっか。
コインケースで商売するのは他の人に任せて、アイデア料だけ貰っても良いしね。
と、気楽に考えた私は、寝る前に忙しいお爺ちゃんを捕獲する。
「おじーちゃーん!」
「うん?なんだい?アミル。」
そして頼もうと思ったけど。
お爺ちゃんの疲れきった顔を見て、咄嗟に言葉を飲み込んだ。
「えーと…、きと、きをくっつけるモノがほしいんだけど…」
「うん?そんなものをどうするんだい?」
「えーとね…、おひるにおにーちゃんが、こまっててね。おかねをはやくかぞえられるどうぐをつくろうとおもったの。
もしいいものができたら、おかあさんのおくすりをかえるおかねになるかなぁって…」
説明している途中で、お爺ちゃんの涙腺がだーっと決壊してビックリした。
そしてビックリした拍子に、私までつられてもらい泣きしてしまう。
お爺ちゃんが泣いたのは、連日の疲労に加えて今日はお父さんが使い物にならなかったせいで、とても疲れている所に。
子供の私が薬代のお金を気にしてると聞いて悔しかったのと、逆に感動したのとで感情が高ぶってしまったらしい。
私の方と言えばお爺ちゃんを泣かせた罪悪感と、驚いたショックで感情が高ぶったから。
「おやおや、二人してどうしたんだい?」
そこに私の泣き声を聞いて様子を見に来たお婆ちゃんが、呆れた顔で登場する。
「何でもねーよ。
ほら、アミル。木が欲しいんだろ。
どんな奴が良いのか見に行くぞ。」
「うわ!」
お爺ちゃんは恥ずかしかったらしく。
慌てて私を抱き上げると、スタタタ…と物凄い速さで中庭に向かった。
そして中庭でも裏手に有る、薪を置く場所に私を連れて来ると、小さなランプに火を灯す。
「ほら、どんな木が欲しいんだ?」
「えーとね、ひらべったくて。
こーんなかんじのはこをつくって、なかにこんなかんじで、えーと…」
そして説明するのが物凄く難しい問題が発覚。
見本を見せれば早いけれど、その見本を今から作ろうとしてるのだから、さぁ困った。
中敷きって単語は何て言うんだ?!
2歳児の語学は、せいぜい日常で使われる単語が精一杯。
知らない言葉なんて使えないのだ。
だから私は地面にしゃがみこんで絵を描いてみた。
「どうかを10まいならべられるみちをつくるの。それをよこに10こつくったら、ぜんぶで100まいになるから、かぞえなくていいんだよ?」
「ほー。これをアミルが考えたのか。
よし!爺ちゃんが作ってやろう。」
「え?!でもおじーちゃん、いっぱいはたらいてつかれてるよ。
わたしはたくさんねたし、だいじょーぶだから…」
「くぅぅ…。
アミルは本当に良い子だなぁ…。
爺ちゃんの事まで心配してくれるのか。
でもな?
木はトゲがあって危ないからな。
だからこれは爺ちゃんにまかせとけ!」
そしてまた出てきた涙を拭いながら、お爺ちゃんが涙ながらに胸を叩く。
その心意気は頼もしいし、正直有難い。
何せ商売する時に見本になるので、丁寧な作りに仕上げたかったから。
私が自分で作るよりも、お爺ちゃんが作った物の方が絶対に立派なのが出来ると思う。
でも自分で言ってる最中に、只でさえオーバーワーク気味なお爺ちゃんに仕事を増やした事で、胸がとても痛かった。
「おじーちゃぁん。
びょーきになっちゃいやだよー。」
「こんな事で病気になんかなってたまるかってんだ。
だからアミルは安心して待ってろ。
良いな?」
「ホントに?
たくさんつかれてるのに、びょうきにならない?」
「あぁ、ならん!そんな軟弱な鍛え方はしてないぞ。」
鼻息も荒く腕を曲げて力こぶを作って見せてくれてるけど、そんなに筋肉質じゃ無さそうで余り筋肉は分からない。
でもお爺ちゃんの気持ちが嬉しくて、感極まった私は。
「おじーちゃーん!」
「アハハハ、はうあっ!」
お爺ちゃんの足に抱きついた。
そしてそんな私を抱き上げようとしたお爺ちゃんの方からグキ!と。
「まったく、何をやってんだい!」
「す、すまねぇ…」
お爺ちゃん、ぎっくり腰にて戦線離脱。
やっぱり腕力は関係無かった。
ちょっとあり得ないぐらいの戦力ダウン。
お爺ちゃんが開けた穴はお父さん以上に大きかった。
とにかく怪我人と病人を1ヶ所に纏める為に、お兄ちゃんと新しく雇ったバイトさん達に頼んで、お母さんの夫婦の寝室にベッドを追加して3人を横に並べて寝かせ。
「困ったねぇ…。人手が全然足りないよ…」
お婆ちゃんがコックをする事になり、お爺ちゃんの仕事を新しく雇ったお兄さんとお姉さんで振り分け、それをマルクスお兄ちゃんが司令塔のなる事で回そうとしたけれど。
お爺ちゃんが1人で3人分ぐらい働いていた事が判明して、どうしても業務が滞ってしまう。
お爺ちゃんのお仕事は、宿の外と中庭の掃除から始まり、空いた部屋のシーツを集めて回り。
部屋の中の掃除とベッドメイクをする事。
そして備品の買い出しをして、大浴場の管理。
毎日お水を入れ替えて、掃除をしてからお湯を沸かし。
更に厨房で食器洗いをしていたのだ。
掃除は3人が全員で手分けをして、備品の買い出しはお兄ちゃん。
そしてシーツの洗濯はバイトのお姉さんがしている所で、新しく雇ったお兄さんが大浴場の掃除。
そしてお兄ちゃんと、バイトのお兄さんがお風呂の水を入れて沸かすとなると。
どうしても食堂の方に人手が回らない。
食器洗いもそうだけど、問題はウェイトレス。
バイトのお姉さんの仕事量が増えたせいで、忙しい朝と昼の時間帯のウェイトレスが消えてしまったのだ。
「おばぁちゃん。
しょくじはおきゃくさんにじぶんでとりにきてもらおう!」
経済的に値引きも品数も増やすサービスは出来ないが、しばらくはスープのお代わりが一杯出来るアイデアを提案すると、お婆ちゃんがそれを承諾。
それでも経済的に痛手だけれど、それが一番痛手の少ない提案だと判断してくれた。
流石に2歳児ではウェイトレスは出来ない。
重くて料理が運べないからだ。
そして今までお母さんの食事にブルールを1つ使っていたけれど、皮を削って香り付けをしたスープに変えて出してみた。
「おかあさん。
もうおかねがないのよ。
あかちゃんのために、がんばってたべてね。」
「…うん。」
隣りでウンウンと唸っているお父さんの姿に、流石にお母さんも来るものがあったらしく。
ブルールの皮で香り付けしたスープを頑張って飲んでくれたので、ひとまずホッとする。
そしてこのスープはウチの新しいメニューとして、お客さんにも提案した。
要するに柚子の香り付けみたいなもんだからね。
柑橘系の爽やかな香りが肉の臭みを取ってくれると、中々の評判にお婆ちゃんも嬉しそうに笑ってくれた。
そりゃ具材を切って煮込んで、塩でしか味付けしてないんだもん。
ちょっと毛色が代わると、それだけでご馳走の気分になるよね。
何せ元が銀貨1枚もするブルールだもん。
皮を削って香り付けしてるだけだから、1つで充分足りる。
そもそも今までは捨てるだけだったし。
フルーツは高額だからそんなに食べる機会が無い。
だからわざわざ苦い皮を料理に使う発想が生まれる程、消費して無かったのだ。
それでも問題はやっぱり起きる。
パンを焼くのはとっても重労働だった。
小麦粉を捏ねる所から始まって、焼くのにも重たい鉄の鉄板を使う必要が有る。
流石に私もこれには困った。
何せパンは買うものだったから。
だからパンを作らない事にした。
代わりに私が提案したのは粉もんだ。
小麦粉を水で溶き、モチモチ感を期待してジャガイモ擬きを擦ってまぜる。
そしてパン用の鉄板に流し、ひっくり返して焼く。
以上、終わり。
「ずいぶんと愉快な事を思い付くねぇ…」
「どうかな?」
「変わり種だけど、良いんじゃないかい?
食べられるのにば文句言うやつは追い出すよ。」
お皿に乗った平たいパンはお客さんにも受け入れられた。
そしてこれもウチの宿限定メニューになる。
お好み焼きの発想なんて、日本人ぐらいだもんね。
パンそのものに味はないけど、元々食べてたパンも味が無かった。
歯ごたえが無いと、食感の好みで微妙な顔をする人はいたけれど、固すぎるパンをスープにつけて食べる人がほとんどだったから。
そのまま食べられる柔らかいパンだと、好意的に受け入れてくれる人が多かったのが勝因だ。
ただ今まで提供出来てた、固定メニュー以外のメニューは提供が困難になってしまった。
何せパンを焼くのに手間を取られてる。
だから煮込み料理専門のメニューに切り替える事を提案した。
値段を一律に出来る為に、私の会計業務が楽になり。
その分お代わりの補助や、新しく自分で配膳するルールの説明に回る事が出来た。
ちょっと今回ばかりはボットモードに出来なくて、それが唯一のネック。
でもお父さんもお爺ちゃんもそのウチ回復して復帰するだろうから、それまでの我慢だ。
お母さんの治療方針はそんなに進展出来ないもん。
何せお金が無いからね。
この世界の人達は過酷な労働をして来ていた分、基礎体力がまるで違う。
先ず怪我から復帰したのはお父さん。
3日もしたら、怪我の傷が塞がって熱も下がってくれたのだ。
獣に襲われて腕や身体に大きな裂傷が走っているけれど、何とか骨折は免れてたお陰で化膿さえしなければ復帰は早かった。
続いて5日目でお爺ちゃんが復帰。
実は3日目から動き始めていたけれど、お爺ちゃんの業務はひたすら体力仕事で腰には過酷だ。
だから私が復帰を渋っていたけれど、もう5日もしたら孫の静止なんか聞き入れやしなかった。
「おー、良いぞ。こりゃ腰が軽い。」
その代わり胴回りにサラシを巻き付ける事を約束して貰った。
腰椎ベルトなんてこの世界にそんな上等なものはないからね。
「なんだい?腹帯かい?」
「おばあちゃん、シー!」
妊婦の腹帯と一緒にしたらお爺ちゃんが拗ねちゃうでしょ、と。
必死にお婆ちゃんの口を押さえた私を誰か褒めて欲しい。
こうして何とか急場を凌いで、通常業務に戻る事になり。
マルクスお兄ちゃんは修行先に帰ったけれど、ウェイトレス不在と煮込みメニュー専門は継続する事になった。
「お父さん。ホントにいいの?」
「あぁ!その代わり色んな新しい事に挑戦するぞ。」
ブルールの薫り付けスープが刺激になったのか、お父さんは新しい食材を使って煮込みメニューを増やす事に意欲を燃やしている。
だからジャガイモみたいな野菜を裏ごししてポタージュにする事を提案してみたら、スープの種類がもう一種類増える事になった。
パンの方は従来の物が提供出来る様になったので、具の無いお好み焼き擬きの二種を提案して、お客さんに選んで貰える様にする。
この世界では新しいタイプの食堂になった。
これが評判を呼んで一気にお客さんが増加する。
一時は本当にどうなる事かと思っただけに、何とか危機を乗り越えられて良かったよ。
そして忘れた頃になって、お爺ちゃんがコインケースを作ってくれた。
「わぁ!ありがとーおじーちゃん!!」
「ハハハ!これぐらいの芸当楽勝よ。」
釘を使っているみたいだけど、私が作った試作品よりも遥かに丁寧な仕上がりに、かなり本気で感動したからドヤ顔だって許せちゃう!
よくあんな地面に書いた拙い絵で、私の言いたかった事が伝わっくれたよ。
このポイントが本当にミソだったのだ。
作って貰って置いて全然イメージと違ったら、物凄く気まづい事になっていたに違い無い。
しかも釘は蓋の無い箱の四隅に使われてただけ。
中に有る小さな段差は四隅の枠で押さえ、更に布を挟んで固定すると言ったプロみたいな工夫までされている。
マジでウチのお爺ちゃん、天才かも知れない。
そこで喜び勇んで使用感を確かめてみた。
私からしたらとても使いやすいと思う。
百枚貯まったら皮の袋に入れれば場所も取らない。
よし!と。
喜び勇んでこの頃は修行に戻ってたお兄ちゃんに、ゲルマンさんを呼んでもらった。
そして翌日。
ご飯のついでにゲルマンさんが店に来てくれたので、自宅のリビングで自慢のコインケースを見せてプレゼンを始める。
看護研究発表会で発表した経験は有るけれど、商売の話を持ち掛けるのは産まれて初めての経験だ。
でも相手がゲルマンさんだから、あんまり緊張しなくて済むのが良かった。
「ほほー、なんか色んな事を思い付くなー。
それも何かのギフトかい?」
「さー。よくわかんないよ。」
「鑑定を持ってるなら自分で見えるんじゃないのか?」
「んー。なんかいろいろかいてるけど。
まだかずしかよめないもん。」
「あー!そりゃそうだな。
こりゃオジサンが一本取られたよ。
でもそれなら何で偽物と本物が見分けられるんだい?」
「それはにせもののほうに、もじのかずがふえてるからだよー。」
まぁ気安い関係なのが災いして、雑談ばかりがはかどっているけれども。
私がこの世界の文字を習って無いのはホント。
でも私の鑑定スキルの表示は日本語だけどね。
だから当たり障りの無い言い訳を、ヒヤヒヤしながら考えて伝える。
でもお陰で商売の話が全然進まなかった。
「それでオジサン。このコインケースがうれるとおもう?」
「んー、さぁどうかなぁ…。
使ってみなけりゃ分かんないよ。
でもこれ1つしか無いんだろ?」
話の進み具合が悪いと思ったら、確かにその通りだった。
これを貸し出すのは簡単だけど、これは私の為にお爺ちゃんが端正込めて作ってくれた代物。
「うーん…、それじゃ、すこしだけかしたげるから、だいじにつかってね?
それでつかえそうだなとおもったら、わたしのおもいつきをかってほしいの。」
「うん???
この箱か?
えーと、これを売るんじゃぁ無くてか?」
「これはわたしがかんがえたから、アミルのはこってよぼーかな。
それでね?オジサン。
わたしにはこのはこはつくれないし、おじーちゃんだってほかにやることがあるからたくさんはつくれないでしょ。
だからオジサンがつかってみてほしくなったら、じぶんでしょくにんさんにつくってもらってほしいの。
でもこれをかんがえたのはわたしだから、ひとつつくったらどうかをいちまいほしいんだー。」
「ふむ…、なるほど色んな事をよく思い付く。
流石に俺は自分の考えたネタを売るなんて思い付かなかったぞ。」
「まぁ、つかってみて、オジサンが気に入らなかったらほかのしょうにんさんをしょうかいしてほしいの。
ひとつつくるごとにどうか1まいもらって、おかねをたくさんかせいで、おかあさんのおくすりをかうから。」
「そっかぁ。
難しいとは思うが…、よし。
取り敢えず使ってみるか。」
「どうしてむずかしいの?」
「そりゃもしこれがいい道具なら、他の奴らが真似して作るからさ。
だからオジサンがお金を払うのは馬鹿らしいだろ?
他の奴らはアミルちゃんにお金を渡さないからな。」
「がーん…」
その辺の事情は全く予想して無かったよ。
でも確かに私の世界にもバッタもんは沢山有ったよね。
だからブランドが生まれたんだけど、確かに使えたら何でも良かったら誰かが真似して作って使うよ。
「おかあさんのおくすりをかおうとおもったのに…」
しょぼーんと肩を落とした私に、オジサンは罰が悪そうな顔をしてポリポリと頭を掻く。
「ちょっと!
何を意地悪な事言ってんだい!」
そこで降臨したのはお婆ちゃん。
オジサンはウゲッ!と顔をしかめて肩を竦める。
「真似して売られるまではあんたの専属で売れるって話だろ!
それなら利益を見越して金を払えば済む話じゃないか!
その為にわざわざ直ぐに構造が分からない様に、ノフマンが布を貼ってやってんだろ!
アミル。こんな商才の無い奴に、あんたの商品は渡さなくたって良いよ。
他にも商人の客は沢山来るんだからね!」
「ちょ…姉さんは口を挟まないでくれよ!
これはアミルちゃんが俺に持ってきた話なんだからな!」
正に鶴の一声。
身内への遠慮の無さか。
それとも、この強気の姿勢が商売人には必要なのか。
お婆ちゃんが一声かけるとオジサンが慌ててアミルの箱を掴んで胸に抱いた。
取り上げられると思ったらしい。
「じゃ、取り敢えず使ってみるから!」
そしてあっという間にオジサンが逃げ帰って行く。
「全く、小さな子供が相手だからって舐めやがって。
アミル!こういう話をする時は、ちゃんと大人を連れて行くんだよ。いいね!」
「はい、お婆ちゃん。」
うん、確かに身内だからと甘い顔を期待してた私のミスだ。
お金を少しでも稼ぐのが商人なら、身内が相手でも利益を出す事に甘えては駄目みたい。
だから親身になって忠告を受けとると、コクンと大きく頷く。
そんな私にお婆ちゃんは優しい笑顔で、ワシワシと頭を撫でてくれた。
「なんだい。今頃泣くのかね。
変な子だよ。」
「だって、ヨシヨシがうれしかったから…」
「しょうがない子だねぇ…」
とても暖かい手だったから。
思わず泣いてしまった私を抱き上げると、お婆ちゃんが背中をポンポンとしてくれたので、余計に涙が止まらなくなった。
まぁ、昼寝の時間帯だった事も有ったんだろう。
またボットモードになるのを忘れて爆睡してしまった。
それから翌日。
オジサンが気合いを入れて宿に帰って来た。
「金貨10枚だよ。」
「暴利だ!
一体どれだけ売ったら元が取れると思うんだよ。」
「ハン!元を取る様に売るのが商人の腕の見せ所だろ!自信が無いなら止めるんだね。」
「…金貨3枚だ。」
「話にならないよ。
せめて金貨9枚だね。」
と、呼ばれてプライベートのリビングに来たら、怖い顔をしたお婆ちゃんと脂汗を浮かべているオジサンとで値段の激戦が前触れも無く勃発。
この辺りは完全に身内ならでわな対応だよね。
まぁお婆ちゃんもオジサンも忙しい人だから。
最近ではお母さんの状態が落ち着いて来た分、お婆ちゃんは近所の人から依頼を受けてお薬を煎じるミニアルバイも初めている。
その代わり受付業務は完全に私の仕事になっちゃった。
お母さんの事も有るから、お婆ちゃんは自由が効いた方が良いと思うし。
不満はないよ。
「金貨6枚だ!
これ以上は絶対に無理だからな!
これから売るための商品を作っていかなきゃいけないし、もし売れなかったら俺は破産しちまう!」
「全く情けない男だねぇ…。
大きな商売にリスクは付き物だろうに。
まぁ、良いさ。
金貨6枚で手を打ってやるよ。」
「よし!!!」
「その代わりあんたが作らせた商品に全部、ウチの宿の看板を焼き付けるんだよ。
あとアミルの名前とね。」
「なんでそんな事をするんだ?
まぁ、別に良いけどよ。
真似して作った奴がいても、うちが元祖だって言えるしな。」
「それと売りに出す前に商品の種類を少し増やしな。
アミルが考えた物と、その半分の物と。
そうだね、蓋がついた物も1つあった方が良いね。」
「あぁ、その辺は俺もそう思ったんだよ。
蓋つきの奴はどうしたって値段が高くなっちまうが、その方が便利が良さそうだ。」
「どうして?
さいごはふくろにしまうのに。」
「その仕舞うのが面倒だからさ。
次の日にまた出さないといけなくなるだろ。」
「うん???」
袋から出しても数えるのが楽な様に作った道具なのに、袋に戻さないとはこれいかに?
ちょっと良く分かんないオジサンの感想だったけれど、どうやら集計をする手間を省ける事に利点を見いだしていたらしかった。
行商人ならともかく、オジサンが販売しようと思っている客は固定の商店。
だから少しでも手間が省ける今回の道具は、売れると思って購入を決めたのだとか。
「ふふふ…見てろよ。
この町の全部の商家に俺の道具を売り付けてやるぜ。」
最後は心配になるぐらいに意気込みながら、お爺ちゃんを連れて出て行った。
だって構造を調べる為に私のコインケースをバラされるのが嫌だったんだもん。
「はぁ…だったらもう少し高く買えってんだよ。
全く肝っ玉の小さい所は相変わらずだねぇ…。」
「でもわたしがおもってたよりもすごいおかねになったよ!
おかあさんのおくすりが2つかえちゃうね!」
お婆ちゃんはヤレヤレと呆れ顔で見送っていたけれど、私はもう大興奮だった。
だって60万円だよ!60万円!
しかも時間をかけずにポン!と小壷が買える金額だった事に大満足。
「ふふふ…アミルは賢い子だけどまだまだだねぇ…。
良いかい?商人ってのは稼げる時には勇気を出してドーンと稼がなくちゃいけないよ。」
「でもオジサンがいうのもホントだよ?
もしうれなかったら、たいへんなことになっちゃうよ?」
何故こんなにもお婆ちゃんが強気なのか。
私にはそれが理解出来なくて小首を傾げる。
「良いかいアミル。
今回の商品を売る相手は誰だい?」
「えーと…お店をしてる商人さんだよ。」
「じゃあこの国で一番金を持ってるのは誰か分かるかい?」
「えー?まじょさん?きぞくのひと?あ、おうさまかな!」
「そうだねぇ。
魔女はランクも有るし。
王様や大抵のお貴族様は金持ちだろうけど。
この国で一番金を持ってるのは、実は商人なのさ。
貴族様ほど懐が温かくなくたって、何せ数が多いからねぇ。」
「おー…」
「それに王様やお貴族様はこんな道具を買わなくたって人を雇えば済むだろ?
けど商人は違うのさ。
人を雇う余裕の無い店だって、日々の仕事が楽なると分かったら、絶対に欲しくなる道具だと思わないかい?」
「おもうかな?」
「思うさ!
いちいち数を数え無くて済めば、その代わりに他の事に時間を使えるからねぇ。」
まぁ確かにこの世界は労働が多くて毎日が大変不便な生活を送っている。
それを思えば仕事の業務でも楽が出来る道具は、需要が有るかも知れない。
「それにこの町は大きな街道が走ってるだろう?通るのが行商人だったとしても、売れるとなれば買っていく奴は絶対に居るさ。
よっぽど売る奴の腕が悪く無い限り、今回の商売は勝率が高い話だよ。」
「ほへー、そうなんだぁ…。
ちょっとかんがえたら、だれでもおもいつきそうなのにね。」
「そのちょっとが意外と難しいのさ。
さぁてアミル。早く仕事に戻りな。
マルクスが目を回しちまうよ。」
「はぁい。」
今日はゲルマンオジサンについて来たお兄ちゃんだったけど、お爺ちゃんを連れて行く話になったので代わりに残されたのだ。
むしろウチの事情を知ってるオジサンが、最初から私の代わりに受付出来る人をと、連れて来てくれてたんだけどね。
そう言う所も身内ならではな気遣いだよ。
まぁ、オジサンにとっても実家だしね。
この宿屋。
創業何年だって言うぐらい立派な建物なのは、昔に大成した特級魔導師のお陰らしい。
もう迷信扱いされちゃってるけど、その人がお金を沢山出してくれたから、今もまだ現役で宿屋をしているのだとか。
まぁそれでもいい加減ボロいから、お爺ちゃんがあちこちを修理して回ってるんだけども。
歴史が有るって、物は言いようだよね。
「アミル、この前のあの箱スゲーぜ。」
「うん?」
「原価が銅貨330枚ぐらいなのに、銀貨5枚で売れてやがる。」
「はいぃ?!」
それからしばらくして、お昼を食べに来たお兄ちゃん私が作った箱の事を聞いて、目玉が飛び出るぐらいに驚いた。
あんだけ脂汗をかいてた癖に、オジサンはとことん商人だったらしい。
とことんドーンと稼いでらっしゃる。
流石にお婆ちゃんの弟だなと、妙に感心してしまった。
どれだけぼったくってんだよ。
しかも銀貨5枚は私が作った箱で、それより半分のサイズのが銀貨3枚。
そしてなんと!
蓋つきのは中に私が作った物を5段入れれるタイプで金貨1枚だとか。
もしかしてもう私に支払った分は取り返してんじゃ無かろうか。
まぁハイリスクがあってのリターンだし。
ウチのお店の名前の宣伝も兼ねてるから、純粋な利益以上の特典はついてるけどね。
私の名前を入れてる意味がイマイチ分かんないけれど、うちの宿の名前は満腹亭って言うらしい。
銅貨のケースにそんな名前は似合わないから、アミルで可愛くて良いんじゃ無かろうか。
そもそもあの箱の名前がアミルの箱だからね。
「なぁ、他に何か良い商品は無いか?」
そしてオジサンがホクホクになって、時々お昼になると私に声をかけて来る様になった。
いや知らんがな。
と、思ったけど。
お母さんの事を思えばお金はいくらあっても良いのが本音だ。
「ウーン…。じゃあなにかかんがえてみるねー。」
「おう!思いついたら俺に真っ先に伝えてくれよな。」
味をしめるのは良いけどよ。
必ず売れるとは限らないと思うよ?
ちょっとオジサンの将来が心配になってきた今日この頃です。
まぁこちらもお母さんが安定し始めて来たから、木蜜さえ切らさなければ今の所は問題は起こって無い。
ただやっぱり心配な面は残っているから、便利グッズを考えるより先にお婆ちゃんに相談してみる事にする。
「おばあちゃん。どくをけすまほうってある?」
「うん?どーしたんだい、突然。」
「うーんとねー。
いつもおかあさんがたべてるキミツって、きのしるなんだよね?
とってもたかいから、みんなそんなにたべてないけど。
おかあさんはまいにちたべてるでしょ?」
「あー…なるほどねぇ。
それで毒性が有るんじゃ無いかって心配してるのかい。」
「わかんないけど、そなえておいたほうがいいのかなーって。
おなかをこわしたら、あっというまにわるくなっちゃいそうで…」
「よくまぁそうポンポンと新しい事を思い付く頭だよ。」
「わたしがおもいついたんじゃないよ。
おみせでオジサンがおはなししてたの。
おいしかったから、なにかをたくさんたべておなかをこわしたーって。
たべなれないものはやっぱりたくさんたべたらだめねー、って。」
「なるほどねぇ。
でもまあアミルの気持ちは良く分かったよ。
たしかに木蜜はしょっちゅう食べるもんじゃ無いからね。
お金も少し余裕が出来たから、ちょっと準備はしておこうかね。」
食堂での話は私の嘘。
木蜜の含有物も気になるのは本当だけど、一番恐れているのは抗体による毒素だ。
向こうの世界の薬や治療を行えない以上は、この世界の技術に頼るしか無いのが現実。
解毒魔法が有ったとして、果たして自分の免疫に効果が有るかは分からない。
でも他に思い付く魔法が無かっただけ。
「どんなどくでもなおるまほうなの?」
「さてねぇ…。
私の使う魔法は弱いんだよ。
良い素材が有ればもうちょっと効果の高い魔法が使えるんだけど、今は無理だねぇ。」
「おかねがたりないから?」
「それもあるけど、効果が高い素材は珍しいから、その分の金を持ってたもしても、欲しいと思う時に手に入れにくいんだよ。
何せいつまでも置いておける物じゃ無いからね。」
「じゃあどうやってじゅんびするの?」
「効果が有ればその時に取り寄せるんだよ。
そうじゃなけりゃ、無駄になっちまうからね。」
「まにあうかなぁ?」
「こればっかりは仕方が無いね。
確実に悪くなるって分かってるなら仕入れとくけど、分からない事に金をかけるなら、回復魔法を良いものにする方が確実なのさ。」
お婆ちゃんの説明には一理も二理も有る。
下級魔法でも効果が有ると感じられたら、あとは回復魔法で時間を稼いで上等な素材を仕入れる方が無駄が少ないのだと。
でも万が一だけど、解毒魔法に効果があったとして。
でも妊娠をし続けている以上、解毒は定期的に必要になりそうな気がする。
「おばあちゃん。もしね?
あかちゃんがいるあいだ、なんどもつかうことになったら、おかねはたりる?」
「そうさねぇ…。
下級で足りるなら心配は要らないが。
中級以上になると厳しいかもねぇ…。
でも木蜜よりも花蜜の方が危険だから、なるべく毒性が無い事を祈るしか無いねぇ…」
「どうして花蜜だと危ないの?」
「そりゃ虫が寄って来るからさ。
毒性の有る虫が蜜に触れてるかも知れないだろう?
その点木蜜は皮の中に普段は有るから、木の周りに毒を撒き散らしでもしてない限りは安心なのさ。」
「なるほどー。
でもうっかりきのちかくで、どくのあるなにかがしんでたりしたらあぶないねー。」
「そうさね。無いとは言えないね。
何せ森の中の自然が相手だからねぇ。
だからアミルの不安な気持ちがお婆ちゃんにも分かったんだよ。」
取り敢えずは増悪した時に試せる魔法が有るのは有り難い。
でも免疫とか抗体とかの考え方の説明は無理だから、毒物の方向で例を上げてみたけれど。
案外嘘から出た真になりそうで、ちょっと心配になって来た。
毒物って鑑定スキルで表示されないのかな?
この世界って本当にワイルド過ぎるよ。
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