アミルちゃんモード発動。
頑張れアミルちゃん。
アミルちゃんに隠ってみたけれど、流石に一週間もしたら飽きて来た。
何せろくに活動出来ないもん。
それでも暇にあかせて、ひたすら説明文を読み込んだし、時計とアラーム機能をメニューに設定する方法も見つけた。
今つけてるスキルは自動回復(小)と魔力増幅(小)のみ。
だから最後の1つの候補を絞っている所。
魔道具を作りたいって目標を達成するには、特定の学校は無くて、個人的に魔女。
または魔導師に弟子入りをしなければならないらしい。
弟子入りして魔術を覚えて、それから先に魔道具作成の道に繋がるのだ。
つまり私の場合はグラが拾ってくれると予想してる。
でも流石に魔女の素質が無ければ、社会のルールを無視して弟子入りは出来ないと思う。
どんなスキルを覚えれば良いか。
説明を読む限り、魔法のスキルを1つ持ってるだけで良いみたい。
知りたい事を脳内キーボードで打ち込んで検索してみたら、火、水、風、生命、呪いの5種類の能力が有力候補に上がって来た。
それ以外にも植物、毒、氷、雷などのマイナーな属性も有るけれど、どれも私の種族的な問題で習得が難しいとか。
呪いも特殊らしく、体質的な問題で私には取得が不可能らしい。
火、水、風はアミルちゃんの場合、努力すれば上級まで上がれるとグラからのアドバイスが書かれてた。
残るは生命魔法。
これは元々私が医療関係者だった事から、最初から取得しやすいらしく、唯一特級ランクまで登れる可能性が有ると。
火や風の属性は攻撃色が強いので、いざ戦闘となった時に倫理観から精神が磨耗しそうな気がする。
今の世界で10人しか居ない特級魔女になるのも憧れるけど、私の希望は魔道具職人になって宿屋の経営を楽にする事だ。
水や生命は回復や防御の色が強いけれど、果たして魔道具を作る事を思えば、私が望んでいる職人の性質に役立つかは疑問。
生命に関して言えば、お薬を作る人。
つまり薬剤師やお医者さんの色が強く。
水に関して言えば、文字通り水回り関係の利点が有る。
つまり宿屋に役立つ魔道具職人からすれば、火か水。特に水の属性が向いてると言う事だった。
まぁ私の場合、7歳の鑑定まで水の属性を入れて凌げば、後付けで生命属性をつければ良い。
でも後天的な属性の発現や複数の属性持ちは希少な存在らしい所がミソ。
生命はアドバンテージが有るだけに、先に水をつけておいて、後から生命をつける事は出来るけど、水の属性を後天的に取得した場合は成長が難しいらしい。
この辺りは実際に学んで見なければ分からないけれど、二足のわらじはそれ相応の努力を求められるとか。
魔女や魔導師を目指すなら、生命一本に絞る方が良さそう。
魔道具作りが難しかったとしても、その道の一流になれたら高価な魔道具が買える筈。
逆に言えば道具作りとか未知の分野。
器用さとかを弄れば特性は上がるけど、果たして私にその道が歩けるのか。
生命の方に関して言えば、人生の半ばまで医療従事者してただけ、まだ出来る気がする。
ただせっかくの新しい人生だから、新しい事を挑戦してみたい。
何しろ世界が違うんだから、医療の知識にしても元の知識が何処まで通用するかその保証も無い。
私達の世界には無かった魔力も有れば、薬だって薬剤師さんが作った物を投薬介助してただけの私からすれば、やっぱり畑違いだもん。
うん。
まだ7歳まで時間に余裕は有るから、つけずに悩んでても良いかな。
グラのアドバイス的には早めにスキルを身につけた方が、身体に馴染んで使い易い良いらしいけれど。
生命スキルの方も、水スキルと同時期につければ才能が伸び易いとか。
3つに絞らず4っつつけちゃえば、どちらかで悩む理由は消える。
上手い具合にグラに誘導されてる気がするよぅ。
そりゃ才能が有る子の方が、グラも拾い易いよね。
私の種族で魔導師、または魔女に進む人は本当に少ないんだとか。
その中でその道を進もうと思えば、努力はもちろん才能がどうしても必要だよと書かれてた。
ちょっと彼を困らせたい私は敢えて魔法職を選らばない手も有るけれど、人生を嫌がらせで棒に振るとかアミルちゃんに非常に申し訳無くて無理。
この社会では貧富の差がとても激しいから、宿屋の娘として精一杯頑張っても、今を維持出来れば万々歳な程度になってしまう。
それが普通と言われたらそれまでだけど、私がお邪魔している以上、アミルちゃんの家族孝行を代わりにしてあげたい。
まぁ、お母さんの日常を見て私にこの生活は無理だと思った。
朝は夜明け前から、夜は日が落ちるまで働いて、育児も家事もこなしてる。
どれだけ働き者なんだろ。
まだ二十歳になって無いのに。
17才歳で結婚して、私が生まれて今19歳だと。
これはベビーを選ぶ前の基礎情報に乗ってたけど、基本的に他のベビーのお母さんも全員が25歳未満だった。
その時はそこまで資料を読み込めて無かったけれど、庶民の平均寿命は40歳だとか。
これは労働が厳しいだけで無く、医療の不足と外敵の影響から若年層の死亡率が高い為のデータらしい。
お婆ちゃんの年齢までは情報が無いけれど、お母さんと同じぐらいに子供を出産してたらそろそろ40代になる筈。
てか私より年下でお婆ちゃんとか!
むしろ後輩ナースの方が年が近いと思えば目頭が熱くなっちゃう。
つまり病気になってもろくに医療を受けれないとすれば、果たして私は目の前で苦しむ家族を見捨てられるのか。
水属性の魔女になって新しい世界を楽しみたい気持ちは有るけれど、下手に医療の知識を持ってるだけ。
病気になった家族を指を咥えて眺めるだけしか出来ないとか、凄く胸が痛いと思う。
まだ一週間だけど、家族の皆が忙しい合間を見繕って私の顔を見に来てくれるから、初孫としてはやっぱり頑張らないと、と思ってしまう。
グラのお手並みを拝見したかったけど、早めに水と生命属性のスキルを習得するのがベストな判断かな。
小さなイタズラで、アミルちゃんの人生の幅を狭めたら駄目だよね。
どうしても水の魔法が使ってみたくて、諦め切れないとかじゃないよ?
ほら井戸から水を汲むのってとても大変だし、水魔法が使えたらお風呂とか楽に準備出来そうだしね。
そりゃ身体強化(大)を取得したら、水汲みだけじゃなくて他の宿屋の仕事全部楽勝とか、魔法必要?ってなるかもだけど。
女の子が怪力なのもやっぱり嫁の貰い手が困るだろうから、やっぱり魔法は必要なんだよ!
…ちょっくら水いっとく?
ほら、早めにスキルつけといた方が良いって説明に書いてあるし!
暇な時間て罪よね。
無駄にミルが山ほど有るし、やっぱり魔法って大人になってもロマンを感じちゃうし…。
ベビーベットの柵を掴んで、よっこらしょと頭を持ち上げるとキョロキョロ辺りを伺う。
今私が居るのは受付カウンターの後ろ。
目の前でお婆ちゃんがお金を受け取って部屋の鍵を渡してる。
少し視線を左に向ければ、お父さんが忙しく料理してて、それをお母さんが運ぶ声が聞こえて来た。
まぁ…何を言ってるのかさっぱり分かんないんだけどね。
ボットの時に自分の名前や誰がお母さんかは理解してくれてるけど、所詮赤ちゃんの理解力なんてこんなもの。
流石に水の魔法を使えばバレちゃうかな?
でも生命属性にしたって怪我人が居なければ、果たして効果なんて分からなさそう。
むーん…。
スキルを取ったらやっぱり試してみたくなるよね。
ギャン泣きしたら、アルバイトのお姉さんが背負ってくれるから、その時に隙を見て使った方が良さそう。
むーん…。
遊びでお仕事の邪魔しちゃ駄目だよね。
はぁ…退屈だなぁ。
ポチッとな。
駄目だと思えばやりたくなる不思議。
好奇心に負けた私は1万ミルを使って水属性を習得してみた。
ふおおおおー!と、自分のステータスを見てテンションが上がったけど。
いざ魔法を使おうとして、片手を空に向けてみたけれど、うんともすんとも何も起こらない。
あれ???
水を出でよ!って、心の中でテンションをあげてみたけれど何も変わらない。
魔法ってどうやって使うの?!
我ながら先に調べておけば良かったと後悔したけれど、頭の中で慌てて検索すると。
魔法は弟子入りして修行しないと使えません。
危険だからね♪
テンションの高い説明文が返ってきた。
音符をグラが知ってるのもビックリするけど、文脈から滲み出るニヤニヤしてる彼の雰囲気を思い浮かべてイラッと来た。
やつめ。
きっと私が喜び勇んで魔法スキルを取得する事を予想してたな。
悔しいいぃ!!!
「ねぇ、なんで魔法を使ったら駄目なの?!」
速攻で火の玉モードに戻ると、目の前で黄色くユラユラしているグラに詰め寄るイメージで叫ぶ。
けれどもボットにしているらしく、そのままユラユラ続ける彼に業を煮やして今度はアンドロイドモードへ。
「ねぇ、グラ!
起きて!
魔法をちょっとだけ使えないかな?!」
駄々っ子になってる自覚は有るけれど、ボットモードで荒野を歩いていた所をすかさず宇宙船に駆け込み。
座ってニコニコしているグラの肩をゆすってみる。
「だーめ。
説明したでしょう。
ちゃんと弟子入りしなければ魔法は使えないんだよ。」
「えぇー!!!」
「それに何か勘違いしてるみたいだけど、アニメみたいに思っただけじゃ魔法は発動しないんだよ。」
「…そうなの?」
すぅ…と、瞳に光が入った天使モードのグラが、ニコニコしながら堂々と返して来る。
私はグラの肩から手を離すと、ガーンと立ち尽くした。
「魔術を使うには、必要な道具があるんだよ。
魔方陣を描くのも、専門の知識が必要だしね。
だから弟子入りするまでは、社会情勢や日常の常識や世界観を学んでおいで。」
「うえぇぇ…!
赤ちゃんだから学ぶも何も言葉も分かんないのに…」
「今はまだ自我が形成する大事な時だから、なるべく君が中に入ってた方が良いんだよ。
少しの時間で良いから昼の間だけでも入っておいてね。
ボットにすると決められた行動しか出来ないから、どうしても違和感が出るし。」
「じゃぁせめて言葉だけでも何とかならない?」
「可能か不可能かで言えば、コアに情報をダウンロードは可能だよ。
でも言葉を覚えて仕舞えば、逆に知らない振りをする必要が出て来るんだ。」
「あー…。確かに赤ちゃんが突然ベラベラ喋り初めたら驚かれちゃうよね。」
「うん。咄嗟の時に素が出るものだからね。
だから今は余計な小細工はしない方が無難だよ。」
しごく全うな説明に私はガッカリして肩を落とす。
それでもどうしても諦め切れず。
「それじゃこの身体みたいに別の端末を作れないかな?
虫とか鳥とかにして、違和感が無い感じにカモフラージュしながら会話だけでも聞きたいんだけど…」
粘ったけれど、グラは許可してくれなかった。
「まだ元の身体からかけはなれた姿にはならない方が良いよ。
その為に今回のアバターの性別も同じにしただろう?
それにあの世界の住人は外敵が存在しているから、異質な存在に対してかなり敏感なんだ。
小型化して強度を上げたとしても、発見された時に生命の危険が高くなるよ。
死はかなりのストレスを受けるから、許可は出来ない。
君はまだ誕生して間もない事を忘れない様にね。」
「ちぇー…」
勝手に抱きついて、顔を合わせるのが罰が悪かったせいで避けてだけど、一週間も文通みたいにやり取りしてたから、随分と彼に対して緊張感が取れて来た。
さっきまで赤ちゃんだった事も災いして、我ながら子供じみてるなと思うけど。
それでもグラは甘やかさずに、駄目な事は駄目だとキッパリ撥ね付けてくれた。
この辺は親バカじゃ無いんだなと、逆に安心する。
「それに準備には時間がかかるって最初に言っておいたでしょう?
今はこっちで出来る事をして、ミルの扱い方を練習してご覧。」
「はーい。」
「それでも夢中になりすぎて向こうを放置しない様にね。」
釘をしっかり刺されたから、アラーム機能を設定して明日の昼頃戻れる様にしておく。
そう言えば宇宙船の操縦をしてみたかったんだ、と。
またいつの間にかボットモードになってたグラを横に置いたまま、気を取り直して操縦のプログラムを探してインストールする。
なんて便利なシステムだろう。
頭の中で検索すれば知りたい情報がスルスルと頭の中に入って来る。
「グラー、発進するよー。」
シートに座ってハーフオートに切り替えた後で、自動車を運転する容量でグラに声を掛けておく。
ボットモードだから返事は無いけれど、無言でパネルを操作している所を見るとアシストしてくれるつもりらしい。
宇宙船若葉マークな私が事故りそうになったら、助けてくれるつもりなんだろう。
まるで教習所みたいだ。
シートベルトの代わりなのか背中が吸い付く感覚がする。
まるでゲームセンターみたいだけど、右側に出て来たスロットルを握れば高揚感に拍車がかかった。
それから私は飽きるまで宇宙船を操縦して遊び、広い荒野に着地すると外に出て走り回った。
アラームが鳴ったらアミルちゃんの所に戻って、ボットからの情報を確認すると、またアンドロイドモードの方へ戻って行く。
そんな生活を一ヶ月も繰り返すと、ミルが10兆を越えていた。
それでも地図を見ればまだまだ惑星の半分以上残ってる。
しかも表面しか採取して無いんだから、果たしてどれだけ採取出来るのか。
それでもただ吸い取るだけじゃ飽きて来たから、装備を増やして広大な崖をロッククライミングしてみたり、洞窟の中を探検してみたりと、荒野以外の場所にも果敢にチャレンジする。
そして更に半年過ぎた頃には、宇宙船の装備も充実してコクピット以外に私室も作った。
必要無いけどリクエストしてお風呂モドキを作ったり、アンドロイドのアバターに飲食機能も取り付けた。
栄養は全く取れないし。
排泄する手間は有るけれど、のど越しがシュワシュワする炭酸飲料風味のドリンクが飲める様になったのがとても嬉しかった。
しかも太らないからダイエットの心配も要らないのが素敵。
改造に10億単位でポンポンとミルが飛んで行くけど、コアの装備も充実させてるから、試しにアミルちゃんモードの時でもミルが吸収出来る様になったのが面白かった。
近くに飛んで来た、かなぶんみたいな虫に試してみたら、アラームが鳴るまでミルを吸った頃にコロンとベッドに落ちて来てビックリ。
けれども5分もすればフラフラと飛んで行ったから、全力でほっとした。
危うく禁忌を犯す所だったかと思えば、虫が相手でもドキドキする。
でもこれはとても有能な攻撃魔法だよね。
向こうは何をされたか分からない間に失神するって事だ。
不殺の武器って所が良い。
問題はミルを吸い込む時間がゆっくりなら安全だけど、素早くするとアラームが鳴っても吸い過ぎて危険な所。
だから設定を弄って任意で更に吸い込む指示を出さない限り、アラームと同時に吸収機能をオフにする様に設定した。
この世界には外敵がいるって事だから、備えた有れば憂い無し。
でも面と向かってミルで攻撃していると周りはビックリするだろうから、視線を会わせなくても吸い込める様にアンドロイドモードになって練習を積んだある日。
…マジかよ……。
予想外な事が起こった。
ミルを使って取得して無かったと言うのに、アミルちゃんのステータスに、生命吸収のスキルが勝手に生えてた。
泡を食ってグラに報告したら、カモフラージュとして生命属性の取得をする事になり、当初の予定も何のその。
2歳になる前に5つのスキル持ちになってしまった。
貴族と同レベルで大丈夫なのかと焦ったけれど、逆に庶民ならそれぐらいの数を持ってた方が魔女の世界に受け入れ易いと。
なんなら他にも何個かつけて良いよと朗らかに言われ、アミルちゃんは天才の人生を歩む事が確定。
流石に7つを越えると記録を塗り替えてしまうから、自然に生えるリスクを考慮して今は据え置きにしている。
でもミルって生命力なんだろうか?
不思議に思ってグラに聞いたら、厳密には違うけれど、身体を形成するのに必要なエネルギーだから、生命力の中の1つの要素だとか。
だからドレインのスキルが反応して生えたけれど、ミルをいくら吸い込んだ所で私のHPは回復しない。
HPを回復させる為の正式なドレインを使おうと思ったら、魔女になって修行したら出来ると言われた。
ちなみに後天的にドレインのスキルを覚える人は生命属性の魔女に多いらしい。
逆に言えば魔術を覚える前の先天的にドレインを持ってる人間は稀だとか。
それでもゼロじゃ無いし、その為のカモフラージュで生命属性を覚えたから心配無いよと言われたけれど。
やらかした感がしてちょっと凹んだ。
ちなみに先天的にドレインを取得しているのは、十中八九が私と同じようにチュートリアル中のグラの子供達だ。
裏話を知ってたらなるほどと思うけど。
魔導師社会の学説では、庶民は食事に困窮しているから才能があればドレインのスキルが付くと言われているのだとか。
ちゃんとご飯を食べさせてくれてる家族に、とても申し訳無い気持ちになったよ。
それからようやく言葉を覚え初め、何とかよちよち歩きが出来る様になってから世界が激変した。
お母さんが第二子を妊娠したのだ。
…お父さん、あんたいつの間に…。
筋肉ムキムキで厳つい体型をしてるだけに、あれだけ激務の後でも元気だったのね。
睡眠の記憶が有ればストレスが無くて、夜はボットモードにしてる事が多かったから全く気付かなかったよ。
別に気付きたくも無いけどね。
この頃はベビーベットを卒業して、親子で川の字になって寝てたから物凄く衝撃的だった。
あれだけ寝るのが下手だったアミルちゃんの成長に感謝しか無い。
悪阻と日頃の過労からか、母さんがヘロヘロになったから、最近はお婆ちゃんがメインで私の面倒を見てくれている。
まぁ昼間は私だから、ほとんど手のかからない良い子だけどね。
危なく無い様にカウンターの上に座って、2歳で接客デビューした。
お陰でこの世界のお金が見れて勉強になったよ。
食事代は宿泊客だと一律で銅貨3枚。
外部からのお客さんは銅貨6枚。
その代わり固定メニュー。
宿泊代金は最低で銀貨1枚から部屋のグレードで金貨1枚まで。
日本円で考えたら銅貨が百円で、銀貨が一万円となれば金貨は10万円。
100枚単位で次のコインにグレードした上がって行くルール。
まだ上に白金貨が有るらしいけれど、現物は見た事が無い。
「ありがとーございました。
またのごりよーおまちしてます。」
お婆ちゃんに見守られながら、お金の受け取りをする時にこっそりミルも頂いている。
「お!ちゃんと言えて偉いなぁ。」
勿論ちゃんと吸う量は手加減しているから、プロレスラーみたいに厳ついおじさんはニコニコしながら笑顔で店から出て行く。
ちなみに一度の吸収は200ミルを目安にしているけど、1日で5千ミルは稼げてる。
この街は宿場町で王都と隣りの国を繋ぐ大きな街道が有るから、宿泊客以外にも食堂を利用しているお客さんが多かった。
まぁミルは沢山持ってるので、せこせこ稼ぐ必要は無いけれど、ミルのコントロール目的で練習がてらと遊び半分だ。
ぴったり200ゲットした時が、何だか嬉しくて楽しい。
他に遊びらしい遊びも無いから、暇潰しがてらと言った所。
それとお客さんの対応しているせいか、いつの間にか鑑定スキルが生えてた。
性別と種族が分かるだけなので、これで鑑定?!と、二度見するレベルのショボさだけど。
多分色んな種族のお客さんを眺めているうちに、見る目が経験になったからだろう。
私と同じように人間と代わらない種族も居れば、耳が大きくて鬼みたいにゴッツイ種族の人も居る。
種族名はオニキスと言う名前。
戦闘職種になりやすい人種で、兵隊や旅の商人の護衛をしている事が多い。
他にも子供と間違えるぐらいに身長の低い童顔の種族がシーフル。
動きが素早いのが特徴で弓とか上手な人が多いらしく、手先も器用で職人さんが多い。
それからやたらと美人だけど目付きが悪くて無愛想な種族がゲルダ。
魔力が高く、魔術を使う人が多い。
庶民だけど魔女、もしくは魔導師に弟子入りしている人が多いらしい。
見かける頻度は上の2種族と比べると珍しいけど、気難しいからあまり対応したく無いから丁度良い。
むしろこれからそっちの世界に行く身の上としたら、あまり嬉しく無い情報だった。
最後に一番人口が多いピルプル。
私はこの種族に該当している。
宿に来るピルプルは旅の商人さんが多いけど、長所が無い代わりに平均的な能力で、人当たりの良い人が多くて付き合い易く。
色んな職業についている。
他にも農作業が得意なノーブルって種族や、背中に翼が生えてるトーリって種族も居るけれど、遭遇するのは珍しい。
ノーブルさんは牛みたいな角が頭に生えてて、体格も大きくてオニキス並みに身長の高い人が多いらしいけれど、凄く温和でのんびりとしたお話方をするのが特徴。
牛かな?と、思わず連想するレベル。
トーリの一族は郵便屋さんがほとんど。
ここが宿場町だからだろうけど、いつも身体の前に大きな鞄を抱いてる。
背中に大きな翼が生えてるせいで、トーリのお客さんが来ると、専門のお部屋に通さないと行けない。
そりゃ仰向けに寝られないよね。
風が目に染みるのか、大きなゴーグルを頭につけてるのが特徴。
翼の色は千差万別で、青かったり黄色かったり。インコかな?と、思ってしまった。
そして私のお気に入りの種族がアルスの一族。
顔立ちはピルプルと同じだけど、獣の耳や尻尾が生えてて一目見て萌えた。
ウサギのお耳をしたお爺ちゃんがめちゃくちゃツボだった。
あの初め見たときの衝撃は一生忘れない。
バニー爺だよ、バニー爺。
しかも戦士っぽく活動的な服装をしてたのがギャップ。
お婆ちゃんに聞いたらアルスの人達は運動能力が高くて、繁殖力も高いからオニキスと同じ様に戦闘職種になる人が多いらしい。
戦うウサギってギャップが萌えた。
つまり見た目で分かる種族が鑑定で分かった所で利点は全く無いと言う…。
名前も聞く前は???になってるけれど、一度聞いたら表示される。
まぁ名前を覚えるまでは、何度も聞き返さなくて済むからカンニングペーパー代わりになって良いけども。
成人したら有るよね。
この人誰だったっけ?て、焦るやつ。
向こうは私の事を覚えてるのに、私はど忘れしてて気まずい感じ。
そういった軽いトラブルは鑑定のスキルで回避出来そう。
私が期待してた鑑定とはちょっと違って、今の私が知ってる情報が積みかさなって行くタイプのメモ帳的なスキルらしい。
そしてこれでスキル6個目。
うーん…予想外にスキルが生えやすくて、悪い意味でドキドキする。
まぁ自然と生えるスキルなら仕方ないんだけどさ。
それでも何も出来なかった赤ちゃんの頃より、日々活動してるアミルちゃんモードは少し楽しくなって来た。
最初は情報量の少ない鑑定スキルにガッカリしてたけど、日々増えて行く情報を読むのも楽しみの一つになったのも有り難い。
先ずは悪阻でへばってるお母さん。
名前 アメリア
年齢 20歳。
妊娠3ヶ月 悪阻(中)
種族 ピルプル。
バッドステータスとして、妊娠の横に悪阻(中)とついてた。
激務と悪阻のせいで、最近ガリガリに痩せてるお母さんが心配になり、生命属性をミルを合計で300万も使って3まで増やしたけれど、やっぱり何も発動してくれなくて残念。
続いてお婆ちゃん。
名前はアルマリ。
少しだけ白髪が生えてるけれど、ほとんど皺も無くて若々しい。
胸は大きいのに手足は細くてやたらと色っぽい。
ゲルダかと思うぐらいに色気のある美人だけど、種族はピルプルになってた。
その割にMPが普通のピルプルの人より多い気がする。
謎いお婆ちゃん。
お父さんの名前はサーチル。
見た目がゴツくてオニキスかと思ったけどピルプル。
純血のオニキスに比べると、確かに身長が低いからピルプルの中でたくましく育ったんだろうか。
料理人をしている。
歳は29歳。
お母さんとの馴れ初めが個人的に滅茶苦茶気になる。
それから私の可愛いお爺ちゃん。
名前はノフマン。
シーフルとピルプルのハーフで、純血のシーフルに比べると大きいけれど、お婆ちゃんよりも華奢で小さい。
年齢は50歳近いらしいけれど、どう見ても中高生かな。
ちなみに純血のシーフルさん達は小学生にしか見えない。
ウチのお婆ちゃんにショタコン疑惑が浮上。
そのせいかウチのお母さんは19歳だけど、どうも女子大生に見えない。
可愛い系統で辛うじて女子高生。
お父さんの方もロリコン疑惑が浮上している。
でもお母さんの種族は、シーフルのクォーターじゃ無くてピルプルなのよね。
何故なのグラ先生で検索してみたら、この世界ではハーフ以降は母親の種族になるらしい。
だからお母さんはピルプル。
つまりお婆ちゃんもピルプルだけど、ひょっとしたらお婆ちゃんの祖父母か両親辺りで、ゲルダのハーフが居たのかもしれないね。
お婆ちゃんの家系がこの宿屋の本家で、お爺ちゃんもお父さんも入り婿。
これもこの世界では多いらしくて、貴族でも当主は女性が多いそう。
何故なら母親から産まれた子供は100%その家系の子供だからとか。
つまり父親が当主の場合、奥さんが産んだ子供が跡継ぎになるけど、当主の子供じゃ無い可能性が有る。
そんなに恋愛風紀が乱れてるのかな?と、引いた気持ちになったけど、二世帯や三世帯生活が普通だから、マスオさんの方が家庭が平和なのも理由に有るみたい。
それと外敵のいる世界だから、男性の死亡率が高いのも要因の一つだそうだ。
嫁なら残されたら困るけれど、娘なら新しい夫を捕まえれば良いじゃんって事らしい。
ウチの場合、お婆ちゃんはお母さんの他に息子を3人産んでたみたいだけど、1人が病死。
残る2人のウチ1人は仕事中に殉職で、残る叔父さんは12歳になったから親戚の商家に修行に行ってるとか。
といってもご近所さんだから、しょっちゅうご飯を食べに戻って来てる。
だから叔父さんよりも、お兄ちゃんって感じ。
まぁウチは宿屋だけど、叔父さんが家を出されたのは、お父さんが夜にチョメチョメするから追い出されたのかも知れない。
知らんけど。
お昼が過ぎてお客さんが減った頃、お婆ちゃんが私を連れてキッチンを通り、家族用の居住スペースに向かって行く。
途中で果物を1つ取り、お婆ちゃんのお部屋に入ると草の匂いに包まれた。
お婆ちゃんは自前で薬草を干して家族が飲む薬も作っている。
私も薬草を干すお手伝いを遊び半分でやらせて貰っていた。
「これをアメリアに渡しておいで。
終わったら戻って来るんだよ。」
「はーい!」
まだ二歳だけど足取りもしっかりしてるし、中身は私。
だからお婆ちゃんが煎じた薬湯と、ブルールと言うオレンジみたいな果物を切った物を乗せたお盆を運んで寝室に向かう。
「おかあさーん。だいじょーぶ?」
いつも一緒に寝てる少し薄暗い寝室に向かうと、ベッドに寝て唸っているお母さんに声をかける。
「おくすりのめる?
おばあちゃんが、ブルールもたべてねって。」
「アミル…いつもありがとね。」
照明が無いから顔色は良く分からないけれど、覇気の無い声をこぼしながら、よろよろと身体を起こしたお母さんに、薬湯の入ったコップをお盆ごと向けて渡す。
ステータス表示では(中)とあったけど、悪阻のレベルからすればかなりキツそうだった。
これが元の世界なら点滴も出来たけれど、この世界ではそんなものは無い。
「はぁ…いい匂い。」
お婆ちゃん作の薬湯の匂いを嗅いで、それは飲めたけれど、ブルールの方は半分だけ食べて「お腹いっぱいだから、アミルが食べていいよ。」と、私に渡して来る。
「これはおかーさんが食べて。
わたしはあとでおばぁちゃんにもらうから。」
「うん。でも本当に食べられ無いの。
置いておくと虫が来ちゃうから、アミルが食べてくれたらうれしいなぁ。」
子供に遠慮してるのかと思ったけれど、どうやら本気で辛いらしい。
揚げ句の果てには、切った果物を口に運ばれてしまい、拒否仕切れずにモグモグと食べてしまった。
「すっぱ!」
うん。オレンジっぽい。
しかも酸味が強いから、私はあんまり好きじゃ無いかも。
新鮮な果物は高級品なので、オヤツとしては滅多に食べられ無い。
今は薬湯か水しか飲めないお母さんの為に、節約した方が良いのだけれど。
冷蔵庫も無いだけに、一度切ってしまえば確かに早く食べた方が良いのも本当。
何せ虫が多いのだ。
油断してたらあっという間に果物が虫まみれになる。
キッチンの掃除の手伝いの時に、床に落ちてた剥いた野菜の皮に、コバエみたいな虫がたかっているのを見つけて絶叫したのは苦い思い出だ。
窓ガラスなんて無いから、開けてる窓から虫が入り放題。
サランラップも無いので、残飯の処理は適切に行わないと大惨事になる。
「うふふ。美味しかったね。」
「おかーさんとあかちゃんのぶんなのに…」
「たまには良いのよ。
アミルはいつも頑張ってくれてるから。」
前とは違って儚くなった笑顔を向けられて、ズキンと胸が痛んだ。
それから空になった木製のコップと同じく木製のお皿をお盆に乗せて、キッチンの方に戻って行く。
「おかあさん、すこししかたべてくれなかったよ。すっぱすぎたのかも。」
「あー、そうか。ハズレを引いちまったんだな。」
休憩中のお父さんに、お盆を渡してながら報告すると、ガシガシと頭をワイルドに掻きながら眉尻を下げる。
「あまいものといっしょににたら、おいしくならないかなぁ?」
「お!流石俺の娘だな。
なんだ、料理に興味が有るのか?」
お父さんは満面の笑顔を浮かべると、私をヒョイっ!と軽々抱き上げて、籠に残っていたさっきのブルールを片手に釜戸に向かう。
「よし、見てろよ。
お父さんが美味しくなる魔法をかけてやるからな。」
得意気なのは良いけれど、幼い娘を竈の近くに連れて行かないで欲しい。
内心でワイルド過ぎるお父さんにハラハラしながらも、近くにある机に座って調理を見守った。
ちなみに宿泊客の食事が銅貨3枚に対し、オレンジもどきのブルールはひと籠5つ入って銀貨5枚もする。
つまりオレンジ1つに1万円の世界。
これは外敵がいるせいで、農場の警備の代金や、輸送費にお金がかかる問題があるからだ。
損失を減らす理由で、農業で優勢されるのは日持ちのする食糧を作る為、フルーツは森に生えてる天然物を誰かが拾って来て輸送される。
だから質が悪いのに、数が少なくて値段が高くなる。
それでも悪阻の酷いお母さんは、この酸っぱ過ぎるオレンジ擬きしか食べられ無かった。
薬湯で胃腸を温めているとは言え、消化の悪い柑橘系の果物だけを食べていると、食が細くなっても当たり前。
だから酸味と風味を残しながらも、消化のしやすいゼリーやプリンにした方が胃腸には優しいし、胃腸が元気になれば他の食事も食べるチャンスが生まれるだろう。
出来れば冷たい物よりも、スープなどの暖かい食事が取れれば尚良し。
私は産科の経験が無い為、自前の経験と基礎知識からそう判断したけれど、ぶっちゃけこの世界ではプリン所かゼリーでさえも作れそうに無い。
其処でこの世界の料理の知識が無い私は、煮ると言う表現で何かを思い付いたお父さんの魔法とやらを、大人しく見守る事にした。
ざっと2つのブルールを洗った後で、1つを半分に切って種子を取り。
お父さんは「ふん!」と、鼻息1つでフルーツを片手でギュッと握ると汁が出るわ出るわ。
木製のお椀の中にその豪快な絞り汁を入れて行く。
その後は残りのもう1つのフルーツの中をくりぬき、実を一口サイズに切ってブロックを作る。
あとは鉄製のお鍋の中にフルーツの絞り汁と少量の水を加えコトコトと煮込み、少し煮詰まった所でブロックを投入。
なるほど、と。
ジャムまでにはいかなくとも、加熱すれば酸味が飛ぶ。
それを常温で冷やせばフルーツ2個分の、ジャム擬きが完成と言う訳だ。
最後に小さな小壺から、とろみの有る液体を入れて、艶を出してお父さんの魔法は完成した。
「どうだ?一口味見をしてみな。」
「うん!」
まだ熱いけれど、木製のスプーンに乗った絞り汁と煮込んで柔らかくなったブロックを、フーフーと冷まして1つ口に入れる。
「すっぱくなくなった!
ちゃんとあまくておいしいよ!
これならおかあさんもたべられるかも!」
そうか、と。
得意気な満面の笑顔を向けて来るお父さんに、同じく満面の笑顔を向けておく。
それから得意気に作った物の説明を初めるお父さんに寄れば、最後に入れた小壺の中身はメイプルシロップで有ることが判明した。
この世界では木蜜と言うらしい。
これも効果な食材で、森に入って天然の木から樹液を採取しているのだとか。
森には危険な生物が住んでいるので、やはりその分お高いのだ。
あら熱を取った後でもう一度運ぶと、今度は喜んで全部食べてくれた。
それをお父さんと2人でニコニコとしながら、「やったね!」と、得意気に拳を合わせて喜んでいたけれど。
次の日、ボットモードから戻って来たら、知らない部屋で目を覚ました。
どうやらお婆ちゃん達の夫婦の寝室で寝かされていたらしい。
こんな事は始めての経験で、驚きながらも枕元に置いてあった服に着替えて廊下を歩けば。
いつも寝ているお母さんの夫婦の寝室のドア前で、お父さんが椅子に座ったまま深く項垂れて頭を抱え込んでいるのを見つけた。
声をかけても返事がなく。
でも酷く凹んでいる姿を眺めていると。
「アミル。
起きたならこっちに来いよ。
飯を食ったら受付をしてくれって、父さんが言ってたぞ。」
「おにぃちゃん!」
何時もはご飯を食べに来て、直ぐに急いで修行先の商家へ帰って行く筈の叔父さんが、私を呼びに来た。
叔父さんと言ってもまだ14歳なので、お兄ちゃんといつも呼んでいる。
お母さんと同じ茶色の髪の毛と瞳をしてて、お爺ちゃんに似て可愛い顔立ちをしている少年だ。
身体も華奢で、それでもピルプルの体質からか、お婆ちゃんより少しだけ背が高い。
何が起こったのか、そんなお兄ちゃんに理由を聞きたかったけれど、忙しいのかロクな説明も無いままお店のキッチンに連れられて行った。
そこにはお爺ちゃんが、小さな身体を生かしてキレッキレの動きで料理を作ってる。
身長が低いのも何のその。
踏み台に乗って野菜を切ってたと思いきや、次の瞬間には後ろの壁に備え付けてあるパン専用の竈からパンが乗った鉄板を取り出している。
まるで踊ってる様な身のこなしに、ちょっと見とれてしまったけれど。
その向こうにあるカウンターにお婆ちゃんの姿が無い事に気付いて。
「あ…、おい!」
私の為のスープをお皿に入れる為、離れていたお兄ちゃんを残し。
私はUターンして走り出す。
「こら!ダメだってば!」
それでも所詮は2歳児の脚力。
お父さんが項垂れている寝室のドアに飛び付いて開けた瞬間、お兄ちゃんに捕獲されて抱き上げられてしまった。
それでも部屋の中が、高い位置から一望出来て息を飲む。
予想通りにお婆ちゃんがベッドの横に椅子に腰掛けて座っているが、寝ているお母さんの呼吸が明らかに可笑しかった。
ハァハァハァ…と、顎を動かして呼吸している。
これは肩を動かして呼吸する、努力呼吸と呼ばれる状態よりも更に悪化している下顎呼吸だ。
一般的に危篤と呼ばれる、死の直前。
重篤な状態に陥ってい時の呼吸をそう呼ぶ。
なんで?!
明らかな急変だ。
昨日までは悪阻(中)しか無かったお母さんのステータスに、昏睡 衰弱(大)のバットステータスが表示されている。
「ほら、騒いだらダメだぞ。
静かにしてろよ。」
「まって!
おにぃちゃんおねがい!
おかあさんのそばにいかせて!」
そのまま部屋から連れ出される雰囲気に、私は必死になってドアの壁を掴んで握り締める。
14歳には敵わないけど、伊達に筋力にステータスは振って無い。
「マルクス。もういいよ。
アミルを連れておいで。」
「母ちゃん…」
「ノフマンは無理だろうから、サーチルを呼んでおあげ。」
「母ちゃん?!」
「もう出来る事は全てやり尽くしたよ。」
淡々としたお婆ちゃんの説明に、お兄ちゃんはクシャリと顔を歪めた。
そして私を下に降ろすと、そのままドアの外に居るお父さんに声をかけに行く。
私は転びかけながらも急いでベッドサイドに走って行った。
そして背伸びをするとお婆ちゃんが気を利かせて私をベッドの上に挙げてくれる。
私はその事に声をかけて労う余裕も無く、お母さんの手に触る振りをしながら手首を掴んで脈を測った。
早い。
普段の脈を知らないけれど、リズム不整も有る。
こんな事なら普段から測っておけばと後悔したけれど、今はその時間すら勿体ない。
何より発汗が酷い。
手首がビッショリと濡れている。
混乱しそうな気持ちをグッと飲み込んで、私は一心不乱に情報を集めた。
お母さんのステータスを見ればHPが一桁になっている。
0になった所を見た事は無いが、今がとても危険なのはステータスを見なくても予想がつく。
そして激しい違和感に眉間にシワを寄せた。
血圧は計れないが、脈圧はかなり弱い。
こっそり爪を立ててお母さんの爪のつけねを押さえるが、反応は無し。
これは看護師や医師が患者の意識レベルを知るテクニック。
痛みの刺激を与えて昏睡の度合いを調べるのだ。
他にも声をかけて名前を呼んだり、手順はあるが今は省略して原因の究明を急ぐ。
これは一刻の有余も無い。
この世界の病気は全く知識が無いが、私の世界と同じ様に死へ向かう兆候だとすれば今は正に崖っぷち。
十代で健康な女性がこんな風に突然亡くなる事は珍しい。
けれども、妊娠、不整脈、発汗、昏睡。
これらの症状が何を示すのか。
本来なら採血をすればもっと確実な情報を掴めるのだけれど、採血所か点滴の針すらこの世界には無い。
エマージェンシー時に必ず行うライフラインの確保も、医療器具があって始めて出来る代物。
今はまだ必要無いが、例え人工呼吸や心臓マッサージをしたとしても、本来の原因を解決しなければこのままでは駄目だ。
「おかあさん!」
私は呼び掛けながらお母さんの顔に近づいて呼吸の匂いを確かめる。
実はそこまで寄らなくても、ベッドの上に乗せられた時に、馴染みのある匂いを違和感として嗅ぎとっていた。
ケトン臭。
糖尿病の患者さん特有の匂い。
「おとうさん!
みつ!きのうのあまいのをとってきて!!!
おかあさん、たすかる!
はやく!!!」
私は無意識に禁忌を犯した。
どこの世界に2歳児が、昏睡状態の母親を前にして甘いものをねだると言うのか。
明らかに通常の幼児がとらない行動だと分かっていながらも、反射的に指示を出していた。
そして普通なら何を言ってるんだ?と、お兄ちゃんの様に小首を傾げて立ち尽くすだろう。
「わ、わかった!」
けれども絶望していたお父さんは、パニックを起こしていたお陰で助かると聞いて反射的に走って行く。
お婆ちゃんから不思議そうな視線を向けられながらも、私は更に原因を究明する為に情報を集めることにした。
「おばあちゃん。おかあさんはびょうきなの?
それともあかちゃんのせいでこうなったの?」
今の症状は低血糖症を起こしていると予想している。
この世界に糖尿病の概念が有るかは分からないが、妊娠している事と、ケトン臭からその可能性を弾き出した。
生まれつきの体質の可能性は捨てきれ無いが、今はそれを調べる手段は無い。
だから聞き取りで的を絞ろうと思ったのだが。
「そうだねぇ…。」
お婆ちゃんは質問の答えを濁した。
例え妊娠のせいだとしても、どこの世界に赤ちゃんのせいで母親が死にかけていると、幼い子供に伝える人が居るだろうか。
私は質問の方法を間違えた事を知って、唇を噛み締める。
「ねぇおばぁちゃん。
おかあさんやおとうさんはまりょくが少ないのに、あかちゃんのがおおいのはおばあちゃんににたの?」
「…アミル。どうしてそう思ったんだい?」
「だってみえるから。」
正直に答えても良いものか。
胎児の鑑定は私も出来るか分からなかったが、必死に情報を探した時に、赤ちゃんのステータスが見えてくれたのだ。
お母さんのMPが60。
お父さんのMPが45なのに対して、お婆ちゃんのMPは今は減ってるものの、総量が1800も有る。
そして赤ちゃんのMPは580。
私が10だった事を考えても明かに多い。
だから見えている情報を悩む事も無く簡潔に伝える。
私は少しでも手掛かりを掴むのに必死になっていた。
例え今回の状態が低血糖だとして、それが木蜜のお陰で改善した所で、原因が妊娠中毒症かどうかは分からない。
データが何もかも足りない。
前の世界での産婦人科の知識すら足らない。
この世界で起こる病気への知識も無い。
無い無い尽くし。
だから適切な判断と処置をするには情報がどうしても必要で、尚且つこの世界の大人に協力してもらわなければ、私は無力だ。
キッパリと伝えた私に、お婆ちゃんは一瞬だけ瞳を大きく見開いたけれど。
「…そうかい…。」
静かに納得してため息をこぼした。
「見えるって何が?」
お兄ちゃんは話が分からなくて不思議そうに小首を捻っている。
「持ってきたぞ!!!」
その時汗だくになったお父さんが茶色い小壺を握り締めて部屋に駆け込んで来た。
「おかあさんにはやくたべさせて!
ちからがたりなくてしにかけてるの!」
「わ、わかった!!!」
詳しい説明を省いたけれど、どうやらお父さんは分かってくれたらしく。
小壺に指を突っ込んですくい。
豪快にお母さんの口の中に突っ込んだ。
「え?!ちょ…それって金貨!」
お婆ちゃんは何も言わなかったけれど、お兄ちゃんは顔を青ざめさせて右往左往する。
どうやらメイプルシロップは滅茶苦茶高いらしい。
木のスプーンで掬わずに指を突っ込んだから、これはもう他のお客さんには出せないね。
それより問題は誤嚥する危険性。
意識が無い人の口に液体を突っ込むなんて、噎せろと言ってるのと同じ。
けれども砂糖が有るのか分からない以上、私の知識の中では木蜜しか今のお母さんを助ける方法は無い。
これも私の予想が正しければと解釈がついた上で、ちゃんと対処法が正解していたらの話だけど。
けれども何とか間に合ったらしく、お父さんが三回ほど口の中に指を突っ込んだ頃に、お母さんの呼吸が落ち着いて汗が乾いて来た。
「やった!いのちのがへるのとまったよ!」
「そ、そうか!」
「だから何だよそれ。
ちっとも訳わかんねー。」
不安から汗だくになって鑑定し続けた結果、HPの減少が止まった事に私はホッと大きく吐息をこぼす。
HPの総量が150有る所、もう2になっている。
最初に見た時から一桁になってたけど、それでも7だった事を思えば本当に間一髪だった。
お父さんも目に涙を浮かべながら、小さな壺を握り締めて私を振り返る。
お兄ちゃんは私やお母さんを交互に見ながら、難しい顔をして頭を傾げていた。
「えとね、おかあさんしにそうになってたの!
でもあまいのたべたから、げんきになってるところなの!」
「はぁ?」
「どうやらアミルにはギフトがあるみたいだね。お陰でアメリアが助かったんだよ。」
お兄ちゃんの眉間のシワが更に深くなったけど、お婆ちゃんは私の頭を撫でてくれた。
「ホントか?!アメリアはもう大丈夫なのか?!」
「まだだよ!」
お父さんからべたべたになった手を向けられて、私は両手を突き出しながら慌てて触られるのを制止する。
「だって元気になったんだろ?」
「ううん、しにかけてるのがとまっただけ。
ほんもののりゆうをみつけてなんとかしないと、またわるくなっちゃうんだけど…。
わたしにはわからないの。
まだバカだから!
おばあちゃんはしってるんだよね?」
お婆ちゃんが覚悟を決めてお母さんを看取ろうとしていた様子を思い出す。
やれることはやったと、お婆ちゃんは言った。
つまり何が原因でこんな事になったのか。
もしくはお母さんの現状に対する知識が少なからずあると言う事だ。
そうでなければ実の娘が死にかけていたら、原因を探す為に右往左往する。
そうでなくても医者を呼んだり、何らかのアクションを起こしている筈だと推測していた。
「私が知ってる以上の事がアミルには見えてるみたいだけどねぇ…。
でもまぁ、確かに状態が少し良くなってるね。
まさか木蜜に効果が有るとは知らなかったよ。
私もまだまだ未熟だって事かねぇ…。」
「1壺金貨3枚だもんなぁ。
そりゃ姉ちゃんもビックリして生き返るよな。」
そうか、そんなに高かったのか。
嬉しく無い新しい情報ゲットだぜ。
持ち直したお母さんの姿に、お婆ちゃんは目を細めながら小さなため息をこぼす。
「おばぁちゃん。
おかあさんはどうしてこんなふうになっちゃったの?
あかちゃんのまりょくがかんけいあるの?」
「…そうさねぇ…。アミルがそう見えてるんなら、そうなんだろうねぇ…。」
「それって姉ちゃんが浮気したって事なのか?」
「え?!」
魔力の無い私の世界でも妊娠中毒症になる妊婦が居るのだから、他にも要因が有るなかも知れない。
けれども何の要因が原因かは調べる手段も知識も私には無かった。
だから重ねて質問してみたけれど、変な方向に話が飛んでビックリする。
「おかあさんはそんなことしないよ!
どうしてそんなへんなこというの?!」
「はぁ?へんな事言ってんのはアミルの方だろ?
姉ちゃんの魔力が少なくて、兄さんの魔力も少ないなら、お腹の赤ん坊の父親は別に居るって事じゃないか。」
「おばあちゃんのまりょくがおおいの!
このあかちゃんはおばあちゃんににたんだよ!」
私は慌てて全力で否定する。
真実は分からないけれど、ボットの情報からも夫婦の仲は良好だった。
お母さんが浮気したとは思えないからだ。
「ふむ。先祖帰りってヤツだね。
アミルはどうしてそんな事を知ってるんだい?
それもまた見えているのかねぇ?」
「おばあちゃんのまりょくがおおいからそうおもっただけだよ。」
「まあウチの家系で間違いは無いけどねぇ。
私に似たって言うよりも、もっと前のご先祖様だろうよ。
何せ大昔にウチの家系から特級魔導師が出てるんだからねぇ。」
「あ、それ婆ちゃんから聞いたことある。
でもそれって迷信じゃ無かったのか。」
お父さんは話を聞きながら百面相をしてたけど、最終的にお母さんの無実だと分かってホッとしてた。
お兄ちゃんもしかめていた顔をパッと明るくする。
「ウチの家系ではたまに魔力を多く持つ子供が生まれるんだよ。
でも元々ピルプルは魔力が多い種族じゃ無いだろう。
だからそのせいで産まれても死ぬ子供が多いのさ。
同じように妊娠した母親が死ぬ事も有るって聞くが…木蜜で助けられるとは知らなかったねぇ…。
これは大きな発見になるよ。」
え?!
私ってば魔力増幅スキルを取っちゃったんだけど?!
あんまり魔力を増やすとヤバいのかな?!
てか木蜜が間違えて認識されてる。
低血糖症の症状が改善されて一時的に持ち直したただけなのに。
「おばぁちゃん。おかあさんはなおってないよ。
このままだとまたわるくなっちゃうから、はやくなおさないとダメなんだけど…」
「それなら赤子は諦めるしかないねぇ…。
でもこの状態で赤子を降ろすのも危険だから、アメリアは難しいかも知れないねぇ…」
「そ、そんな…」
私だけで無く、お父さんやお兄ちゃんもショックを受けて呆然とする。
「あかちゃんもおかあさんもげんきになるほうほうはないの?!
えらいマジョさんよべない?」
私は必死になってお婆ちゃんの手にすがって仰ぎ見る。
けれどもお婆ちゃんはフルフルと頭を横に振った。
「アミル。
私がその魔女なんだよ。
私にどうしようもない以上、他に手は無いのさ。
優れた魔女を呼ぶには沢山のお金がかかるからねぇ…」
私は目を見開いてお婆ちゃんのステータスを凝視する。
すると新しい情報の追加があったお陰で、お婆ちゃんの職業が下級魔女と追加されていた。
そしてスキルも見えた。
生命属性3となっている。
つまりお婆ちゃんが私の世界で言うお医者さんと言う事だ。
お婆ちゃんが焦らずに状況を受け入れたのは、お母さんの状態を改善させる手段が無いと悟ったからだった。
これは予想外で冷や汗が吹き出す。
けれどもこれで諦めて仕舞えばお母さんも赤ちゃんも死ぬ事になる。
「ホントにほうほうはないの?」
「私でもお金が有れば良い素材を使って試せる魔法はまだ有るよ。
でも今手元にあった素材の魔法じゃ効果は無かったからねぇ…。
それにね。
それが出来ればお婆ちゃんは今頃大金持ちだよアミル。
庶民よりも貴族の方が、妊娠中に亡くなる女性が多いからねぇ…。
色々と試されてるが、未だにそれを確実に助けられる魔法は見つかって無いんだよ。」
「じゃあいまはどんなまほうをつかってたすけているの?」
「少しづつ生命力を回復させる魔法を、子供が生まれるまで使い続けるんだよ。」
対症療法でしかないと知り、私は頭がクラクラとする。
そりゃそうだ。
低血糖の症状すら認知されてるかは怪しい。
病気の権現となる治療を行わず、減って行くHPを魔法で無理やり回復させる治療方針がこの世界の王道なのだろう。
恐らく医療に対する認識が全くの別物だ。
何せ私の産まれた世界とは全く違う星の世界なのだから。
なるほど、努力をすれば特級魔女になれるとグラに言われた理由が分かって来た。
恐らく私の知る医療知識は少なからずこの世界でも通用するのだ。
けれどもそれが完全では無いのは、それを支える医療器具が発展して無いから。
医療器具の代わりが魔法になるとして、血糖値を調べるだけでもやり方が分からない。
何せ血糖をどうして調べる必要が有るのか、その概念すらこの世界には無いのだから。
つまりはこうだ。
お婆ちゃんは手元に有る素材を使って、お母さんのHPを少しづつ自然回復させる魔法を使った。
今回の場合は、その回復力よりも消費の方が多いせいで、お母さんは死にかけていた。
私がしたのはそのHPが減る原因となった低血糖を改善させた事。
そして私が求めているのは、その低血糖を起こす原因となった妊娠中毒症の原因を突き止めて根本的に治療する方法。
そりゃぁそれが分かったら特級魔女に成れると言う訳だ。
そんな魔法が開発出来ればの話だけど、私には妊娠中毒症に対する知識も半端でしか無い。
誰か産婦人科のお医者さんを連れて来て!
てかお医者さんだって、妊娠中毒症の原因が魔力のせいだとしたら積んでるよね!
そもそも医者だけ連れて来たとしても苦労して初級の対症療法が関の山か。
途方も無い絶望感に包まれて頭がクラクラして来た。
けれども私が諦めたらお母さんと赤ちゃんは死んでしまう。
圧倒的に時間が足らない。
私が大人になるまで待ってられない。
こんなチュートリアルが有るかぁ!
絶対に私を絶望させるのが目的な、強制バッドイベントだろ!
ふざけてる。
そりゃこれが原因でお母さんが死んだら、私が特級魔女を目指す理由にはなるだろう。
その為の努力で、同じ状態で苦しんでいる母子が今後は救えるかも知れない。
根治療法まで求めなくても、大抵の妊娠中毒症は胎児を異物として母体が反応して起こる病気だから、出産すれば改善される。
最悪母体だけを助けるなら、堕胎させれば良い。
そもそも妊娠中毒症を完治させる医療が有るのか、私は知らない。
その後の後遺症で糖尿病を発症して苦しむ人は居るが、取り敢えずの死はまぬがれる。
程度の認識しか持って無い。
でもやるしか無い。
強制バッドイベントとか知らない。
私はゲームをしてる訳じゃ無い。
これは現実に起こっている命の問題なのだから。
目標は出産までお母さんを守る事。
それが出来れば最悪は凌げる。
後遺症が残る危険性は有るけれど、少なくとも命だけは助かるのだから。
「…わかったよ、おばぁちゃん。
わたしとおばぁちゃんとで、ぶじにうまれてくるまでおかあさんとあかちゃんをまもろう。」
「そうだねぇ…。
何処まで出来るかは分からないけど、それしかないねぇ…。」
私の表情は暗いけれど、お婆ちゃんの表情は私以上に暗かった。
私には見えない現実がお婆ちゃんには見えているんだろう。
「先ずはアメリアに使う魔法の素材を買うお金を稼ぐしか無いねぇ。
て事だよ、サーチル。
ボーッとしてないで仕事しな。」
「ふえ?!」
けれども素早く気持ちを建て直すと、お父さんに向かってキリッと告げる。
突然話を向けられたお父さんは、間抜け顔でポカンとした。
「今の話を聞いてただろ?
アメリアを助けたければ働いてお金を稼ぐんだよ!
少なくたって木蜜が買えなけりゃ、今のそれが無くなったら次は終わりだよ。」
「は!そ…そうか!
じゃあボーッとしてる場合じゃ無ぇな。
行って来る!」
小壺に皮の蓋を閉めなおすと、お父さんはそれをテーブルに置いて弾かれた様に走って行く。
そりゃ30万円のメイプルシロップだもの。
ホイホイ買える筈が無い。
「マルクス。手伝ってくれてありがとうねぇ。
どうやらサーチルは持ち直したよ。
お前を寄越してくれたゲルマンさんには礼を言わないとだねぇ。」
「嫌…それよりも母ちゃん。本気か?
姉ちゃんは本当に助かるのか?」
お婆ちゃんと同じで、どうやらお兄ちゃんにも私には分からない現実が見えているのだろう。
どうにも浮かない表情で心配そうに私達をジッと見つめている。
「やるだけの事しかやれないよ。
幸いアミルにはギフトが有るらしいからねぇ。
まぁ何とかするよ。」
「…分かった。」
お兄ちゃんは悔しそうに拳をギュッと握ると、軽やかに身を翻して部屋から出て行く。
私も一度お母さんの姿を見てから、お婆ちゃんに伝えて部屋から出て行った。
何せ朝起きてから何も食べて無い。
大人じゃ無いんだから、アミルちゃんに断食させると直ぐに倒れてしまう。
慌ただしい空気を感じながらも、モグモグと朝食をキッチンの片隅で取ると、お婆ちゃんの代わりに受付業務をお爺ちゃんから受け継ぐ。
今の私が出来るのは、少しでもお母さんにお婆ちゃんをつけている事だけだから。
それと急いで情報を集めないといけない。
繰り返しになる受付業務なのを良いことに、私はボットモードにすると、急いで火の玉モードに戻って行った。
こうすれば意識を調べ物に向けている間も、受付業務に集中出来るから。
黄色い炎の揺らめきを目にして、しばらくの間はボーッとしてた。
「はああぁぁ…」
いつまでもそうしていたい気分だったけど、グラを眺めて癒されてる場合じゃ無いし。
グラで癒されてる自分が嫌過ぎる。
「何かもう…当てずっぽうが上手く行ってくれて本当に良かったあぁぁ…」
何せ低血糖だと直感的に動いたけれど、そんな保証は何処にも無いから。
事実としてHPの減少が止まってくれたけれど、私の思っている理屈での回復じゃ無くて、たまたま木蜜にそういう効果が有った可能性も有るし。
例え私の知っている理屈だとすれば、急場を凌げただけで木蜜での糖分摂取はかなり危険な気がする。
そもそも今回あんな風に低血糖症を起こしてお母さんが急変したのは、昨日木蜜を食べさせて急激に血糖値を高めたせいかも知れないからだ。
お母さんは悪阻で食事が取れず、きっと慢性的に血糖値が低い状態だったのかも知れない。
そして私の推察がもし正しいと前提して、妊娠の影響で糖尿病を発症していたと過程すると、木蜜を食べさせた事で急激に血糖値が上がったのだ。
糖尿病とは身体の中に入った糖分を分解して、活動するのに必要なエネルギーに変えてくれるホルモンが不足している状態を言う。
糖分を取って急激に血糖値が高くなった後で、再び血糖値が下がると、その落差の変動で低血糖症を起こす事が有ると言われている。
下手をすれば命を落とす結果になってただけに、今さらながらに心が冷えて炎の身体が震えて来た。
つまり今回も木蜜で一時的に回復している血糖値が下がれば、再び低血糖症を起こす危険性が有ることになる。
それを阻止する為には、完全に血糖値が下がる前に吸収の緩やかな油分を含んだ食事を取らさなくてはならない。
それだって場当たり的なその場凌ぎでしか無い。
血糖値が高い状態が続けば、それはそれで腎臓の負担になって急性腎不全に至る危険性も有るし、そうなれば透析治療が行えない以上死んでしまう。
だからと言って血糖値をコントロールしたくても、それを調べる機材も無ければお薬も無い。
魔法を頼りたくても、その知識が私には無いし、インスリンに代わる魔法が存在しているのかも分からない。
そもそもそこを気にするぐらいなら、妊娠中毒症を起こす原因になっている大元を何とか出来る筈だ。
けれども何が原因で妊娠中毒症を起こしているのか調べる手段も知識も無ければ、本当に妊娠中毒症を起こして糖尿病を発症したのかも分かって無い。
あくまでも低血糖と似た症状を見て、記憶にある臭いを頼りに低血糖症を起こしていると予想しただけなのだから。
「本当にどうしたら良いんだろ…」
頭の中が恐怖でしっちゃかめっちゃかになっている。
何も分からない状態で手探りで対応するしか無いのに、元になってる知識すら正確性があやふやと言う心許ない状態なのだ。
そして私が知っている知識すらも、お婆ちゃんに伝える事が出来ない。
信憑性を持たせるには、私の世界的の医術で有る事を説明すれば話が早いが、それは禁忌にあたってしまう。
例え宇宙人だとバレなくたって、私が異質なのは充分に伝わる。
今回はこの世界にスキルがあったから、神様からのギフトだと誤魔化されてくれているけれど、それは単に運が良っただけ。
目の前にパニックを起こしても不思議じゃ無い状況があったから、深く考える人が居なかっただけの事なのだから。
この世界の医療を知ってるお婆ちゃんに下手な事を言えば、それがこの世界の医学の知識で無い事は直ぐにバレてしまう。
果たして何処までギフトだと誤魔化せるのか。
お婆ちゃんに鑑定のスキルが無かったのが、その勘違いを呼んだのなら。
鑑定スキルを持っている魔女には私が異常な事が直ぐにバレてしまうだろう。
何せ名前すら聞く前は???しか表示されていないのだ。
どうして聞かなくてもHPやMPが見えるのか、それは不思議に思ったけれど。
そもそもを考えると、私の基本はこの火の玉モード。
アンドロイドのなつみや、赤ちゃんモードだったアミルも、何の装備しして無くても最初に最低限のミルは吸えてた。
その関係が鑑定スキルの表示に影響を与えている可能性が、私には捨てきれ無いのだ。
そして検索して今回の事をグラに質問した結果、やっぱり私の予想は間違いでは無かったらしい。
過去にギルの子供達も、私と同じように鑑定スキルが発生しているお陰で、HPやMPが表示される事も有ると認知されているが、基本的にこの世界の人が持つ鑑定スキルは、名前や種族。
物なら素材構成や産地など。
勉強して知識を増やした情報しか表示されないらしい。
例えメモ帳ぐらいの効果しか無くても、知識量が増えれば重宝するだろう。
商人なら本物を見て正確な情報を覚えるだけで、偽物を見せられた時に違う事が一瞬で分かるのだから。
それが膨大な量になれば、スキルの便利さが際立って来る。
何せ人が覚えられる知識量には限りが有るのだから。
と、グラからの返信を読みながら、鑑定スキルについて考えていると、ピコン!と頭に閃きが走った。
私は色んな知識量が不足しているせいで、今とても悩んでいた。
それなら知識量を増やせば、全てを覚えて無かったとしても、鑑定する時に情報として与えられるのでは?
問題はどうやってその知識を増やすか、だけれど。
ここで閃きの元となったのは、宇宙船の操縦をした経験。
あの時はアンドロイドのなつみに、情報をダウンロードして操縦方法を覚えていた。
確かにアンドロイドのなつみに宇宙船の情報をダウンロードした所で、今の火の玉モードの時にその情報は無くなっている。
それなら火の玉モードの私に情報をダウンロードする事は可能だろうか?
そうすればアミルになっても宇宙船の操縦方法が残っているかも知れない。
この推察のヒントは外郭の装備と、核の装備とで、ミルの値段が違ってた事。
私は急いでグラにこの事の確認を取った。
そしてビンゴ!
火の玉モードで習得した知識や技能は、アバターを変えても持ち越せるらしい事が判明。
つまり火の玉モードの私で鑑定スキルを取り直し、私の世界の医学やこの世界の医学の知識を取り込めば、アミルになっても、アンドロイドになっても、その知識の乗った鑑定スキルが使える事になる。
そう思ってグラに聞きながらミル交換所のショップを開く。
そして私の予想よりも、少しだけ劣化した希望しか存在して無かった。
問題は火の玉モードのキャパシティー。
私が産まれたばかりと言うだけで無く。
元の世界に有る医学情報が多すぎて、全てダウンロードすると、それだけで容量がパンクするらしい。
そりゃそうだ。
その代わりに外付けでメモリーを保存出来る端末が売られていた。
1つ100億ミルで。
滅茶苦茶高いけれど、買えなくは無い。
私はその外付けメモリーを試しに2つ買ってみた。
元の世界の医療知識と、この世界の医療知識を分ける為だ。
混雑すると鑑定スキルを発動した時の文章が増えて読みにくくなると予想したから。
必要に応じて外付けメモリーを切り替えれば、必要な知識が探せるだろう。
そして外付けメモリーに情報をダウンロードした後で、糖尿病について検索する。
すると欲しかった医学の情報がズラズラと出て来た。
うん!懐かしの専門用語!
少しは理解出来たけれど、さっぱり分かんない文章が沢山有る。
何故なら私は日本語しか読めないから。
何せ地球と言うワールドクラスで使われている情報だから、日本以外の情報も山ほど有る。
むしろ一番読みたい日本の情報がとても少なく感じるレベル。
糖尿病は世界共通の病気だもんね。
こりゃ外付けメモリーが必要な筈だよ。
この全ての知識を使おうと思ったら、今度は言語解読用にもう1つメモリーを買わなくてはならない。
そんな面倒な事が出来るかぁ!
英語で書かれた参考資料を、辞書を片手に解読する作業を想像した私は、思わず床にメモリーを叩きつける。
実際にはメモリーは頭の中なので、そんな芸当は出来ないけど。
しかもこれ、物凄く読みにくい。
何せ糖尿病について全ての情報が乗っているのだ。
それも更新されたら元の文章が消えるのでは無くて、どんどん書き増やして行く方針で。
糖尿病の概念が変化することは稀だからいいけど、その治療法を検索したら色んな薬や方法がズラズラと出て来た。
何なら「なんだこれ?」って、私が見た事も無い草の名前まで書いてある。
うん、全く使えないね!
血糖測定の方は滅茶苦茶ビックリした。
私の時代だと指先に針を刺して少量出血させて、その血液に含まれている血糖値を調べていたけれど、体内にマイクロチップを入れて調べたい時に血糖値が分かる様な技術が有るのだとか。
これは確実に私が生きてた平成の時代よりも未来の情報だろう。
あれだ。
この情報を確実に活用しようと思ったら、国語と英語と数学と理科の勉強を1からやり直す必要が有る。
全部ダウンロードして知識を吸収している頃には、お母さん所かアミルちゃんもお婆ちゃんになってるかな。
本をパタンと閉じるイメージで、情報の閲覧を中止した。
ちょっとしか読んで無いけれど、滅茶苦茶脳ミソが疲れた気分。
どのタイミングの情報を使うか選ぶのもしんどい。
私が想像したより不便で使いにくい事になってる。
赤ちゃんの頃に言語をダウンロードしたいと希望した時は止めた癖に、今回止めなかった筈だよ。
私には扱いきれないと分かってたんだろう。
取り敢えずこの外付けメモリーを鑑定スキルにこのまま繋げると、どえらい失敗になると判明した。
でも情報を精査する気力も根気も私には無い。
100億をドブに捨てたとまでは言わないよ。
例え読みにくくたって情報が全く無かった頃の不安に比べたら、調べたら出て来るんだからこんなに有り難い事は無い。
ただ素人が辞書を片手に病人の治療をするのと同じだけどね!
医学は奥が深いね!
ダウンロードで名医にはなれない仕様だよ!
涙が出ない身体だから、心の中だけでシクシクする。
そう言えば宇宙船の操縦をした時だって、グラを教官にして練習してたね。
知識と実践は当たり前に別物だった。
やっぱりこのチュートリアルの、無理ゲーな強制バッドイベントは難易度が高過ぎる。
それでも諦めたらそこで試合は終了するんだ。
お母さんを助ける為に、今の私が出来る全力であたるしか無い。
それでも、もう1つの外付けメモリーにダウンロードしたこの世界の医学を開くと、頭の中で膝から崩れ落ちた。
字すら読めなかったからだ。
そう言えば日常会話のリスニングを学んでる途中だった事を思い出す。
まぁ…これも文字を読む勉強が始まれば、そのうち使えるだろうけど、取り敢えず今は意識のタンスの肥やしと化す。
そんな時間は無いと分かっているのに、思わずアンドロイドモードになって、ミルを収集しながら30分爆走した。
延々と走っていたかったけれど、タイマーが鳴った所で火の玉モードに帰還を果たす。
時々アミルモードの方に降りて現状を確認すると、私に鑑定のスキルが有ると知ったお兄ちゃんから話を聞いたのか。
修行先のオジサンが店に来ていた。
ゲルマンさん。
種族はピルプル。
身体は筋肉質だけど丸顔な所が商人らしく、明るくて優しい感じの中年男性。
年齢は36歳。
お婆ちゃんの弟だそうで、お話しながらも遠慮無く私の前に彼か持ってきた物を置いて行く。
そして見せられた物と、類似した偽物を前に置かれて本物かどうかを調べていた。
とっても受付業務の邪魔だったので、お爺ちゃんに呼ばれて出て来たお婆ちゃんに叱られて、ヘコヘコ笑いながら帰って行ってた。
ちなみに偽物本物判定はボットモードだったけど、全問正解してました。
そりゃそういうスキルだからね。
名前の所が偽物は「擬き」って書いてるもん。
お母さんが事で殺伐とした心境だったけど、ゲルマン叔父さんのお陰でちょっぴり気分が和んだよ。
そんな余裕は無い筈なんだけど、思わず泣いてしまった。
登場人物
アメリア アミルのお母さん。 可愛い 妊娠中
アルマリ アミルのお婆ちゃん。 とっても美人。
ゲルダかと思うぐらいの美貌を持ってるけどピルプル。
サーチル アミルのお父さん。 オニキスに似てるけど純血のピルプル 料理人。
ノフマン アミルのお爺ちゃん。
シーフルとピルプルのハーフでとっても器用。
マルクス アミルの叔父さん まだ14歳。
華奢な美少年。
ゲルマン マルクスの修行先の商人。
丸顔の筋肉質体型。アルマリの弟
36歳。
種族系統
オニキス
オーが並みの巨体。戦士が多い。
プロレスラータイプ
シーフル
動きが素早いのが特徴で弓とか上手な人が多いらしく、手先も器用で職人さんに多い。
ゲルダ
美人だけど目付きが悪くて無愛想。
魔力が高く、魔術を使う人が多い。
庶民でも魔女、魔導師が多い種族。
ピルプル
この惑星で一番人数が多い種族。
商人が多い。
長所が無い代わりに平均的な能力で、人当たりの良い人が多くて付き合い易い。
ノーブル
農業、生産家が多い。
大型な体格をしているが性格は温厚。
牛っぽい角の頭に生えてる。
モーリア
背中に翼が生えてる。
遭遇するのはレア中のレア。
郵便のお仕事をしている人は大抵この種族。
インコの様に羽がカラフル。
アルス
顔立ちはピルプルと同じで獣の耳や尻尾が生えてる。
身体機能が優れていて、戦闘職種が多い。