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チュートリアルってなんだろう。

なつみ、ガンバ!


全力で現実逃避を目論む私に生暖かい視線を向けながら、グラは説明を続けてくれた。


「初めて使う君に分かりやすい様に、その外郭(アバター)には環境適応機関以外も、色んな補助システムを搭載しているよ。

でも基本的には今の外郭を素体と呼ぶんだ。

先ずはメニューを開いてご覧。」


「え?メニュー?

どうやって??」


戸惑った瞬間に頭の中に方法が浮かび上がって来た。

なるほど至れり尽くせりだ。


「わぁ、本当にゲームみたい。」


「慣れてくればわざわざ使わなくても自分の意識で操作出来るけどね。」


「この機能って私の為に特注で作ってくれたんですよね。どうしてそんなに、あ。

すみません。理解出来ました。」


満面の笑顔を向けられた瞬間、スンと疑問に対する興味が冷えた。

どうやらグラは私を起動させる前に、このチュートリアルを予想して様々な準備をしていてくれたらしい。


上手く目覚めたとしても直ぐに適応出来ずに崩壊してしまえば、この手間隙は全て徒労に終わる。


なんとも理解がし難い涙ぐましい努力だなと思ったけれど、我が子がお腹の中にいる間にベビー用品を買い込む親や親族と同じ感覚だってさ。


私が産まれて来る事を本当に楽しみにしてくれていたらしい。

松田夏海として最初に産まれて来た時と同じだね。

自分から望んで産まれて来た訳では無いけれど、昔の写真を見たり。

実際に自分が我が子を産んでみれば、親の期待や喜びは理解出来ると思うんだ。


だったら素直にパパって呼ばせてくれてたら、私はこんなに冷えた気持ちにはならなかったよ。

ホッコリするより先に女性としての危機感が募るのって何でだろ。

火の玉モードで子作りも何も無いと思うんだけど。

そうか、其処で外郭の出番なのね。

うん。今深く考えるのは止めておこう。


とりあえず疑問が解消された私は素直にウインドーと呼ばれている画面を見つめる。


メニューと考えた瞬間に、目の前に半透明なモニターが展開されていたからだ。


なつみの文字を見て、今の自分の名前だと分かった。

捻ってる様でそのまんまだけど、面倒だし特にこだわりなんて無いからそれはスルーする。


メニューに乗っているのは名前とミルの数値だ。


なつみ


ミル総数1220


そして下のタスクには装備一覧、アイテム、ミル交換、グラコールとコマンドがあった。


「グラコール?」


「今は側にいるけど、これから1人で動く様になった時に連絡が取れないと困るでしょう。

時間とか気にしないでいつでも呼んでくれたら良いからね。

わざわざ押さなくても飛んでくるけどね。

しばらくの間はなつみを眺める事が楽しみだから。」


どうしてこんなに残念な人なんだろ。

言葉と感情で説明をダブルで食らって思わずスンとしてしまう。


これは呼ばなくてもきっと来るパターンなんだろうな。

何でコールボタンをメニューにつけた?

押して欲しかったんだね。

さて次に行こうか。


「このミルの総数は、小石から取れたミルの量ですか?」


「そうだよ。

消滅するまで採取すればその量はとれるけれど、存在が消えてしまえば二度と手には入らないデメリットも有るね。」


「つまり全部とり切らなければ、時間が経つと回復して何度も採取可能だと。」


「回復効率は物に寄るけど、大抵は1日あれば20~30は回復しているね。

ミルは全ての物に含まれているよ。

だから表面だけで無くて、土地の中まで意識して吸収してご覧。」


吸収方法と思い浮かべると、私は両手の平を足元の地面に向ける。

すると青い光が私を中心にして半径1メートルの範囲で輝き初めた。

光の粒々が胸元にスルスルと音も無く吸い込まれていると、ピロリロリン♪と、アラームが頭の中で弾けて驚く。


「今の音は?」


「まだなつみは初心者だからね。

崩壊前に余裕を持たせて警告が鳴る様にしているんだ。

それを無視して吸収して行くと崩壊が始まるよ。」


「なるほど。

あ、でも凄い。崩壊前でもこんなに採れるんですね。」


ミル総量 13500


説明を受けながらだけど、一歩も動かず。

僅か3分で一万円を越えてる。

月に200万がノルマって言ってたけど、意外と簡単?


「それは私が自分で努力をして、効率の良い吸収デバイスを開発したからだよ。

松田夏海の状態で吸収する程効率は悪く無いけど、初期に渡されたデバイスだけでは同じ範囲でも200~300かな。

地面の中に有るミルは掘らないと吸収出来なかったからね。」


「なるほど。」


どうやら私はグラの恩恵を多分に受けているらしい。


「それじゃ私は毎月200万目指して稼いで、グラに渡せば良いですか?」


「別に0でも何も問題は無いけどね。

母星からのノルマはあくまでも私にだけ課せられた物で、夏海が気にする必要は無いよ。

ただミルが有れば好きな様に外郭をアップデート出来るから、好きなだけ採取すれば良いさ。

流石に星や生物を採取目的で、崩壊レベルまで奪う時は止めるけどね。」


「そんな物騒な事しませんよ。

でも生物って居るんですか?」


「この星には微生物程度しか存在して無いけど、他の星には様々な生物が居るんだ。

だからミルを採取する限度には注意が必要だよ。

まあ、なつみが襲われて命の危険に曝された時は遠慮無く消滅させて構わないけどね。」


つまり星を崩壊レベルで採取するのは認められて無いけど、命の危険がかかった時は相手を殺しても構わないと。

うん、いきなり物騒になって来たよ。


私が顔をしかめていると、グラはクスリと楽しそうな笑みをこぼす。


「じゃあ先ずは20万を目標にして、自由に稼いでご覧。

終わったら買い物と外郭の強化について説明しよう。」


「はい。」


これが実に単調な作業で地味に楽しかった。

喉も渇かなければお腹も空かない。

延々と歩いても身体は疲れないから、走りながら地表のミルを集めるだけでもスッゴく楽しい。


「うひょー!」


軽く地面を踏んで飛び上がったけど、最大で10メートルもジャンプ出来る。


ミル総量216000


「あ、過ぎてた。」


時間なんて見て無いけど、全力疾走で1時間ぐらい集めて直ぐに貯まってしまった。


「とても楽しそうだったね。

眺めてだけどいつまでも見ていられるよ。」


「それは微妙なので止めて下さい。」


つい年甲斐も無くはしゃいでしまったなと、急に恥ずかしくなったけど。

考えてみれば私は0歳だったね。

うん、年なんて無かったよ。


照れた私の何が面白いのか、グラは涙目になって尊い…と感激している。

見た目が完璧な美丈夫で無かったら、全力で距離を置きたいレベルだ。

初めての一歩をヨタヨタと歩く我が子を眺めた父親の姿かなと、好意的に脳内変換をして無理やり流す。


昔に見たうちの娘が公園遊んでいる姿を、繁みの向こうから無言で眺めていた30代のお兄さんの姿を思い出してはいけない。

例え出逢って1日も経ってない宇宙人でも、グラはあくまでも私の身内なんだから。


むしろ今私の身内はグラしか存在し無い。

造られた事を理解して無い自分自身と顔を合わせた所で、頭の可笑しい赤の他人と同じなのだから。


「なつみは本当に良い子だね。

まだ慣れるまで辛いだろうけど、必死に自分を保とうと頑張ってくれてる。

でもそれじゃ疲れてしまうだろうから、次に進もうか。」


グラはひとしきり感激した後で、メニューの中に有るミル交換のタクスを開く様に指示して来た。


「外郭をボットにして放置しても良いけどね。

例えこの場所に危険な外敵は存在しなくても、危険な場所は沢山有るんだ。

だから少しでも危険を避ける為に、乗り物を撰ぼうか。」


「うわ、高い!」


装備品に該当するらしいけど。

ミル交換の中には1000万越えの戦車タイプの乗り物から飛行機、宇宙船タイプの様々な乗り物が商品リストとして乗っていた。


「もう少し稼いでから買います。」


「大丈夫。

先ずは吸収効率から上げて行こうか。

この範囲式デバイスを選んでご覧。」


グラが指示したのはミルの吸収範囲を広げる、腕に取り付けるタイプの装備品。


リストバス 20万ミル-1千万ミル


「えーと…値段設定が二ヶ所あるのは?」


「うん。安い左側の方がその外郭専用の装備で、右側の高い方が(コア)に装着可能な装備だよ。」


「え!コアにも装備品とか有るんですか?!」


「うん、この星で活動しているなつみの外郭はまだ1体しかないけど、星は広いからね。

外郭を増やす際にコアに装備していればノーコストで取り付けられるんだよ。

まぁ、今は関係無いから安い方を買ってご覧。」


なんだろう。

1ミル1円で計算してたけど、金銭感覚がまるで違う。


「これを買っちゃうと所持ミルがほとんど無くなっちゃうんですけど…」


貧乏性と呼ばれても、例え簡単に20万まで集められたとしても、所持金がなくなる心細さに震えていると、グラは更に楽しそうに大丈夫だと勧めて来る。


渋い気持ちでリストバスの安い金額の方をポチっと押すと、白い粒子が右手首に集まり白い輪が姿を現す。


20万円の腕輪だなんて人生で初めて購入したよ。


そりゃ車とか家とか高額な商品を購入した経験は有るけれど、職業柄貴金属を身に付ける機会が無くて、婚約指輪すら貰わずマイホームの購入資金に当てた程。

私は世の中の普通から遠いタイプの女性だったのだ。


もちろん飾り気の無い結婚指輪をつける許可は有る。

でも看護師は汚物に触れる機会が多く、手洗いの機会だって多いから、いくらルールで許可された所で気分的に気持ちが悪く。

素手で扱わないとしても、ひょんな事で手袋が敗れるかと思えば、指輪なんて論外だったのだ。


ちなみにネックレスは娘が生後まもなく引きちぎってくれた時から、つけてはいない。


それが腕輪。

リングは細身で白く光沢を放っている。

そして青色の澄んだ宝石の様な石の周りは、金色の金属で縁取られていた。

装飾品としては存在感が有るけれど、装備品と考えるととても優美な感じがする。


「あー、嬉しいなぁ。

なつみが私の作った装備を身に付けてくれる日が来るだなんて。」


ウフフと迷惑にも感激している彼に、思わずグッと拳を握りしめてしまう。


そう、私も嬉しかったよ。

娘が初めて私が買ったガラガラを振ってくれた時は。

うん、きっとあんな感じだね。


「てか、ここの商品て、全部グラが作ってるんですか?」


「全てでは無いよ。

ミルを星に納めた特典として、他の人が開発した商品を購入出来るからね。

勿論納めるミルの額が多ければ多い程、魅力的な装備が買えるシステムになってるよ。

特典は他にも有るけれど、逆に自分が開発した商品をこうして売る事も出来るんだ。」


「ほほう、でも商品の9割がグラ作になってる理由は?」


「流石に初期に開発された外郭の基礎は転用する必要が有るからだよ。

そうじゃなければなつみが身に付ける装備は全て…」


「あ、分かりました。すみません。

それでこの腕輪を試してみても良いですか?」


ダメだダメだダメだ。

ほら昔にはオムツもベビー服も手縫いだった筈。

それに柄じゃないけど私だってベビー靴下を一つ編んだ経験も有る。

大きさが左右で違って足首の閉まりが悪かったから、結局1回しか使わなかったけどね。


だから愛が重いとか、気持ち悪いとか思わないよ。


「て、うわお!?」


邪念を振り払うつもりで腕輪を前に突き出し、採取を開始すると凄まじい勢いで広範囲から青い光が胸元に束になって飛び込んで来た。


「す、すごい…」


ミル総額2306900


僅か3分程度で1歩も動かずに、元を取ってしまった衝撃に呆然と立ち尽くす。


「え?200万?

20万じゃ無くて200万?!」


元を取った所じゃ無かった。

思わず金額を二度見してしまう。


「さて、使い方が分かった所で効率の良い場所に移動しようか。

私の外郭に装備して有るから、捕まってね。」


「え?!」


問答無用で腰に抱きつかれた。

突然迫って来た変態をどつき返す余裕も無くて、次の瞬間には山の上で浮かんでいたのだから、正直それ所じゃ無かった。


「うわあーーーー?!」


「大丈夫。落ちなければアバターは壊れないし。

壊れた所でコアは安全な場所に有るから、何にも害は無いよ。」


つまり落ちたら壊れて買ったばかりの20万の腕輪がおじゃんになるんですね。

変態だろうが離しませんよ。

壊れても買い戻す気満々な腕輪ですけどもね。


寒くも暑くも無いけれど、足元にマグマがグツグツと煮えたぎっている光景の真上を飛んでいれば、自然とグラにしがみつく腕に力もこもってしまう。


「あぁ…なつみは可愛いなぁ…」


怖がって必死にしがみついてる私を、グラがニコニコと喜ぶ感情が伝わって来るけれど、もう無視だ、無視。

私は人生で飛んだ経験なんて無いんだからね。

バンジージャンプした時でさえ、こんなに高くも無ければ危険でも無かった。

自分とグラの握力のみが安全バーって、どんだけ?!


あー、でも下から見上げて恐怖に戦きながら、私を心配して叫んでいた幼い娘たちの反応は確かに可愛かったよ。

上から飛び降りる私以上に発狂して、わーきゃーしてたからね。

懐かしい話を思い出しちゃったな。


「さぁ、なつみ。

ミルを回収してご覧。」


片腕を手放すのは断腸の思いだったけど、吹き付けて来る風の勢いに負けない気持ちで片手を突き出す。


「そのうち分かると思うけど、吸収する方向を思い描けば、わざわざ腕を向ける必要は無いんだよ?」


「そう言うのは早く言ってーーーー!!!」


「あははは。」


マジでコイツをぶちのめしたい。

今まで地面に腕を向けてる私を眺めて、笑っていたに違い無いんだから。

実際にずっと笑ってたし。


「可愛い過ぎて尊いね、なつみ。」


「って、なんじゃこりゃーーー?!」


私は全力で彼を無視する代わりに、メニューを開いて度肝を抜かれた。


ミル総量13455688000


「え?ひ、ひゃくおく???」


だって私、まだアラームの音を聞いて無い。

てことはまだまだ吸収しようと思えば吸い採れるって事だよね?!

てか怖いの飛んだ。

え?こう言うのってお宝ポイントって事?!


「簡単に思えるかも知れないけど、短時間で大量のミルを稼ぐコツは、装備を整える事とライバルのいない自分だけの場所を見つける事なんだ。」


至近距離で目を細めながらも、ニュアンス的にはたしなめられてる。

つまりはしゃぐなと。


「ただこう言う場所の問題は飽きるって事だね。

装備さえ整えてしまえば、ボットでも可能な単純作業だろ。」


「今は全然楽しいですよ。」


「うん。誰も居なくて快適だしね。

慣れるまでは楽しめる場所だと思うよ。

でもこの場所だけじゃ限界は早く来てしまう。

だからこれから別の星にアバターを造りに行こうか。」


「それは飽きた頃に考えたら良いのでは?」


だってこれから遊ぼうかって所で突然ストップがかかった感じで消化不良。


「うん。

当分はこの場所でミルを稼いでも問題は無いよ。

でもいざ別の所ってなっても最初は色んな準備に時間を取られるのさ。

先ずは近くでそのアバターの装備を充実させて、ボット機能にしておこうか。

理由は直ぐに分かるよ。」


「はい。」


とにかく今の私は産まれたばかりの初心者だ。

先ずは先輩の指示に従うべきだと、少しだけ不満を抱きながらも気分を切り替えた。


そしてグラのお奨めに従って、1割の方に該当する飛行船タイプの小型機を購入する。

ちなみに1億ミルだった。

地球で飛行機を買うとなったら、きっと莫大な金額が必要になると思うから、小型とは言ってもリーズナブルだと思う。


もっと金額が高くても購入は可能だったけど、自分が作ったアイテムを私に装着させたい彼が、わざわざ選んだのだからやっぱり意味が有る。


この小型飛行船の利点は、他のパーツを取り付ける事で自分の好みにカスタマイズ出来ると言う。


今はただ飛ぶだけの機能しかないので、ミルの回収は船から降りて自分の足で歩いて稼がなければならない。


命の危機に関わるノルマは既に達成出来てるから、例え時間がかかろうともその事に不満は無かった。


何せ活動した所でしんどい訳も無く。

ミルが飛んで来る光景を眺めるだけで楽しいからだ。

しかも自分が自由に操縦出来る宇宙船とか、超萌える。


実際の所は自動操縦で簡単に移動出来るけど、ハーフオートで操縦する気分も味わえる玄人好みの機体とか。

もう胸のワクワクが止まらないんですけど。


今は宇宙まで出る機能がないけど、そのうち宇宙まで行けると思えば、ミルを稼ぐ意欲も高まると言うものだ。


そんな期待に胸を膨らませながらも、私は指示された通りにピンク火の玉ボディに戻った。


「次の星は外敵も居るし、他種族とのふれあいも必要になって来る場所だよ。

難易度としては上級者レベルの場所だけど、今回はまだチュートリアルの期間だから、私がサポートするから心配は要らないね。」


「はい。」


上級者レベルと聞けば、緊張感が一気に高まる。

だって向こうは知らないけれど、私はもう宇宙人なのだから。


「基本的なルールとして、星を破壊してはいけない事と、命の危機になるまで生物を消滅させてはいけない事は同じだよ。」


それからミルの存在を教えてはいけない。

自分が宇宙人だとバレてはいけない。

それが新しく追加された基本的なルール。


まぁ理解出来るよ。

存在を知らないとは言っても、ミルを奪われたら惑星の危機。

控えめに言えばエイリアンの侵略と同じなのだから。


私を捕まえた所で何の情報も無いけれど、宇宙人が存在している事が明るみに出る事が、そもそも問題らしい。


1人だけなら只の妄想で済む問題も、これが二人、三人と増えてくれば宇宙人の存在が真実味を増す。


そして例としてグラがミルの存在を明かして、技術的な事を公表すれば、新しい種族のライバルが誕生する。


そうなれば独占する旨味が減るのと比例して、様々な惑星の危機を訪れる事になるのだ。


グラ達の種族は禁止している惑星の破壊すら、新しい種族が行う危険性が非常に高い。


だから私が宇宙人だとバレる事も、ましてやミルがこの世に存在している事も絶対にバラシてはいけない。


うん。ストレス。

説明を聞いた時点で行く気が激減して来た。

それでも新しい星に自分でアバターを作成する事が、今回のチュートリアルミッション。


「え…この赤ちゃんて、本物?!」


そして新しいアバターの素材に生身の赤ちゃんリストを見つけて絶句。


どうやら自我が形成する前に身体を乗っ取る形になるらしい。

そうすれば戸籍も自然と手に入るし、自然と社会に溶け込めるとか。


うん、無理。


他人の人生を自我が芽生える前とは言っても、勝手に奪うとか私の倫理観が受け入れられない。


「なつみ。そうじゃないよ。

お邪魔させて貰うだけで、辛い思いをするのは素体よりもなつみの方だ。」


グラの言い分からすれば、私が素体に選んだ赤ちゃんには優れた能力がつくらしい。

それはそのまま産まれて育ったよりも、平均より丈夫で裕福な生活を送れる事になるのだとか。


何故私が辛くなるのかと言えば、今まで私が学んで来た価値観や社会のルールが変わってしまうから。


種族に寄れば他の種族を殺して狩りをする義務があっても、今までそんな生活をした事の無い私にはストレスが発生する。


それが正義だと言われても、私が納得出来るかは難しい所だ。

宇宙人として無闇に命を奪え無いルールがあっても、その社会で当然と許可されていれば問題が無いらしい。


あくまでも宇宙人の立場でその種族のトップに立って、自分に都合の良い価値観を押し付ける方がNGなのだとか。


つまりそれは侵略して文化に変革を与える形になる。

私だって普通に生活してたのに、政府からいきなり戦争が義務だと押し付けられる状況を考えれば納得の出来る話だった。


私が産まれる前に戦いの歴史は沢山有る。

戦国時代に突然産まれ変わったと考えれば、なるほどストレスだろう。


しかもそれな宇宙人の主張で、現代社会において同じ事を押し付けられる不快感は相当なストレスだ。

この場合、ストレスを受けるのは住民側になるけれど。


だからどれだけ能力が優れていても、王族の子に産まれて社会のルールを大幅に変革する様のは駄目と言う事。


産まれる時に素体を選べるのだから、不可能な話では無い。


なるほどこの技術力は驚異的だろう。

社会のルールに従って、社会の中から変革する事だって可能なのだから。


それを倫理観としてNGに上げるだけ、グラの種族はとても善良な生物だと私は思った。

それでも赤ちゃんの人生を犠牲にすると思えば、どうしても忌避感が産まれてしまう。


「嫌な思いをしても選らばなければ駄目なんですか?」


「これはなつみには必要な措置だからね。

ミルを集めるだけの話なら、わざわざ文化的な生物の住む惑星にアバターを作る必要は無いんだ。

むしろ社会のルールに阻害されるだけ、集める効率が悪くなるとも言える。

でも、なつみ。

君は食事や排泄をする不便の他にも、様々な感覚を共有出来るアバターが無ければ、その内ストレスで追い詰められる事になるよ。

例え元の社会と違う社会でも、元々の身体に近い性能を持っているアバターが必要なんだよ。」


つまり私が生き延びる為に、私は赤の他人の人生を犠牲にすると。

それも自分勝手な理由だと思えば、受け入れがたい。


「そんな感性をもつ君だからこそ、私は君を素体に選んだのだけれどね。

でも考え方を変えようか。

君は他人の人生を乗っ取って好き勝手に生きるんじゃないよ。

選んだ素体やその周りに居る人達を幸せにする為に、素体の身体にお邪魔するんだ。」


詭弁だとキッパリ拒絶出来ないのは、素体が産まれ育つ社会のルールに従って産まれ育つからだろう。


私は私のルールを振りかざさず、その社会の中に紛れてひっそりと生活する分には、乗っ取った赤ちゃんの人生を生きる事に繋がると。


感覚的な事は分からないけれど、長い時間をかけてグラに説得をされた。

どれだけ良心を苛まれた所で、やはり私は物を食べたり眠る感覚が欲しくなったからだ。


それがどれだけ自己嫌悪に苛まれたとしても、切実な望みに変わったのだ。


どうやら私が悩んでいる間に、リストアップされていた赤ちゃんの顔ぶれが変わっていた。

自我が芽生えた子と、新しく産まれた子が更新されたのだろう。


これを全てグラがしてくれた事と思えば余計な手間をかけさせた事になる。


「なつみを導くのは私の楽しみだから、私に気を遣う必要は無いよ。

悩んでいるなつみはとても美しくて愛らしかったからね。」


安定の親バカ思考にげんなりとした気分にさせられながらも、グラが向けて来る純粋な愛情が有り難いと感じた。


これが自分の都合ばかり押し付けて来る相手だったら、私は今の時点で崩壊していたかも知れない。


ペカペカと明滅して派手に喜んでいるグラに苦笑を浮かべると、私は真剣にリストに目を通す事にする。


素体になる可愛い赤ちゃんの映像の他に、赤ちゃんを選択すれば両親の情報も乗っている。

そして気付いた。

どうやら色んな種族の赤ちゃん達がリストアップされている。


つまり選択して産まれると言う事は、選ぶのに社会情勢や習慣などの知識も必要になると言う事だった。


私の社会では結婚相手は自由に選べるけれど、赤ちゃんに寄ってはそう言った自由が無い子も居る。

そんな不自由の無い場合は、感覚的にほとんどの赤ちゃん達が金銭的に恵まれて無い。


つまり裕福な家庭に産まれると、衣食住が充実している代わりに社会的な不自由が発生するらしい。


グラに確認してみると、それでも平均的な生活を送っている家庭をピックアップしているらしく、もっと貧困な家庭は沢山あるそうだ。


「私からすればこの子がお奨めかな。」


そんな中でグラがアドバイスをくれた赤ちゃんは、宿屋の娘だった。

そろそろ1歳になろうかと言う頃で、リストの期限もギリギリな所だ。


どうしてお奨めなのかと聞けば、グラの素体の遠い親戚らしい。


「私の素体は成人しているし、普段は関わる事が全く無いけどね。

恐らくなつみは変わった子として自然と私に相談が来ると思うんだ。

別にその子じゃ無くても、自然な理由でなつみを迎えに行く準備は整えているから、どの子を選んでも自由だけどね。」


これは驚く。

つまり結婚が確定している裕福な子供を選んだとしても、自然な理由で迎えに来てくれるつもりだったとか。

それが親戚なら一方的な拉致に終わらず、望めば両親と今後の付き合いも継続出来るらしい。


子供を奪う事にならずに済むかと思えば、確かにこの赤ちゃんは都合が良かった。


私からすれば男の子に産まれ変わりたかったけれど、リストには女の子しかあげられておらず。

その点にだけ引っ掛かりは感じたけれど、最初は元の自分と近い性別の方が負荷が少ないからと説得された。


「それになつみが繁殖を望んだ時に、そっちの方が都合が良いだろう?」


その言外に繁殖の相手がグラの素体だと言わなければもっと素直に受け止められたけれど。

繁殖に関して言えばしてもしなくても良いとも言われて、渋い気持ちで悲鳴を飲み込む。


私としももし結婚する必要があるなら、全ての事情を知ってくれてる人が良い。

そのうち回数を重ねれば平気になるのかも知れないけど、何せ初めての事。

ボロを出さない自信が全く無いからだ。


てか今の時点でグラの素体は成人してるんだよね?

年の差どんだけ…。


「でも私の素体が誰なのかは秘密だよ。

そのウチ分かるかも知れないけど、私の素体をグラと呼ぶのは禁止だからね。」


若干の不安を残しながらも、とにかく私は眠りたかった。

眠気は全く無いけれど、あの安心感に包まれたい。

睡眠の習慣が身に染み付いていただけに、必要が無いと分かっていても切実な欲求だったのだ。


だからハイハイと、ミラーボールと化している上機嫌なグラに適当な返事を返して、私は新しいアバターに転送する事にした。


深く考えてはいけない。

何となくグラが二次元の女の子に夢中になって、婚期を逃してるオタク男子の匂いがするなどと。

今回ばかりは娘からお父さんと結婚すると言われて、デレデレしている父親の姿を想像するのは止めておく。


何故なら実の父親は実際に結婚出来ないから微笑ましいのであって、グラの場合とは当てはまらないからだ。


近親婚への忌避感と、オタクへの嫌悪感にそう大差は無い所が悲しいが。

とにかく私は眠りたかった。

眠れれば少しは気分転換が出来そうだったからだ。


文明の事を思えば、食事は期待出来ないけれど、睡眠が出来るだけでも私は嬉しかった。

そのうち梅干しのお茶漬けが食べたくなってのたうち回る予感はするけれど、海外旅行の経験が有るだけに食のカルチャーショックには、抵抗力が有る。


独身時代は繰り返し旅行をしてただけ、現地の食を楽しむメンタルは持ち合わせているつもり。


もう水が飲めるだけ幸福だと思えば、何でも乗り越えられる気がする。


そして私は瞬殺された。

赤ちゃんってとっても不便。


眠いのに中々眠れないし、布オムツの感触はスッゴク痒くて気持ち悪い。

挙げ句の果てには赤の他人にオムツを代えられる屈辱と羞恥心。

いや、実のお母さんなんだけど。

とっても若いから、自分が産んだ娘とそう代わりの無い若い娘さんを母親だと認識するのも難しい。


期待して無かったとは言っても、離乳食代わりのドロドロにふやかしたパンに、塩味だけのスープとか。

飲み込むのも難しい上に、手足の自由が本当に利かない。


だった1日でボット機能を思い出し、速攻でリタイアして来たのだ。

もうちょっと育ったらまた利用しようと思う。


あれだけ眠りたくてイライラしてたのに、眠気の無い事がどれだけ快適な事か。

それでも気分転換に一応効果はあったらしく。

スッキリとした気分で赤い荒野を爆走して遊んでいる。


宇宙船もカスタマイズしたいけど、先ずは身体の自由を楽しむのが先決だったから。


グラと言えばボットにしているらしく、金色の火の玉モードも天使のキラキラモードも大人しくしている。


火の玉モードは相変わらず私の目の前にで静かに揺らめいていたし、近未来天使モードの方は宇宙船のコクピットで大人しく座って私を眺めているらしい。


呼べば直ぐに来てくれるだろうけれど、それより自由を満喫したかったのですっかり放置だ。

何もあれだけごねて速攻でリタイアしたのが、何となく恥ずかしくて罰が悪い訳じゃ無い。


火の玉モードの時も天使モードの時も、ほら。

見た目だけは素晴らしいから。

ボットのまま居てくれた方が、私の精神の磨耗が無くて良いだなんて、少ししか思って無いのよ。


グラの中身も善良なのは伝わってるから、もう恨んでも無いし嫌いでも無いけど。

宇宙人に会うのがそもそも初めてで、やっぱり緊張する。


いきなり豹変して虐められたら怖いな、とか。

その辺の信頼感はやっぱり時間が解決してくれない内は、ある程度の緊張も仕方が無いよね。


もっと可愛い性格なら、素直に甘えてグラを喜ばしてあげられたかもと思えば、罪悪感も湧くけれど。


その辺は私を選んだミスをグラに反省して欲しい。

私は男性に媚を売るよりも、同性の様なさっぱりとした付き合いの方が好みだから。


それでも無性にギュッと抱き締めて欲しくなる時は有る。

それは人として生きて来た時の名残りの様な感覚なんだろう。

その点に関して言えば、赤ちゃんモードの時にお母さんに叶えて貰えたから、グラに望むまでも無い。


火山の上に拉致られた時に抱き締められた記憶はあったけど、それ以外に身体的な接触は皆無。

それは火の玉モードの方がグラの本体だからだろう。

身体的に他人と触れあう習慣が無いみたい。

そのお陰で発狂しないで居られると思えば、今は美点として挙げておく。


あんなペカペカのテンションで頬擦りされてたら、速攻で精神が磨耗してたと思う。

距離感て大切なんだよ。

親しくなれば物足りないと思うかも知れないけど、今は全くそんな気分にならないから問題は無い。


むしろグラの素体じゃ無い人に恋に落ちた時が、今から不安で仕方が無い。

頼れる身内なグラを嫌いになんてなりたく無いけれど、もし嫉妬するタイプの人だったら面倒な事になりそうで激しく憂鬱だった。


ミル総量20000456903


それにしても良く稼ぐなぁ。

表面しか吸収して無いけれど、ひとしきり走り回って日が落ちた頃には200億が突破していた。


宇宙船で1億使った事を考えてもまだまだ余裕綽々だ。

全てはグラの恩恵なんだろうけどね。


ボットで宇宙船を呼び寄せると、ルンルン気分でコクピットに向かう。

最初は火の玉モードの時と同じで何も無い空間だったけど、グラを立たせたまま放置するのが忍び無くて、宇宙船っぽい座席を買ったのだ。


今グラは王様の様にコクピットの椅子に座って、目の前のモニターに私の姿を移してニコニコしている。


ダメだよ。

アイドルのポスターを部屋中に張ってるオタク部屋とか、ストーカーがターゲットの写真を部屋中に張ってる姿を連想するんじゃない。


あれだよ。

娘の写真を携帯の待ち受けにしてる親だと思えばまだイケる。

だってグラからしたら私はまだまだヨチヨチの赤ちゃんだからね。


船内に入って隣の椅子に座った途端に私の方を見てニコニコしてるから、私は直ぐにモニターの画面を外の景色に変える。


視線がウザいだなんて言わないよ。

私はこれからミル交換の内容に集中するんだから。


それにしてもグラはボットにして何をしてるんだろ。

私が考えつかないほど、アバターを沢山持ってるだろうから忙しくしても不思議は無い。

聞けば答えてくれるとは思うけど、聞くのも束縛彼女みたいで何となく気が引ける。

単純な好奇心だからね。


呼んでも来てくれなくなったら流石に寂しくなるから、私は赤ちゃんアバターの世界で友達を沢山作ろうと心に誓った。

1人に依存している今の生活は不健康だからね。


いつかグラ以外のグラと同じ宇宙人にも会ってみたい。

グラを信用するとしても、色んな人から話を聞かないと判断するも何も無いよね。


これだけミルを稼げるなら、一人立ちも早そうな気はする。

でもこんなに広い宇宙でポツンと1人は流石に寂しい。


だからグラは私を作ったんだろう。

他人がライバルなら、同じ職種の宇宙人は近くに居ない方がミルを独占出来る。

でも本当の自分を知ってる仲間が居ないのは寂しい事だ。


それに彼の事だから、慣れない私が稼ぐ以上のミルをきっと稼いでる。

私を作った様に、他にも色んな人を作っているのは確定。

そうじゃ無ければこんなに手慣れたチュートリアルを計画しないだろう。


私が睡眠に苦しむずっと前からそれを予測して、赤ちゃんアバターを撰ばせたんだから。


お奨めをしてきたタイミングを考えても、最初は抵抗して悩む時間まで想定された気がする。

条件が良かった事も有るけれど、あんなにアッサリとお奨めを選択したのは、火の玉モードで居るストレスに耐え兼ねたからだ。


彼は私が予想した以上に長く生きて経験を積んでる予感がする。

想像するだけ恐ろしい。

赤ちゃんアバターの世界からすれば、神様と同じ存在なのかも知れない。


意図的に社会を操作しなくても、緩やかならルールの変革へ誘導は可能だよね。

それが社会に添った変革なら、幾らでも手段が有る気がする。

作ったアバターの種族に寄っては、他の生物を殺ろす事は禁忌にならないと、彼は教えてくれたから。


禁忌に触れず合法的な変革なんて私には想像もつかないけれど、これだけ大事にしてくれてる私のチュートリアルに選んだ環境に、グラの不在の理由が有る気がした。


「正解。

と、言っても大したことはしてないよ。

君が過ごし易い様な工夫を少しして来ただけさ。」


「びっっくりしたぁ…」


いきなり本体が中に入ると存在感が明らかに違う。

視線の動きや細かい仕草に、ほんの少しだけ生気を感じる。

多分理由を知ってるからこそ分かる些細な違いだろうけれど。


「なつみはどうしてそんなに可愛いかなぁ。」


「驚かせて喜ぶなんて悪趣味ですよ。」


イラッと来たからつい睨んだけれど、グラはとてもにこやかだ。

それなりに感情をセーブして大人の付き合いが出来る様になったかと思うけど、グラを相手にそんな気を使う必要が無いのは正直助かる。


「嬉しいな。

信用してくれるんだね。」


「貴方が呆れさせるのが上手だからですよ。

どれだけ私と同じ存在を作って来たんですか?」


嫉妬深い彼女みたいで柄じゃ無い。

でも意味深な笑顔と共に沢山、と。

シンプルな情報を寄越して来た彼に、やっぱりなとため息をこぼす。

裏付けを取った所でだから何?って感じになったけれど、彼は百戦錬磨の強者らしい。

育児マスターにでもなりたいのかな?


「世界の確変でも企んでます?」


「まさか。

私程度の存在で変えられる程、私達の種族の業は軽くないよ。」


「それじゃ何でこんなに面倒な事を?」


「楽しいよ?

でも入れ込めば入れ込んだだけ、喪失した時の悲しみはとても辛くてね。

もう二度と手をつけないと思っていても、直ぐに次を産み出す様に勝手に行動してるんだよ。

だから重複した事はまだ無いね。」


「一夫一妻制度なのは何故ですか?

貴方ならもっと増やせるでしょう。」


「そんなに簡単じゃ無いよ。

産み出すのも大変だけど、それ以上に生存させ続けるのはとても大変なんだ。」


「つまり貴方の手から離れて、一人立ちした存在がまだ居ないって事ですか。」


肯定の笑みはとても寂し気に感じて少しだけ胸が痛んだ。


「同族ならそんな苦労をしなくても済むのでは?」


「業の深い存在を増やすだなんて、それこそ消滅してもゴメンだね。」


「貴方が育て上げれば、そんな風にならないと思いますよ。」


「正直に言えばね。

私の手が及ばなくなる存在を作る事は恐怖なんだ。

良い方に向かう保証なんて何処にも無い。

私と全く同じ素材を使って作ったとしても、環境で完全に別物になるのは、君もそのうち経験するよ。」


「例えそうだとしても、それが社会ですよ。」


「だとしても私は自分の種族に絶望してる。

増やすつもりは全く無いよ。」


「だから弱い存在を作ってその場を凌ぐんですね。

それはとても辛い事でしょう?」


「嫌なら消滅すれば良いだけの事だよ。

だから私だって業が深いんだ。

そんな存在は増やしたら駄目だろう?

だからと言う訳ではないけれど、君には幸福に過ごして欲しい。

これは私自身の為だね。」


どうしてそんなに生きたいんだろう。

それは素朴な疑問だった。

消滅すれば楽になれる程の苦痛がこの世には沢山有る。

今を生きたい私がそれを言うのも不謹慎だけど、それだけ彼のタフさが私には不思議だった。


「小さな野望が有るんだ。

私は最後の1人になりたいんだよ。

私以外の同種が全て滅べば安心して眠れるだろう?

それは途方も無く果てしない野望だけどね。」


何せ私の種族は強欲だから、と。


静かに微笑んだ彼が堪らなくて、涙をこぼせない事に気付いた私は立ち上がった。


火の玉モードが基準の彼からすれば、全く意味のない私の行動だろう。

実際彼に抱き着いて頭を抱き締めてみたけれど、温もりは何も感じ無くて悲しい気分に拍車が掛かった。


それでも彼は人生を沢山経験して来たんだろう。

私の行動を静かに受け止めて感激してくれていた。


「幸せだなぁ…。

私はとても恵まれているよ。」


だから私が悲しむ必要は無いよ、と。

朗らかに笑う彼がとても切なかった。


「やっぱり人選ミスですよ。

少しでも長生きしてくれるたくましい人を選んだ方が良かったんじゃないですか?」


「充分だよ。

これは失う時は相当辛くなりそうだ。

気合いを入れて君を守らないとね。」


「過保護過ぎるとウザいので止めて下さい。」


私はきっと彼の壮大な時間を受け止められない。

何故ならもう元の身体とは違う身体にうんざりして来ている。

それこそ消滅を望むのも時間の問題じゃ無いだろうか。


私を作るのに使った時間よりも早くに消滅する予感しか無い。


でも彼が紛れも無い変態なのは充分に理解出来た。

社会に適応出来ずに、自分と同じ種族と繁栄を望めない存在を私の社会では変態と呼ぶ。


しかも種族の滅亡を望むとか、終わってるとしか思えない。


だから私は私と同じ被害者を増やさない為に、もう少しだけ頑張ろうと思った。


「なつみの照れ隠しはとても痛烈だね。」


「善意に捕えなくても良いですよ。

紛れも無い真実ですから。」


ようやくしょんぼりとしてくれた彼が可愛く思えて、私はこの身体に産まれてから初めて心から笑った。


そしてすかさず火の玉モードを経由して、ベビーモードに移行する。

少しだけ彼との距離を離したかったから。


相変わらず眠いのに眠れないし、動けなくて不自由だけど、まあ努力して眠る。

何せ経験を持ってるだけ、普通の赤ちゃんよりかは手がかからないだろう。


耳からは色んな音が入って来るけれど、しばらく頑張って過ごしているウチに、メニューを開く余裕が産まれて来た。


最初に気付けよって話だけど、何せ赤ちゃんを卒業して随分経ってたから、色んな事が不快で心の余裕が無かったのだ。


眠れないだけじゃない。

ハイハイ出来るだけマシなんだけど、背負われてたら股が痛いし、身体が痒くても自分で掻けないのも苦痛。


で、メニューを開いてステータスのページを見つけてガックリと心の中で項垂れる。

知覚を鈍くする項目を発見したからだ。

これで痛みや眠気に苛まれる苦痛から解放される。


でもボットモードの時は自動で通常に戻るように設定しておいた。

痛みも痒みも厄介だけど、生きて行く為には必要な感覚だから。


参考資料として通常の赤ちゃんのステータスを見ながら、ミルを使ってアミルのステータスを操作してみる。


そう、メニューを開いて気付いたけど、赤ちゃんモードの私の名前はアミルちゃんだった。

スッゴク可愛い。


ミルとアミルで一文字違いなのはビックリだけど、覚え易くて助かります。


火の玉モードも、アンドロイド風モードの時も名前がなつみだったから、ちょっとロールプレイングゲームみたいで新鮮な気分だ。


アミルちゃんの人生を乗っ取ってしまったのは申し訳無いけれど、だからこそ私は幸せになる為の努力をする事にした。


ボットの時の記憶を早送りリプレイすると、アミルちゃんは眠いのに眠れず、後頭部と股の痛みとお尻の痒みに苦労している。


だからミルで自然回復能力を1万で取得。

これでお尻のカブれも股ずれも直ぐに治った。

てか初めてスキルリストを見てみると、色んな能力があって凄く楽しい。


筋力アップに必要なポイントは、一つ上げるのに2千ミルととても安かった。

ただ上限があって赤ちゃんの時は上げられ無いらしい。


そりゃ今までハイハイしてた子が突然走り出したら両親もビックリだよ。

しかも知能が赤ちゃんだったら、両親の心労は半端無い。

体力が多いのも力尽きて眠るまでの時間が掛かるかと思えばステータスアップは不幸の種にしかならなさそうだった。


うん、納得のセーフティストップだね。

私が知らずに上げない様に、グラが設定してくれてるんだろう。


睡眠欲も食欲も抑えられた快適モードで、私はスキルの方に意識を向ける。

身体強化や魔力増強なんか、ファンタジーで王道のスキルを見つけてテンションが上がった。

空間魔法まで有る!


ミルの総量を思えば好きなだけつけ放題に思えるけれど、どうやら制限は有るみたい。

つまり赤ちゃんの時にその辺の能力をつければ、悲劇に一直線だからだ。


なるほど。

流石に上級者モードだね。


アンドロイドモードの様な肉体的な万能感は皆無だ。

しかも今まで遠い親戚でしか無かったグラが付きっきりでチュートリアルする事も出来ない。


まあどうせ私の事を眺めてニヤついてるんだろうけども。

グラの犯罪者感が日に日に増してくな。

私限定で!


本当に頭の良い犯罪者は厄介で困るよね。

しっぽ出さない出さない。

私の素材誘拐なんて鮮やかな手際で完全犯罪だし。


でも此処は別の社会。

素材じゃ無くてアバターと言う私本人をグラはどうやって合法的に連れて行くつもりだろう。


赤ちゃんで無双したい訳じゃ無いけれど、グラに保護されたら色んな意味で楽になる気がする。


その代わり私の両親は不幸のどん底になるのかな。

今は私だから平気だけど、ボットになったらアミルちゃんも寂しい思いをするかも知れない。


て事は私がちゃんと一人立ち出来る成人するまでずっとこの環境なんだろか。


…うん、ボロを出さない様に頑張ろう。


ステータスを見てて結構な時間が経ってる。

でも時間の経過が分からないってこういう時は不便。

アンドロイド風の時や火の玉モードの時は、どれだけのめり込んでも全く問題無いから時間なんて関係無かったけど。

赤ちゃんモードで時間を忘れてのめり込むのは不味い。

ちゃんとお世話して貰わないと死んでしまう。


今はベビーベットでお休みタイムの時間を使ってのんびりしてるけど、本来ならはいまわって運動したり、泣いてミルクをねだる時間かも知れないのよね。


ボットの記憶を読む限り、いつもはそんな感じだもん。


ボヘーとステータス観賞してのんびり過ごす事が、アミルちゃんの身体にとって良いとは言えないのだ。

育ててる両親からすれば楽だろうけどね。


ちなみに宿屋なだけあって、お母さんは食堂で忙しく働いているし。

お父さんはお料理を作ってる。

他にもお掃除とか、部屋の環境を整えたり、お客さんの受け入れや見送りを思えば、宿屋の仕事って本当に激務だ。


だから近所に住んでる住人が従業員として雇われてるっぽいけれど、そこに育児が入って来ると若いお母さんはてんてこ舞いだった。


それでも二世帯住宅らしく、お爺ちゃんは細々とした雑用で働いているし。

お婆ちゃんはカウンターでお客さんの受け入れ対応をしてる。


なんでそんな記憶が有るかと言えば、ギャン泣きして煩わせた時に子守りのアルバイトが私を背負ってあちこち動き回ってくれたから。


まだ15歳にもなって無い女の子に背負われて、とても申し訳無い気持ちになったよ。


水道は井戸を使ってるし、料理をするのも薪が必要とか。

文化レベルで言えば明治初期か江戸かな?

この世界は魔力増強スキルや魔法が有るから、魔道具とか発展してても可笑しくは無いんだけど。


参考資料を読んでみると、大体の家庭がこの家と同じレベルらしい。

貧富の差も激しくて、もう少し裕福な家庭じゃ無いと魔道具は難しいんだろうね。


だから私は生活を便利にしてくれる、魔道具を作れる人になろう。

お金持ちになって実家に送る方が早いかも知れないけれど、今は10しか無い魔力もミルのチートスキルが有れば、一端の事が出来る様になりそうだ。


と、言う訳で無理の無い程度で魔力の容量をミルを使って増やしておく。


他のステータスも通常の赤ちゃんより少しだけ良い感じにする。

具体的には。


HP 10→13

MP 10→15


筋力 1→2

耐久 1

器用 1→2

敏捷 1

知性 1→3


今はまだこれが精一杯だけど、下手に目立って家庭に不幸を呼ぶのもなんだしね。

我が身の安全の為にも知性がちょっぴり高いのはご愛嬌。


ちなみに、普通の赤ちゃんのステータスはオール1

HPもMPも10が基準で多少の上下が有る程度。

15歳から成人扱いらしいけれど、それぐらいで5倍の数値が基準らしい。

性別や環境で変動は有るみたいだけど、それが一端市民のステータス。


スキルは自然回復(小)の他に、魔力増幅(小)も取得した。


200億ミルもあったら改造し放題だけど、ミルがあった所で取得出来るスキルには上限が有るのが残念。


赤ちゃんの間に装備出来る個数は5つ。

普通の赤ちゃんは1つぐらな事を考えると大盤振る舞いだけど、天然で7つ獲得してた子が居るから、飛び抜けて高い訳では無いらしい。


大人になれば更にスキル獲得個数は上がるけれど、天然で7つも持ってた子は伝説の魔導師になったと資料に書いてあった。


それ以後7つの記録は破られて無い。

でも貴族の子供に産まれてたら平均で4つ~5つは持ってるらしく。

つまり5つを越えなければ平均って事だ。


俺つえーは宇宙人バレに繋がるからさせて貰えないみたいだけど、それでも庶民で考えると5つは破格なんだよね。


だから私は子供のうちは3つを上限として目指してる。

理由をあげるなら7歳を迎えた子供は教会で鑑定を受けるから。


何故にこんなデータが私の手元に有るかと言えば、グラの匂いがプンプンするよ。

絶対にこの世界に干渉して、子供のステータス鑑定を公共行事にしたでしょ。


私以外にも育成してた子が居るなら、赤の他人のグラが合法的にその子を保護する為に、これぐらいの仕掛けはしてる筈だもん。


そんな中で多少優良としても平均以下のスキル量しか持って無ければ、グラは果たしてどうするのか。


私が能力を上げるのはその鑑定の儀式が終わってからで良いのだ。

やっぱり子供の頃は親元で育つべきだからね。


手元に200億ミルを与えて好き放題にスキルを操作出来れば、上げたくなるのが人情。

そこをグッと最低限で我慢して、その後のグラがどう動くのかとても楽しみ。


チュートリアルらしいけど、こんなアドリブを企める自由度はやっぱり現実社会の醍醐味かな。


まあ私程度の小細工なんて、グラからすれば子供のイタズラ程度だろうけれど。


私はステータス調整に区切りをつけると、感度設定を元に戻して心おきなくギャン泣きしたのだった。


死にそうなレベルで喉が渇いてた。


アミルちゃん、ごめんなさい。


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