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どうやら宇宙人と遭遇したらしいです。

ジャンル詐欺と呼ばれそう。

作者ビクビクな、なんちゃってSFです。


私は松田夏海(まつだ なつみ)45歳。

看護婦歴25年。

若い頃は総合病院で外科に務めていたけれど、産休開けて復帰し、夜勤の無い部署へ移動を希望。


外来業務で10年務めた頃、地域密着形の医療を掲げた病院の方針で訪問看護科が設立。

そして業務命令を受けて移動。

今はK自動車を運転して、患者さんのお家を回っている所です。


ドクターと一緒に訪問する日もありますが。

今日は10歳年下の後輩ナースと二人で、保清の介助や内服薬の服用確認や点滴等の小さな医療サポートを行う為に、馴染みの患者さんのお家をパンツスタイルの白衣姿でいつもの様に訪問する日でした。


「あー、もう松田さんてホントに凄いですよね。私、今日こそ本気でキレるかと思いました。

てかそろそろキレても良いんじゃないんですかね?

頭が可笑しすぎて理解出来ません。

あーもう、ヤダ気色悪いっ…」


「あはは。

気持ちは分かるけど、負けずに頑張ろうよ。

確かにあれには困っちゃったけど、短気なのは後遺症のせいもあるんだろうし。」


「イヤイヤ絶対に性格の問題ですよ!

私達が我慢するだけ無駄ですって。

もう他の所に行けば良いんですよあんな奴。」


長い髪を後ろに纏め、実年齢より若く見える美人な彼女が興奮気味に訴えている。

先ほど訪問を終えた患者さんの陰口を叩くのは、あまり気持ちの良い事では無い。

それでも思わず愚痴りたくなる困った人が居るのも、私達の職場の現状。


「まあまぁ、ドンマイ。

私達が諦めたら多分もう終わりだよ。

あの人が改めて他に申請するとは思えないしね。」


後輩ナースが荒ぶるのも仕方が無いと思う所があるだけに、本来なら職業柄彼女の暴言を窘めないといけないと分かっていながら、ついつい笑って流してしまう。


先ほど訪問したのは68歳で脳梗塞を発症し、左の片麻痺の後遺症を持ちながらも施設に入らず独居をしている現在72歳の男性。


胃がんで手術を受けた後、通院困難な事から私達の部署に話が回って来た患者さん。

現在は抗がん剤治療や身体を拭くケアを行っているのだが、そんな彼の何が大きな問題かと言えば、経済状況と価値観のズレ。


本来なら介護医療の制度を利用して、不自由な身体でも自宅で入浴が出来る様に、補助のアイテムを購入する手段もあるけれど、お金が無いの一点張り。


入浴が無理ならばせめてもと、身体を拭く為に利用するお湯すら「ガス代を払ってくれるのか!水道代も馬鹿にならん!」と、使用を拒否するレベル。


身体の清潔を保つのは、抗がん剤治療で免疫力が落ちている身体を、様々な意味で感染を予防するのに必要な看護業務。


けれども彼は趣味のパチンコ代確保の為に、食費すらケチっている状態。


お蔭で私達は困った末に、泣く泣く自分の病院からお湯を持参して彼の家に訪れているのだけれど、身体を拭いた後で使用済みのお湯を捨てようとした時に、「もったいないだろ!捨てるんじゃない!」と、怒鳴られた事が今回後輩ナースが荒ぶっているトラブルの原因だった。


どうやら彼は使用済みのお湯を使って、トイレの水すら節約をしたかったらしい。

けれど片麻痺がある不自由な身体の状態で、洗面器のお湯を使ってトイレで作業するのは、転倒する危険性が高いと私達は断った。


それに対する彼の理論は「余計なお世話」。


元々私達の施設から持ち出しているお湯なので、金銭の問題から言っても利用を断って良い話だと思うのだけれど。

自分の身体よりパチンコの為の節約が大事な彼からすれば、捨てるだけのお湯を再利用する自分に正義を感じていた様で、悪口雑言の上に使用済みのお湯の破棄すら断られてしまった。


洗面器は本人の物を使用しているので、持って家の外に出る事も出来ない。

お湯を入れてきた容器に戻すのも衛生観念から、私達は拒否感が強く。


「それならトイレのタンクに入れるのはどうですか?」


と、自宅であれば絶対にやりたくない方法を提案して、笑顔で危機を乗り越えたのだった。


生活保護を受けている状態で収入が少ない事は納得出来ても、節約の理由がパチンコ代と知っているだけに、ついついため息が零れるが。


でもそれが彼の生き甲斐になっているのだから、私達の理想や正義を押し付けた所で受け入れられる事は一生ないだろう。


まだ若い後輩ナースは、看護師としての使命感がどうしても捨てきれず。

病気の治療をしているのに、健康に悪いことばかりする彼に大きなストレスを感じている。


まだ未婚で育児経験が無い事も、私と彼女との感覚の差となって現れているのかも知れない。

あえて口に出す愚は犯さないけれど。

泣く子には勝てないと昔から言われているだけに、妥協と諦めを受け止める感覚が育児経験のせいで培われている気がする。


これが看護師として良いのか悪いのかと言えば、難しい所かも知れない。

仕事としては、何でもかんでも妥協してはいけないと思う。

けれども頑として彼の意向を拒絶した所で、それが大切な治療を途絶えさせてしまう切欠になるかと思えば、妥協点を見つけて歩み寄る事も必要だと考えて。


「え?」


私は思わずブレーキを踏もうとした。


突然目の前に火の玉の様な光がユラユラと揺れていたからだ。

白と黄色をベースにしている火の玉が、キラキラと揺らめく度に虹色の光を放っている。


運転中に目の前にそんな物が現れたせいで、ブレーキを踏もうとするのは反射的な感覚だった。


「…え?」


けれども私の足は動かなかった。


ちょっと違う。


動かそうとした筈の足の感覚に、違和感を感じ。


更に目の前の火の玉の後ろ一面が、無数の星と夜空になっている事に気付いて思わず絶句。


何が起こったのか理解が出来ず。

後輩ナースに声をかけようと左側を見て、エメラルドグリーンが美しい大きな惑星を見下ろす形で思考が停止した。


横に座っていた筈の後輩ナースのいた場所が、まるで映画かアニメの様な空間になっている。


「気分はどうだい?」


何がなにやらと混乱していると、白くて黄色い美しい火の玉がユラユラと揺れながら声をかけて来た。


いやこれは音なのだろうか?


耳から聞くいつもの感覚とまるで違う。

例えるなら頭の中で直接言葉が思い浮かぶ感覚と言えば近いのだろうか。


「ふむ。どうやら上手く目覚めたみたいだね。

驚くのも無理は無い。

君は至って正常だよ。

これから説明をするから落ち着いて私の話を聞いて欲しい。

良いかい?」


「無理です。」


説明はして欲しい気はするけれど、突然の変化に混乱し過ぎて、とても話を落ち着いてなんて聞けない。


「ふふふ。

面白い子だね。

私が思っていたよりも度胸も忍耐もある様で、嬉しい誤算だよ。」


火の玉が楽しそうにクスクスと笑って何かを伝えようとしているけれど、私は火の玉を見たり、背景の星空を見たり。

そして左側にある大きな惑星を見てパニックを起こしている。


人ってホントに驚いている時は、言葉が何も浮かばないらしい。


「さて…まずは初めまして。

君の世界の知識から言えば、私は宇宙人と呼ばれている存在で、君の産みの親です。

でも宇宙人とも、パパともママとも呼ばれたく無いので、個別名称としてグラと呼んで欲しい。」


とても気安い弾んだ声は直感的に男性と感じたけど、思わず童話のネズミが頭の中に浮かんでしまうのは、育児の賜物だろうか。


「う、うちゅうじん?」


「グラだよ。なつみのコピー。」


「こ…コピー?!」


すっとんきょうな声を挙げたけれど、言っておいて宇宙人を相手に、私が知ってるコピーと違っていたらどうしようかと焦る。


「いいや、間違いじゃ無いよ。

正確に言えば別物にはなるけど。

君の知識にあるコピーが一番近い現象かな。

君は君の知識の中にある松田夏海とは別の存在だ。

類似としてクローン技術と言えば認識が深まるかな?

遺伝子データベースとして使用した原材料は君の身体の一部。

確か髪の毛って名称だったかな。

採取した直前まで本体と同じ記憶を所有していると思うんだけど。

君は私の星の技術で、今この場で生まれたばかりさ。」


彼が言いたいだろう事は、知識の上では辛うじて理解出来る。

けれども感覚と感情から言えば、宇宙人に髪の毛を取られて作られたとかとても受け止められない。


ううん!理解したくない。


夢落ちかな?!


運転中だから寝てたら洒落にならないんだけど!


それはそれで大問題になっちゃう。

むしろそっちの方がヤバい。


だから素直に解釈すれば記憶の途切れ方からして、正面を向いた瞬間に抜けた髪の毛でもあったのかな?

最近手入れが面倒で短くボブカットにしてたのが敗因?

イヤイヤ、そうでは無くて。

車内に落ちた髪の毛を利用したとすれば、車上荒らしの上に窃盗罪かな?!


「ふは!

理解力があってとても助かるよ。

何せ私の種族と類似している知的な生命体はそんなに多くは無いからね。」


「ウソだーーーーーーーー!」


楽しそうにユラユラとしている火の玉を前にして、私は感覚的に頭を抱えて絶叫を挙げた。

実際には認めたく無いけれど私には腕が無い。

ちなみに頭も無い。


時々チラチラといつもより広い視界の中に入って来るのは、少しだけピンク色をした薄い炎。

鏡できちんと自分の姿を確認した訳では無いけれども、どうやら目の前の火の玉と類似した色違いバージョンの予感。


何で分かるかと言えば、普段なら腕や身体が見える代わりに淡いピンク色の火の玉ボディがしっかり見えているからだ。


私的に薄いパステルピンクが非常に納得出来ない。

せめて赤色かオレンジ希望。

ピンクとかマジで柄じゃ無い。

結婚して出産しておいて何だけど、どちらかと言えば私は男勝りな性格でおばさんよりオッサンタイプだと自分を認識している。

いや、色の問題じゃ無いけれども。


「さて説明を続けようか。

今はチュートリアルだからね。」


「ゲームですか?!」


「君に伝わり安く例えただけだよ。

君の知識に情報を増やさなければ、何も判断出来ないだろうし、現状の理解も出来ないだろうからね。」


楽しそうに。

けれど淡々と説明を重ねながら、グラと名乗った火の玉がユラリと揺れる。


「今の君は(コア)と呼ばれている状態でね。

その状態で居る限り、ボディの不調で死ぬ事も外敵に襲われる事も基本的には無い。

そしてこれから外郭(アバター)と呼ぶ身体に装填するよ。

今回はチュートリアルだから私が用意をするけれど、これは本来なら自分で稼いで来たミルを使って自分の好みで準備出来るんだ。」


グラが淡々としている説明を理解するより先に、目の前の景色が突然変わってまた驚く。


どこまでも続く赤色の大地。

砂より固そうだけど、砂漠になりかけた不毛の大地と言った所だろうか。

何なくスペース映画で見た様な荒野に、あんぐりと口を開けながら無言で眺め続けた。


「この星は君が住んでいた環境とは全く違う場所だよ。

今使用している外郭(アバター)は、この星の環境に適応して作られているんだ。」


「?!」


真横からの声につられて横を見れば、長い金髪を風にたなびかせている美丈夫の姿に、やっぱり現実感が吹き飛んで行く。


流れ的にも頭の中に響いている声的にも、彼はグラだ。

宇宙人に性別があるかは知らないけれど、ビジュアルはジャスティン・ビーバーかよ!と叫びたくなるぐらいに、顔が小さくて手足が長く。

全体的にスラリとしている。


身に付けている白いスーツが近未来的なボディスーツで無くて、ギリシャ神話の時代に出てくるヒラヒラの衣装を着ていれば、天使か神様かな?と、勘違い可能なルックスだった。


認めたくないけど、うん。

この美貌は目の保養だね。


「君の元の身体に意図的に寄せて作った外郭だけど、この星の現状で生殖行為は気が早いかな。」


「い、言い方!!

てか、そんな事全く考えていませんよ!」


言葉の半分は理解出来なかったけど、何となく遠回しにからかわれている雰囲気に、全力で否定を主張しておく。


そして気づいた。

さっきまでなかった筈の手足や、薄いピンク色の髪の毛が視界の中に入って来る。


グラの色合いを見る限り、髪と目の色がさっきまで見ていた炎の色と同じだ。

つまり今の私の髪色は光沢のある薄いピンク色になっていると言う事だ。


うん、不本意。


「とても美しいよ?」


「…今までしていた職種のルールで、こんな風に髪の毛の色を染める事は出来なかったので、馴染みが無いんです。」


思わず口説かれてるのかな?と。

危うく思考しかけて全力で意識を反らす。

口に出さなくても、私が思い浮かべるだけで彼には伝わってしまう。


人間だった私にはとても理解出来ない現象だけれど、この点に関して言えば身体を作り替えられた影響。

つまり火の玉モードの時はわざわざ言葉として思いを伝えなくても、コミュニケーションが取れる様な造りになっているらしい。


何故なら最初に疑問を感じた瞬間、それが彼から伝わったから。

聞きたい事が有りすぎて優先順位から外れたので、どうやってやったかは分からないけれど、私も確かに彼の思考を読んだのだ。


それなら全てそうして伝える事が出来るのでは無いかと思ったけれど、これはまだ火の玉モードに慣れ無い私には、体験しなければ難しい説明なのだと会話の外から伝わって来た。


それにしても、と。

彼の美貌と言外から伝わる暑苦しい好意を苦々しい気持ちで睨む。

何が悲しくて宇宙人相手にラブストーリーを発展しなければならないのか。

しかも相手は車上荒らしの窃盗犯な上に、私に無断で勝手に自分好みに私の身体を作り替えた変態。

どう考えても愛なんて生まれない。

イヤ、勝手に落ちるから恋なのか?


コピーと言われているだけに、本体はちゃんと残されているんだから、例え彼と恋をした所で浮気とはならないんだろうけど。

うん!

深く考えるのは止めようか。

まるで私が逆ハーレムゲームのチョロインな気分で泣けて来る。

美形なら何をしても赦される訳じゃ無いんだからね!

しかも完全に作り物だから!

本体は火の玉だから!


「実に君はたくましいね。

(コア)まで形成に至った所で、こんなに素直に環境に慣れようとしてくれるケースは珍しいんだ。

久しぶりに成功してくれて、とても嬉しいよ。」


「…成功しなかったらどうなるんです?」


「私が大損して悲しむだけだね。

何せ核を作るだけでも大量にミルを消費するし、根気も時間も必要なんだよ。

全てを使って浪費した結果、何も生まれない。

こんなに悲しくて虚しい事はないよね。

その代わりこうして成功してくれた時の喜びは格別だよ。

まだ浮かれるには早いと分かってても、泣きたいぐらいに嬉しいな。


知性が低ければ成功率も上がるけど、君の種族は精神的な耐久が低いから適応が難しくて崩壊しやすいんだ。

だからチュートリアルを無事に終えるまでは、まだ不安かな。」


「つまり私は馬鹿だから成功したと、遠回しに侮辱されてます?」


「いいや、君の種族の知能指数的に多少の上下は私の種族からすれば誤差範囲だよ。

知能が低い種族と言うのは、食欲と繁殖すら理解せずに反射で行うんだ。

だからこんな風に会話を交わすなんて不可能なんだよ。

ミルを稼ぐ自動端末(ボット)にするしか、利用出来ない。」


言葉としての説明の他にも、言外からの懇願に似た感情をぶつけられて思わず目眩がする。

例えるなら、誘拐されて目覚めた途端に凄まじい執着と好意をぶつけられて、全力でご機嫌を取られている感じ。


「なんだか良く分かりませんけれど、私って今危機的な状況ですよね?」


「怯え無くても大丈夫。

大切に大切に扱うしか無いに決まってるだろう?」


「根本的にそんな問題じゃ無いんですけど。

かといって粗末に扱われるのも困るので微妙なんですが。

…と言うか、ミルってお金ですか?」


会話の途中から麻痺していた恐怖に襲われた私に、それはもうキラキラしい慈愛に満ちた眼差しを向けられて、全力で話題を反らす。


あれだよ。

美形に好意的に扱われるのって、物凄く反則だよね。

得体の知れない誘拐犯を相手に、恋だの愛だの浮わついている場合じゃ無いんだけど。

本物の癒し系な美形に哀し気に見つめられると、不思議と申し訳無い気持ちになってしまう。

知らなかったよ、こんな感情。

同じように騙されてる予感もヒシヒシと伝わって来るけどね!


「君はまだ何も知らない。

だから不安にもなるし、警戒もする。

それは生物として正常な反応だけど、過ぎれば精神的な負荷が原因で存在が崩壊する事に繋がるから、先ずはチュートリアルを続けよう。」


え?!死ぬって言われた?!

そんなちょっと悩むぐらいで死んじゃう程弱いんですか?!

私の身体って!


「私に比べると君の種族はとても脆弱だよ。

でも不安になるのは良くないな。

だから気安めで言えば、鬱になって死ぬのと同じ程度の負荷と言えば、少しは判断の基準になるのかな?」


鬱になった経験は無いけれど、感覚的には理解に達してホッと身体の力を抜く。

それで全ての不安が解除される訳では無いけれど、この人が非常にヤバい相手だとしても、私の事を慎重に扱ってくれる事だけは確定した。


まあ人道的には赦され無い重犯罪者に対する怒りはあるけれど、だからと言って今以上に過酷な環境に落とされたくも無い。


むやみやたらと感情的になって責めた所で、本体がこの事を認識して無い以上社会的な問題になり様が無い。

どれだけ私が騒いだ所で、生命線を握っているのは彼。

まあこれだけ人知の及ばない技術で拉致されてるんだから、母国の星を挙げて訴えた所で彼の組織には敵わないだろうし。

もっと言えば私は単なる小市民。

星を挙げて訴えてもらえる存在価値がある筈も無ければ、救いのシグナルを伝える手段も全く検討がつかない。


卑屈になりたくは無いけれど、恐らく今この場で出来る最大の反抗は私が死ぬ事なんだろう。


「正確だよ。

だから崩壊しないでくれるととても嬉しい。」


「私も死にたくはありません。

勝手に私を利用する貴方についての怒りは有りますが、とりあえず説明を聞きたいです。

教えて貰えるんですよね?

どうして私を作ったのか。

その理由を。」


「勿論だよ。

先に身近な不安に答えるとすれば、私は君と同じ技術で作られた存在でね。

本体は別の場所で暮らしているんだ。」


彼は麗しくも整った顔で苦笑を浮かべると、疲れた様に静かに語り初めた。


「違いが有るとすれば、私は本体にミルで売られたぐらいかな。

コピーが存在している認識は持っている。

だから私は本体を恨んだ事もあるし、逆に蔑んだ事も虚しさを感じている事だって有る。

でも今は自身が崩壊しないでいられる様に必死になっている所かな。

だからと言う訳では無いけれど。

私は君が自分で自身の崩壊を望むまで、崩壊しないで済む様に全力でサポートする事を約束するよ。

先ずはミルの事から説明しようか。」


儚く見える笑顔に驚いている私に構わず、彼は長い足を折り畳み地面に転がっている赤い小石を拾い上げた。


何故ミルの説明を先にしようとしたのか。

それは完全な話題反らしだった。

それだけ彼が抱えこんでいる、自分を売った本体に対する嫌悪感は凄まじかったから。

私は今までの人生で人を恨んだ事は無い。

だけど、その感情が気持ちが良いもので無い事は同意出来る。


彼は必死に前を向こうとしているのだと。

多分それがこんな迷惑な真似をしている理由なのだと、僅かながらも伝わって来たけれど。

巻き込み事故に直面したのって、きっとこんな感覚なんだろう。


技術の進歩で肉体な要因で死ににくくなった結果、精神的な要因で不健康になるのは避ける必要が有るらしい。


「ミルとは君の世界で言われている元素と同じだ。

この世に存在している全ての物質の構成に利用されているエネルギーの一種と、私の星では認識している。

ミルの存在に気付いて利用している知的生命体は、今の所私達以外には存在を確認出来て無いね。」


「?!」


私に見える様に差し出された手の平に乗っている3センチぐらいの赤い小石を眺めていると、フワフワと水色の輝きが蛍の様浮かび。

それが私の胸元に吸い込まれて行く。


「今私達が使っている外郭には、ミルを視認して保管する機能が装備されているんだ。

だからミルの輝きが見えているだろう?」


「はい、私の胸元に吸い込まれてるコレですよね?

ミルは水色の光ですか?」


「水色と言う概念が私には理解が出来なくて申し訳無いけれど、多分有っていると思うよ。

そして物質を構成しているミルを全て奪えば…」


「あ!消えた!」


小さな小石から青い光が途絶えた途端に、石の形を作っていた端から崩れて跡形も残さず、彼の手の平から存在を消す。


「物質をかたどっていたミルを全て失うと、こんな風に原始に戻って行くんだ。

そして私の本体が暮らしている母星も、ミルを消費した事で同じ現状が起きようとしている。」


「え?!それって大変じゃ無いですか。

星が消えて無くなってしまえば生きて行けませんよね?!」


「それでも、そうなると分かっていて消費してたんだから、完全に自業自得だけどね。」


酷く冷めた感情をぶつけられて、彼がその事に対して深く憤りを感じている事が伝わって来た。


「ミルを集めるのは自分達が住んでる星を崩壊させないためですか?」


「もっと悪質だよ。

自分達が優雅な生活をおくる為に、他からミルを強奪しているんだから。

ミルと同等以上に優れた物質を見つけない限り、この愚行は全てが滅ぶまで延々と続くんだろうね。」


それは理解が出来る。

何故なら私の国でもよく耳にする話だったから。


「オゾン層が壊れるからCO2を制限しようって国ぐるみで改善しようとしても、放射線が危険だからって利用しない様に世論を高めても、私の国でも何も変わってません。」


「そう。

だから言い訳としてルールが一応は存在しているよ。

私の星が滅びかけているのは、星としての寿命を迎えているせいで、ミルの再生効率が悪くなってるんだ。

だから星が崩壊しない様に他からミルを集めて星のサポートをしているけれど、他の星を消滅に追い込むまでの採取は重犯罪と認定されてるね。

まあ、自国の星を維持する以上に、娯楽や生活の為に消費する量の方が遥かに多いけど。」


彼はその事に対して明らかに矛盾した感情を私に向けて来る。


「私を作るのも、娯楽ですか?」


「うん。実利が無い訳じゃ無いけれど、ミルを集める為の端末にするぐらいなら、もっと知能が低くて繁殖力の高い種族をボットにすれば良いからね。

でも私には君が必要だったんだ。

ミルを集める理由が必要だから。」


まだ出逢って間もない誘拐犯だけど、彼の切実な感情が伝わって来る。

彼は自分勝手な母星も、自分を売った本体も、ミルを集める行為にも酷く嫌悪していた。


「理由を聞いても良いですか?

ミルを集めるのが嫌なら、私を理由にして誤魔化すよりも、集めなければ良いですよね。」


我ながら犯罪者を相手に挑発地味た質問だとは思ったけれど、彼がどうしても苦しそうで。

けれどもこの質問を聞く他種族存在を彼は欲しているんだと。

反射的に直感してしまった。


「君の時間の概念で言えば月に200万ミルを稼ぐのが、今課せられている私のノルマだよ。

それに達成しなければ、私の存在は抹消されるんだ。

ちなみに最低限のノルマがそうなだけで、上限は無いけどね。」


「死刑になる、と。」


「勝手に作られた私だけれど。

消滅した方が良い存在だと分かっていても、まだ消えたく無いんだ。

浅ましいだろう?」


儚い笑顔と向けられた感情は、とても胸が痛くなる程の悲しみと、切なさだった。


「私と同じ苦痛を与えておいて勝手だとは思うけど、だから私はこれからもミルを集め続けるよ。

君を残して消滅するのは無責任だからね。」


本当に勝手な自己中心的な理由。


私にはとても理解出来ない彼の価値観。


自分が生き延びる為に、何も知らない赤の他人に迷惑をかけるなんて発想すら湧かない。


でも私だって死にたくない。


CO2の問題や放射線の問題を聞いて心を痛めても電気を使い続けた様に、私も自分が生き延びる為に、これからはミルを集めて消費して行くんだろう。


だから言わせて貰えば、彼はきっと私よりもずっと繊細で善良な良心を持ち合わせている人なのだ。

オゾン層の危機と聞いても、工場関係者や電気会社に嫌悪感は感じ無かったし。

電気を使いたいだけ使っている自分自身を嫌悪した事も無い。


彼は本体に売られたと憎んでいるけれど、私から言わせて貰えば彼の本体なら、自国の星の為に遺伝子を提供したつもりもあったんじゃ無かろうか。


「正解。

ミルを集める為の労働力として純粋な気持ちで明け渡したよ。

ミルを集める為にどれだけ私が苦労するかなど、微塵も考えて無かったね。

そして今も知らない。

コピーが存在する事は認知していても、それがどんな生活を送っているかだなんて、まるっきり理解して無いだろう。


何故ならこれは国家プロジェクトの機密に該当するからだ。

そしてそれを本体に伝える術を、私は持ち合わせて無い。

馬鹿馬鹿しいだろう?

自身の犯した罪も知らずに、善意で貢献していると思いながら生活しているんだろうからね。」


だから恨みたくなるんだと、彼は言外には伝えずに小さなため息をこぼした。


「母星の為に労働しているけれど、私は母星に帰還すら赦されて無いんだ。

延々と遠く離れた場所でミルを採取して、ノルマを達成する為に生きている。

何故なら私は合法的に売られた情報だから。

母星崩壊を免れる事を免罪符にして造られた奴隷と言えば、君にも理解が出来るかな?」


「だから犯罪を犯しても赦されるとでも?」


「犯罪ですら無いからね。

何故なら君の祖国に、宇宙人が遺伝子を勝手に利用してはいけないと言うルールは無いだろう?

存在すら架空の存在としてしか認知されて無いんだから。」


「ええ、有りませんね。

これが同じ国の人間だったなら、話は違ってたんでしょうけども。」


「私は君の本体を何一つ傷つけてなんか無い。

そして犯罪にはならないと理解していても、その罪深さは身に染みて理解しているよ。


だから君は何も怯える必要は無いんだ。

胸を張って私を利用すれば良い。

恨みをぶつけてくれたって構わない。

私は君が消滅しないでいてくれれば、それだけで嬉しいからね。

君がいなくなれば、また一から他の遺伝子情報を使って、君と同じ存在を造り続けるつまらない日々が待ってるんだ。」


いや、ホント。

その理屈が全く理解出来ないんですけれど?!


「面倒で悪いと思うなら、こんな犯罪は止めたら良いじゃないですか。

他人に迷惑をかけない娯楽は、他には無いんですか?」


今まで色んな困った人と対応して来たつもりだけど、よもや宇宙人にすら困らされる日が来るとは思ってもみなかった。


心底呆れかえる私に、彼はとても嬉しそうな笑顔を向けて来るからムカつく。


「君はとても優しい。

だからこうやって言えば、少しでも長く存在し続けてくれるだろう?

今まで大量の素材で試したけれど、それでも採取する素材は厳選して来たよ。

だから君は自分が思っている以上に、とても貴重な存在なんだ。

こんなに嬉しい事は無いよ。

久しぶりに幸福な気持ちになれてとても嬉しい。

産まれてくれてありがとう。」


「思いっきり人選ミスだと思いますよ。

精神科のお医者さんを狙って重点的に集めるべきでしたね。」


楽しそうに笑っている彼がとても憎らしくて憎まれ口を返す。

せめて一泡吹かせてやりたいけど、そんな憂さ晴らしで死ぬのはやっぱり嫌だったので、私は全ての恨み辛みを一旦忘れようと心に誓った。


だってせっかくの新しい人生なのに、人を恨んで生きて行くだなんて不毛だし、面倒臭い。


これが45歳のままならまた違った感想を抱いただろうけど、子供を産んでから我が子の成長だけを楽しみにして、ストレスにまみれた辛い日々を送って来たのだから。


家族と突然引き離される悲しみや辛さが無いとは言わない。

でもどれだけ騒いだ所で彼が自分の星に戻れない様に、私もきっと戻れないんだろうから。


これは自分が彼と同じ存在になってみて痛感した事だけど、企んだ瞬間に相手に情報が筒抜けている。


だからやりようによっては、地球の場所を彼から聞いて戻る事が出来るのかも知れない。


でも問題はそこじゃない。

彼が私を成功させる為に消費された時間は、果たしてどれぐらいなのか。

ううん、知りたくない。

まだ今の私にそれを受け止めるだけの心の余裕が無い。


でも決して短い時間で無い事を、私は彼から存分に伝えられている。


私の孫世代に逢えればラッキーなぐらいな勢いで、かなりの時間の経過が予想出来てしまう。


「うん、正解。

子孫を探したいなら協力…」


「知りたく無いって言ったよね!!!」


言って無いけどさ。


本気で怒っているのにヘラヘラ笑いやがってと、無駄に美しい彼には苛ついて仕方が無い。


目に入れても痛く無いよって、暑苦しい好意をバシバシと飛ばして来ないで欲しい。

好意的で無いのも恐ろしいけど、過剰な好意も恐ろしくて気持ち悪いから。


「チュートリアルの続きを宜しくお願いします!」


だから私は現実逃避に身を委ねる事にした。














登場人物


松田夏海

グラ

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