どこにでもある、追放のおはなし
僕は幸せになる。
そう思って、ずっと生きてきた。
そのための道筋だって、ずっと見えていた。
そしてその幸せは、あと少し手を伸ばした先にある、その筈だった。
「ーーーお前、もう、いらねえよ。」
◆ ◆ ◆
その言葉を聞いたのは、ある雨の日。酒の匂いが充満するいつものバーで、いつものメンバーと顔を合わせた時だった。
「ど、どういうことだよ。それ。もう、いらないってーーー。」
「どうもこうもあるか。クビだよクビ。お前はもう、このパーティーから外れろってことだ!」
「ちょっと待ってよ! いくらなんでもそんな突然ーーー!」
「うるせえ! お前が足手まといになってるってのは分かってんだろうが!」
ダンッ! とテーブルを殴った音があたりに響く。少しの静寂と、訝し気に此方を伺う幾つもの目。それもすぐに、喧騒とともに消えていったが。
「そんな……。足手まといだなんて。」
「いつも真っ先に死ぬのはお前だろ。あ? 俺はなにか、間違ったことを言ってるか?」
「それは! 僕が盾役をやってるからで!」
「盾役だろうとなんだろうと、お前が俺たちの足を引っ張ってるのは事実だろ? 実際、俺達の中で一番弱えんだから。」
「そんな……もう少しでシルバーランクに手が届きそうなんだよ? なんでこのタイミングでこんなことするのさ。せめてそれまでは……。」
「シルバーランクになったら冒険者引退するから、それまでは雇ってください、ってか?」
「っ! ……知ってた、の?」
「あぁ、知ってるさ。お前が飯屋の娘……ライ、だったか? そいつとイイ仲になってるってことはよぉ。で? 親父さんに出された結婚のための条件が、あの花を自分で採ってくること、だったかぁ?」
「そうだよ! だから……!」
「だから、なんだってぇ? あぁ!? 自分だけ幸せに1抜けするために、俺達に手を貸せってか?」
胸ぐらを掴まれ、引き寄せられる。僕を覗き込んでくるその目は、黒く、ドス黒く、濁っていた。
「なに自分だけ幸せになろうとしてんだよ、おめえ。」
そう言うと、掴んでいた手が離される。そしてもう言いたいことは全部言ったとばかりにバーを出ていく。
だが、扉に手をかけたタイミングで立ち止まると此方を振り返り、意地の悪そうな顔をしてこう言った。
「ああ、もしお前が全部失って……もう勝手に幸せにならねえって、俺らに誓えるんなら……そんときはまた、拾ってやるよ。」
◆ ◆ ◆
「……こんにちわ、ライ。」
「あっ、アルタ! いらっしゃい! ……って、そうじゃなくて! 聞いたよ? なにか、大変なことになってるって!」
「うん……問題ないよ。」
「あっ! またそうやって強がって……。」
「好きな人の前でくらい、カッコつけたいんだよ、僕も。」
「ふぎゅ!? あわわわわわ、なんで、そう歯の浮くようなセリフを言えるのよ、いつもいつも!」
「僕だってそりゃ、恥ずかしいけど。それ以上にライのことが好きだから。」
そう言うと、またライは赤くなって慌てだす。かわいい。
ライといると、幸せで暖かくて。
やっぱり、彼女は僕にとっての太陽で。
きっとライがいなかったら、僕もあいつらと同じように腐っていたのだろう。
「そんなことより、今日はライに伝えたいことがあるんだ。」
「え?」
「次にここに来るとき、僕は『銀の花』を持ってくるよ。」
「えええええ! ホント!? ホントなの!? でも、だって、今大変なんじゃ……。」
「うん、ちょっと思っていたより時間はかかるかもしれないけど、手に入れるよ。絶対。」
「じゃあ……楽しみに待ってるね! 待ってるんだから!」
「うん、待ってて。それじゃ。」
「ん……? 今日はそれだけ?」
「う、うん? これを言いに来たんだけど……?」
「むー。……チューくらい、してかない?」
「そ、それはまた今度ね!」
そう言って走り出した。走り出さざるを得なかった。多分、顔真っ赤だ。
そうして僕が向かった先は神殿……正確にはその中の『神の試練』と呼ばれる迷宮だ。
シルバーランクになるにはこの迷宮の第五層、ボスであるミノタウロスを倒す必要がある。というか、ミノタウロスのドロップアイテムこそが『銀の花』であり、それを手に入れるからこそ第五層を突破した冒険者をシルバーランクというのだから。
……正直、今まで何度もパーティーで挑み、そして全滅したことのある敵だ。『神の試練』の中では死んだとしても入り口に戻されるだけだから、それでも問題ないわけだけど……。
奴を倒さなきゃ、『銀の花』は手に入らない。
奴を倒せなくて、あいつらは腐っていった。
実際、シルバーランクになれない冒険者なんてほとんどいない。この迷宮の仕組み上、死ぬことはないのだから挑戦し続けていればいつかは勝てる。
そもそも、ミノタウロス自体が飛び抜けて強いというわけではない。ある程度戦える連中を集めて、装備をしっかりと整えれば問題なく勝てる相手だ。
問題があるとすれば僕たちの方で。
装備を整える資金もなければ、ろくに戦闘経験も積んだことのない田舎の出。
それでも、第4層までのモンスターを地道に倒し、お金を稼いで、戦闘経験も積んで、地道に、地道に強くなっていったはずだった。
たぶん、あと少しでミノタウロスに勝てるというところまでは。
でもそこでーーー捨てられた。
いや、なんとなく感じてはいたんだ。あいつらはもう、迷宮の先に進むことを良しとしていないって。シルバーランクになったところで何かが劇的に変わるわけじゃないっておもってたって。
だから、ああやって僕の足を引っ張ろうとしたのだ。パーティーで勝てなかったのだ。僕一人ではミノタウロスを倒せるはずがない。だから一人にしてやれば、僕の道を閉ざせると思ったのだろう。僕がすぐに諦めて、泣きついてくると思ったのだろう。
ふざけんな。
僕は、僕が幸せになることを諦めたりなんかしない。
同郷だからと漫然とつるんでいたけれど、僕の幸せを遮るというのなら、必要ない。
だから、僕は。
いくら無茶だろうと、一人っきりであのミノタウロスを倒してみせる。
◆ ◆ ◆
何回死んだか分からない。
何回殴られたかも覚えていない。
僕の役割は盾役だった。といっても盾なんて買えないんだから、攻撃をひきつけてひたすら躱すという避けタンクの役割を今までしていた。
それが攻撃しなきゃいけなくなって勝手が変わったことに対して慣れるまでに十数回。
攻撃を避け切れなかったのが数十回。
そんな風に何回も何回も負け続けた。けど、遂に……!
「勝って、やったぞ!」
遂に勝った。もう一度同じことをしろって言われても無理かもしれない。それくらい薄氷の上の勝利だが勝ちは勝ちだ。
そして、さっきまでミノタウロスがいたところに咲いているのが銀色に輝く一輪の花。
『銀の花』
僕にとっての幸せの象徴。
慈しむように、その美しい花を摘むと迷宮から出る。
おそらく、最後にライと会ってから一週間くらいかな? とにかく、急いで彼女のもとに向かおうとしてーーー
「な、お前……!」
あいつらに会った。
別れたときよりもボロボロで。きっとあいつらも苦労したんだろう。そりゃそうだ。盾役がいなくなることの辛さくらい、分かっていただろうに。
あいつらは僕の顔を見て、そして次に僕の手に持つ花を見て絶句していた。
「お前、勝った、ってのか……? あのバケモノ相手に? お前一人で?」
「ああ、それがなに?」
「嘘だろ……。」
呆然とそう呟くと、此方に縋り付くように迫ってきた。
「なんでだよ!? お前は、お前も! こっち側じゃねえのかよ……!」
「捨てたのはそっちでしょ? 離してよ。僕たちはもう、無関係なんだから、さ。」
殆ど力が入っていなかったのか、簡単に振り払えたその腕をどけて、僕はあいつらとは違う道を歩き始めた。
「待て、待てよ……。待ってくれ……。」
その呼びかけを無視して歩き続ける。
ざまあみろ、って思った。
でも、何かが胸に刺さってるような、そんな気持ちがした。
◆ ◆ ◆
「……こんにちわ、ライ。」
「いらっしゃい、アルタ! それで……。」
「うん。持ってきた。僕が採った『銀の花』だ。これを君に……。」
「アルタ?」
ライのところに行って、あとはこの花をライにあげようとしたところで、僕の腕が止まる。
「どうしたの?」
「いや、ダメだ。僕は、君のためにこの花を取ってこようと思ったんだ! でも、今の僕はこの花をあいつらへの復讐の道具みたいに思ってる! これじゃあダメだ! こんな不純な気持ちを君にあげる訳には……!」
「ねえ、アルタ。」
「ごめん、ライ。もう一度やり直してーーーいや駄目だ。『銀の花』が出現するのは一人一つまで……。なら第十五層の『金の花』までーーー」
「ちゅー。」
「!?!?」
いきなり唇を奪われた。
混乱して訳がわからない。
「落ちついた?」
「い、いや、何を急に……!?」
「もっかい、ちゅーする?」
「あ、うん。」
「そもそもね。私、そんなもの無くてもアルタのこと大好きだし。」
「僕だって、ライのこと好きだけど。」
「じゃあ、形なんてどうでもいいじゃない。」
「え?」
「私、アルタが私のこと幸せにするって言ってくれるだけで、幸せ。嬉しいの。」
「う、うん。」
「だから言ってほしいな。アルタの口から。」
「わ、分かったよ。」
なんとなく、ライに気圧されながら、ずっと言いたかった言葉を、彼女と出会ったときから思っていた一言を声にする。
「ライ。僕とーーー結婚してください。」
「うん、喜んで!」
◆ ◆ ◆
結婚式の日。
純白のウエディングドレスに身を包んだ彼女はとても美しかった。
そして彼女の胸元に輝く、銀色の花も。
『銀の花』は一人一つしか取ることができない。
だからこそ、その花を異性に捧げることはこの国ではプロポーズとされ、その花を使ったウエディングドレスを新婦は身につける。
あの花が、僕の純粋な気持ちでないことは、やはり少し残念だけど。
それでも笑顔の彼女を見れたのなら、僕は幸せを手に入れたと言えるのだろう。
やっぱり、あの花は僕にとっての幸せの形だ。