第九話【負けられない意地】
不思議なもんだ。集中して青い海のような場所を通っている。
精神……いや魔力の風の中ってこんな感じなんだろうか。
様々な疑問が湧き出る中、青い海の終着点を突き抜ける。
「これは――」
神話の世界に辿り着いた。一目でソレを感じた。
猛り狂う鬼、それに咆哮して対抗している人間たち。
空では弓兵の矢の雨が飛行生物達に突き刺さっている。かと思えば、鋭い爪に切り裂かれている者もいる。
上空から見える景色。俺は俯瞰した存在なのか?
右手を動かすと確かに動かせる感覚があった。地上を見下ろせば、下には霞んだ大地が見える。
「視点移動!」
踏み出せば落ちそうな、空を飛んでいるならまだしも俺の下に地面がある。
違った。地面じゃない。俺が……俺が踏んでいるのは黒竜の体表だ。
感覚のある記憶の追体験。魔法を使った段階で、十二分にドラの恩恵を……いやこの黒竜からの恩恵を受けている。
下の魔物たちが、数では押しているものの、王国を攻め切れていない。
誰でも倒せるような雑魚から、Aランク以上でも手こずるモンスターたちが、王国を一斉に攻めている。
「これが、書物にあった王国との戦いなのか――?」
『そうだ』
ドラの声。だけど、これは黒竜の声に聞こえてくる。なんとも情けない話だが、石化竜の段階で色がわかっていなかった。
今、黒竜の鱗は美しいほど自然に煌めいている。触ってみると硬く、並の魔法なら弾かれるくらいの強度を持っている。
「こいつに石化をかけた奴らってどれだけ強いんだよ……?」
ハハッと笑いがこぼれる。さっきまで調子に乗っていたのが嘘みたいに熱が引いていく。
圧倒的事実だけが、突き付けられる。ドラの力を借りたとしても、俺は人間である限り身の程を知れと言う事に。
『アポロ。気圧されているところ悪いが来るぞ』
「はっ? 何が来るって……」
言い終わる前に、空に無数の魔法陣が描かれる。レーザー状の熱線着弾ポイントが黒竜を捉えている。
「おかしいだろ! この熱量は!」
ギルドで倒した炎の精霊をはるかに上回る力。
魔法陣を一目見て、理解る事象。魔法解析をかけなくてもわかる巨大な力。
だが、それを。この気高き竜は爪の一薙ぎで魔法陣を全て破壊した。
「は……?」
どれだけの力を込めても、魔法陣は壊れない。空中に描かれた魔法陣を壊すなんて人間業じゃない。
――それもそうか、こいつは人間じゃない。もっと言ってしまえば、最強クラスの人間外。
だが、何度も何度も魔法陣が出現してくる。その度に爪で薙ぎ、尻尾を打ち付け、咆哮で破壊していく。
目まぐるしく景色が変わる中、俺は俺で実験だ。ここに来ている以上怖気づいてられるかよ。
「魔法陣破壊弾!」
魔法陣専門の攻撃魔法だってある。俺はそれだって勉強してきた。
一つ残っていた魔法陣に指先から放たれた弾丸が突き刺さる。
――いや、刺さらない。
何かに弾かれるように、魔法力を込めた弾丸は空中で方向を変え霧散した。
「くそ……やはり俺では……!」
俺は器用貧乏と言われ、ずっとずっと馬鹿にされてきた。
それを聞かないふりをしていた。色々できるから、人より多くのことが出来るから、居場所があるのだと思っていた。
それは夢幻だった。やはりパーティーの数が決まっている以上スペシャリストが多い方がいい。
自分にだってわかっていた。当たり前じゃないか。だって自分の欠点だ、目をそむけていられる方がおかしい。
『忘れるな、今は私がいる』
「うああああああああああ! ドラ! 力を貸してくれ!」
もう一度挑戦だ。全部全部、ぶっ壊してやる!
展開せよ、魔力を。今まで出来なかったことを、出来ないと思うな。
今の俺にはドラがいる。力がある。
正しく学んだ理論を、研鑽を積んできた全ての経験を無に帰すな。
出力が足りなかったのは、自分の魔法力だけで考えていたからだ。今はバックアップもある。
指先だけじゃない。手のひら全体を使って魔法力が及ぶ術式を広く強く。
「喰らえっ! 魔法陣破壊砲!!」
ドラを通じて、俺に魔力が満ち溢れる。先程の弾丸のように小さい出力じゃない。
もっともっと強力な大きな力だ。そしてそれは、魔法陣を貫通して無力化した後も、その光は地平線に伸びていった。
「この力、やっぱ疲れる……」
ふと力を抜いた時、王国の方から一条の光線が黒竜に直撃した。
「うおあああああああああああああああああああああああっ!」