第五話【憑依顕現】
なんだこれ。今までの俺とは違う。いや比べることもできないくらい俺は――――
あの事件の後、洞窟を出て報酬を酒場のオヤジからもらいにいくとオヤジがじろじろと俺の身体を見てきた。
「ん? アポロ。お前何かあったのか?」
「どうしてそう思う?」
「……いや、なんでもない」
流石オヤジ目ざといな。多分色々変わっているんだけど、説明するのは憚られる。
あの始まりの洞窟を案内したのはこのオヤジなのだから、態度が急変する可能性もある。
電撃を受けて焼けただれた衣服は処分してすでに買いなおしている。俺は戦士でもなければ、修道士でもない。普通の服でいいんだ。
重い防具は体の動きを鈍くするし、魔法着も相当しっかりしたものでないと相殺されてしまう。
例えば、炎の魔法の威力を底上げする魔法着なら、水や氷の魔法を操りにくくなるとか、様々な相関関係が絡み合っている。
前はそれでひどい目にあった。氷が弱点の敵に炎の魔法着を着て挑んだ時は、魔法自体の練度も低かったせいか、魔法を出すこともできなかった。
だから俺は、補助具は一切つけないことを心に決めた。最低限の防御を取れれば、一応身は守れる。俺に金がかからない……というかあまり装備が整っていなかった一つの理由だ。
「アポロ、新米のお守ご苦労さん。銀貨2枚だ、受け取っておきな」
「マジかよ、本当に奮発してくれるんだな」
「苦労してるのは分かっているからな。Dランク程度のモンスター討伐があるがどうする? 明日にするか?」
一瞬迷った素振りを見せる。本当は試したいことがあったけど、嬉々としていくのは俺のキャラじゃない。
「そうだな、明日になったらなくなるかもしれないから行ってくるよ。できれば軽いので」
「相変わらず口は達者だな。ホーンラビットをそれなりに狩ってきてくれ」
最近、畑被害がこいつのせいで起こっていると聞く。俺たちの美味しいごはんがこいつに食われているとなると癪に障るな。
「わかった。見える範囲でやってくる」
「群れになってるかもしれないから気をつけろよ」
あぁ、と一言残して森に向かう。一角森と呼ばれる、ホーンラビットの生息地に足を踏み入れることになる。
「……大層なお出迎えだな」
俺を拒絶する負の感情が俺を襲う。こういう時に心の感情が若干だが読み取れてしまうのが嫌だな。
一角森に踏み入れた瞬間に囲まれるくらいだ。多勢に無勢は獣の特権か。
威嚇するように牙をむき、低いうなり声をあげている。
視認できるのは10体ほどか。いつもの俺なら少しは厳しかっただろう。だが、今の俺は違う。
「見えるか? これがお前の望んだ外の世界だ」
『ふふっ、獣風情が良く吠えるな。良かろう、我が力の片鱗を試すが良い』
さて、じゃあ一発試してみるか。運がなかったなホーンラビット……
「くらえ! 火炎弾!」
瞬間、閃光が俺の目を塞ぎ辺りの一面は爆発した。
――――目を開けると、黒焦げになっていて跡形も残っていないホーンラビットだったモノがある。
骨すら残っていない、黒い塊。魔石にすらなっていない。
「なんだこれ……?」
俺は間違いなく火炎弾を一匹に向けて撃ちだしたはずだった。
だがこの威力は……
「火炎爆発……だと?」
『久方ぶりで調整を失敗してしまったようだな』
明らかに強すぎる。一瞬で自身の魔法力を持って行かれた。脱力感が俺を襲ってくる。
『あまりに弱すぎたな。この森全てを破壊しても良かったのだが』
……やばい。調整に失敗したら俺が死ぬ。魔法力どころか生命力を持って行かれかねない。
「馬鹿、俺が死ぬ。俺の魔法力以上にやらないでくれ頼むから」
『すまない。確かにお前が死んでは契約も何もあったものではないからな』
――――契約。これは俺――アポロ――と石化していた石化竜――ドラ――で結んだ契り。
あの時、俺は結局に何もできなかった。意思疎通が少しできたくらいで、何も開放することは出来なかった。
そしてこいつに持ち掛けられたのは、魂のリンク。ドラの魂の一片が俺に宿っていて、力を引き出せる。
その代わりにこいつは世界をその目で見ることが出来る。憑依術の一種でもあり、たまたま俺がそれに見合った肉体だっただけの話。
今回のホーンラビットは、ドラの憑依の力を試しに来ただけだった。こんなことになるとは思わなかったが。
一瞬で10匹倒したのは良いが、一度下がろう。魔法力が今の一発で尽きてしまった。
いくら、魔法力が凄くても俺がコントロールできなくては意味がない。
……そしてこの有様を見て、再度思う。ドラの力は俺の想像以上にやばいことを。