第四十二話【激闘の予兆】
「なるほどな……」
一人、殺狼の攻撃を受けながら嘆息する。
こいつも中々に速度の速い相手だとは思うのだが、俺の目が肥えてしまっているのだろう。クネスはもちろんのこと、間違いなく先日奇襲を受けたルナよりも遅い。
それも、圧倒的にだ。
俺自身は筋力強化を使わないと当然追いつけないから自慢するほどの事でもないが、戦闘を見る目が底上げされているのには、素直に喜んでもいいところだろう。
猛る咆哮には殺意が込められていて、対峙する相手を潜在的に委縮させ、動きを鈍らせる効果がある。
ただ、それは精神面で劣っていたり恐怖を抱いている相手に対してのみ有効だ。
叫んではいるものの、うるさくないというのはいい。
単純に声量が大きければ、聴覚へのダメージをも考えなくてはいけない。
耳栓等をして防ぐのもありではあるが、全てを駆使しながら戦う俺は、聴覚の一つを閉ざして選択肢を減らすのはよくない。
「そこまでする相手ではなくて良かったな」
『余裕があるな。ならばもう決めると良い』
ドラの後押し。こいつはもう試金石にすらなりはしないということだ。
真牛人討伐のアイテム、風斧で仕留めるのが一番省エネだな。
「ふっ!」
こちらに向かってくるのに合わせて、すれ違いざまにしっかりと風斧を振り下ろす。
これで一刀両断、終わりのビジョンが見えていた。だが――――
「なっ!?」
ガキリと響く甲高い金属音が鳴ると同時に風斧は一刀両断どころか、無様に弾かれ隙をさらすことになる。
好機と言わんばかりに、崩れた態勢を見て、方向転換をし俺に突進を仕掛けてくる。
風斧を適当に振り、真空波を出すものの、やはりこの状態では力不足で当たってはいるものの、ダメージが見て取れない。
『下だ、アポロ!』
「! わかった!!」
先ほど、炎壁を押し出したように、今度は自身の地面に向けて少し傾けて風斧を仰ぐ。
その瞬間に、砂塵が舞い自身を空へと打ち出した。
殺狼は一瞬砂ぼこりにひるんだが、すぐに空を見てとびかかってくる。
あぁ、なんて皮肉だろうな。力がなまじあって、対応できるからこそこの攻撃を受けてしまうのだから。
空に打ちだされた俺は、コマのように回転しながら殺狼を見据えている。
そう、もう突進することは読んでいた。
「そうだよな、砂狼の長相手に手加減なんてするべきじゃなかったよな」
仮にもこの砂漠の頂点に立っている存在なのだ。手加減して勝とうというのは、やっぱ良くないな。
コマの遠心力に魔力を乗せ、風斧を振り切った。
何も起こらない。何事もなかったように襲い掛かる牙。
『――見事だな』
ドラの一言と同時に、殺狼が真っ二つになり俺の身体を通り過ぎる。
振り返ると、すでに息絶えている獣がそこにはあった。
「討伐報酬……いや、母さんに料理をしてもらったほうが良いか?」
『我も料理された肉を食べたい』
駄々っ子のようにねだるドラがなんだか可愛く見えてくる。
ま、ドラが食いたいって言うならそれでもいいな。
とりあえず、次元に放り込もうと術式を展開し持ち上げると、何か硬い場所がある。
「……さっき弾かれた場所か」
そこだけ以上に硬質化されている。
魔力的には不十分かもしれないが、攻撃のタイミング等は完璧だったはず。
違和感はあったものの、次の攻撃の事を考えていたから、そこまで気が回っていなかったな。
「これは……なんだ?」
砂や岩が形を変えたものではない。それは、魔力の通った何かだ。
「羽……?」
『羽に魔力を通してこの者に付与をしたのか、それとも別の意図があったのかもしれんな』
じゃあ、それは何のために。おれを迎撃するために、それとも――――
『アポロ。それは違う。残存する魔力から言ってもっと前からだ』
ドラの一言で、狙われているという危惧感はなくなった。
俺には魔力の付与持続時間といつから付与されていたかまでは読み取ることもできない。
流石ドラだな、と思い知らされる。と同時に、これはこれから向かう山がとんでもない場所なのではと予感させられる。
『怖いか?』
「あぁ。力を試したいってこういうところで思える自分に」
ふっ、とドラが笑ったような気がする。
そびえ立つ王なる山に向け、俺は歩き出した。