第三十五話【刹那の体感】
「上がったぞ、アポロ入れー」
「あーい」
木材で作られた風呂は、中々に装飾が凝っている。
父さんが、結構凝り性だから手を施しているのだろう。
次に入る人のために浴槽自体に浄化装置がついていて、半永久的に綺麗なまま楽しめる。
そして、常にお湯が補給され続けていて例え夜であろうと早朝であろうと清潔なお風呂を楽しめることが出来る。
恐らく水は循環させていて、色々と入りやすくするための工夫をしているんだなと思う。
そういう技術関連は、知識では理解していても作ったことはないし、実行に移せる父さんは流石だなと感嘆する。
見れば見るほど、技術と魔法を組み合わせていることに気付く。
魔力装置も最低限で、ここに魔力を注ぎ込んでおけば、自動で割り振るようにもしている。
ここが俺と父さんの違うところか。俺は知識では実際に知っていて戦闘技術は実戦で割と試している。
だが。知っている知識は戦闘場面でしか使ったことがほぼない。
それに引き換え父さんは、全てのものに精通しているきらいがある。
ひょっとしたら攻撃や防御といった戦闘面でも地味に使っているのかもしれない。
人生という積み重ねがある分、そして器用という点を最大限に活かした生き方をしていることがわかる。
俺の器用貧乏は、器用貧乏のままで終わらせてはいけない。
ドラがいる。こいつが俺の相棒でいてくれているのに、相棒の俺が弱いままではこいつが浮かばれない。
湯船に自分の顔が映ったお湯を掬い上げ、疑念と力のなさを掻き消す様に、お湯を顔に打ち付けた。
「っし! 俺はやるぞ……!」
新たに気合が入る。が、ドラが不思議なことを言い出した。
『アポロ、人間は風呂というものに入りたがるがそれは気持ちがいいのか?』
水洗いをしていたかどうかも怪しいドラ。そんなことをする必要もないか、魔力で汚れ自体を浄化していた可能性もあるな。
記憶で見たドラは十全に魔力が満ち満ちていた。それが膜となり、並大抵の汚れは勝手に消滅していたのかもしれないな。
「感覚を同化できるか? 味覚もできたからできるとは思うんだが」
『いいのか? やってみても』
「構わないさ、お前が少しでも気持ちがいいと思えることが出来るならやる価値はある」
『わかった』
何か腑に落ちない会話ではあったものの、魔力を通す。
身体に魔力が満ち始めていくのがわかり、お湯がこぽこぽと泡を立て始めた。
「あ、これはまずい」
魔力のバイパスを塞ぐ。これ以上やるとたぶんこの風呂場が壊れる。
魔力を注ぎ込む瓶は亀裂が入りかけているし、お湯に含まれる魔力濃度がさっきよりも明らかに濃くなっている。
『刹那の体感をさせてもらった。いいものだな、本当に……』
余波のせいかもしれないが、魔力が少し暖かくなっている気もする。
魔力が冷たいものっていう決めつけも良くはないが、イメージは冷たいものだったから少し意外だ。
「また、入れそうなところでは入ろうか」
『是非、また体感をしたいものだ』
結構気に入っているんだな、ドラ。
この人間生活も悪くないと思ってくれれば、本当に良いな。