第三十四話【その名はブックちゃん】
強大な魔力が迸っている。だが、あの本の魔術師も並大抵の実力じゃない。
昔、本で見たことがある。あいつは体内に本を蓄えていけばいくほど、強力になっていくことを。
そして、書物に書かれているものを理解できる範囲で実践できるという噂も聞いている。
希少価値も高いし、狩られていることも多いが返り討ちに会う冒険者も多数いる。
俺の魔法が未熟とはいえ、ドラの魔力を借りた炎弾を食うなんてあり得るのか、いや、もっと引き出せればそんなことはないはずだ。
全神経を集中させろ、父さんは風呂に入っているから加勢は期待できない。そして母さんは知識はあっても、戦闘能力はほぼない。
つまりは、ここを守れるのは俺しかいない。全身が紅潮する。このヒリついた感覚がたまらなく好きなのかもしれない、俺は。
「アポロ……くんネ。親友はセイン。なるほど、君、日記こっそり書いてたんダ」
馬鹿なっ、いくら知性が高い魔物とはいえ、それを口に出してしまったら――――
一瞬で、違った意味の汗が流れてくる。とめどない誰しもが忘れたい記憶を掘り起こされる感じ。
「へぇ、発送は面白いネ。合体魔法を使えればセインの役に立てる……カ」
そう、自分の身体を強化できるなら武器自体にもその強化を付与できればもっと役に立てると思った。
実際俺の戦闘能力は並程度なのだから、それが最適解だとも思っている。いや、いまもそうだ。
「結構字は綺麗だし、君はこれに想いを込めていたのがわかるヨ」
なんとなしに同情されている気がするぞ。戦闘雰囲気から、一気にしみじみし始めている。
つまりはだ、戦う気があったのにもかかわらず、俺の日記を食べていてそれに該当する知識が検索でヒットして調べたから同情したと。
魔物に感情……あるに決まっているよな。ドラもいい例だったし、真牛人も間違いなく誇りはあった。
「……お前、ここから出ていく気はあるか? 別にお前が憎くて倒したいわけじゃない」
感傷に浸ったのかもしれない。ドラと重ねてしまったのかもしれない。俺が正しい判断をしたかどうかは正直分かっていない。
「勘違いしているようですネ。アポロくん、私ハ――」
「あら、ブックちゃんと仲良くなったの? アポロ」
「母さん?」
そうか、俺の部屋の前でドタドタしていたらそれは母さんもおかしいと思って寄ってくるか。
しかし、まずい。戦闘になったら母さんを守り切りながら戦えるだろうか――って、ブックちゃん?
「お母様、アポロくんと仲良く話させていただきましたヨ」
にこやかに、何もなかったかのように話し始める。この状態、俺が勝手に勘違いしてだけなのか、ひょっとして。
「母さん、こいつは?」
「やぁ、本が最近多くなっちゃってね。ブックちゃんは収納としてとても役に立ってくれるから、お母さん嬉しくって」
本の魔術師は本を無限に収納できるみたいな逸話もあったが、本当のようだな。
俺の部屋にあの程度の本しか置かれていないなんてことはない。一体何冊異空間に放り込んでいるんだ……
「私たちはウィンウィンの関係ですよ、ネ、お母様」
ようやくまじまじと顔を見る。道化師のような仮面をかぶっていたのを外し、可愛らしい妖精のような顔立ちを見せてきた。
「悪かったよ、早とちりで」
攻撃をしてしまって悪いなと言おうとしたけど、それは本の魔術師に止められた。
なるべき波風を立てたくないらしいし、ここは楽園だという。本系の魔物にはそりゃあそうだよなぁ。
勝手に本が山のように増えて、知識を蓄えていくことが出来るんだからな。
「私はブックちゃんで構いませんヨ」
「じゃあそう呼ばせてもらうかな。あ、あとで本を見たくてよろしく頼むよ、ブックちゃん」
にこりと笑って、本の中にブックちゃんは入っていった。
全く、帰ってきたっていうのに落ち着かないな。
その口元は、きっと笑っている。