第三十話【器用貧乏の下地】
サンドラ村に帰ってきた。実感するのは山林に囲まれているだけだからではない。
村長の威圧感も、以前と……いや以前よりも鋭くなっている気がする。
「アポロ。お前は都に行き夢を見たか? それとも目標を見据えたか?」
……確かに俺は夢を見た。一流のギルドをセインと作り、トップまであいつと辿り着こうとすることを。
それは叶わなかった夢だが、今はドラと共に世界を見ていこうと目標を抱いた。
「……両方です。村長」
俺の瞳の奥底を覗き込むように、見つめてくる。
正直、プレッシャーが段違いだ。どの魔物と相対している時よりも緊張しているかもしれない。
「いい目をするようになった。アポロ、お前はもう一人立ちしているよ」
にこりと笑う村長。長年この人たちに鍛えてもらっていたのだから、その言葉が嬉しくないわけがない。
「ありがとうございます!」
「……父母に顔を見せてくるが良い。都の話には皆飢えているだろうからね」
はい、と頭を下げこの場を立去る。
『アポロ。あの人は?』
「あの人はウチの村の村長さ。俺も稽古をつけてもらったこともある。勝ったことは一度もなかったけどな」
ドラが何かを考えているようだった。俺にはドラの感情を知る由もないけど、何か思うところがあったことだけは分かる。
何はともあれだ、俺はこの村にとりあえずは受け入れられたということだ。
一旗上げれたかどうかは分からないけど、村長の基準では大丈夫らしいしな。
「ただいまー!」
堂々と正面から入る。そりゃ実家だしな。何も怖がることなんてありゃあしない。
「アポロ、おかえり。あなた大好物を用意するわ」
「おぅ、アポロ。都はどうだった?」
……なんか普通だな。俺、この家を出てから数年は経っているはずなんだが。
そんなどこか近くの友達の家から帰ったみたいな反応が普通なのか。
「あれ、俺帰ってくること言ってたっけ?」
「何を言ってる。息子が元気に帰ってきたから普通通りに迎えているだけさ」
「そうよ、あなたが無事に帰ってきてくれる。それだけでいいの」
胸に来る親の愛。そう言ってくれるなら俺の肩の荷は何も背負っていないのと同義だ。
「ありがとう。しばらく俺は居ようと思うけど、何かできることがあったら……言ってな」
その言葉を聞いた瞬間に、父母二人の目の色が変わった。
「アポロ!? いい書物が手に入ったからたくさん読んでおいてね! 貴方の部屋に置いてあるから!」
「洞窟に新たな魔物が出たらしいぞ! 存分に試してこい! トレーニングを俺とするか!?」
……しまった。何も本質は変わっちゃいない。
父は俺のことを鍛えるのが好きすぎて、色々ことを経験させようとした。
魔法も剣技も体術もこの父からすべて教わったものだ。実際に父が出来ていたかどうかは分かっていないかったが、能力値として認められるものではなかった。
あくまでオリジナルを貫く我流。総合的に見れば強いのだろうけど、世間的にはきっと評価されない部類だ。
そして、母は俺になるたけ書物を読ませようとする。
時間の許す限り、色々な本をどこからか集めてきて俺に読ませた。
育つ環境的には理想的であり、晴耕雨読を地で行く家族ではあったのだ。
その結果として、俺は器用貧乏にならざるを得なかった。
もちろん、俺自身がセインの手助けをしたかったというのもあるけどな。
『賑やかな家族だな』
でも、こうやって俺を鍛えてくれてなかったら、書物をたくさん読ませられなかったら。
俺はドラと心を通わすことは出来なかったんだろうな。
それを考えると、ありがとう――――なんだな。