第二話【立つ鳥跡を濁さず】
人の元を去る時は、立つ鳥跡を濁さずという言葉がある。
それに倣って、何一つとして残さず俺の居た痕跡は消してきた。尤も、ギルドメンバーが目を引くようなものを俺は持っていなかったが。
「うぅ、さみぃな……」
季節はまだ春。それに夜とくれば肌に当たる風は冷たいものだ。
「ちょっと格好つけすぎたな……」
朝になってから出るでも良かったんだが、それはそれでギルドメンバーと鉢合わせるとバツが悪い。
これから宿を探すのは少々手間を取るが、探さないことには始まらない。
体温上昇の魔法をかけて、冷たさを凌ぐ手もなくはないが、魔法力の余計な浪費は避けなくてはならない。
金は無くなるが、背に腹は代えられない。近場の宿を訪ね、マスターに値段を聞く。
「しばらく宿に泊まりたいんだが」
「素泊まり銅貨50、朝食有なら銀貨2だ」
銅貨100で銀貨1。Cランク程度のモンスター討伐で銀貨3からが相場と考えるとお高い感じが出ている。
「高くないか?」
「すまないな、空いている場所がないんだ」
マスターの言葉に嘘は無さそうだ。申し訳ない雰囲気がにじみ出ているし、気の良いオーラが見えている。
「なら、先に言ってくれよな」
銀貨2枚を支払って、宿の部屋に入る。
「ほう……」
多少割高なのもうなずける。華美ではないが、そこそこ広くゆっくりと過ごすことが出来る。
流石に実験場に出来るわけではないから、魔法の試しうちは出来ないが、それでも十分な休息を取れる。
「さてどうするか……」
ギルドに居た時は、メンバーと分かち合ったとはいえ、金貨がもらえる仕事をしていた。
金貨は銀貨の数十倍の価値のあるもので、ギルドの資産として納められていた。
その中から、欲しいものを定期的に新調していくと言うのが決まりだった。
俺は特別欲しいものはないし、周りのメンバーが強くなった方が効率が上がることもわきまえていたから、あまり買うことをしなかった。
だから、俺の装備は贔屓目に見積もってもCランク相当。俺自身の力も特筆して優れた能力もないからCランクモンスターとタイマンしても必ず勝てるとは言いきれない。
「酒場に行って仲間を集めるか……?」
ギルドから外されたことを知られると少し面倒になりそうだが、一人で討伐依頼を受けるよりはマシか。
そう思っていた――
――酒場に行けば何とかなると思っていたが甘かった。
ギルドから外された人間は、少し警戒される。俺自身に非がないにせよ、それが人ってもんだ。
俺だって、有名なギルドから外された奴に警戒心を持つだろう。
「オヤジ、なんか手ごろな依頼はないか?」
「お、アポロじゃねーか。どうした? 何かやらかしたか?」
「ちっ、そんなんじゃねーよ」
顔なじみのオヤジは俺たちが駆け出しの時からこの酒場に居るマスターだ。
ずーっとオヤジって呼んでるから、オヤジ呼びは変わらない。
子ども扱いされているけど、オヤジに言われるのは全然悪い気がしない。
昔は腕利きの冒険者って言われていたけど、周りの反応的には本当にそうだったんだろうなと思わせられる。
「依頼の話だったな。今はそうだな……初心者のおもりのようなもんしかないが大丈夫か?」
「それ以外は?」
「難易度C以上だ。お前はギルドという後ろ盾がないから怪我はさせられん」
ちっ、言われりゃ確かにその通りだ。もし治療に時間がかかるなら金も枯渇しちまうからな。
「……初心者のおもりは――」
「Eランク程度の報酬だが、まぁ色くらいはつけてやるよ」
「わかった、ありがとうオヤジ」
Eランク程度の報酬ということは、駆け出しのパーティのおもり――すなわちFランクのダンジョンに他ならない。
潜伏しながら、本当にやばい時だけ手助けをする役目だ。
幸いにも、なんでもできる俺だから振られた仕事と言っても過言ではない。
……オヤジ、俺の動向を知ってたんじゃないか……?
兎にも角にも、俺は新米たちの面倒見ることになるのだが……