第82話 合流
ヘルハウンドの肉を食べ終え、グリフの羽毛に付いた汚れなどを取りながら、リディはニケとバジルが到着するのを待っていた。グリフの羽毛の手触りはとても滑らかで、感触はふわふわというよりもつるつるという感じに近い。ただ、柔らかさがないかというとそうではなく、滑るようになめらかで、それでいて柔らかい、不思議な手触りをしていた。
日が高くなり始め、少し暖かさを感じるようになると、時折木の上の雪が落ちる音が聞こえる。静かな森の中で時間がゆっくりと流れていた。
木々の隙間から見える太陽に照らされた雪景色はキラキラと輝き、宝石が散りばめられているように錯覚するほどに目に鮮やかな景色だった。
リディがグリフの顔周りの汚れを取るとき、グリフは気持ちよさそうに目を閉じてされるがままになっている。リディは汚れの付いた毛をつまむと根本に力がかかってグリフが痛くならないように左手で止めを作りながら、右手で汚れを引き剥がす。
これを何度か繰り返して、作業が一段落したとき、不意にグリフが顔をあげた。
空を見上げたグリフは聞き耳を立てるように、首を動かし、その様子はなにかの気配を探っているようだ。
「来たか?」
リディがグリフに問いかけるのと同時に、グリフは立ち上がると、リディを先導するように森の外へと向かって歩き始めた。
グリフとリディが雪原に着いたとき、雪原からはまだ何も見えなかった。しかし、グリフは山の麓の方をじっと見ている。グリフの視線の先は入り組んだ山道だ。曲りくねる道に遮らえてあまり遠くは見えない。
グリフは少しの間、山の斜面の先をじっと見ていたが、ふいに翼を大きく広げて羽ばたき飛び上がった。
グリフの起こした風がリディを襲う。リディは腕で顔を隠してグリフの起こした風から身を守った。
「……迎えに行ったのか?」
グリフはあまり高くは飛ばず、滑空するように山の斜面に沿って降りていく。そして、すぐに着地の体勢に入るように、後ろ足を前に出した。
それと同時にグリフが滑空する山道の先に大きな影が姿を現す。その大きな影は、曲線を描く山道で死角になった道の先から『するする』という擬音がしそうな動きで姿を見せた。
バジルとその背中に乗ったニケだ。
グリフはバジルの目の前に雪を巻き上げながら着地する。そして、グリフはバジルと顔を突き合わせると満足したのか、ニケを乗せたままのバジルと共にリディの方へと戻ってきた。
「疲れただろう、少し休憩するか?」
ヘルハウンドを倒した後でゆっくりと休憩していたリディと違って、バジルとニケはここまでずっと走ってきた。ニケを乗せていたバジルはもちろんだが、バジルにしがみついていたであろうニケもかなり疲労しているはずだ。
「ううん、大丈夫」
「そうか」
自分の疲労よりもケルベを探すことを優先したい、そういうことだろう。
リディはニケの気持ちを優先し、ケルベの捜索へと頭を切り替える。
「魔獣の足跡が雪原にいくつか残っていた。そのうちの一つは竜の爪へと向かっていた。それがケルベのものか確認したい。ケルベの居場所、わかるか?」
リディがニケにケルベの居場所の探索を促すと、ニケはいつものように集中を始める。
ニケは深呼吸をして、宙に浮かんだ球を囲うように手を掲げる。その様子はいつもよりも真剣で、より集中力を高めているようだ。
(そういえば、ケルベの反応が弱くなっていると言っていたな……)
ニケはいつもよりも感覚を研ぎ澄まし、魔力の反応を見逃さないように魔力を感じることだけに集中する。
そして、その反応はあった。
間違いなくケルベの反応だ。リディが見つけた足跡を辿った先、竜の爪の中腹辺りからその反応は返ってきた。山陰に隠れてここからでは見えないが、反応のあった距離から推測すると、ここから竜の爪を回り込んだ向こう側にケルベはいるはずだ。
ニケは竜の爪からケルベの反応があったことをリディに伝える。
「竜の爪から……。やはり、あの足跡か」
雪原にあった足跡の一つ。竜の爪へ向かっていた足跡が、ケルベのもので間違いないようだ。
「休憩が必要ないのなら急ごう。時間が経つと足跡を追うのが難しくなる」
ニケを待っている間に日が高くなってしまっている。気温が上がれば、雪が溶けて足跡が消えてしまうかもしれない。
(それに、ケルベの魔獣化まで、あとどれほど猶予があるのか……)
正確な時間はわからないし、ケルベを呼んだという声の正体もわかっていない。
(嫌な予感がする……)
それはただのリディの勘だったが、こういう嫌な予感ほどあたってしまうものだ。
リディはその予感をニケに悟られないように振る舞いながら、ケルベの足跡を追って、ケルベの反応があった場所を目指した。
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