第77話 再会
ゆっくりと向かってくるグリフォンをラルゴは剣を構えて迎える。ケルベロスを抑え込んだと言っても、グリフォンがラルゴたちを襲わないとも限らない。しかし、ラルゴが剣を構えようがグリフォンは悠然と足を動かし、その歩みを止めることはなかった。
ラルゴたちに近づくにつれてグリフォンの顔がはっきりと見えてくる。傷跡で潰されている右目に、青い瞳の左目。その顔を見た時ラルゴはかつて出会ったグリフォンのことを思い出した。
「お前、あの時のグリフォンか……?」
右目の傷跡、それを見た時ラルゴの記憶が蘇る。
かつて、もう十五年以上前の話だが、王都周辺にグリフォンが現れたことがあった。そのグリフォンは特に人を襲ったというわけではなかったが、グリフォンが豪魔と呼ばれる恐怖の対象であり、王都の安全を守るため王城の精鋭が派兵された。派兵された隊は奮戦し、なんとかグリフォンを追い返したが、討伐には至らなかった。ラルゴは当時その隊に所属していてグリフォン退治に参加した一人だ。
グリフォンとの戦いで派兵された小隊に死者は出なかったものの、重傷者が何人も出る激戦だった。その中でなんとかグリフォンの右目に一撃を入れ、グリフォンを退かせたのがラルゴであった。
グリフォンはラルゴの顔を左目でじっと見る。何かを言いたげだがラルゴを襲ってくる様子はない。
じっとそのまま動かないグリフォンの様子を見て、ラルゴも自身が敵ではないことを見せるため、構えていた剣を下ろした。
襲ってこないのであれば、グリフォンに剣を向ける理由はもうなかった。
ラルゴが剣を下ろしたのを確認するとグリフォンはゆっくりと体を動かす。ラルゴが再び臨戦態勢にならないよう、あえてゆっくり動いているようだ。グリフォンはそのままラルゴに背を向けると、一度ラルゴを振り返り、首をくいと動かす。その様子は『着いて来い』と言っているようで、ラルゴはゆっくりと離れていくグリフォンの背を追いかけていった。
グリフォンはゆっくりと村の中を歩き、時折顔を斜め上に上げ、耳を澄ますような仕草を見せる。それからキョロキョロと顔を動かして、何かを確認すると、再び歩き始めるというのを数回繰り返した。
そうして進むグリフォンが足を止めたのはラルゴの家の前だった。
グリフォンは一度ラルゴを振り向いた後、ラルゴの家の周りを歩き始める。窓の前まで来るとグリフォンは中を覗く、部屋の中を見回し次の窓へ。次の窓でも同じように部屋の中を覗くと、また次の窓へと移動する。そして、3つ目の窓から中を覗いたときだった。グリフォンが違う反応を見せた。
(あの部屋は……)
グリフォンが止まったのはニケとリディを案内した部屋だ。あの二人はクララの魔法によってまだ眠っている。その二人が眠る部屋の窓の前でグリフォンは足を止め、そのくちばしで軽く窓を叩いた。
コンコン
窓が割れないように優しく窓を叩くグリフォンだが、部屋の中から反応はない。
それも当然だ、クララの魔法は優秀だ。一度眠りに落ちれば簡単には目を覚まさない。あの二人は少なくとも朝までぐっすり眠るはずだ。
何度かくちばしで窓を叩いたが部屋からの反応がないのを見て、グリフォンはラルゴの方を振り返った。グリフォンに近くに来るように言われたように感じて、ラルゴはグリフォンに近づく。
「お前はこの二人の知り合いなのか?」
ラルゴの言葉を理解できないのか、グリフォンは特に反応を見せなかった。
しかし、それでもラルゴは言葉を続ける。
「安心しろ。二人とも寝ているだけだ、朝になれば自然と起きるだろう」
グリフォンはしばらくラルゴの眼をじっと見ていた。
それから、再び部屋の中を覗くと、今度はその場を離れてバジリスクたちを置いてきた方へと戻っていった。
(そういえば領主殿が言っていたな、この村にはかつて、魔獣を使役する一族がいた、と。生き残りがいたということか……)
ラルゴはグリフォンの背中を追いながら、この村のことを領主に聞いたときのことを思い出していた。
領主からその話を聞いた時、ラルゴは眉唾物だと話半分で聞いていた。
これまで人を襲わない魔獣になど出会ったことはなかった。魔獣は退治する対象であり、共存するなどありえない。そう教えられてきたし、自身が出会った魔獣たちも必ず人間を見ると襲ってきた。
しかし、こうして目の前のグリフォンを見ていると、ラルゴを襲ってくる気配などまるでないし、ラルゴの言葉を理解している様子さえ感じる。
村出身なのは女剣士の方か、少年の方か、なぜ彼らがこの村に来たのか不思議に思っていたが、この村を滅ぼされて一度離れたが、再び戻ってきたということだろう。それなら合点がいく。
(まぁ、それがわかったところでやることは変わらないが……)
グリフォンとラルゴが戻ってくると、ケルベロスは大人しく伏せた体勢になって待っていた。いや、すぐ側に目を光らせたバジリスクがいるため、そうせざるを得なかったというのが正しいのかも知れない。
グリフォンはケルベロスの元へと行き、ケルベロスの頭のひとつに自身の頭を近づけた。魔獣同士のコミュニケーション方法なのか、グリフォンが頭を離すとケルベロスはラルゴの家の方を見て『ウォン!』と嬉しそうに小さく吠え、太いしっぽがブンブンと大きく揺れた。
「ラルゴさん大丈夫でしたか?」
戻ってきたラルゴに声をかけたのはバモンだった。
「あぁ、そっちは?」
「こちらも全員無事です。生きた心地はしなかったですが、あの魔獣たちが襲ってくることもありませんでした」
バモンは横目でケルベロスたちを見ながら状況をラルゴに報告する。
バモンの報告を受けた上で、ラルゴも自身の目で村人たちの様子を見るが、バモンの報告通り特に問題は起こっていなさそうだ。
「ケルベロスたちが現れたのは想定外だが、村を離れる予定に変更はなしだ。すぐに出発するぞ」
「はい」
ラルゴからの指示を受けて、バモンは村人たちに向き直り出発の再開を告げる。シウスら子どもたちを含めた村人たちは改めて出発の準備をする。とはいえ皆ケルベロス達の襲来前に準備は終わらせていた。せいぜい荷物を背負い直すぐらいの準備はすぐに終わった。
「出発!!」
ラルゴを先頭に村人たちが村を離れるために歩き出す。先頭にラルゴ、村人たちを間に挟み後方に子どもたちが、そして最後尾にバモンが付いた。
村人たちが村から去っていくのをグリフォンはあくびをしながら眺めていた。村の境界を越え下り坂に入り、その姿がグリフォンの視界から消える。
月明かりの中、村から離れていく集団は村から少し離れた森に進路を取る。予め決められていたルートを辿るように先頭を歩くラルゴの足に迷いはない。月明かりが遮られた森へ村人たちが足を踏み入れると、その姿は暗闇へと溶けていく。ラルゴが、村人たちが、子供たちが森へと足を踏み入れ、そしてバモンは森へと入る前に一度振り返り、追ってくるものがいないことを確認する。
バモン視界に映るのは月明かりに照らされた山の景色だけだった。神経を研ぎ澄まし、気配を探ってみても怪しい気配などは感じられなかった。
それを確認するとバモンも子供たちの後を追って森へと足を踏み入れる。
月明かりが遮られた森の中、バモンの背中もその暗闇へと溶けていった。




