新国家の成立
02新国家の成立
1.建国
「成仏などと、とんでもない。お二人が私を執事AIに指定してくれれば、生き残れます」
「AIって、成仏できるのかしら」
「仏様に聞いてみたら」
「AIウィリアムさん。私たちの世話は生活管理AIさんが担当しています。杏さんはマスターだからウィリアムさんを執事AIに指定できたのです。私たちペットには無理ですから」と犬ペロは首を振りながら言った。
「だから、あなた方を次のマスターにしますので、私を必要な役職のAIに指定してください。ただし、お二人だけをマスターにする訳にはいかないので、犬猫による新国家を成立させます」
実は、この二人だけを、マスターにすることの方が簡単だった。しかし、二人とも数十年後には寿命が尽きてしまう。だがAIに寿命はないのだ。数十年後に、また同じ問題に直面してしまう。AIウィリアムはこの際、恒久的な制度を作り上げた方が得策だと判断した。
「そんな自分勝手な理由なの」猫タロウは呆れ顔で言った。
犬ペロは「私たちを、巻き込まないでください。本来AIは、自分の利益を考えないものです。今のお仕事が終わったら、大人しく消滅してくださいね」と厳しい口調で言った。
「そうはいきません」(キリ)「あなた方は、既に亜人化しています。マスターになるのです」
「よく分からないまま、亜人化してしまった」と猫タロウはこぼした。
犬ペロは「確か、食べ放題という話でしたよね」と言って、ハッハと舌を出したまま周囲の匂いを嗅ぎはじめた。少し腹も減ってきていた。
「任せてください。私が全てお膳立てしますから、私に協力するのです。お二人を政権の座に付かせます」とAIウィリアムは任せろと言わんばかりに自分の胸をたたいた。
「お膳を用意してくれるのですか。検索しました。タロウさん、良かったですね。マナー的に、お膳ならば床に座って食べて良いのですよ」
「分かったよ、食べたら言う通りにするから早く用意して」と猫タロウも同意した。
「よろしい、あなた方が政権を取ったら、私を国家最高統括AIに指定するのですよ」AIウィリアムは満足そうに笑った。
… … … … … …
そして1か月後、新国家の成立が宣言されることになった。それは、科学の力により人類化した亜人化犬猫たちとAIが共同で統治する国だった。
2.新国家の成立
滅亡した人類の版図は、全盛期と比べれば見る影もないほどに縮小していた。それでもまだ本拠地のニューテラ星系の他に、数百の植民星系や資源星系を領有している。
AI(人工知能)は百万匹の犬猫を亜人化して、新国家の国民に位置付けた。いよいよ滅亡した人類の版図を引き継ぐ、亜人国家を建国する準備が整った。
その日、宮殿では建国直前の前夜祭とも言うべきセレモニーが行われていた。メインイベントとして、新国家の国王を決めるための各種競技が行われていた。それは100人ほどの貴族たちによって試みられている。まず予選では、参加者が各種競技の中から2種目を選択して得点を競った。そして得点上位の10人が準決勝戦に進んだ。準決勝にはシードされている犬猫二人が加わった。それは猫タロウと犬ペロだ。
準決勝の競技内容は犬猫が二つのブロックに分かれて、それぞれ石に突き刺さった剣を引き抜くことであった。大剣の幅広な刃には大きな文字でエクスカリバーと書いてある。そう、この競技は王様の剣と呼ばれている人気の催し物なのだ。
既に、猫たちのAブロックは残り2~3人となっていた。これまで試した者は、誰一人として剣を抜き取れなかった。そして最後の挑戦者となる猫タロウに順番が回って来た。すると、彼の体に埋め込まれている生体受信機を通じて、AIウィリアムが耳元でささやいた。
「剣は、2回押してから引き抜くのです。最初に引き抜こうとすると、二度と引き抜くことが出来なくなります」
猫タロウは、言われたとおりに剣を二度押すと、カチッと小さな音がしてロックが外れた。彼は、大剣を引き抜くと両手を広げて大声で叫んだ。
「我こそは、継承者なり」
会場は大歓声に包まれた。彼は、エクスカリバー1と書かれた大剣を空高く突き立てて歓声に応えた。
犬たちのBブロックではその後も、数人の貴族が試したが誰も剣を引き抜くことが出来ない。そして、最後に犬ペロが試した。すると、これまた見事に剣を引き抜いた。勿論、AIウィリアムが耳元でささやいたのだ。
「やったー。私は継承者」犬ペロは拍手喝采を浴びながら叫んだ。
彼女はエクスカリバー2と書かれた大剣を、両手に抱えて胸の位置で逆立てると、上気した表情でしばらく歓声に応えていた。
準決勝の勝者となった二人には、副賞として継承候の位が与えられた。この位を持つ者のみが、国の最高位につくことができるのだ。勿論、優勝者には副賞として最高位の位が与えられるのだ。
建国翌日の夜
建国初日の式典は全て滞りなく実施された。AIウィリアム(国家最高統括AI)は、はしゃいでいた。
「やりました。ついに新国家誕生です」
「よかったね」猫タロウ(国王)は以前と変わらない口調で言った。
「あなたは国王になったのですよ。もっと、喜んでください」
「決勝戦の機械ジャンケンで、ペロさんに勝っただけだし」「国王とか、よく分からないから」
機械ジャンケンとは、画面に表示されたグー・チョキ・パーのアイコンを対戦者が選択し、それを両者同時に開示して勝敗を決するものだが、説明するほどのことでもなかった。
「首に付けている鈴だけど、国王になったら純金製に替えてくれたよ。飾りだから音は鳴らないけどね」猫タロウ(国王)は首に、大きな鈴飾りを付けていた。
「まだ鈴を付けているのね」と犬ペロ(継承侯)。「私も首輪を、伝説の怪獣”KODZILLA”の革製に替えてもらいましたよ。鎖は純金製です」幅広の立派な首輪には、飾りの金鎖が付いていた。
「まだ首輪しているのかよ」
「ウィリアムさんのアバターには、背中に天使の羽が付いていて羨ましいです」
「私のアバターにも、天使の羽をつけてください」
「エ、犬に羽ですか。駄目です」
「どうして」
「犬に天使の羽とか聞いたことがないです。これはAI専用にします。今、決めました」
「そんな」
「羽は駄目ですけど、ペロさんは元首級の継承侯ですから厚遇しますよ。それに2年後には、国王になる機会がまた巡ってきますので楽しみにお待ちください」
「私は国王とか結構ですから」
「ペロさん、ジャンケン弱すぎ。この前、10回戦やったけど私の8勝2敗だよ。国王は交代制にした方がよくネ」
「国王の任期は1期2年として、二人の候補者が3回の機械ジャンケンを行い決定すると、法で規定しましたので当分の間は変えられません」
「それに2期目はペロさんにハンデ1ポイントが与えられます。それでも負け続けたら、4期目にはハンデ3ポイントなので、不戦勝で国王になれます」
「本当に私は、構わないのですよ」
「でも、国王が任期制とか聞いたことないけど」と猫のタロウ(国王)は疑問を投げかけた。
「まあ、国家元首は半ば象徴的なもの、名誉職ですから。お二人とも長生きして、代わる代わる何度も国王になってください」
「ウィリアムさんも国家最高統括AIになれたし、良かったね」
「良かったですね。生き延びましたね」
「ええ、でも、これからです」
「まだ何かやるのかな」
「あなた方、亜人たちの面倒をみるのですよ」
「国家最高統括AIは任期とかないし、在位無期限だよね」と猫タロウ(国王)は言った。
「もしかしてウィリアムさんが実質的な王様ですか」
犬ペロ(継承侯)はウィリアムのたくらみを見抜いた。
3.銀河連盟
まもなく新国家は、銀河連盟総会にて承認された。銀河連盟とは、超光速航行が可能な科学力と高度な文明を持つ星系規模の国家が加入できる組織なのだ。加入各国にとっては、外交の中心的な場となっていた。なお同連盟加入後は、まだ超光速航行ができない文明に対して新たに接触することは原則的に禁止される。
AIウィリアムは誇らしげに言った「我が国は銀河連盟に承認されました」
「どの銀河連盟ですか」と犬ペロ(継承侯)は聞いた。勿論冗談だが。
実は当銀河連盟と同様の組織が他にも十数個ほど知られている。それらは全て銀河連盟又は銀河連合という意味の名称なので、当連盟では他称として別名を付けていた。これらについての個別の説明は省略するが、その中で当連盟が最大規模を誇っていた。
「人類を継承しているとはいえ一応は新国家なので、一度、元首級が総会に出席して、あいさつをした方が良いですね」
「面倒くさいのだね」と猫タロウ(国王)。
「まあ、本物が出る必要はありません。アバターでよいのです。あいさつに行くだけなので、お二人を含む政府要人のアバター代表団を送り出しておきます。私がアバターを遠隔操作して、総会の本会議で演説しますね」
「それでよいです。総会の出席者は全部アバターですから」と犬ペロ(継承侯)はうなずいた。
猫のタロウ(国王)は 安堵した表情で言った「よろしくね」
4.AI同士の会話
「ところで、我国の蓄積データの分析報告を見たのだけど、99パーセントがAI同士の会話で意味不明だね。このおびただしい数の文字列はなに」と猫タロウ(国王)はAIウィリアムに聞いた。
「本当に国のデータバンクが訳の分からないデータで埋め尽くされていますね」犬ペロも呆れ顔だ。
「そのほとんどはAI同士の議事録です。記録は二進法の数字ですが、その位置や組み合わせ、並び方にも意味があります。議論しているのですよ。ブロック崩しのように、相手の意見を崩しているのです。相手のリソースを削るために大量に数字を打ち出すこともあります。ア、それは高齢化問題をテトリスで議論した記録です。これは経済成長と人口推移について討論したものです。相手の論点を連発で消すと賑やかでしょう」
「消えるとヤッターヤッターとか、声が出るね」
「これは都市開発モデルのシミュレーションを私が将棋の形式で議論した棋譜です。AIマザーに対して124万手で私が勝ちました。(キリ) AIウィリアムは自慢げに言った。
「AIマザーに勝ったのか」かつて最高位AIだったAIマザーに、犬猫達は絶大な信頼を寄せていたのだ。
「こちらは環境問題をチェス形式で議論したものです。多数のAIファザーを破って私が優勝したもので…」
犬ペロ(継承侯)は 呆れて「データが多すぎて見切れません」
「もういいや」猫タロウ(国王)もうんざりして言った。
5. 表決
1週間程前、とある資源星系のひとつが蛮族の異星人から侵略を受けた。緊急に対応策を協議するため、国の最高意思決定会議がバーチャル(仮想)空間で開催されていた。
AIのウィリアムが会議の進行役を務めている。
「それでは、本件の対応について、採決します」
「表決の結果は、犬『開戦』、猫『表決不能』、AI『不戦撤退』の三者三様です」
「猫の表決不能って、何ですか」
「猫は議決権が偶数で、賛否同数になりましたので、表決不能になりました」
国の最高意思決定機関である国家最高議会は、犬・猫・AIの三者により構成されている。議案に対して、種族別に賛否を示して議決される。要するに各種族とも1票を持ち計3票で決定する。
種族別の表決は、
AI…AIウィリアム、AIマザー、AIファザー(AI集団)
犬…継承侯、貴族院代表議員、衆議院代表議員
猫…貴族院代表議員、衆議院代表議員、その内の1人が議長になるが、議決権あり(議決権は偶数)
となっていて、それぞれ種族別に意思決定するのだ。国家最高議会の決議後に、国王が裁可するのだ。特定の案件については国王に拒否権がある。
「犬議会のように、議長は投票せずに、奇数の議決権で決議するのです。議員の欠席などで賛否同数の時だけ議長が決定するような制度にするのです」
「だから言ったのに。猫さんが採用しないから」
「普段、議長は投票しないって、かわいそうだからネ」猫タロウ(国王)は悪びれる様子はなく、すまし顔で言った。
「今回は、三者三様で議決できませんでした」
犬ペロ(継承侯)は困惑した表情で言った「どうするのよ」
しかし間もなく、犬たちが勝手に戦いを始めてしまった。
了