二段ジャンプは止められない
俺がやや遅れて、屋根によじ登ると戦いは続いていた。
月明かりの照らす中、瓦が砕けて飛び散っている。
「そら! 行くぞ!」
剛腕から繰り出される金棒を、影丸はギリギリで避け続ける。
まるで瞬間移動のように目にも止まらぬ速さで動く影丸は羅豪の三倍は攻撃を繰り出していた。
ある時はクナイで、そしてある時は忍術での猛攻は、しかし致命打にならない。
影丸が地面をたたき、炎の柱が生まれたが、羅豪は火柱を踏みつぶして突き抜けて来た。
羅豪は火花の舞い散る中、影丸を鼻で笑って見下していた。
「……!」
「そんなものか! つまらんぞ!」
羅豪と影丸はお互い獲物を片手に相手を睨み据える。
羅豪の持つ金棒は尋常な重さではなく、あんなものに下敷きにされたら人間なんて一撃でひき肉になるだろう。
俺はごくりと喉を鳴らし、どうしたものかと頭を悩ませた。
それでも俺が何もしなかったのは影丸が、怒りの形相に表情をゆがませてはいてもあきらめている目ではなかったからだ。
あれは何かを狙っている。そうでなければ絶対にあんな目はできない。
「どうする? 何をしても無駄だとそろそろ分かったか? さっさと死んだ方が苦しみも少なかろうに?」
「……」
にやりと笑う羅豪の問いに影丸は答えない。
羅豪は面白くもなさそうに、眉を上げ大胆不敵に大瓢箪から酒を煽った。
影丸は忍術を発動し、煙で視界をどろんとふさぐ。
「ふん! 芸がないわ! 焦ったか!」
羅豪の大きな目がぎょろりと上空に向くと、飛び上がった影丸がそこにいた。
空中では動きが取れない。
羅豪は頬を膨らませ、ぶばっと酒を吹きかけ点火した。
炎はすさまじい速さで燃え上がり一瞬で影丸を捉えるはずだった。
「!なに!」
俺はその時、影丸が空中を足場に跳ねるのが確かに見えた。
目に見えない動きではない。だが目でとらえられるからこそ不自然な動きは、完全に不意を突く。
空中でありえない方向転換をした影丸は、首に刺さった自分の刀の柄に思い切りローリングソバットをぶちかまし、刃は羅豪の首を貫通していた。
「おお!」
俺は歓声を上げた。
羅豪の刀傷から血が噴き出す。
「ぬ……ぐお!」
片膝をついた羅豪に影丸は言い放った。
「……みたか。忍の研鑽を甘く見たツケだ取っておけ」
決まり手は二段ジャンプと言ったところか、とてつもなくうらやましい。
羅豪は食い込んだ刀を無理やり引き抜き、首元を抑えたがその傷はあまりにも深かった。
「ぐっつ……見事だ。これは完全に死んだな。体がもたぬ」
羅豪の体は震え、すでに血の気も失われつつあった。
どうあがいてもこれで終わりにしか見えなかったが、生命の危機すら無視して羅豪は立ち上がった。
「だが……それだけのことよ! 我は怨霊! たとえこの身体が死のうとも、体が朽ちるまで戦って見せようぞ!」
「……!」
羅豪の身体から、黒い炎がゆらりと燃え上がる姿は、異様だった。
とても怨霊っぽい、そして明らかに先ほどよりも厄介そうになった羅豪に、影丸も冷や汗を浮かべた。
もうこれは決着がついたってことでいいんじゃないだろうか?
死者に生きたものが殺されるなんて馬鹿げている。
「テラさん……そろそろ出番かもしれん」
俺がブレスレットにそう指示を出した時、月明かりが妙な影にさえぎられたことに気が付いた。
「へ?」
俺は寒気がして背後を振り返る。
羅豪すら驚愕し、影丸は何が起こったのかも分からずに棒立ちになっている。
「あ、ありえないだろうこれはさすがに……」
俺の脳みそはしびれた様に動かない。
五重塔よりもっと背の高い化け物が、いつの間にか俺達を見下ろしていたからだ。




