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忍者と鬼

「……ありがとうございます。しかし……なぜ毒を?」


 感謝しつつも青い顔の老人が言うので、俺はいやいやと首を振った。


「毒じゃないですよー。一応ポーションです」


「失礼ですよ! 非常時ですし気付け薬の類は有効ですよ!」


「……あ、はちみつは意味なかったかな?」


「……とってもよく効く薬ですね! 体がとても調子がいいです! 舌がしびれていますが!」


「……正直な方だ。大丈夫、しびれは数分でとれるはず」


 やっぱり不評な俺特製ポーションの批評とお礼の言葉のはずだが、心持ち文句がにじみ出ているのは聞かなかったことにしておいた。


 影丸は頭を下げる彼らに指示を出す。


「今すぐここから離れるんだ。正面は戦闘中だが裏手から出れば逃げられる」


「はい、ありがとうございます。ここには我々以外に生きている者はいません……どうかご武運を」


「ああ、任せておけ」


 固く手を握り、助けた三人は下の階へ逃げていった。


 ぐずぐずしている暇もない。


 このすぐ上は最上階。もちろんこの上に俺達の敵はいるはずである。


「出てこないな……どうする?」


「奴が気が付いていないわけがない。来るとわかっているんだろうよ」


 影丸は憎々し気に階段を睨みつけた。


 まぁ、ここまで来て行かない選択などないのは確かに間違いない。


 俺達は階段をゆっくりと慎重に上る。


 そして最上階にたどり着くと、ずいぶん余裕のある声が俺達を出迎える。


「そう怖がるでない。不意打ちなどせんからさっさと顔を出すがいい、モグラども」


 声は間違いなく俺達に向けられていた。


 意を決し、影丸は階段から躍り出た。


 気配は一つ。周囲に敵はいない。


 敵討ちには手出し無用。


 約束をたがえるつもりはなかった。


 俺はひょっこり顔を出して、そいつを見た。


 大戦鬼 羅豪は、二本の角と赤い肌を持つまさに鬼だった。


 普通のオーガよりも明らかに大きな巨躯は座っているだけでも恐ろしい圧力を感じる。


 その身体よりもでかい瓢箪から豪快に酒を飲み、周囲にはどくろが散乱していた。


 どうやらそれを眺めながら飲んでいたらしい鬼の趣味は最悪である。


 また一口酒を飲み、口元を豪快にぬぐった羅豪は獲物の金棒を手に取り立ち上がると、影丸を上から覗き込み、目を細める。


「もう来たか。逃げ出した三流が」


「……ああ、戻ったぞ怨霊。この世にこびりついた貴様の怨念、今日こそこの刃で祓ってくれる」


「ほう? そいつは楽しみだなぁ……戦は好きじゃ。血が躍る。酔いがさめる間もなく終わってくれるなよ?」


「……それは約束できんな。ただでさえ貴様を斬りたくてたまらぬというのに!」


「おお! 来い来い! 先手は譲ってやるぞ!」


 忍者と鬼。どう考えても正面からやりあうのがイメージに合わないが、二人の戦いは思いの外、正々堂々と正面から始まった。


 影丸は静かに腰を落とし、忍者刀を抜き放つ。


「……ああ。とくと味わえ」


 そんな呟きを置き去りにして、影丸は消えたように見えた。


 部屋中の壁や天井が一度に爆ぜ、羅豪の身体が裂ける。


 血しぶきが舞った時、影丸の刃はその太い首に添えられていた。


「……!」


 刹那に行われた攻撃は、まさに忍びの技だった。


「おお、ワシの皮膚を斬るとはやりおる。……だが首は堅いじゃろ? 一等硬く守っておるからのぅ」


「……!」


 だが余裕さえ滲むその声を聴いた瞬間、俺にも正しい状況が理解できた。


 あれは首で刀を止められているのか!


 気づいた時には爪が影丸を捉えていた。


 影丸にざっくりと指の数だけ食い込んだかのように見えたが、床にぶちまけられたのは影丸の肉片ではなく、カラカラとただの木片が散らばっている。


「……変わり身か」


「チッ! 火遁!」


 回避に成功しつつも、舌打ちした影丸は掌で地面をたたく。


 すると炎が地面から燃え上がり、龍を形作って羅豪に襲い掛かった。


 アナコンダのように隙間なく体に巻き付いた炎は、燃え盛りながら羅豪を締め上げてゆく。


 だが羅豪が力任せに金棒を一振りすると猛烈な風が巻き起こり炎を霧散させてしまった。


「はっは! 小器用だな! 褒めてやる!」


 俺は思わず息を止めて、そんな二人の攻防をこの目で見ていた。


 影丸の動きは瞬きで見失いそうなほどに速い。


 羅豪は純粋に固く、強かった。


 首筋には刀が刺さっていたが、さして堪えた様子はなく、強靭な筋肉は刃すら通さないようだ。


「面白いのぅ。俺の首を切った忍びの子孫共。ずいぶんと小器用に立ち回る」


「……当り前だ。貴様を殺すための技だ。出し惜しみはせんから死ぬまで喰らえ」


「ハッハ! そいつは結構! さて温まって来たな! 今度はこちらからゆくぞ!」


 羅豪が金棒をその剛腕で振りかぶる。


 するとどろりと赤い雲のようなものが金棒に纏わりつき、影丸は鋭く叫んだ。


「絶対に触れるな! 赤霧は毒だ!」


 俺に向けられた警告に、瞬時に反応して解毒のポーションを手に取った。


 ちょっと出ていた頭もさらに引っ込めておくとしよう。


 赤い雲を纏う鬼はまるで屏風絵からそのまま出て来たかのようだ。


 しかし振るわれた金棒が通り過ぎると、赤い雲が尾を引き、触れた端から腐れ落ちてゆくのを見てさすがに頬がひきつった。


 この密閉空間でそういう攻撃はやめてほしいんですけど!


 俺は慌てたが、影丸は冷静に手を前に突き出し、水を纏う。


「水遁の術!」


 ドンと大砲のように飛び出した水の塊が壁を粉砕した。


 影丸は穴から外に飛び出す。


「よかろう! 付き合ってやる!」


 ドカンと羅豪は豪快に天井を破壊して塔の屋根に飛び出した。


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