名前ってなんだ
食事を終えて仕切り直しである。
腹を満たして、とりあえず大人しくなった少年は少し離れた位置に座っていた。
ぼさぼさの黒髪も着ているぼろ布も文明の中で生きているとは思えないが、普通のオーガの般若みたいな顔と違って、とても端正な顔立ちであると思う。
まだ警戒を完全に解いてはいないが、逃げようともしてこないところを見ると、一応俺の言葉が通じているらしい。
「えーっと、それじゃあどうも初めまして」
とりあえず話かけてみると角の少年はじっと俺の顔を見て口を開いた。
「うまかった……」
「お、おお! それはよかった」
おお! ちゃんと会話もできるのか!
俺はひとまず胸をなでおろす。
少年とは、とりあえずすぐ敵対しなくてもよさそうだ。
意思疎通できるのならなら話は早い。
状況次第では彼に起きた危険が俺達にも同じように降りかかる危険がある。できれば情報は共有しておきたかった。
「君はこの森の中で倒れていたんだ。一体何があったんだい?」
そう尋ねてしばし、返事を待った。
すると角の少年は答えた。
「……覚えていない」
「覚えていないってどういうこと?」
「オレ……ここがどこかよくわからない。ただ……匂い追って、ココ来た。腹減って、倒れた」
「何かを追っかけてここまで来たと?」
角の少年は頷く。
ツクシはなるほどと少年を覗き込んだ。
「そっか。倒れたのに食べられなかったのは運がいいぞ? この辺もモンスターはうじゃうじゃいるからな!」
「そんなにいるか?」
「うじゃうじゃだぞ?」
「……」
まじでかツクシちゃん。
俺はそこまで勘が働きはしないが、ツクシがそうまで断言するなら、この森の中にモンスターはたくさんいるようだった。
「でも……襲い掛かってくる気配はないなぁ」
「……とうとうその域に達したかツクシ」
「ん? なんか言ったかダイキチ?」
わかっていなさそうに首をかしげているツクシだが、野生の動物は勘が鋭いと聞く。
ツクシの潜在的な危険を察知して襲って来ない可能性は十分考えられるのだが、そこは言わぬが花だ。
「いいや、何でもない……。 それならそれで都合がいいから大丈夫だ」
「それよりだいきち! 大事なことをこの少年に聞いてないな?」
「大事なこと?」
「そう! 名前だ! 大事だろう?」
「そうだな、確かに」
なるほど確かに俺としたことが不覚である。
「それでは改めて、君の名前は?」
「……名前ってなんだ?」
うーんこいつは予想外。名前の概念すらなかった。
ツクシもそれは同じだったらしく驚いていた。
「じゃあ! 僕が名前を付けるぞ! 名前がないと不便だからな! えーと……じゃあ土方!」
「……なんで土方?」
「鬼といえば土方だろう?」
「好きだなぁツクシ。しかし土方は苗字だ」
そしてもう一つ問題もあるらしい。
「……ヒジュクタア?」
「本人発音できてないし」
「だ、ダメか! じゃぁ……トシはどうだ?」
「なるほどコンセプトは譲るつもりはないわけだな?」
ツクシはどうも時代劇リスペクトが過ぎる気がした。
「じゃあよろしくな! トシ!」
「トシ……トシか。わかった」
しかし角の少年はどことなく嬉しそうにツクシを見て何度も名前を呟いていたので、喜んでいるのならそれでいい。
俺とツクシは楽観して頷きあうが、油断大敵。
気が緩んだ瞬間というのが一番致命的な危険を呼び込むのかもしれない。
背中に寒気が走り、毛穴が逆立った瞬間、ツクシから頭を押さえられた。
「……だいきちしゃがめ!」
「!」
ツクシの声には反応しないと死ぬ。
俺も抗わず地面に伏せると、何かが背中をかすっていく感触がした。
「! ……グオオオオ!」
「なんだ!」
「だいきち! オーガだ!」
体勢を立て直し振り向くと、三メートルはありそうなオーガがそこにいた。




