角の少年
「あ、モンスターが死んだ」
ズンバラリンと牛でも一飲みに出来そうなどでかいカエルが輪切りになった。
ツクシの聖剣の切れ味は今日も絶好調である。
ピースのハンドサインを俺に向けてくるツクシが巨大ガエルを持ってくれば、さて本日の朝飯だった。
「今日の朝はカエルだな!」
「了解了解。こいつは何度か捌いたことがある。鳥みたいな味だからソテーにでもしてみよう」
「丸焼きでもいいぞ!」
「うーん。丸のままは抵抗がある!」
「僕はないぞ! 食べれば全部お腹の中だ!」
「……丸焼きは時間がかかるぞ?」
「早く食べたい!」
ソテーした肉をパンにはさんで食べながら、俺は短い旅を振り返る。
思えば最初から誤算の多い旅ではあった。
まずツクシが付いてきたことで、日が暮れたらいちいちゲートを作って家で寝ようと思っていた目算はもろくも崩れ去った。
パワードスーツが使えないからモンスターが出たらツクシに頼りきりになる。
だがそれでも一時期は一緒に旅をした仲間だ、役割分担はとうの昔に出来ていた。
「どうよ? 味付けは?」
「うん! ハーブが絶妙! お昼もこれで大丈夫!」
「そうか、じゃあ包んで持っていこう」
そう、旅は順調だった。
だがしかし俺達は目的地の森に入るなり、いきなり事件に遭遇した。
先行して偵察してきたツクシが数分すると慌てて戻ってきたのだ。
「大変だ! だいきち!」
「?」
案内されてみると確かに大変だった。
「うーむこいつは……弱ったな」
俺の前には今気を失った子供がいた。
腰にぼろ布をつけただけの格好で森に倒れているのだから、緊急事態である可能性は高い。
幸い命に別状はなさそうだが、意識はまだ戻らないようだった。
「普通の人間じゃないみたいだ、ツノがある」
「オーガかな?」
「いや、でも俺が知ってるオーガはもっと化け物じみてるんだが?」
俺は角の生えた少年をどう扱っていいか決めかねていた。
オーガとは額に角が生えているのが特徴の人型のモンスターである。日本で言うところの鬼のような見た目をした種族で、体色は緑、稀に赤や青のものを見たことがある。体長は人間よりもはるかに大きく牙や爪も発達している凶暴なモンスターだ。
ただ目の前にいる角の生えた少年はパッと見た目は限りなく人間種族に近かった。
肌の色も普通の肌色だし、角が生えている以外は人間の子供にしか見えない。
ツクシも見た目の印象を重視したのか、完全にモンスターと判断はしていないようだ。
「角の生えた人間かな?」
「正直、この世界だと……わからん。とりあえず起きるまで待ってからだな」
俺達は意見を統一し、ひとまず行き倒れた少年を手当てする。
擦り傷切り傷は多いが、ひどい出血や骨折の類はなし。
これなら俺でも治療はできそうである。
応急処置は基本中の基本。これでも昔は戦闘職の後衛だったんだから、腕の見せ所だ。
俺の治療する様子をツクシがしゃがみ込んで眺め、感心したように言った。
「相変わらずダイキチは器用だなぁ」
「おいおい。ツクシこそ、軽い怪我の応急処置くらい自分で出来た方がいいぞ?」
「僕は怪我したことないからな?」
「そ、そうか。まぁ怪我しないならそっちの方がいいよね」
「うん!」
そういえばツクシが怪我をしたところは見たことがない。
うーんさすがツクシというべきか。こちとらパワードスーツを着てさえ生傷が絶えないというのに……。
よそう。ツクシと比べたって何の意味もないんだった。
傷の手当は終わり、俺はひとまず一息ついた。
「これで良しと。よし、いい時間だし、そろそろ今日の昼飯にしようか?」
「おう! 肉がいいぞ!」
「わかってるだろ? 朝のカエル肉だ」
「うん! でもあれだけじゃ足りない可能性がある気がする」
「そりゃそうか……なんか厄介ごとになるかもしれないからなぁ、少し作り足しておくか」
「とっても頼むぞ! 僕はお腹がすきました!」
そうか、それは大変だ。
俺は手早く焚火を用意することにした。
森の山菜やキノコを使えば少しはボリュームが増すはずである。
木の枝で作った串に今朝のカエル肉を刺し、軽く炙り直していると、ゴギュルルルーとすごく大きな腹の音が鳴った。
「……そんなに腹が減ったかツクシ?」
「僕じゃないぞ! 失敬だな、だいきちは?」
「ん、それじゃあ今のは?」
俺とツクシの視線が同時に眠っている角の少年に向いた瞬間、パチッと少年の目が開いた。
「お」
「起きた」
目が合ったとたん、とんでもない勢いで角の少年は跳ね起きた。
着地した少年は四足獣のように地面に低く伏せ、こちらを威嚇する。
ああだけどそれはまずい。
殺気を感じ取ったツクシが、もう瞬きをしていない。
これで間違ってとびかかりでもしたら、少年の胴体は綺麗に真っ二つだろう。
俺はすかさずツクシと少年の間に割って入って、一番大きな肉を少年に向けて突き出していた。
「まぁなんだ。飯を作ったんだ。君の分もある。よかったらこいつを食べてから少し話をしないか?」
そもそも話は通じるのか?
そんな疑念があるにはあったが、焼いた肉は一定の効果はあった。
殺気が薄らぎ、よだれを垂らした少年は何度も俺と肉との間で視線を行き来させている。
そんな少年の前に俺は皿に肉を置き直して差し出すと、少年は恐る恐る手を伸ばし、食欲に屈した。
素早く取られた肉が少年の胃袋に消えてゆく様子を見て、俺はいったん胸をなでおろした。
「……ふぅ。肝が冷えた」
「大丈夫なのかダイキチ?」
「さてね。でもとりあえず食事を優先してくれたようだ。それに俺を食べようとしないくらいには分別があるなら十分だ」
おどけて言うとツクシはニパッと笑い、さっきの少年にも負けない音でお腹を鳴らす。
「今度は僕の音だ! おなかすいたぞダイキチ!」
「はいはい。肉は全部焼いちまおうか?」
「……?」
がつがつとすごい勢いで肉を食べ終えた角の少年は、気に入ったのかソワソワしていた。
ツクシもランランと期待に満ちた目で俺を見ている。
ちびっこ二人に、こうまで目を輝かされてしまうと、期待に応えたくなってくる。
「ようし……お前ら俺の本気を見せてやろうじゃないか」
ジャキンとフライパンと包丁を取り出した俺は、ひとまず料理人として腕を振るうことにした。




