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闇市

 それは俺の買い物の仕方をニーニャに教えていた時の話だ。


 俺はニーニャになじみの店を案内していた。


「特殊な食べ物はいつもはたまーに流れてくるのを買っているんだよな。行商人とか王都の市とか入れ替わりも激しいから、こまめなチェックが肝心だぞ?」


【てんちょはいつも見たことがない物を、普通に買って来る。不思議】


 ニーニャは首をかしげて言うが、珍しい物というのは、そもそも目につかないところにおいてある。。


 こればかりは根気よく、探してみるしかないが、そもそも買い物とはそういうものだと思う。


「俺は普通に買い物してるつもりなんだけどなぁ。まぁ、肩の力を抜いてな? ただの買い物だから」


【……てんちょ、これはただの買い物ではない】


「そう?」


【ここどこ? 市場じゃない】


「ふむ、確かにここから先は普通の市場じゃあないな」


 指摘された場所は確かに一般的な商品を置いているスペースをとうに通り過ぎていた。


「ええっと、古い薬屋の角を右に曲がって、路地に入るだろう? すると坂道があるから、そこから脇道の階段を下りてな?」


【……】


 ニーニャが前髪の下からすごく訝し気な視線を送っていたが、俺は案内を続け、目的の場所にたどり着く。


 それは古い塀にある大きな扉で、俺は三回ノックした。


 すると扉の中からくぐもった声が聞こえてきた。


「山」


「川」


 合言葉である。


 数秒後ゆっくりと扉が開いて、中から出てきた老婆は俺の顔を見てにんまり笑った。


 ニーニャが怯えていたが、俺はいつも通りニンマリと笑って返し、ランタンを手に歩く老婆に続いた。


 暗いトンネルの中は、ボンヤリとランタンで照らし出され、不思議な香の匂いが立ち込めている。


 アジア用品店にでも行けば嗅げそうな香りは、なんとなく俺をノスタルジックな気分にさせた。


 老婆に誘われ建物を抜けると、その先に広がっていた光景にニーニャは目を丸くしていた。


【……なにここ?】


「ここは闇市だ。あんまり表で回らないようなものでもここでなら見つかるよ」


 俺がそう説明すると、ニーニャから驚きと感心の視線を向けられちょっとうれしい。


 表の人通りとは明らかに違う雰囲気の商店が別世界のように広がっているこの場所の存在を知った時は俺も胸が躍ったものだ。


「じゃあ行こう。米の店も俺の勘じゃ今日あたり出てるはず」


 まぁなんとなくだが、米を売っている屋台は稀に出現するので注意だ。


 よく周囲を探してみるとその店は、黒装束と覆面の店員と一緒に見つけることができる。


「お、あったあった」


【……あれ?】


 心底疑わし気なニーニャの思念は露骨である。


 まぁ怪しいお店だし、仕方ないと思いつつ俺は店の店員に話しかけた。


「どうも。お久しぶりです」


「おおこれはこれは。ダイキチさん」


 店員はおそらくは覆面の下でにっこり笑いながら俺に打ち解けた様子で話しかけてきて、ニーニャが驚愕しているのが面白い。


「いやぁまたお米を買いに来ました。米はいいですね、食べていると力が出ます」


「そう言っていただけるのはダイキチさんくらいですよ。やはりこちらではなかなか人気がないようで」


「そんなことはないと思いますよ? 家には米が好物で毎日突撃してくる知り合いもいますから」


 しかもその人物は勇者なもんだから影響力は抜群である。


 どこかでおにぎりでも頬張ってもらえば宣伝効果も抜群に違いない。


 店員さんは意外そうな声を出していた。


「ほほう。本当ですか? それは嬉しいことですな。ならば薬草だけでなく食品ももう少し大掛かりに商ってもいいかもしれませんね。味噌なんかももう一度卸してもらえるように頼んでみるかな? ……それで今日はどういたしましょうか? いつも通り米ですか?」


「ええ。いつもありがとうございます……今何と言いましたか?」


「え? えーといつも通りお米をお買い上げですかと……」


「そっちではないです! 味噌! 味噌あるんですか!?」


 驚愕の重大情報に俺が身を乗り出すと、商人さんは引き気味に頷いた。


「え、ええ。味噌ご存じなんですか?」


「ええ! もちろんですとも! 探していたんです!」


「そ、そうなんですか?」


「み、店には並べてませんよね? なぜ?」


「ええ、あなたがこちらで買い物をするようになる以前に少し並べていた時期もあったのですが、あまりにも人気がないもので」


「人気がない? なんで!?」


 とても信じられないと声を上げると、商人さんは無念そうな顔で視線をそらして言った。


「いえ……なんというか、発酵するものは、色や匂いが食欲を刺激しないと」


「……あー。まぁ」


 発酵食品は癖があることは否定できない。なじみがなければ受け付けないというのもわからなくはなかった。


 だがあるとわかっていれば、引き下がることはできない。


「ぜひ譲ってもらいたいんですけど!」


 ガッと商人さんの手を取って熱くお願いしたが、彼の返事は芳しくはなかった。


「いや、それがお譲りするのは難しいかもしれません」


「なぜです!」


「私共の都合で申し訳ないですがそういう方針なのです。そんなに大きな里でもないので、売るものは皆で決めているので私のようなげに……末端の一存では決めかねます。発酵物は以前失敗していますから、里で消費する分しか生産されていないのですよ」


「なんと……少量でも……少量でもいいんですけど!」


「うーん。そうですね。やはり私では何とも。直接村に来ていただければ交渉も可能だと思いますが……」


「ホントですか!?」


 どうにかならないかと食い下がる俺に、頭巾の下の目が探るように動いた気がした。


「ふむ……ダイキチ様はお得意様ですからなぁ。……よし、よいでしょう。興味があるというのならこれをお持ちください」


 そう言って差し出されたのは木の板のようなものだった。


 俺は手渡された板をしげしげと眺める。板の表面にはとても細かい彫刻がびっしりと彫られていた。


「これは?」


「手形ですよ。東の森林地帯へ行くことがあればこの手形を下げてゆくとよい。そうすれば助けになりましょうや」


 商人さんはそう言って、たぶん覆面の下でにっこり笑っていた。


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