狐のような者
糸が切れた様にダランと落ちたシャリオお嬢様の姿に俺は大いに慌てた。
「え! なんで!?」
『不明です。先ほどの魔法の反動では?』
「あー……なんか張り切ってたもんなぁ」
地面をこすり着地して、シャリオお嬢様を地面にそっと寝かせるが、腕の激痛はシャレにならなかった。
マリーが駆け寄ってくるのが見えたが、戦闘の続行は無理そうだ。
あ、これ結構真面目に詰んだかも?
そう頭をよぎった時にはマリーお嬢様は目の前だった。
「やるじゃねえか!」
「……」
しかもこのマリー、あれだけめちゃくちゃな魔法を使ったのにまだ余力があるらしい。
彼女は疲れた様子も見せず、橋の崩壊に巻き込まれて水面に浮かぶ怪盗フォックスを見つけて驚いていた。
「お! いい感じに気絶してやがるな! こいつを引っ張ってけば任務完了ってことなんだろうが……」
そこまで言って俺を見る。
ギクリと俺は後ずさった。
マリーの瞳にはまだ戦意がありありと見て取れて、俺は身構えたがマリーは俺を完全にスルーしてフォックスの方に向かった。
「さぁて、私達も続きをしたいところだが……今回は見逃してやる。行きな」
「……いいのか?」
かなり意外でそう尋ねると、マリーは軽くため息を吐く。
「ああ。私たちの目的はこいつだ、それに私もさすがに疲れた」
困難を乗り越えたことで得た、細い信頼を感じる。
怪盗は捕まり、俺達はお互いの健闘を称えあい、さわやかに分かれるはずだった。
―――水から引っ張り出されたフォックスがボンと煙を吹くまでは。
「「!!」」
何事かと振り返ると、気を失っていたはずのフォックスがいない。
その代わり……ぽっしゅんぽっしゅんと妙な音を立てて、ふにゃふにゃ風船のように落っこちてきた小動物がいた。
「……何だあれ?」
落ちてきたそれは狐っぽいものだった。
なんかこうディフォルメされた狐っぽい何かである。アニメで出てきたら狐だというけれども、現実世界にいたらぬいぐるみだと断言してしまうクオリティの生き物だ。
実にカートゥーン的である。
確かに二次元にいそうな美女怪盗だとは思ったが、まさか本当にそうとは。異世界とは深い。
しかしちょっと詐欺っぽいなと俺の心がささやいた。
「何これかわいい!」
「……ん?」
感極まった黄色い歓声はかなり近距離で聞こえた。
え? 今のナニ? 誰?
はっとして口元を押さえているのは、さっきまで凶暴性が皮をかぶっていたような、青い騎士。マリー嬢であった。
「……」
少女のような目の輝きが一瞬宿ったかに見えた瞳がゆっくりとこちらを向く。
ターゲットが狐もどきから俺に向かった瞬間、宿った眼の光がいまだかつてないほどの冷たい殺気に切り替わるのを俺は確かに感じた。
「今――」
俺は察したからこそさっと手を上げて口早に言った。
「俺は何も聞いていない。それではまた会おう! とう!」
「……待ちやがれ!」
このままでは橋が完全に倒壊する気がしたので俺は脱兎の如く退散した。




